第3話

文字数 1,029文字

 刑事という職業の人を見たのは初めてだった。テレビドラマと同じようなスーツを着ているものかと思っていたが、二人組の若い方はシャツにチノパンで、言われなければまったくその職業に就く人物とは思わなかっただろう。

 話をしたのは主に年配のスーツを着た男性だったが、彼は、終始奥歯にものの挟まったような言い方だったので、彼らと話し始めてたっぷり三分以上経ってから、私は博人の死の概略を理解した。細切れ、かつ順不同に明かされた情報を繋ぎ合わせると、彼は昨夜マンションのベランダから落下して亡くなり、死因は、投身自殺、事故、あるいは殺人のいずれなのか、はっきりしないようだった。

「実は、彼がマンションのベランダから落ちる時に、下の通りにいた人が『そばに黒髪ロングヘアーの女性がいた』という証言をしていまして……お心当たりは?」

 刑事は、私のショートカットの髪をじろじろと見ながら聞いてきた。
 私は首を横に振った。

「彼が今お付き合いしている女性は……会ったことはないので人づてに聞いた話ですけど、今、朝ドラに主役で出ている女優さんに似ていて、そんなに長い髪じゃないと……」

 私はそこまで言って、言葉を切った。

「何か心当たりが?」
「いえ、ちょっと混乱して……」

 その目撃者が見た黒髪ロングヘアーの女性は本当に彼の知人でその場にいたのか、それとも……? 私の頭の中にはあり得ない仮説が生まれかけていた。

「……まぁ、別れたとは言え、以前お付き合いされていたわけですしね」

 刑事は私の動揺を、昔の交際相手が死んだこと、その男が交際相手以外の女を部屋に呼ぶような二股浮気男の可能性が示唆されていることによるものと見なしたようで、深く追求しなかった。

 刑事が帰った後すぐ、私は博人と共通の友人に連絡を取った。
 二、三人に話を聞いてみたが、みな「自殺なんて信じられない、そんな理由がない」と自殺を否定しつつ、「黒髪ロングヘアーの女性なんてまったく心当たりがない、誰だろう?」とも言っていた。

 通夜と葬儀の日程についても教えて貰ったが、当然ながら<今の彼女>が来ると聞いて、私は行くのを控えた。薄情だとは思うが、仕事が立て込んでいたこともあり、むしろ行かない理由があることを有難く思ってしまった。
 少し落ち着いた頃に、改めてお線香を上げに行こう。そう考えていた。

 が、それを実行に移す前に、私は思いがけない形で博人の家を訪れることになった。博人の母親から連絡を受け取ったのだ。

(次話へ続く)
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