第2部 25

文字数 1,903文字

 夜は終わらない。

 ワゴンから外に運び出された時点で、四人は意識ははっきりしていた。
 外傷という点で一番重症なのは外処だ。
 実際、体中が痛くて身動きは取れない。ストレッチャーで救急車に乗せられるというとき、救急隊員に声をかけた。
「清水ってやつがいる、そいつを一緒に乗せてくれ」
「……」
「なんにもしやしませんよ」
 しゃべるのもきつい。一番痛むのは、背中か。
「丸腰でしょ、第一、体が動きゃしねぇ。あいつだってそんな気力はない。こんな形になっちまったけど、幼馴染なんすよ」
 嘘をついた。悪くない嘘だと思った。
 隊員が清水を連れてきて一緒に乗せた。救急車は動き出した。

 清水は手錠をかけられ座席に座っている、隣には警察官が一人付き添っている。
 外処が隊員にいった通り、とんでもなく辛気臭い顔をしていた。
 いつも詰まらない顔をしているが、今は輪をかけて酷い。俯いたまま、目も合わせようとしなかった。外処は呆れたように笑う。
 抜け殻だった。申し訳ない思いがある、清水に声をかけようとした、その時。
 浮かび上がった、みえる景色は変わらない、しかし体が浮いている、感覚がある、スローモーション、救急車の中での自分の位置関係は変わっていない、変わったのは、他の人の表情態度、ひどく驚いている、怯えている、のか……。
 ガシャン!
 外処は天井に叩き付けられた、視界にいる人間、物全てが天井に引き寄せられていた、ひっくり返っている!
 なにが起こったのかわかるものは恐らくいない。
 爆発した。
 爆発音を聞いた、激しい衝撃とともに車がひっくり返っているという事実、結果の原因と爆発が結びついたとき、爆発音を聞いたという事実もほんの僅か時間を遡って鼓膜に蘇る、鼓膜に残った残響が奇妙に巻き戻されて「爆発音を聞いた」という記憶が形勢される、爆発音とともに。
 とにかく、わけがわからなかった。
 水道管かガス管でも破裂したか、それに巻き込まれたのか、最高に運が悪く。
 そうではないことが、すぐにわかる、なにが起こったのか、これからなにが起ころうとしているのか、自分たちの身に、「それ」はやってくる。
 車内の灯りは消えていた。呻き声が聞こえる。
 しかし、四人分はない、が聞こえる、どうやら「自分」は生きている、清水は……。
 後部のハッチが開いた、入ってきたのは、人だった、人……?
「まだ生きていたか、やはりしぶといな」
「かめん……」
 白地に黒抜きで、三日月のような目と口だけが浮かび上がるスマイルマスク。
 天井がそれほど高くないため、仮面の男は前屈みになっている、結果、マスクが前に飛び出しているよう。気味の悪い、『顔無し』のようだ。
「ついに、ほんもの化け物になったか」
 不気味なマスクだけではない。
 仮面の男は呻き声をあげていた救急隊員の首をつかんでいる、つかんでいる腕からなにか、ぼんやりと白いものが伸びている、隊員の首に巻きつくように。
「みえるかね、これが」
「……」
「マークの多量摂取によるマイクロバイオームの超活性化。わたしはこれを敬愛の念も込めて『ラグス(Rags)』と呼んでいる。『ボロ服、ぼろきれ』という意味だ」
 救急隊員が口を開き目を剥いた、声はなし、苦悶の表情から力が抜けるのを確認したように、仮面は隊員を天井に捨てた、つかまれていた首の部分、黒ずんでいた。
 腕からだけではない、仮面の体からは、ぼんやりとした白いものがさらに数匹伸びていた。
「わたしのラグズ、わたしはこれを『ヤマタノオロチ』と呼んでいる、恥ずかしいから人にはいわないが、特に生きている人間には決して」
「チッ」
 まんまと踊らされたってわけか。
「最初から、」
 消すつもりだったのか、用が済めば、まさに用無しかよ。
 ――俺も目出度い人間だ。
 自分で自分を撃ったようなもんだからな。
 仮面の腕が外処の首に伸びてきた、オロチが巻きついてくる、
「ぐ、がぁぁ……」
「『死体はちゃんと確認したのか』『いえ、しかしあの状況で生きているわけはありませんよ』『バカめ、死体を確認するまで帰ってくるな』。こういうやりとりが映画やドラマであるが、こういう『お約束』はいかにもバカげている。だからわたしはしっかり、自分の目で、自分の手でことを成す」
「ち」くしょう……。
 自分を撃つ銃声を、撃たれるものは聞くものだろうか。

 救急車から出てきた仮面を回収したワゴンがそこから離れる、二発目の爆発が救急車をドンピシャでとらえた、炎が救急車を包み込んだ、
 清水にも銃弾を撃ち込んできた。あの爆発あの炎さえも、仮面の信頼に一〇〇パーセント応えるものではなかった。
「わたしは、自らことを成し遂げる」
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