第8話

文字数 770文字

 ある日、古峰は帰宅するなり、エリカの顔を見ながら言った。
「ただいま」
 『ただいまの時刻は、午後8時17分です』
 食事中の時も。
「醤油、取ってくれる?」
 『物を取るのは犯罪です。私には出来ないようにプログラムされています』
 空を見ながら。
「雲が出てるな。明日は雨かな?」
 『くもと綿あめとどんな関係があるんですか?』
 どうやら、“明日、綿あめかな”と認識したらしい。神保のいったように赤子も同然なので仕方がないが、これではガールフレンドどころか、まるで親子のようだった。
 それでも古峰はエリカを教育し続けた。
 その甲斐が実り、やがて歌やダンスなどを覚えるようになると、日増しに成長が楽しみになり、気が付けば仕事中もエリカの事ばかりを考えるようになった。

 エリカを預かってから半年が経過したころ。いよいよJF05号の発売の目途が立った。
 サイズや性別、それに顔のタイプを二十六種類ラインアップし、いよいよ発売の日を迎えた。価格が三百万と、決して安価とはいえない価格にも拘らず、加えて万能とは程遠い性能のJF05号は飛ぶように売れた。追加注文が次々と入り、生産が追い付かないほどの勢いだった。
 古峰もエリカを買い取り、彼女との生活を満喫していく。

 初めてエリカを家に連れ帰ってから三年の月日が経った。相変わらず家事は何もできないが、古峰にとっては些細な問題に過ぎない。エリカと一緒に暮らすだけで幸せだったからだ。

 バージョンアップも一度も行われなかった。
 どうしてバージョンアップがされなかったのか?
 答えは単純で、神保はJF05号の発売以来、06号の開発にかかり切りで、05号への興味はなくなったらしい。彼曰く、「バージョンアップする余裕などない」のだそうだ。
 それでも今の古峰にとって、エリカは無くてはならない存在であることに変わりはない。
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