ギャン泣きで爆走していた裸足の子供の話

文字数 2,930文字

早出仕事の帰り、ショッピングモール傍の歩道を歩いていた時のことです。

小さな横断歩道を渡って、屋根付きのアーケード歩道へ入るところで、子供の泣き声が聞こえてきました。
交差する右横の歩道を見ると・・・3~4歳くらいでしょうか。インディア?中近東?系と思われる長袖トレーナーとショーツ姿の裸足の男の子が、それこそ号泣(今風にいうとギャン泣き)しながら、こちらに向かって走ってきます。

━━ええ?なにごと!?

その子はあっという間に私の目の前の交差点を曲がって、そのままアーケードの歩道を爆走してゆきました。

とにかく、声をかぎりにギャン泣きしながら走っているので、周りの誰もが振り返り、心配そうに彼を見ています。そして、私と同じように「・・・この子の親はどこ?」という視線。

と、彼が走ってゆく前方に赤いサリーを身にまとったインディア系の女性がベビーカーを押して歩いていました。

ははぁ、きっと・・・癇癪を起こした男の子を、お母さんがちょっと懲らしめようと置いてけぼりにしたのだな、と勝手に解釈し、少しホッとしました。

しかし、そのインディア系の女性も振り返り、走ってくる男の子を不審な顔で見ています。

━━え?もしかしてアナタのお子さんじゃない?

私はちょっと慌てて足早にその子に近づくと、走り疲れたのか、その場で足踏みしながら、袖口で顔の涙と鼻水をぬぐっています。

それでも、相変わらず声量は落とさずに大声で泣き、辺りを見回して親を探している様子。

追い付いた私は「ママはどこ?」と話しかけますが、なんと英語が通じない。
同じく気になって引き返してきたインディア女性が「あなたの知ってる子?」と私に尋ねますが、私が首を横に振ると、男の子の前に膝をついて話しかけました。
「あなたインディア?」と、彼女がインド語で話しかけますが…これも通じず。

どちらの言葉も分からないからなのか、見知らぬ大人に囲まれているからなのか、また声をあげて泣き始めた男の子。そんな彼をインディア女性は優しくハグして、背中をとんとんと叩いて優しくなだめています。(どこの国でも、お母さんって優しいよね)

いや、これ困ったな・・・とお手上げ状態だったところへ、今度は男の子が来た方向から、早歩きで近づいてくる中国人男性の姿が。

「その子はモールの駐車場の車から1人で出てきたんだよ」と教えてくれました。
話によると・・・駐車場に停まっている1台の車から独りで降りて、泣きながら走り出した、周りに親は居なかった、とのこと。

━━なるほど。
これは想像ですが・・・おそらくチャイルドシートの中で寝てしまったこの子を起こさずに、短い時間だからと、そのまま車に置いてショッピングに出かけてしまったのでしょう。
(5分だろうが1分だろうが絶対にしちゃダメですけどね!怒)

とりあえず、その車に戻っていれば、子供の親が現われるだろう。

中国人男性にモール脇の駐車場?と確認すると、そう、あの横断歩道曲がったところの小さな駐車場だよ、ドアが開いたままの車があるから、すぐ分かるよ、と教えてくれました。

しかたない・・・連れていくか~と、その子の背中に手を置いて、走ってきた方向を指さし戻ろう、とジェスチャーします。
一緒にいたインディア女性も、そうよ、この人について戻りなさい、と子供の背中を押しました。

泣きじゃくっていた子供も理解したのか、自分から私の手を握り、促されるままに今来た方向へ歩き始めます。

十数メートルほど、戻った辺りだったでしょうか。進行方向、つまり今から向かう駐車場の方から7~8歳と思われる男の子が、何やら叫びながらこちらに走って来るのが見えました。
と、それを見た傍らの子も、つないでいた手を放し、いきなり走り出します。

兄と思われる少年に飛びつく男の子。兄も弟の名前(たぶん)を呼びながら、しっかりと抱きしめています。感動の再会よ...涙

追い付いた私が「ママはどこ?」と兄に聞くと、大通りの向こう側を指さしました。
そちらを見やると・・・大柄な男性が小走りに通りを渡ってきます。

兄が弟を連れて駆け寄ると、父親はその子を軽々と抱き上げました。弟の泣き声はもう聞こえず・・・父親の首にかじりついて顔をうずめている様子。

はぁ~よかった。とにかく、親御さんや兄さんが見つかって良かったよ。

きまり悪そうに微笑む父親に軽く手をあげて、私は踵を返して家路を急ぎました。


ここニュージーランドでは、14歳以下の子供を独りで家や車に置き去りにするのは犯罪です。
家に12歳のお姉ちゃんも一緒に居るから、と買い物に出たり、店の前に停めた車の中だろうが、子供達をケアする大人がその場に居なければ・・・即通報されます。

移住した当初、このルールを知って「厳しいな~」と驚きましたが・・・それだけ、犯罪に繋がる確率が高いということ。
不審者に連れていかれる危険はもちろんのことですが、置き去りにして親が遊びに行ってしまうようなネグレクト(虐待)が多い、ということです。

あの父親が、そのルールを知ってか知らずか・・・でも、家に帰ったら奥さんにこっぴどく叱られるヤツですね。ヘタすると離婚案件かもしれません。
それくらい、子供を置き去りにする、ということは危険なことであり、虐待に匹敵すること、とされているのです。

寝ていたあの子が車の中で目を覚ました時、誰も居ない恐怖と不安を想像すると・・・いたたまれない気持ちです。自分でチャイルドシートのベルトを外し、ロックを開けて、姿の見えなくなった兄や父を探し回る・・・もし、大通りに飛び出して車にひかれてしまったら?人身売買目的で連れていかれたら?

家に帰ってから、そんなことを考えていたら・・・ちょっと腹も立ってきて。あの父親に一言、忠告しておくべきだったかな、と思いました。


それも・・・ここ数カ月前から起こっているガザの大虐殺のニュースを見続けているからかもしれません。
新生児から幼児、身重の女性や老人が爆撃から逃げまどい、倒壊した建物の中から変わり果てた姿で見つかる人々。

もう見たくはないけれど、でも目を背けてはいけない、沈黙は共犯。ちゃんと現実を見て、声をあげてゆかなければ・・・と思いながらも、あまりの残虐さに心が削がれてゆくような毎日です。

そんな時に、あの涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした男の子が、そっと握り返してきた小さな手は・・・息子が小さかった頃、無意識に誰かの手を探して握り返してきた、あの温かい小さな手を思い出して、色々こみ上げてきたのです。

誰の子供だろうと、違う民族であろうと、小さな命は守られなければいけない。

遠くの理不尽にも声をあげつつ、身近な子供達にも愛を注いで、皆が守り育ててゆく。
地球上で生を受けたあらゆる動物や鳥、魚たちでさえ無意識に出来ている営みを・・・なぜ、知恵も技術もある人間ができないのか?

いや、ヘンに知恵や技術があるから・・・ダメなのかもしれません。その有難いギフト(能力)をエゴや欲の方向に使ってしまう。

愛と憎悪という困った二面性を持つ人間に・・・果たして救いはないのか?このまま、私達はダメダメな生き物として没落してゆくのか?

日々、絶望と救済の気持ちが交互に訪れる今日この頃です。

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