第20話

文字数 2,358文字

 レイは深く息を吸うと、足早にその場を離れた。長に竹簡を届ける用を言いつかっているのだ。

 先頃、長は他の神官(シーワス)や要職に就いている男たちを連れて、三日ほど里を空けていた。港を整備しようという話があるらしく、その下見だろうと思われたが、まだ正式な神官(シーワス)でもないレイには、詳しいことはわからない。長がいない間は、祭主(レシュ)が長の代わりを務めるのだが、今回は祭主(レシュ)もまた長と共に港の方へ赴いていたため、剣士や他の神官(シーワス)、そして見習いであるレイたちが、その役目を受け持っていた。
 レイが今手にしている竹簡は、その長がいなかった間の記録だった。

 レイが戸布をめくって中へ入ると、長と鍛冶師のリークがそろってレイをふり返った。リークは鍛冶師の長老で、長は何かあると彼に相談することが多い。おそらく、ティールが鍛冶師になることも、まず最初にリークへ相談して決めたのだろうと思われた。

「ああ、すまんな」
 長はレイの持っていた竹簡の束を受け取った。紐で綴られたそれを広げると、長はさっと目を通す。
「留守にしていた間、何もなかったか」
「──はい。ただ、王都から催促の使者が来ました」
 そうか、と長はため息混じりに言い、使者についての記録を確認すると、竹簡を元のように巻き直す。

「長」
 声をかけると長は、何だ、と問う視線をレイに向けた。
「まだ黒金作りを続けるおつもりですか」
「もちろんだ」
「近頃あまりうまくいっていないと聞きましたが」
 長は物憂げに息をついた。
「火虫が集まらずに参っているところだが、だからと言って、やめるつもりもないが」
「俺は、もう王都に戻るべきだと思っています」
「レイ」
 リークがたしなめるようにレイを見た。
「本当のことです。まだ、戦は終わっていません。確かに黒金や剣は必要ですが、何も剣を携えて戦う者自ら、それを作る必要はないでしょう」
 レイが語気を強めると、長は困ったように笑った。
「お前も、なかなか言うようになったじゃないか」
「俺は真面目にお話しているのです」
「わかっている。だが、まだその判断をする時ではない」
「しかし」
「レイ。戦はいずれ終わる。その日が来る前に、我らは備えておかなければならないのだ」
「戦にこそ備えておくべきです。この里では、まだ剣を打つに足る黒金を作ることができていないではないですか。そんなことがどうして備えになるとおっしゃるのですか」

「レイ!」リークが怒りをあらわに割って入った。「そこまでにしておけ。これはお前が口を挟む問題ではない」
「誰も口にしないから、俺が言っているのです!」
 リークはレイを静かに見る。
「レイ、たとえ戦になったとしても、神官(シーワス)になるお前は、戦には出られんぞ」
 レイはかっと頬を赤らめた。
「そういうことを言っているのではありません!」
 レイが叫ぶと、長はなだめるようにレイの肩に手を置いて止める。
「二人ともそこまでにしろ」
 リークは小さくうなずいて、一歩下がる。

 噛み付かんばかりにこちらをにらんでいるレイに、長は短く息をついた。
「お前は小さな頃から優秀だった。剣の申し子と言える腕も、もちろん私は評価している。それが神官(シーワス)に定められてしまったこと、さぞ悔しい思いでいるとは思っている。だが、神官(シーワス)もまた剣士と同じくとても重要な仕事だ。お前のような優秀な者に神官(シーワス)になって、ティールを支えてもらいたいのだ」
「わかって、おります」
 どうにかそう言ってレイは頭を下げると、リークをもう一度睨むように見てから、大股に外へ出て行った。

 やれやれ、とリークは顔を拭い、長もまた笑って息をつく。
「あいつはもうそろそろ剣士(フェルルム)だというところで、先を閉ざされて気が立っているんだ。あまり意地悪を言ってやるな」
 長の苦笑に、リークは首をふる。
「あれは、己の器というものを知らねばならない。幼い頃から優秀であったために、己の力を過信しすぎる所がある。お前とて、ああいう男が戦場に出てどういう結果を招くか、何度も見てきただろう」
 そうなんだが、と長はレイが出て行った方を何気なく見やった。

「長、レイがティールの目の身代わりになったことを、哀れに思うのはわかるが、それだけのためにレイを神官(シーワス)に選んだわけではなかろうが。レイには、剣は持たせるべきではない。あれは強いが、弱い者をいたぶるような所がある。ティールも幼い頃、幾度となく打ちのめされて、大人が止めに入るようなことが多くあったと聞く。
 強いのは良いことだが、それ故に、レイを戦の中にしか居場所を見いだせぬ者にしてはならん。今ここで手綱を引き締めておかねば、ようやく治まりかけた戦を再燃させる火種になりかねない。そうなる前に手を打とうと、そう、皆で話し合ったではないか」
 うん、と長は曖昧に答えた。
「だが、この方法が本当に正しいのだろうか。あいつの才能を抑え込むようなことをして、本当に……」
「迷うな。お前は長なのだぞ」
「わかっているが……」
(おい)が可愛いのもわかるが、お前は長である以上、憂いを摘み取る責任がある」
「──黒金がうまく火を孕まないのも事実だ。このままでは、この里を返上することになるかもしれない」
「痛いところを突かれたとはいえ、事を急いてはならん。ここは充分に黒金を含んだ金土(かなつち)も採れるし、炭に向く(かし)の木も多いから炉にくべる炭にも事欠かない。我らの技術が追いつけば、いずれ結果は出る。
 ティールにも、黒金作りの方を手伝わせてみれば良い。剣こそ、それほど長けてはおらんが、あいつは真面目で粘り強い。いろいろなことを学ぶのを楽しむところのある子だ。山人の鋳物師とも仲が良いようだし、何かいい案を出すかもしれん」

 長はやれやれと苦笑した。
「あんたのように、気の長い相談役がいてくれて、俺は本当に助かっているよ」
 なんの、とリークはまばらな歯を見せて笑った。
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