第4話

文字数 1,018文字

「本当に、突然こんなことをお願いするなんて非常識だと思うし、申し訳ないのだけど」

 そう前置きしてから博人の母親が話した内容に、私は驚かされた。
 彼が「遺言」として、クロを私に託したというのだ。

「え、ちょっと待って下さい。じゃあ、彼は……」
「ええ……私もそんなに悩んでいることがあるなんて知らなかったのだけど……でも、突発的にそういう行動に及ぶこともあるって」
「でも、目撃証言があるって。一緒に居た人が」
「ええ、私も警察から『長い黒髪で、目が大きくて細面の女性』に心当たりがないか聞かれたんですけど、私もそんな人はまったく知らないし、あの子の友達もみんな『そんな知り合いはいない』って。それで……」

 そこで彼女は言い難そうな顔で一旦言葉を切ったが、こう続けた。

を利用した痕跡がないか……つまり電話の履歴とかそういうのを調べてくれたみたいなんですけど、防犯カメラの映像や指紋まで調べても、そもそも部屋に他人がいた痕跡が全く見つからなかったって。それで結局、見間違いだったんだろうって。夜で、暗かったし」

「そうですか……」
「今さら、あの子にしてやれることはないから、せめてあの子が可愛がっていた猫ちゃんを引き取って面倒を見てあげようと思っていたのだけど、あの子がね、メモを残していたんですよ。自分が死んだあとは、クロをあなたに預けてほしい、その方がクロが幸せだから、って」
「あの……申し訳ないんですが、うちのアパートはペット禁止で……」
「ええ、その事もあの子はメモに残していて、引っ越し代金と、あとクロのために入用になるであろうお金をあなたに少し渡してほしい、って。それで」

 そう言って、母親はかなり分厚い封筒を私に差し出した。

「私の父があの子のためにと残していた遺産がね……使えなくなってしまったから。不躾で勝手なお願いなのは、わかっているわ。本当に申し訳ないのだけど、でもあの子からの最期の頼みなのよ」

 そう言って涙にくれる母親を前に、私は刑事から話を聞いたときに思いついた仮説について考えていた。が、それを口に出すことはしなかった。言ってしまったら、クロは……。

「あの子は、本当にこの猫を溺愛していたのね……それなのに、あの子ったら……」

 私は唾を呑み込んだ。そうしないと、混乱と恐怖から余計なことを言ってしまいそうだったから。

 そうして私は、ペット可の新しい物件へと引っ越し、クロと一緒に暮らし始めた。

(次話へ続く)
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