第6話 秘密の特訓
文字数 7,564文字
目が覚めた。
あたりは真っ暗で、灯りをつけると部屋の時計の針は、夜の二時を指していた。
辺な時間に寝たから、こんな時間に起きてしまったのかもしれない。とはいえ、一度起きてしまうと、もう一度寝る気も起きない。二度寝はしない主義なのだ。
そんな中、試しに外に出てみると、やはりあたりは真っ暗でただでさえ広い王宮が、さらに広く見える。
「……流石に怖いな。」
だか、暇な僕はそのまま外に出て隣の部屋をノックする。ルーが寝ているはずの部屋だ。
しかし、いくら経っても返事どころか物音すらしないので、どうやらルーは寝ているらしいことがわかる。まあこの時間だし、当然といえば当然なのだが。
特にルーはよく寝る奴だし、見た目幼女だし、起こすのは忍びない。大人しく部屋で過ごすか、と引き返そうとすると――――人影がポツリと近づいてきていた。
真っ暗な人影が廊下の奥の方から、ゆらりゆらりとこちらに。
「…………だっ……誰!?」
声を裏返らせながら、そう叫ぶが、その人影は僕に応えることなく近づいてくる。
「……お、おい!返事くらい…しろ!」
僕は後退りしながらそういうが、反応はまだなく、無言で僕に近づいてくる。
そして、なんの前触れもなく突然その人影は動きを止めた。
「―――?」
と思いきや、いきなり今度は動き出し、僕の方に駆け寄ってくる。
「ッッッ!!? うわあああああああああ!!!」
すると。
「あーっはははっははははは!いい反応をしますねタビナ!」
「……は……はあ!?」
なんと人影の正体は雌黄魔女 だった。
驚かそうする魂胆で、あんなことをしたらしい。
「お、おまえ本当にびっくりしたんだからな」
「あの反応を見ればわかります。『うわあああああ』って……うふふ」
思い出し笑いを浮かべる彼女だが、僕はそれを見て頭蓋にヒビでも入れてやろうかと画策する。
どうせ回復魔法で治るのだから一撃くらいお見舞い――と行きたいところだが、これで彼女の持ち前のヒステリックが発動して、暴れられても困るので、ここは必死に我慢だ、と自分を抑えた。
そんな物騒なことを考えていると、雌黄魔女 は僕の部屋の扉を開くとちょいちょいと手招いてくる。いやそこ僕の部屋なんだけど。
しかし、用があるのは事実なようなので、大人しく着いていくことに。
※※
室内に入ると、雌黄魔女 が僕のベッドに腰掛けて、ちょいちょいと隣に座るよう促してきた。
ただ、僕は一応男女であるということも考慮して、一度は首を横に振る。しかし、その後雌黄魔女 がムッとしたような顔になって、僕の手を強引に引っ張り隣に座らせてきた。
「……な、何の用?」
オドオドしながら僕が尋ねると、雌黄魔女 はニコリと微笑んだ。
「………………」
「………………」
――いやいやいや!わかんないわかんない!
一体彼女は何がしたいんだろうか。
そもそもこんな時間まで、あの廊下にいた意味もわからないし、なにより部屋に入ってきたことが一番よくわからない。
そんな調子が続いたため、僕は疑問よりも段々不安が勝ってきてしまった。
もしやあの時の「お前馬鹿じゃねぇの」発言を根に持って、ルーが見ていない隙に始末してしまおうという魂胆か?
うわ!それじゃん!それ以外に思いつかないし……
そんなこんなで内心ビクついていると―
「――タビナ……改めて今日はありがとうございました。私の妹を助けていただいて。」
「……へ?妹?」
僕は思わず尋ねると、雌黄魔女 は首を縦に振って首肯した。
僕が今日助けた人物といえば、ミネルヴァのことだが――まさか?
「ええ?ミネルヴァと雌黄魔女 は姉妹なのか?」
「いいえ違いますよ。厳密には……ですが。」
「……よく分かんないな。もっと簡単に説明してくれよ。」
「そんな大層なものでもないですよ。あの子は戦争孤児でそれを引き取ったのが私というだけですから。」
――それは…大層というのでは?というツッコミはしないよう我慢した。
つまるところ、血は繋がってはいないが――
「お前はミネルヴァを妹のように思ってるわけか。」
「そういうことです。しかし、今日は彼女に辛い思いをさせてしまいました。まさか命を奪う手前まで追い詰めてしまうとは……」
キレると何しでかすか分からない人だもんなこいつ。僕と同じで。
「そういえば、タビナは寝ないのですか?」
「んー変な時間に寝ちゃってな。目が冴えちゃって寝れやしない。」
僕があくび混じりにそう言うと、雌黄魔女 はニヤリと小悪魔風に笑うと
「では、私が寝かしつけて差し上げましょうか?」
なんて言ってくる。
「馬鹿言え。僕はそんな小さな子供じゃないんだよ。」
「しかし、私からすればタビナは子供同然です。」
「でも僕からすれば僕は子供じゃないの。」
そんな言葉の応酬も、あくびで一度リセットする。
「――んで?なぜこの部屋に入ってきたわけ?」
僕が扉を見ながら尋ねると、雌黄魔女 はわずかに逡巡して
「お礼がしたかった―それだけですよ。ではこうしましょう!お礼に何でも言うことを聞きましょう。なんでもですよ?」
ニヤニヤしながら雌黄魔女 は僕に近づいてくる。それに加えて、僕の太ももを人差し指でぐるぐるしてくる。くすぐったいからやめて欲しいのだが。
「………別にして欲しいことなんざないよ。強いて言うならそうだな………攻撃魔法の打ち方を教えて欲しいくらいだ。」
「………そう言うことではなかったのですが……まあいいでしょう。」
少し残念そうに彼女は項垂れた。
「しかし、回復魔法が出来れば、攻撃魔法もできると思うのですが……魔法を練る感覚はわかりますか?」
雌黄魔女 は、僕の太ももを撫でていた指を外して、宙に小さな魔法を花火のように浮かべてみせた。
「――実は、僕、魔法を練る感覚ってのがよくんかんないんだ。この回復魔法もほぼ無意識でできてるし……」
「ほう?それは………すごいですね。もしかしたら、貴方には自動詠唱 の加護がついているのかもしれません。」
「……自動詠唱 ?なんだよそれ」
「その名の通り、魔法を練るという意識をせずに、自動的に魔法を扱うことができる力ですよ。ただ、これは自身の身体に直接作用する魔法でないと扱えません。例えば、自己強化 や空中浮遊などですね。」
「………ということは、僕も空を飛ぼうと思えば飛べるってことか?」
「ええと……難しいのですが、自動詠唱 の加護はあくまで生存本能の塊のようなものでして、傷をうければ、再生するように、タビナが空を飛ぶためには、まずは落下しなければなりません。」
「―――?」
いまいち理解が出来なかった僕は、首を傾げると、雌黄魔女 はノートとペンを用意して何やら絵を描き始めた。
「いいですか?簡単にいうと、命に関わることと真逆の力が働くということです。傷を受ければその傷を治すために回復魔法が発動し、高いところから落下すれば、落ちないように浮遊魔法が使えます。そして、弱体化 を食らえば、それを帳消しにするくらいの自己強化 がかかります。」
「ええ……ってことは、僕は空を飛ぶためにはまず落ちなきゃいけないって事?」
「いえ、これはあくまで自動詠唱 の加護に頼った場合です。普通に魔法を練って空を飛ぶことができれば、この加護に頼る必要はまあなくなりますしね。」
なるほど。ならば結局、魔法を練る感覚は覚えなければいけないものということか。
閑話休題。
「ではまず、魔法でこのように花火を作ってみてください。これが基本です。魔法を練り、それを射出する。この工程が、攻撃魔法の工程ですから。」
「―――魔法を練って、それを射出…つうか僕、魔法を練るって感覚がわからないんだけど?」
僕は頭を抱えるように尋ねる。たしかルーが言っていたことだが、魔女は全員生まれたその瞬間から魔法を使えるため、その魔法を練る感覚がわからないということ自体が分からないそう。
僕らだってどうやって呼吸をするのか?と尋ねられても困るだろう。それと同じことで、魔女からすれば、魔法というのは身体機能の一つのようなものなのだ。
「……つまり、僕にその魔法を練る感覚を教えることができる人間は……魔女には存在しないということか?」
しかし、雌黄魔女 は頭を悩ませながら、ついに答えを出してくれた。
「魔法を練る感覚は、粘土を想像していただければいいと思います。そのためには、まず自身の体に溢れる魔力を感じて、それを形にする技術が必要です。魔法を飛ばす技術は、まあ追々理解すればいいでしょう。」
「――なるほどな。魔力を感じるか……」
あいにくそれはもう出来ている。自身の身体に溢れるこの魔力の波……これを粘土のようにこねくり回せばいいわけだ。
そして僕は言われた通りのイメージを浮かべながら、試しにやってみることにした。
すると。
「――――魔力見つけた……これを……練る……」
「そうです。練れてきています。」
自身の中に何個か手を作り出して、それを使ってこねていくようなイメージ。
「………はぁ………これを……こうして………」
ぐぅ……少しでも集中力が乱れると、すぐに魔力が霧散して行って、練り直さなければいけなくなってしまう。そんな行動を続けてから―――五分後。
「――――で、出来た…!」
「わあ!タビナよくやりました!魔力をしっかり練れてます!そしてそれをそのまま飛ばすのです!」
「………と、飛ばす?」
飛ばすとは?
この光の塊を……どうすれば前方に飛ばすことができるのか。
試しに僕は手をブンブンと振ってみることに。
しかし。
「わっ!タビナ急に手を振り回さないでください!危ないですよ!」
「あ、悪い!」
失敗。
続いては息で吹いてみる。
「ふーふー!」
「タビナ!かわいいです!」
「うるさい!」
失敗。
これ……どうするんだ?
試せるだけ試してみたが、一向に魔法が飛ぶ気配はない。
「………まあでも…一歩前進だ。」
飛ばす技術は、ルーにでも教えて貰えばいい。
魔法を練ることはできるやうになったんだ。まずは、この練ることに慣れていくべきだとおもう。
そして僕は何度もそれを繰り返していくことに。
魔力を練っては、それを消して、練っては、消してを繰り返す。
「タビナ!!凄いですよ!」
「………うん……でもまだこんなのじゃ戦闘には使えない。もっと早く……そしてフラットに使えるようにならないと。」
魔力を練るのに五分もかかっては意味がない。そんなことをしている間にも、敵の攻撃は続くんだ。
すると雌黄魔女 が尋ねてきた。
「……タビナはどうして攻撃魔法を?」
「……やっぱり、僕は身近な人には死んでほしくないんだ。確かに僕は壁にはなれるけど、それだけじゃ守りきれないってことに今日気づいたから。そのため。」
「―――ふふっやっぱりタビナはいい人です!」
「は、はあ?僕は……いい人なんかじゃ。」
第一…人の気持ちなんかわからないしな。
しかしそれでも雌黄魔女 は僕を褒めちぎってくる。
「何だよもう……むず痒いな。」
「褒められたら素直に喜べばいいのです。素直なタビナは可愛いです」
「……はいはい。」
思わずドキリとしたが、こいつのことだ。
おそらく人間でいる僕を揶揄って遊んでいるのだろう。
「ともかく、今日はありがとな。お前のおかげで魔力を練るコツがわかった。」
そして僕は雌黄魔女 の頭を撫でる。すると
「はっ―はぅ!?」と、顔を真っ赤にしだす。
「あ、悪い」
一応異性同士だってことを忘れていた。いつも瑠夏にするノリで同じことを……
しかし、雌黄魔女 は「いえ、そんな謝ることでは」と首を横に振った。
「――とりあえず僕はこのまま朝まで練習するから、お前はもう寝るといい。結構魔力使ってただろ。」
「いえ?」
―――マジかよ。
※※
翌日。
「―――十秒切ったああああ!」
僕は、魔力を練ってから形にするまでのタイムアタックをしていた。
なんと最終的に、五分もかかっていたものが、十秒以内でできるようになった。
まあ、まだ飛ばすことはできないので、攻撃魔法としては半人前だが、それでも一歩ずつ魔法を使えるようにはなっている。
それに、昨日は僕の自動詠唱 という加護の存在も明らかになったしな。
やろうと思えば浮遊魔法も使えることがわかった。
「…ルーに教えてやろ」
※※
「ルー!見てみろ!」
僕は勢いよく扉を開き、ルーの眠るベッドまで向かう。
まだ寝ているかもしれないが、そんなものは関係ない。どうせそろそろ起こさねばならなかったわけだし、そのついでだと思えば。
すると案の定眠たそうなルーの声と姿が。
「んん……何じゃ朝から騒がしい奴じゃな……って魔力練れるようになったのか貴様。」
「ああ。今なら十秒以内に練れるようになった。」
「わしは生まれた瞬間から一瞬で練れたがの。」
何だこのマウント小娘。
まあでも今は気分がいいのでそんな言葉もながしてやれる。
「とにかく、これで僕はただの壁になるだけの存在じゃなくなったわけだ。」
「でも貴様、それ飛ばせないんじゃろ。」
「なんでそれを?!」
「言ってみただけじゃが、本当に飛ばせなかったのか。」
なんだよ…鎌掛けかよ。
「でも、それを直接相手に打ち込めれば、攻撃としては成立するから、まあ気にせんでもいいじゃろ。」
「だ、だよな。」
魔法を帯びたパンチ……結構かっこいいじゃないか。
それに僕は回復があるから、怪我を負う覚悟の接近もできる。
そう考えてみると、意外と相性がいいのかもしれない。
まあ一番は魔法を遠距離から打ち込めることなんだけどまあ今僕が出来る最善は、これだろう。
僕が内心そんな決心をすると、ルーは寝ぼけ眼を擦りながら「今何時じゃ?」と尋ねてくる。
僕はルーの部屋の時計を見て、針の指す時刻を読み上げる。
「六時……半だな。てか、それくらい自分で読めばいいだろうが面倒くさがり屋め。」
「くああぁ〜ねむぃ」
あくびをして二度寝をかまそうとする姿を見ると、本当こいつ朝弱いよな、と思う。
じゃなくて。
「早く起きろ!華麗に二度寝をかまそうとするなよ。」
「もう出発は明日にせんか?」
「協力をお願いした手前そんなこと許されるわけないだろ。ミネルヴァもマトラも多分もう準備してると思うから。」
「むぅ……仕方ないの。」
するとようやくルーはベッドから降りて、寝巻きから魔法でいつものゴスロリのような私服に着替える。
「何度見てもその魔法便利だよな。」
「タビナには出来ないからの。これは収納魔法じゃから、せめて空を飛べるようになった後にでも………いやなんでもない。」
「は?なんだよ。空を飛べるようになったら僕もその収納魔法が出来るようになるのか?」
「難易度の話じゃから、出来る可能性もあれば、出来ない可能性もある。」
ふうむ?
僕はいまいち要領を得ない会話に、?マークを頭に浮かべるばかりだ。
しかし、これ以上は会話をするつもりもないようで、ルーは僕を置いて部屋を出た。
「……わ!待てよ」
その事実に気がつき僕も慌ててその後を追う。
※※
事実を出てから僕らは、王室に向かうと、そこには案の定、今日もきっちりとしたミネルヴァと、眠そうなマトラの姿を確認できた。
すると二人は僕らに気がつくと
「おはようございますルーデウス様、タビナ」
「おはよ〜今日も元気にがんばろっか〜」
各々挨拶を交わしてきた。
何だか、マトラはともかく、昨日は敵対的だったミネルヴァからこうして友好的に挨拶をされるという事実には、中々涙腺にくるものがあった。
そして僕とルーも同じように朝の挨拶を返す。
「――じゃあみんな集まったことだし」
僕は玉座に目を向ける。
そこには雌黄魔女 が綺麗な所作で座っていた。
「雌黄魔女 !行ってくる!」
「すぐ帰ってくるからの。」
「行ってきます雌黄魔女 様」
「行ってくるね。お土産は期待しないで。」
と各々が雌黄魔女 に挨拶を交わすと、彼女は満面の笑みを浮かべて
「――はい!行ってらっしゃい皆様!」
そう言って僕らを送り出してくれるのだった。
「―――雌黄魔女 !練習付き合ってもらって助かったよ。ありがとう!」
どうせしばらく会えないのだ、と考えて僕は今朝のことにお礼を述べておく。
忘れてしまって、そのままお礼も言えなくなるのは避けたかったから。
すると、雌黄魔女 は一瞬、頬を紅潮させてから「―はい。いつでもお手伝いいたします!タビナ!」と、笑って手を振ってくれた。
その後、他の護衛には「お行儀が悪いですよ」などと注意を受けているのを尻目に、僕らは王宮を出た。
すると、ルーが僕の裾を引っ張ってきて
「何じゃ貴様…雌黄魔女 に教わったのか攻撃魔法を。」
「ん?ああ、今朝な。」
僕がそう答えると、ルーは突然
「なぜわしに、教わろうとしなかったああああ!?」と怒ったように叫び出した。
「はあ?何怒ってんだよお前」
「知らん!貴様がわしを差し置いて、雌黄魔女 に教えを乞いに行ったのが気に食わん!貴様はわしのパートナーじゃろうが!」
「ま、まあそれはそうだけど……」
魔法を教わるくらい誰でもよくないか?
そう思っているとマトラが
「なになにタビナ、魔法のこと学びたいの?私が教えてあげるよー」
と、空気の読めない発言をしだす始末。
そうなればルーが対抗してマトラと喧嘩するのは、想像に難くない。
すると、小声でミネルヴァが耳打ちをしてきてこう一言。
「―――私にも聞いてくだされば、いつでもお教えしますからね!」
「ん、ああありがとう。」
そして、僕とミネルヴァは喧嘩をしているルーとマトラを尻目に、雑談に興じるのだった。
これはこれは――愉快な旅になりそうである。
※※
ここはとあるスラム街。
「おいガキ逃げるんじゃねぇ!」
おそらく商人であろうその大男は、小柄な少年を追いかける。
よく話を聞いてみればその少年は盗人だそうだ。
なるほどなるほど。
空腹を我慢できなくなった彼は、盗みを働いてしまったというわけか。まあたしかにこの劣悪な空間では、一日分の食糧を手に入れるだけでかなり大変なことだろう。
でも―――
「盗みは――よくない」
傲慢なその少女――否、魔女はその少年に向かって、攻撃魔法を撃ち放った。
「――!? あ、アンタ流石にそれはやりすぎ……」
大男は向かってそんなことを言ってくる。
全く。
「善行を受けたら、まずはお礼を言わないと。あなたもダメだ。」
そして、大男も少年と同じように魔法攻撃を受けて、血飛沫をあげながら、路地裏で倒れる。
もう……僕の手を汚さないでよ。
でもあなたが悪いんだよ?
「――罪を犯したら、罰を受けないと。」
その傲慢な少女は、薄暗いスラム街の路地裏で今日も咎人を探しては狩っていた。
「罪人は――この常磐魔女 が狩り尽くす。」
邪悪な笑みを浮かべて。
あたりは真っ暗で、灯りをつけると部屋の時計の針は、夜の二時を指していた。
辺な時間に寝たから、こんな時間に起きてしまったのかもしれない。とはいえ、一度起きてしまうと、もう一度寝る気も起きない。二度寝はしない主義なのだ。
そんな中、試しに外に出てみると、やはりあたりは真っ暗でただでさえ広い王宮が、さらに広く見える。
「……流石に怖いな。」
だか、暇な僕はそのまま外に出て隣の部屋をノックする。ルーが寝ているはずの部屋だ。
しかし、いくら経っても返事どころか物音すらしないので、どうやらルーは寝ているらしいことがわかる。まあこの時間だし、当然といえば当然なのだが。
特にルーはよく寝る奴だし、見た目幼女だし、起こすのは忍びない。大人しく部屋で過ごすか、と引き返そうとすると――――人影がポツリと近づいてきていた。
真っ暗な人影が廊下の奥の方から、ゆらりゆらりとこちらに。
「…………だっ……誰!?」
声を裏返らせながら、そう叫ぶが、その人影は僕に応えることなく近づいてくる。
「……お、おい!返事くらい…しろ!」
僕は後退りしながらそういうが、反応はまだなく、無言で僕に近づいてくる。
そして、なんの前触れもなく突然その人影は動きを止めた。
「―――?」
と思いきや、いきなり今度は動き出し、僕の方に駆け寄ってくる。
「ッッッ!!? うわあああああああああ!!!」
すると。
「あーっはははっははははは!いい反応をしますねタビナ!」
「……は……はあ!?」
なんと人影の正体は
驚かそうする魂胆で、あんなことをしたらしい。
「お、おまえ本当にびっくりしたんだからな」
「あの反応を見ればわかります。『うわあああああ』って……うふふ」
思い出し笑いを浮かべる彼女だが、僕はそれを見て頭蓋にヒビでも入れてやろうかと画策する。
どうせ回復魔法で治るのだから一撃くらいお見舞い――と行きたいところだが、これで彼女の持ち前のヒステリックが発動して、暴れられても困るので、ここは必死に我慢だ、と自分を抑えた。
そんな物騒なことを考えていると、
しかし、用があるのは事実なようなので、大人しく着いていくことに。
※※
室内に入ると、
ただ、僕は一応男女であるということも考慮して、一度は首を横に振る。しかし、その後
「……な、何の用?」
オドオドしながら僕が尋ねると、
「………………」
「………………」
――いやいやいや!わかんないわかんない!
一体彼女は何がしたいんだろうか。
そもそもこんな時間まで、あの廊下にいた意味もわからないし、なにより部屋に入ってきたことが一番よくわからない。
そんな調子が続いたため、僕は疑問よりも段々不安が勝ってきてしまった。
もしやあの時の「お前馬鹿じゃねぇの」発言を根に持って、ルーが見ていない隙に始末してしまおうという魂胆か?
うわ!それじゃん!それ以外に思いつかないし……
そんなこんなで内心ビクついていると―
「――タビナ……改めて今日はありがとうございました。私の妹を助けていただいて。」
「……へ?妹?」
僕は思わず尋ねると、
僕が今日助けた人物といえば、ミネルヴァのことだが――まさか?
「ええ?ミネルヴァと
「いいえ違いますよ。厳密には……ですが。」
「……よく分かんないな。もっと簡単に説明してくれよ。」
「そんな大層なものでもないですよ。あの子は戦争孤児でそれを引き取ったのが私というだけですから。」
――それは…大層というのでは?というツッコミはしないよう我慢した。
つまるところ、血は繋がってはいないが――
「お前はミネルヴァを妹のように思ってるわけか。」
「そういうことです。しかし、今日は彼女に辛い思いをさせてしまいました。まさか命を奪う手前まで追い詰めてしまうとは……」
キレると何しでかすか分からない人だもんなこいつ。僕と同じで。
「そういえば、タビナは寝ないのですか?」
「んー変な時間に寝ちゃってな。目が冴えちゃって寝れやしない。」
僕があくび混じりにそう言うと、
「では、私が寝かしつけて差し上げましょうか?」
なんて言ってくる。
「馬鹿言え。僕はそんな小さな子供じゃないんだよ。」
「しかし、私からすればタビナは子供同然です。」
「でも僕からすれば僕は子供じゃないの。」
そんな言葉の応酬も、あくびで一度リセットする。
「――んで?なぜこの部屋に入ってきたわけ?」
僕が扉を見ながら尋ねると、
「お礼がしたかった―それだけですよ。ではこうしましょう!お礼に何でも言うことを聞きましょう。なんでもですよ?」
ニヤニヤしながら
「………別にして欲しいことなんざないよ。強いて言うならそうだな………攻撃魔法の打ち方を教えて欲しいくらいだ。」
「………そう言うことではなかったのですが……まあいいでしょう。」
少し残念そうに彼女は項垂れた。
「しかし、回復魔法が出来れば、攻撃魔法もできると思うのですが……魔法を練る感覚はわかりますか?」
「――実は、僕、魔法を練る感覚ってのがよくんかんないんだ。この回復魔法もほぼ無意識でできてるし……」
「ほう?それは………すごいですね。もしかしたら、貴方には
「……
「その名の通り、魔法を練るという意識をせずに、自動的に魔法を扱うことができる力ですよ。ただ、これは自身の身体に直接作用する魔法でないと扱えません。例えば、
「………ということは、僕も空を飛ぼうと思えば飛べるってことか?」
「ええと……難しいのですが、
「―――?」
いまいち理解が出来なかった僕は、首を傾げると、
「いいですか?簡単にいうと、命に関わることと真逆の力が働くということです。傷を受ければその傷を治すために回復魔法が発動し、高いところから落下すれば、落ちないように浮遊魔法が使えます。そして、
「ええ……ってことは、僕は空を飛ぶためにはまず落ちなきゃいけないって事?」
「いえ、これはあくまで
なるほど。ならば結局、魔法を練る感覚は覚えなければいけないものということか。
閑話休題。
「ではまず、魔法でこのように花火を作ってみてください。これが基本です。魔法を練り、それを射出する。この工程が、攻撃魔法の工程ですから。」
「―――魔法を練って、それを射出…つうか僕、魔法を練るって感覚がわからないんだけど?」
僕は頭を抱えるように尋ねる。たしかルーが言っていたことだが、魔女は全員生まれたその瞬間から魔法を使えるため、その魔法を練る感覚がわからないということ自体が分からないそう。
僕らだってどうやって呼吸をするのか?と尋ねられても困るだろう。それと同じことで、魔女からすれば、魔法というのは身体機能の一つのようなものなのだ。
「……つまり、僕にその魔法を練る感覚を教えることができる人間は……魔女には存在しないということか?」
しかし、
「魔法を練る感覚は、粘土を想像していただければいいと思います。そのためには、まず自身の体に溢れる魔力を感じて、それを形にする技術が必要です。魔法を飛ばす技術は、まあ追々理解すればいいでしょう。」
「――なるほどな。魔力を感じるか……」
あいにくそれはもう出来ている。自身の身体に溢れるこの魔力の波……これを粘土のようにこねくり回せばいいわけだ。
そして僕は言われた通りのイメージを浮かべながら、試しにやってみることにした。
すると。
「――――魔力見つけた……これを……練る……」
「そうです。練れてきています。」
自身の中に何個か手を作り出して、それを使ってこねていくようなイメージ。
「………はぁ………これを……こうして………」
ぐぅ……少しでも集中力が乱れると、すぐに魔力が霧散して行って、練り直さなければいけなくなってしまう。そんな行動を続けてから―――五分後。
「――――で、出来た…!」
「わあ!タビナよくやりました!魔力をしっかり練れてます!そしてそれをそのまま飛ばすのです!」
「………と、飛ばす?」
飛ばすとは?
この光の塊を……どうすれば前方に飛ばすことができるのか。
試しに僕は手をブンブンと振ってみることに。
しかし。
「わっ!タビナ急に手を振り回さないでください!危ないですよ!」
「あ、悪い!」
失敗。
続いては息で吹いてみる。
「ふーふー!」
「タビナ!かわいいです!」
「うるさい!」
失敗。
これ……どうするんだ?
試せるだけ試してみたが、一向に魔法が飛ぶ気配はない。
「………まあでも…一歩前進だ。」
飛ばす技術は、ルーにでも教えて貰えばいい。
魔法を練ることはできるやうになったんだ。まずは、この練ることに慣れていくべきだとおもう。
そして僕は何度もそれを繰り返していくことに。
魔力を練っては、それを消して、練っては、消してを繰り返す。
「タビナ!!凄いですよ!」
「………うん……でもまだこんなのじゃ戦闘には使えない。もっと早く……そしてフラットに使えるようにならないと。」
魔力を練るのに五分もかかっては意味がない。そんなことをしている間にも、敵の攻撃は続くんだ。
すると
「……タビナはどうして攻撃魔法を?」
「……やっぱり、僕は身近な人には死んでほしくないんだ。確かに僕は壁にはなれるけど、それだけじゃ守りきれないってことに今日気づいたから。そのため。」
「―――ふふっやっぱりタビナはいい人です!」
「は、はあ?僕は……いい人なんかじゃ。」
第一…人の気持ちなんかわからないしな。
しかしそれでも
「何だよもう……むず痒いな。」
「褒められたら素直に喜べばいいのです。素直なタビナは可愛いです」
「……はいはい。」
思わずドキリとしたが、こいつのことだ。
おそらく人間でいる僕を揶揄って遊んでいるのだろう。
「ともかく、今日はありがとな。お前のおかげで魔力を練るコツがわかった。」
そして僕は
「はっ―はぅ!?」と、顔を真っ赤にしだす。
「あ、悪い」
一応異性同士だってことを忘れていた。いつも瑠夏にするノリで同じことを……
しかし、
「――とりあえず僕はこのまま朝まで練習するから、お前はもう寝るといい。結構魔力使ってただろ。」
「いえ?」
―――マジかよ。
※※
翌日。
「―――十秒切ったああああ!」
僕は、魔力を練ってから形にするまでのタイムアタックをしていた。
なんと最終的に、五分もかかっていたものが、十秒以内でできるようになった。
まあ、まだ飛ばすことはできないので、攻撃魔法としては半人前だが、それでも一歩ずつ魔法を使えるようにはなっている。
それに、昨日は僕の
やろうと思えば浮遊魔法も使えることがわかった。
「…ルーに教えてやろ」
※※
「ルー!見てみろ!」
僕は勢いよく扉を開き、ルーの眠るベッドまで向かう。
まだ寝ているかもしれないが、そんなものは関係ない。どうせそろそろ起こさねばならなかったわけだし、そのついでだと思えば。
すると案の定眠たそうなルーの声と姿が。
「んん……何じゃ朝から騒がしい奴じゃな……って魔力練れるようになったのか貴様。」
「ああ。今なら十秒以内に練れるようになった。」
「わしは生まれた瞬間から一瞬で練れたがの。」
何だこのマウント小娘。
まあでも今は気分がいいのでそんな言葉もながしてやれる。
「とにかく、これで僕はただの壁になるだけの存在じゃなくなったわけだ。」
「でも貴様、それ飛ばせないんじゃろ。」
「なんでそれを?!」
「言ってみただけじゃが、本当に飛ばせなかったのか。」
なんだよ…鎌掛けかよ。
「でも、それを直接相手に打ち込めれば、攻撃としては成立するから、まあ気にせんでもいいじゃろ。」
「だ、だよな。」
魔法を帯びたパンチ……結構かっこいいじゃないか。
それに僕は回復があるから、怪我を負う覚悟の接近もできる。
そう考えてみると、意外と相性がいいのかもしれない。
まあ一番は魔法を遠距離から打ち込めることなんだけどまあ今僕が出来る最善は、これだろう。
僕が内心そんな決心をすると、ルーは寝ぼけ眼を擦りながら「今何時じゃ?」と尋ねてくる。
僕はルーの部屋の時計を見て、針の指す時刻を読み上げる。
「六時……半だな。てか、それくらい自分で読めばいいだろうが面倒くさがり屋め。」
「くああぁ〜ねむぃ」
あくびをして二度寝をかまそうとする姿を見ると、本当こいつ朝弱いよな、と思う。
じゃなくて。
「早く起きろ!華麗に二度寝をかまそうとするなよ。」
「もう出発は明日にせんか?」
「協力をお願いした手前そんなこと許されるわけないだろ。ミネルヴァもマトラも多分もう準備してると思うから。」
「むぅ……仕方ないの。」
するとようやくルーはベッドから降りて、寝巻きから魔法でいつものゴスロリのような私服に着替える。
「何度見てもその魔法便利だよな。」
「タビナには出来ないからの。これは収納魔法じゃから、せめて空を飛べるようになった後にでも………いやなんでもない。」
「は?なんだよ。空を飛べるようになったら僕もその収納魔法が出来るようになるのか?」
「難易度の話じゃから、出来る可能性もあれば、出来ない可能性もある。」
ふうむ?
僕はいまいち要領を得ない会話に、?マークを頭に浮かべるばかりだ。
しかし、これ以上は会話をするつもりもないようで、ルーは僕を置いて部屋を出た。
「……わ!待てよ」
その事実に気がつき僕も慌ててその後を追う。
※※
事実を出てから僕らは、王室に向かうと、そこには案の定、今日もきっちりとしたミネルヴァと、眠そうなマトラの姿を確認できた。
すると二人は僕らに気がつくと
「おはようございますルーデウス様、タビナ」
「おはよ〜今日も元気にがんばろっか〜」
各々挨拶を交わしてきた。
何だか、マトラはともかく、昨日は敵対的だったミネルヴァからこうして友好的に挨拶をされるという事実には、中々涙腺にくるものがあった。
そして僕とルーも同じように朝の挨拶を返す。
「――じゃあみんな集まったことだし」
僕は玉座に目を向ける。
そこには
「
「すぐ帰ってくるからの。」
「行ってきます
「行ってくるね。お土産は期待しないで。」
と各々が
「――はい!行ってらっしゃい皆様!」
そう言って僕らを送り出してくれるのだった。
「―――
どうせしばらく会えないのだ、と考えて僕は今朝のことにお礼を述べておく。
忘れてしまって、そのままお礼も言えなくなるのは避けたかったから。
すると、
その後、他の護衛には「お行儀が悪いですよ」などと注意を受けているのを尻目に、僕らは王宮を出た。
すると、ルーが僕の裾を引っ張ってきて
「何じゃ貴様…
「ん?ああ、今朝な。」
僕がそう答えると、ルーは突然
「なぜわしに、教わろうとしなかったああああ!?」と怒ったように叫び出した。
「はあ?何怒ってんだよお前」
「知らん!貴様がわしを差し置いて、
「ま、まあそれはそうだけど……」
魔法を教わるくらい誰でもよくないか?
そう思っているとマトラが
「なになにタビナ、魔法のこと学びたいの?私が教えてあげるよー」
と、空気の読めない発言をしだす始末。
そうなればルーが対抗してマトラと喧嘩するのは、想像に難くない。
すると、小声でミネルヴァが耳打ちをしてきてこう一言。
「―――私にも聞いてくだされば、いつでもお教えしますからね!」
「ん、ああありがとう。」
そして、僕とミネルヴァは喧嘩をしているルーとマトラを尻目に、雑談に興じるのだった。
これはこれは――愉快な旅になりそうである。
※※
ここはとあるスラム街。
「おいガキ逃げるんじゃねぇ!」
おそらく商人であろうその大男は、小柄な少年を追いかける。
よく話を聞いてみればその少年は盗人だそうだ。
なるほどなるほど。
空腹を我慢できなくなった彼は、盗みを働いてしまったというわけか。まあたしかにこの劣悪な空間では、一日分の食糧を手に入れるだけでかなり大変なことだろう。
でも―――
「盗みは――よくない」
傲慢なその少女――否、魔女はその少年に向かって、攻撃魔法を撃ち放った。
「――!? あ、アンタ流石にそれはやりすぎ……」
大男は向かってそんなことを言ってくる。
全く。
「善行を受けたら、まずはお礼を言わないと。あなたもダメだ。」
そして、大男も少年と同じように魔法攻撃を受けて、血飛沫をあげながら、路地裏で倒れる。
もう……僕の手を汚さないでよ。
でもあなたが悪いんだよ?
「――罪を犯したら、罰を受けないと。」
その傲慢な少女は、薄暗いスラム街の路地裏で今日も咎人を探しては狩っていた。
「罪人は――この
邪悪な笑みを浮かべて。