2 部長は人知れず反省する

文字数 662文字

疋嶋丸はカフェにいた。
カフェといっても、積年の煙草の匂いが染みついた喫茶店と呼ぶ方が相応しいような、テーブル席が2つと、あとはカウンターだけの小さな店に一人で来ていた。

少し言い過ぎただろうか…。いや確実に言い過ぎた。
何なら、次回から注意してね、の一言で済んだかもしれない。や、でもそれだと逆に冷たい印象にならないだろうか…。ちゃんと部下の事を考えていますよ、成長を見守っていますよ、というような上司の期待、というか信頼というか、愛情みたいなものを伝えたいからこそ時間をかけて叱るのであって…。いやでも限度はある、40分くらいずっと捲し立ててた気がする…。

「はい、お待たせでしたぁ。」
ミルクティとサンドイッチがテーブルに置かれる。
注意する工程を細分化し過ぎたかもしれない。ミスがあった部分だけを抜き出しポイントを絞って指摘するべきだったかもしれない…。少なくとも叱る時間の短縮にはなったはずだ。
「冷めないうちに。」
カウンターから店長が声をかけてきた。いつまでたっても運ばれた皿に手を付けない疋嶋丸を心配したのだろう。
あ、ごめんなさい、と一言軽く詫びティーカップに手を伸ばした。
最後の一言が良くなかった。
――あなたに頼んだ私のミスね。
誰か一人に全ての責任があるのではないのだから、あまり気に病まないでほしい、と彼を思いやって言ったつもりだが、完全に言葉選びが破綻していた…。
本人にとってみれば、あなたには任せられない、と直接告げられたも同じであろう。

ミルクティを一口飲む。どれだけ考え込んでいたんだろう。だいぶぬるくなっていた。

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登場人物紹介

疋嶋丸ひろ子 (ひきしまる ひろこ)

36歳。部長を務めるマネジメント部は一般企業の総務と経理業務を受け持つ。ストレスで情緒不安定となっていたが趣味を持ち、人生が変わってゆく。



緒川はるか (おがわ はるか)

24歳。極度の口下手だが頭の中では"超"饒舌。部長に激しく叱責される事を至上の悦びとし、本来は有能だが叱られたいがためにわざとミスを繰り返している。よく夢をみる体質であり睡眠が浅い。

伏島 将太

31歳。同じ部署のグループリーダー。

落ち込んでいる緒川を慰めてくれる。

疋嶋丸を苦手にしているが一方で尊敬もしている。

楠 鼓舞 (くすのき こぶ) 

25歳。緒川の先輩。先日部署を移動し、現在は疋嶋丸と同期の女性上司、松田節子チーフの下で働いている。松田に連れられて観劇したことをきっかけに、女性シンガーソングライターを応援し、ライブ等に足を運ぶようになった。

永井玲奈 (ながい れいな)

24歳。同じ部署の女性社員。緒川に好意をよせているかもしれない。天然ぽく振舞っているが観察眼は鋭く策士である。

大森 明日菜 (おおもり あすな)

疋嶋丸の親友であり元同僚。演劇や音楽など、多彩な才能を持つが、運営は苦手で節子に手伝ってもらっている。

松田 節子 (まつだ せつこ)

疋嶋丸の親友であり他部署ではあるが現在も同じ職場にいる。

箱川 六瀬  (はこがわ むつせ)

20歳 ということになっているが本当は24歳。バイトしながら地下アイドルをやっている。明日菜の主宰する劇団にも所属している。

若林 武  (わかばやし たけし)

大物プロデューサー風のおじさん。

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