第7話              エピローグ

文字数 866文字

エピローグ

『N君のこと』が書き上がった。市長が無投票で再選されてしばらくしてからのことである。嬉しい気持ちは当然ある。なんだつまらないという思いもある。どこに着地するのか全く分からない中で、ともかくも到達できたという安堵感も大きい。最初思っていたように、誰にも見せないという意志に変わりはない。でも、僕のこともNのことも知らないような人に読んでもらえたら・・・という助平な気持ちも捨てがたい。いつものように優柔不断である。
 その後、Nには一度だけ会った。会ったというより、擦れ違っただけという方が正しい。でも僕は、初めの時のようにあがることはなかった。Nも平静で、笑みさえ浮かべているように感じた。勿論挨拶はない。これは場所が場所だけに当然でもあった。まあ、分からないが。僕が落ち着いていられたのは、まさしく『N君のこと』制作のお陰である。そういう意味では、「成功」であった。はっきり言っておこう。予想に反し、書くことは楽しかった。僕は交渉の場で、内心にやにやするような気持ちになったこともあったのである。不謹慎である。
 Nの顔を見なくなったこのごろ、ふと、そう、例えば道を歩いているような時に頭の中に流れる曲がある。ビートルズの『When I'm Sixty-Four』である。初めて聞いたのは中三の時で、ジョンびいきの僕は、ポール作のこの曲が好きではなかった。歌詞に捻りも何もなく、内容も当時若年の僕にとっては、「恐ろしい程の時間が過ぎて、僕たちも第二の人生というか、ほとんど人間らしくないつまらない年になっても、変わらず愛してよね!」てな感じで、同じアルバムの中のほかの革新的な楽曲と比べ、余計に味気なく思えたのである。
 ところが今、自分自身がそんな年になった僕の頭の中で響くこの歌は、実にシニカルで、「64になっても、何も変わらない。余生なんてない。人生は一回こっきりで、その都度の今があるだけ・・・」と宣うのである。
 僕は大学も会長も続けることにした。妻にそう伝えると、まさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。




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