第4話

文字数 1,744文字

 それから程なくして玄関横のガレージに車が停まる気配があり、数分後にチャイムが鳴った。
 扉が開くと今度は河瀬(かわせ)と名乗る中年の男が、大き目のバッグを携えながら入って来た。彼は引っ越し業者の制服を着ていた。その後に同じ格好をした男が三人続いている。全員さっき連絡していた浜崎の元部下らしく、河瀬たちは敬礼すると丁寧に挨拶している。
 河瀬と名乗った刑事は勇也に対して「犯人が家を監視しているといけないから、用心のためにこんな格好で来ました。今、おじさんたちが全力で捜査しているから安心してください」と言った。それから両親を助けるには、まず、犯人の言うことを聞くふりをする事が大事だと説明した。
 それから浜崎は河瀬とかいう刑事に状況を説明した。
「それは厄介ですな。しかし犯人はどうしてわざわざこんな真似をするんでしょうか? 勇也君を誘拐した方が遥かに手間がかからないはずなのに」
「さあな。犯人にとってその方が都合が良かったのかもしれない。だが磯村さんの機転でこうして捜査が出来る。これは犯人にとって計算外だったはずだ」
 河瀬はなるほどと言ってこぶしを叩く。それから勇也に対して犯人はこの家の何処かに隠しマイクを仕掛けているかもしれないと言い、バッグから機械のような物を取り出すと、「これは盗聴器を見つける機械です。念のために全部屋を調査していいですか」
 勇也は承諾すると河瀬は部下たちに指令を出し、彼らは手袋をはめながら、居間や寝室を中心に全ての部屋を廻っていく。
 再び着信が入り、浜崎は話をすると、勇也の携帯をテレビ電話に切り替えて撮影を始めた。レンズは金庫に向けられている。浜崎の話でそれが犯人からの指示らしいことがわかる。
 河瀬は小声で勇也に耳打ちした。
「こういった場合、通常だとこちらの用意した偽札を使うのですが、犯人はそれを警戒し、ライブ中継をさせることでそれを阻止したい考えのようです。止むをえませんが、今は君のご両親の安全が最優先です。ご協力いただけますか? もちろんお金は絶対に渡しません。仮に奪われたとしても必ず取り返します。我々を信用してもらえますか?」
 勇也は無言で頷いた。浜崎は「よし、いい子だ」と頭を撫でた。
 河瀬は勇也の控えたメモを参考に手袋をはめた手で金庫を開ける。中は札束の山だった。彼はその札束を勇也の目の前で数え始める。
「見ての通り、金庫の中にはちょうど五千万円ありました。きっと犯人はその事を知っていたのでしょう」そう言われても勇也には金額の事など判らない。刑事が言うのだから間違うはずがないと頷いた。
 携帯のカメラを向けながら、ゆっくりとアタッシュケースに詰め込むとケース三つ分になった。とても勇也には運べそうもない量である。
 犯人の指示では現金をアタッシュケースに入れて今夜十時までに西中央公園まで持ってこいとの話だった。もちろんその間はカメラをケースから逸らせてはいけないらしい。入れ替えを防止するためであろうと説明された。
 河瀬はカメラに映らない格好で勇也に囁いた。
「念のため、かさばるように敢えてケース三つに分けました。実はGPS発信機といって、仮に現金を取られても場所が判る機械をケースに忍ばせています。もちろん君のご両親の安全が第一だけど、もしご両親が帰ってきたら今度は犯人を捕まえなくちゃならないんです。判りますね?」勇也は力強く頷く。
 それから準備か整ったらしく、河瀬たちは途端にあわただしくなった。時刻は九時四十分。ここから公園までは歩いて十五分だ。まさにギリギリといえる。犯人は敢えてその時間を指定したのだろうと浜崎は勇也に漏らした。
「大丈夫。君のパパとママはすぐに帰ってくるよ。公園には警察が大勢取り囲んでいて、夜だからと暗視スコープも用意させた。万が一に備え、犯人は直接現れずにドローンを使うことも想定して、その対策もばっちりだ」
 浜崎の言葉に励まされ、笑顔を見せる勇也は、疲れが出たのかソファーの上であくびをした。
 それから浜崎は優しい目を向けながら、「心配ない。おじさんたちはすぐに戻ってくるから。そしたらパパとママが戻ってくるまでずっと一緒にいてあげるよ」
 と言ってカメラをケースに向けながら河瀬らと共に玄関を開けた。
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