第2話

文字数 952文字

 異変に気づいたのは、シャワーを浴びた後だった。洗面所の床に、長い黒髪が一本、落ちていたのだ。私の髪はショートカットだし、緩くパーマをかけている。色も明るめの茶色だ。
 一体誰のものかと気にはなったが、多分、街中か電車内ですれ違った人のものが服に付き、脱いだ時に落ちたのだろうと結論づけた。

 髪をざっと乾かし、ベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。疲れすぎて、神経が高ぶっているのだろう。
 今週はずっと忙しかったし、昨日は仕事の後に待ち合わせをして猫を預かり、今日も終わらなかった仕事を片付けるために休日出社をして仕事に精を出したのだ。一週間分+αの疲労でクタクタだ。
 明日は一日、猫を相手にぼーっとして過ごそう。そういえば、ネット動画で簡単につくれる猫のおもちゃの作り方ってあったな……いや、そういうのを作るのも面倒だ、古くなった靴下を丸めたものでも十分だろう、どの靴下を犠牲にしようか、ああ丁度片方が見つからない奴があったはず……そんなことを考えている間に、ようやく神経の高ぶりから解放されてうとうとし始めた。

 カタリと物音が聞こえて、目が覚めた。顔に風を感じた。

 ――風?

 窓が開いているのか。え? 寝る前に閉めたよね? 閉め直さなくちゃ。そう思ったが身体が動かない。そして、昨日夢で見た女性を再び



「教えてくれてありがとう」

 彼女は確かにそう言った。

 ――え? 何? 何のこと?

 聞き返したいが、声が出ない。疑問を形にして問い返すことができぬまま、私は再び眠りに落ちた。

     ◇     ◇     ◇

 翌日、私は昨夜寝ながら考えた通り、クロを相手に一日をだらだらと過ごした。
 丸めた古靴下はお気に召さなかったようだが、何故かティッシュの空箱が気に入ったようで、長々と遊んでいた。ティッシュの取り出し口に何度も手を突っ込んだり、猫パンチをくれてやったり、私が放り投げたのを嬉々として追いかけたりと、安上がりのおもちゃに興味津々で目いっぱい遊んで満足したあとは、「もう飽きた」と言わんばかりに背を向けて眠ってしまった。

 さすが、お猫さまは気まぐれ女王様だ。

 そして、夜には本来の飼い主である元カレの博人にクロを返した。

 そして、彼の生きてる姿を見たのは、それが最後だった。

(次話へ続く)
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