六話

文字数 2,619文字

仕事の合間を縫って、フレイアの行方を追っているものの、なかなか足取りが掴めない。
一方で、失踪したトオルの同僚について調べたところ、何故か捜査願い授受の履歴がなかった。不思議に思い、トオルを訪ねるべく高校へ向かう道すがら、見覚えのある顔を発見。行方不明と聞かされた教員、本人だった。
慌てて道端に車を止めて呼び止めると、一瞬驚いた様子だったが、お騒がせしましたと頭を下げる彼女。適度に状況確認をし、無事で何よりですと挨拶して別れた。
言葉では安堵を見せたが、頭の中は疑念ばかり。
彼女は当日の夜、職員室の外から不審な音がすることに気づき、気になって確認に向かったそうだ。しばらくパトロールをしたが何も見つからず、聞き間違いと思い引き返したところ、誰かに背後から襲われたと説明した。顔は見ておらず、気づいた時には体育館横の倉庫の中に寝ていたらしい。

トオルから一報をもらった時、校内を隈なく探したと言っていた。常に徹底を図る彼のことだ、倉庫も例外ではないだろう。

校内から盗まれたものはなく、彼女の財布もそのまま残っていた。
彼女が戻ってきたということは、彼女の誘拐が目的ではない。

犯行の意図が全く読めない。
そもそも、結果として事故にも犯罪にもなっていない。何も失われていない。

この奥にあるものは、一体。



別の日。

「先輩。先ほどの件は自分が確認しておきます。ちょうど別件で、データベース探るところだったので」
「ああ。よろしく頼む」
ライと共に外での聞き込み捜査を終え、ステーションへと戻る途中。俺の頭は終業後のことでいっぱいだった。
ライの「あ!」という言葉で我に戻ると、曲がるべき角を通り越し、遠回りコースを行くことに。
「もおー。しっかりしてくださいよー!」
「ごめんって。近道して戻るから」
「安全運転でお願いしますね。あ、それともあれですか? 自分ともっとゆっくりドライブしたい感じですか?」
「なんでそうなる?」
ライはたまに、よくわからない冗談で気を緩ませてくれる。そのタイミングも絶妙なのだが、当人は気づいていないらしい。これが天然というセンスかもしれない。

ようやくステーションに戻り、見慣れたエントランスに足を向ければ待ち受けていた安堵。職場を見て安心するなんて、我ながらどうかしてると思うが、やりがいを感じている証拠ということにする。
「先輩」
呼び止めに応えると、ライは空を見上げていた。そこに広がる見事な夕焼け。反射的に視線を逸らす。急ぐからと、彼を置いて中に入った。

あの色が苦手だ。

夕日の柔らかい光が、眩しさが、あの日のことを呼び戻す。


***


高校二年。薫風の流れる頃。
タクト、トオル、フレイアと、俺。
四人に占拠された放課後の教室。お揃いの制服に、教科書や文房具が練り上げる学校特有の香り。
夕焼けのオレンジ色に染まった青春時代は、色褪せずにそこにある。そのとき刻まれた蹉跌も合わせ抱いて蘇る。


「来週、三者面談あるよね。志望校どこにするか、もう決めてる?」
窓際の自席に座るタクトの質問に、まずはフレイアが答えた。窓から流れ込む風が、彼女の髪を優しく揺らしている。
「うん。前に伝えた学校にする。偏差値足りないかもしれないけど、それでもチャレンジしたいの」
「そっか。全力で応援する」
「ありがとう。ねえ、みんなは?」

トオルは教師を目指して教育学部、タクトは獣人向け医薬品の研究者を目指して獣薬学部、俺はガーディアンを目指し法学部への進学を志望していた。
フレイアはそれを聞いて喜んだ。夢を目指す姿がかっこいいと、そしてそれは必ず叶うと、純粋な魔法をかけた。
「夢が叶ったら、みんなでお祝いしようね」
「フレイアの夢は?」
トオルの投げかけに、首を傾げるフレイア。トオルは続けた。
「フレイアも含めて、みんな、だろ」
照れながらも、顎に手を当て思案する彼女。
「未来の姿は、まだ決めきれないかな。それにね。この先で私が何になっても、自分が決めたなら、満足していると思うの」
質問を挟もうと思ったけれど、タクトに先を越された。
「もし夢を叶えたら、なりたい自分になれたら、両親に伝えたいって、思う?」
「おいタクト」
「大丈夫よ、カイト」
彼女に微笑まれ、弟を叱る意味を無くした。

それまで、彼女の生い立ちについて詳細を聞くことはなかったし、その必要性も感じていなかった。
セキュアに住まう彼女は、複雑な環境下に育ったに違いない。俺たち三人の間では「触れるべからず」の札を貼っていた話題だった。少なくとも、隣で目を泳がせるトオルは同じように理解していたはずだ。
だけどその瞬間、禁忌は禁忌でなくなった。タクトが正面突破してみせた。
聞かれたフレイアも湿っぽくなることはなく、いつも通りの口調で答え始めた。

「どうかな。会えないから、考えたこともなかった」
「変なこと聞いてごめん」
「いいの。言い方が悪かったね、死別じゃないわ。母はどこかで元気にしているはずなの」
「はず?」
「うん。生きてるはずだけど、私には見えない」
会えない、ではなく、見えない。疑問に思うのは俺だけではなかった。その証拠に質問を入れるトオル。
「見えないって、どういうこと?」
「そっか。私の獣能力について、話してなかったよね。私ね……」

そして開示される三つの獣能力。飛翔、麻痺の鱗粉、そして。

素手で触れたものを消し去る能力。

あまりに圧倒的な力に、恐怖さえ覚えた。「珍しいね」と肯定的な言葉を口にするタクトとトオル。その横で、湧き起こる感情全てをかき消した。

いつかもし、俺の存在が不要と判断されたら、触れて抹消し、思い出からも追放されるのだろうか。
フレイアはそんなことしない。信じたいのに身を潜めない恐怖。そんな自分に嫌気がさした。


「フレイアの夢を叶えるために、まずは僕が夢を叶えるよ」
悶々としている間に話しは進み、気づくとタクトがそう口にしていた。
「僕が必ず治療薬を完成させて、大事な君に真っ先に届ける。約束する」
トオルが冗談めかして俺の背を押した。
「カイト。弟が告白してるぞ」
予期せぬ展開に、フレイアは口元を抑えて沈黙してしまった。たちまち赤く染まる頬。

突然舞い降りた好機。
それを制したのは弟だった。

「うん。好きだよ。フレイアのこと」


タクトを尊敬する理由の一つ。臆することなく、心の声を言語化できるところ。そうやって、慎重派な俺と違い、タイミングを制していくのはいつも弟だった。

オレンジ色の思い出は、俺に我慢の作法を教えてくれた。

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