第1部 7

文字数 2,060文字

 リクは二年三組。カイは二年三組。二人、同じクラスになった。
 一年のときから同じクラスで友だちだった、小学校のとき友だちだった、部活が同じ友だち、友だちの友だちでもう友だち、そしてここで初めて友だちになれる。
 クラスが変わった最初の教室は、緊張と期待が入り混じり擦れ合い、温度が少し高い。
 二時限目と三時限目の間。廊下側から二列目真ん中辺りの席、少し背中を丸めて座っているカイ。
 誰も近寄らない。近付けないようにしている。
 声をかけるのは、一人しかいない。それは、三組の人間ではない。

 カイが連れ出されるのをみんながみていたはずだ。教室の温度が少し下がっただろ。
 話すのを止める、それで抗議を示したものもいた、話すのを止めずあえて気付かないふりをしたものだっていたはずだ。
 リクの周りには三人ほど男子が集まっていた、サッカー部と一年で同じクラスだったものたちだ。
 リクは、ほとんど会話に入っていなかった。カイのことを気にしていて。
 カイは黙って連れ出された。体を丸めて閉じこもっているカイを「かわいそう」とも思うがそれ以上に腹立たしいと感じていた。
 顔をあげろ、なんで閉じこもっているんだ!
 すんなり付いていって!
 待っていたわけじゃないだろうに!
 カイが教室からいなくなって、また温度があがった。カイに気持ちが引きずられている人間が何人かはいる。「僕」みたいに。
 でも、「僕」が一番、一番カイのことを……。
「トイレにいってくる」
 教室を出がけに友だちを振り返る。トイレにいくという「僕」になんの疑いも持っていないようだった。少し腹が立つ。
 リクは、ほんとにトイレにいった。でも、教室に一番近いトイレにはいかないし。
 カイを連れ出したのは小林アユム。梅加工食品会社「ばいりん」の経営者の息子である。
「ばいりん」は梅酒や梅ジュース、カリカリ梅、種無し梅などのお菓子の製造販売をしており、県内のスーパーなどで普通に置いてある。
「一〇〇%Gu県梅使用」を売りにしており、また数年前からは「化学調味料、食品添加物不使用」を打ち出してもいた。
 県民であればほとんどのものが口に、あるいは目にしており、県民の誰もが知る御当地ブランドとして、テレビで紹介されたこともある。
 当然、「美味しい梅」そのものも扱っており、ネット通販などでも、梅関連の商品カテゴリーでは上位にランクされる、地元が誇る全国区の会社だった。
 そんな会社の家族のことというのは、どの家庭の夕飯時の話題にもなりやすい、息子の同級生がいるともなればなおさら。
 アユムが、今度二年であるにもかかわらず野球部ではエース格であるということまで。
 アユムがカイをいじめているということは、大人たちには知られていないのだろうか。
 カイの家庭が不遇であるということは、いうまでもないし口にしたくないのだろうが。
 その辺りの心情はリクにもわかる。家でカイのことなど話したりはしない。

 二年になって、授業には緊張感がある。勉強も難しくなるだろう。覚えなければならないことも増える。
 この先生はどんな先生だ、どんな指し方をするのだろうか。出席番号順、端から、日付け、それともランダム……。
 カイは、テストで何点くらいとるんだろ。順位は何番くらいなんだろ。「僕」より良い点とるんだろうか……。
 いじめられているのに。
 昼休み、リクは校庭で友だちと遊んでいた。そのときカイはアユムたちと体育館にいた。もちろんリクは知らない。
 
 二年になった最初の週は二日で終わり、土曜日がくる。リクは、御前中で部活が終わり、城山にいく。
 風が強い日だった。午前中は舞い上がる砂埃の中でサッカーボールを追いかけていた。わぁわぁいいながら。
 椿名口は、入り口近くにその名の通り、まさにその名の通り椿の木がある。花は既に地面に落ちて黒くなっていた。強風で山全体がざわめくようだった。空が吠えていた。
 途中でおじさんとすれ違い「こんにちは」と挨拶を交わした。
 自分の親よりけっこう歳上にみえる夫婦が向こうから歩いてくる、言葉はなく小さく頭を下げてすれ違った。
 山のざわめき、空の咆哮が、なぜかリクを怯えさせたようで、本丸までいくことなく、リクは山から出てきた。鶯の鳴き声が、引き止めるように、嘲笑うように。

 リクは走った。土曜の夕方も。
 仮面に連絡したいとも思ったが、〝抜け駆け〟はしたくなかった。
 カイは抜け駆けしてないだろうか。走っているだろうか。ちゃんと豆や野菜を多く食べているだろうか(カイのお父さんはちゃんと食べさせてくれてるだろうか)。
 リクのお母さんはそういうのが食べたいというと喜んだ。誰が聞いても健康にいいから。
 リクが食べたいからといえば「お父さんも嫌とはいえないでしょ」。
 カイに直接確認しなければならない、直接、言葉をかけて、カイの言葉で。
 カイと向き合う自分を、リクは頭の中に描いていた。向き合う二人を、少し斜め後ろからみている。
 緊張と期待がない交ぜになった光景だ。悪くない光景だった。
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