第2部 11

文字数 2,285文字

 今夜のタクヤは休日だ、権力もなにも持ち合わせてはいない。
 だから「捕まえた」といっても逮捕などではない。あくまでも個人的に、個人と個人として「捕まえた」。
 タクヤと真下が初めて会ってからこの日までおよそ三ヶ月、この間に何度か顔を合わせることがあった。
 夜の街で知り合いとして顔を合わせていた、警察官と事件当事者としては「初めて」以降一度もなかった。
 疑わしいことはもちろんあった、明らかに真下たちがやったと思われる現場もあった、そこに残っていたのはあくまでも状況証拠だけ、あるいはタクヤの感触だけだった。
 時々、タクヤは「真下たちはほんとに警察の協力者で、むしろ嵌(は)められてるのは自分のほうじゃないのか」と思うことがあるほど、ここの警察は真下に対して甘いというか緩かった。
 裏付ける証拠も証言もないのが事実ではあったが。
 タクヤにしても、「証拠をつかんで絶対に真下を捕まえてやる」などと思っていたわけではなかった。ただ、気になった。
「気になったことはとことん突き詰める、そういう性分でな」
 それは本当が半分、あとの半分は嘘というより大袈裟、いってみたかった、という感じ。
 ここは真下の住処(すみか)だった。思いもよらない住処で、タクヤも目を丸くした。
「いつから気付いてたんですか」
 真下の顔には笑顔、人を食ったような、それはいつもの真下だ。
 ジュンペイもそこは安心しているが、この状況はあまりに、つまらない。つまらなさが全身から発散している。
 タクヤもまるで気にしていないが。
 ジュンペイの首の辺りまであるロンゲは多少気になっている。若かりし頃の江口洋介を髣髴とさせる。
「初めてあの現場をみたとき」
 タクヤはそのときの一言を思い出していた。
「ほんとに二人でやったのか」と、確かに口にした。
 その一言にはなんの他意もなかった。
 二対五で、この短時間でこの状況になるのかと驚いたにすぎない。
「『三人目がいる』とはっきり思ったわけじゃない」
 何度か真下が関わったと(タクヤが個人的に)思われる現場をみるうち、ふっと何かがみえた。
「相手が五人だろうが一〇人だろうが、おまえらなら二人でなんとかするだろう、狭い路地で戦うなら」
 そう、
「あくまでも戦うなら」
 真下とジュンペイは黙ってタクヤの話を聞いている。この部屋にいるのは三人だけ。
「向こうが全員おまえらを叩き潰す気で向かってくればだ」
 最後の一人まで戦う姿勢で向かってくれば。
「じゃあ、お前らを捕まえようとしてきたらどうか。拉致る気できた相手から、お前ら二人は無事に逃げ切ることができるか、考えてみた」
 路地で、あるいは車などを使った相手から逃げ切ることができるか、二人きりで。
「無理だろう」
 正直、真下たちなら二人でもなんとかできそうな気もするが、しかしあえていい切る、
「二人では無理だ」
 ジュンペイならこのタクヤの話しぶりに「そんなのわかんねぇだろ」くらい入れてきそうだが、沈黙を続けた。タネはばれているとはいえ。
 ジュンペイもさすがに腹の座りはいい、真下と行動を共にするだけのことはある。
「二人を逃がすサポート役がいる。伊賀越えの、そう、忍者のような」
 この空気の中、真面目なトーンで「忍者」といった、自分がちょっと恥ずかしくなった。
「まさか、今夜の狙いはそれだったんですか」
「まあな」
 実はずっとお前たちの動向を探っていた、休日といったのもお前らを油断させるため、
「といいたいとこだが、正直たまたまだ、偶然以外のなにものでもない。ジュンペイがいった通り、気分がすっきりしなくてぶらぶらしてただけだ(未解決事件の独自捜査とはいえない)」
 二人が二人でいるとこ以外をみたことがない。ときどきママが一緒にいることはあるが(最初のときの美人ママ以外にも)。
 三人目がいると仮定するなら、二人の近くにはいない、でも二人がみえる場所にはいるのだろう。
 まさかに、漫画や時代劇の忍者のように木の枝を飛び移って動くが如く街灯や建物の屋根なんかを跳び伝って二人を見下ろしているということはないだろう。
 付かず離れず、二人の後ろを移動するものがいるに違いない。
 路地の奥までいき、スマホで現場の写真を撮る、とみえて実際はカメラを自撮りモードにかえて背後をみていた。
 路地の入り口を横切ったものがいた、影は一瞬中を確認した。
「『さぁ』がそんなわかりやすくばれるはずがねぇ」
 ジュンペイのいった通り、それは「わかりやすく」はなかった。タクヤがなんとなく感じたにすぎない。
 微かに、しかしタクヤにはっきりと「そう」感じられた。
 すぐには動かず、待った。
 ギリギリまで待った、路地がつながる通りが別の通りとぶつかるまでの時間、そのギリギリ、三人目がどちらかに曲がるギリギリまで、焦りながら。
 路地を出る、みえた、三人目の背中。確証はないはずだが、タクヤには確信があった。
 人通りの少ない場所にきて、それは明らかだった。大胆にも、タクヤは距離を詰めた、それも小走りで。
「おまえになんか用はない、と自分にいい聞かせたよ」
 追い越しざま、片腕をつかみすぐに両腕をつかんで拘束、小さな小道に引きずり込んだ。建物の壁に体を押し付けて、
「わかってると思うが、声を出すなよ、わかるだろ、俺は今までのやつらとは違う。変な真似をすればタダではすまん、お前も、あの二人もな」
 そう脅しをかけて真下に電話をかけた。
 二人と二人が合流、四人になった時点でタクヤは男をすぐに開放した。
「すまなかったな」
 終始声を発しなかった、タクヤのいいなりに従った男に一言謝った。
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