九話

文字数 4,490文字

多忙な日々が続いていた。
一難去ってまた一難。管轄内での事件が多発していた。捜査第三課(サンデビ)の担当は獣能力や獣人絡みの犯罪。と、大まかな区分けはあるものの、現実には、そう簡単に振り分けられる事件ばかりではない。主担当の仕事を捌きながら、ライは第一課、俺は第四課の捜査班に加わり、昼夜仕事に明け暮れている。

ライの事件は特に難航しており、彼にしては珍しく、解明の文字にフラレ続けている。糸口を掴んでも情報を得ても、すぐに霞がかかるとそう言った。
「宝石店での連続盗難事件。よくある話に聞こえますが、犯人グループは相当な手練れのようです。短時間で目的を達成させ、一切の証拠を残さない。現場を離れる際も、絶対に足がつかない手段をとっています」
「つまり、空中移動が可能な獣人が仲間にいる可能性が高いわけか」
「その通りです。かつ、店内の防犯カメラの映像がハッキングされており、有能なハッカーの共犯も示唆。いずれにせよ、獣人が絡んでいそうな状況から自分が捜査班に加わったのですが、前例も経験も役に立たず仕舞いでして」
「何故?」
「宝石が消えるからです」
「詳しく」
俺は調査資料データバンクをサーチしつつ耳を傾ける。
「一件だけ、街頭の防犯カメラが実行犯の姿を捉えてまして。音声記録がなく遠景ではあるものの、入店前後で所有物が変化しない様子を映しているんです」
「盗んだはずの宝石を保持している様子がない、ということだな?」
「はい。けれど、宝石は確かになくなっている。跡形もなく姿を消し去るなんて、あり得るのでしょうか」
「その場合、あり得るの前提に立たないと進まない気もするが。ちなみに宝石って、指輪とかピアスならポケットに入れたら見えなくないか?」
「こちらご覧ください。自分には到底買えない巨大カラットの指輪三点、王族のごとき輝きを放つ腕時計一点。流石にポッケも膨らむか、重さで形が歪む気がします」
提示される実物の写真。ライの言う通り、サイズ感、存在感共に「隠し持つ」ことは難しそうだ。
「お、おう。なるほどな。まったく、どんな獣能力なんだか」
データバンクに目ぼしい情報はない。けれど頭の片隅でチラつく候補者。
「それとですね先輩。興味深く、かつ事件を迷宮入りさせようとしている情報もくっついていまして」
「ハハハ。それはどんな?」
彼は捜査資料を読み返し、該当箇所を探している。見つけて読み直す表情は、半信半疑だ。
「当事件との関連性は調査中ですが、犯行後一週間以内に必ず施しが確認されています」
「施し?」
「はい。首都地域の学校、病院、研究所、セキュア、教会などに、現金や物資が届けられるんです。受け取らず届け出る施設もあれば、運営状況により活用する団体もあり、反応はまちまちです。我々はその施しの推定金額から、関連有りとして扱っています」
「そうか」
空中移動、消える、セキュア。
思考が勝手に言葉を繋げた。勝手に君へと導いた。
「自分は」
悔しげに途切れる言葉。戸惑いと意志がせめぎ合う様子が見てとれた。急かすことはせず、けれどその先を望んで待った。
「自分は、たまに、自分の正義が酷く曖昧に思えます。今回のこれも、助かる人がいるならと、思ってしまって。これは、百パーセントの有罪なのでしょうか」
「助かる人がいる、それは事実だ。だが、一方に事前承諾のない損失がある。つまりその施しは、一方的かつ強制的な富の再分配。故に正しいルートでの恵みではない。法的に正しいと立証されないものは、有罪として扱って支障ない」
「先輩って意外と……」
「そう思ってもらっていい。仕事と情が適切な距離を維持し続けるよう見守るのも、俺の仕事だ」



忙しさを言い訳にするつもりはないが、黒蝶の誘拐未遂案件は全く手を付けられないでいた。危険性も緊急性もなく、故に優先順位は下がるばかり。
失念していたと言っても過言ではない。

今日も朝から外出し、デスクに戻れたのは十五時過ぎ。目覚まし用のコーヒー缶を片手に握ったまま、椅子から動けなくなった。
気合いでプルタブを起こしながら、ふと違和感に気づく。先に戻ったはずのライがいない。対面の机上には、仕事用のスマホが残されていた。
彼も相当疲弊しているのかもしれない。今日は定時上がりを強制しようか。そんなことを考えていると、本人が戻ってきた。
「先輩。おかえりなさい」
「おう、ライもお疲れ。大丈夫か?」
「はい」
「無理してないだろうな」
いつになく心配している理由を察したのだろう。ライはスマホをジャケットに収めつつ笑って言った。
「わざと置きっぱなしにした訳じゃないですよ。おかし作りしてたんで」
「そっちか。それは電話出れないよな。お疲れ」

おかし作りは二人の隠語。無論お菓子ではなく、「貸し」のことである。
ライの獣能力は、捜査への貢献実績はもちろんのこと、身内(ガーディアン)からも厚い信頼を置かれている。家出したペットから、徘徊してしまった親族まで、居場所特定捜査の依頼が時折舞い込むのだ。
興味深いのはその報酬。ホットチョコ十杯分のギフト券から、課外秘の極秘情報まで。本人は一切求めていないものの、仕事に活きてくるそれらも助かって、たまのおかし作りを楽しんでいるようだ。

今日は「祖母の大事なハムちゃんが脱走してしまって」と泣きつかれたらしい。さすがのライにもハムスターの捜索は難儀だそうで、断ろうとしたらしいが、ハムちゃんの動画を見せられ鳴き声を特定。すぐに見つかったそうだ。
「やるな相棒。これでライには死角なんかないことが証明されたな」
「いえ。ハムちゃんはミニブタでしたので、ひと鳴きしてくれればこっちのもんです」
「ライの言い方よ」
互いにひとしきり笑い、セロトニンで満たされたところで仕事に一点集中。するはずだった。
「そうでした。今回の報酬は先輩に差し上げます」
「どういう風の吹き回し?」
「依頼人は総務課のYさんだったんです」
「ああ、耳が早いで有名な。それが?」
「このところ、街中で不思議な黒い影の目撃情報が増えているとのことです」
「黒い影? 情報はそれだけ?」
「いえ。Yさんも実際に見たそうです。夕闇の中、曲線的な羽を持つ獣人がポラリスタワーから滑空する姿を。どうです? 興味あります?」

忙しさにかまけて忘れたかった。
何も起きていなかったと、終結させてしまいたかった。
君は元気に、ただ君の人生を生きているはずだ。誘拐未遂は別の誰かの悪戯だ。宝石の事件も関係ない。
そう言い聞かせてしまいたかった。

関係ないと言ってほしい。
何も変わっていないと言ってくれ。
懇願にも似た、期待が捨てられない。

「ライ」
ならば証明すればいい。本人の口から、無実を。
「俺におかし作ってくれない?」
「断ると思いましたか。いいですよ。特別に先輩割引を適用しますね」
「ちゃっかりしてんな。商売上手かよ」
「えへへ。さて、何を探しましょう?」
「この前の動画、覚えてるか?」
「はい。監視カメラのものですね」
「翅音は?」
「覚えてます」
「よし」

ライを引き連れエレベーターへ。屋上を目指した。
五街で一番高いビルから眺める景色は、今日も今日とて清々しい。折りを見て立ち寄ることがあるが、先客がいた試しがない。
鉄柵の前まで進み、ポラリスタワーを捉える。

「音の主の所在は不明。それに彼女は翅を格納できるから、常時翅音を立てるとも限らない」
「なるほど。ボディパーツを変幻自在に扱える獣人は多くいますよね。ちなみに、何種の獣人さんですか?」
「蝶だ」
「蝶? 聞き馴染みがありませんね」
「そうか」
「はい。少なくとも首都地域、つまり一から七街には戸籍登録されている個人は存在しません。先月の案件で確認したばかりなので、間違いはないかと。先輩、叱責覚悟で聞きますが、その方はフェイカーですか?」
「違う」

フェイカーは、人にも獣人にも成りきれない犯罪者を指す。
獣能力を欲した人が、望むまま人工的に取り込むことで、獣人に擬態することがある。その手法は、輸血等で獣人の体液を多量摂取する、或いは非合法的な遺伝子操作で己に獣能力を発動させるという究極の二択になるため、フェイカー化は犯罪なのだ。この紛い物の獣能力に対し、Cメソッドは効力を持たない。

「違う。彼女はフェイカーじゃない。生来の獣人だ」
「その人のこと好きなんですか?」
「何故そうなる。言うまでもなく答えは否だ」
「でしょうね」
興味本位の依頼じゃない、捜査だ。その反論はどこまで届いただろう。
ライは軽く体側を伸ばして準備を整え、意識を集中させていった。
「では。探しますね」

僅か数分で何かを検知したライ。左前方に顔を向け、さらに意識を集中し始めた。その方角にはポラリスタワー。
「先輩」
「いたのか」
「いたというより……」
ライにしては歯切れが悪い。そして訝しげに目を細めたかと思えば、慌てて俺の腕を引いた。
「退避してください!」
徐々にライの牽引力が増してゆく。まごつく俺に、ついに響く怒りの一言。
「急接近しているんですよ! 翅音の主が!」

「よく気づいたわね」

背後から忍び寄る、聞き覚えのある声。先に彼女を視認したライの目に、警戒心が色濃く宿った。振り向けば、屋上に降り立つその姿。

「フレイア」

格納されず、風に揺れる翅。奥の手として、麻痺の鱗粉が舞うかもしれない。あいにく俺とライは風下にいた。万が一を想定し、ライを背後に隠す。

「カイト。待ちくたびれちゃった」
「何の冗談だ」
「ごめんね。急かすつもりはないのだけれど、私には時間がないの」
「ならば単刀直入に言え。何が目的だ」
「夢を叶えることを許して」
「聞いていたのか。今一度問う。何が目的だ」
「嘘じゃないわ。伝えた通りよ。聞いていないのは、どちらなの」

こちらは何も答えなかったが、それが決定的な返答だった。

そんな顔するな。
思い出させないでくれ。

違う。起きろ。思い出に弱気にされている場合ではない。
「聞かせて欲しい。五街第三高校での誘拐未遂の件や、いま街を騒がせている事件は、君とは関係無いな?」
「証拠は何て言ってるの?」
「確証は、まだ」
「そう。あなたはどう思うの?」
「否定も肯定もできない」
「あなたらしいわね」

その瞳は明らかに俺の背後を捉えていた。
「違う意見をお持ちなのでしょう」
「……先輩……」
「遠慮は要らない」
ライは俺の横で、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「高校での件に限りますが、監視カメラの翅音と、今、貴女の発した翅音は完全に一致しています。同一人物である可能性が高く、よってその夜、貴女は現場に居たことになる。加えて、敷地内への侵入後、被害者の悲鳴や護身、逃走の形跡を示す音は入っていなかった。推測するに、貴女は被害者と顔見知り、或いは共犯者。未遂とは言え、愉快犯にでもなるおつもりですか」
淡く微笑んだまま反応はない。ようやく紡がれた言葉は、まるで謎かけ。
「全ての始まりの場所だから」
「何?」
滑らかに外されるグローブ。触れられ、消える吸殻入れ。
「また会いにくるわ。次こそあなたの答えを教えて頂戴。カイト、思い出して。全てが消える前に。思い出して」

そんな顔するな。
思い出させないでくれ。


_____優しいのね_____



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