第2話
文字数 1,047文字
……ハイヤーに乗り込むと、座席の前にはメッセージカードがあった。
『到着までのあいだ、シャンパンをお楽しみください』
備え付けの小型冷蔵庫を開けるとシャンパンボトルがあり、棚にはグラスとチーズが見える。
磯村はシャンパンを開けてグラスに注ぐと、二人は乾杯し、そのおいしさに酔いしれる。チーズをつまみ、暫くすると二人は急に眠気に襲われた……。
目が覚めるとそこは真っ暗で何も見えない。体は拘束されてはいないものの、右の足首を鎖のようなもので繋がれていて、自由に動き回ることが出来ない。
《≪「おい! ここはどこだ! 誰だか知らんが、こんな真似してただじゃ置かないからな!」
すると返事の代わりに春枝のか細い声が聞こえてきた。≫》
「……あなた、大丈夫ですか? 私たち誘拐されたの?」どうやら妻も同じように足首だけが拘束されているようだった。
磯村は春枝を元気づけるために虚勢を張る。
「ああ、大丈夫だ。心配するな。日本における誘拐事件の成功率は、ほぼゼロパーセントだ。それに俺には優秀な弁護士が付いている。なんせ月に五十万も顧問料を支払っているからな」
本当は大丈夫ではない。その顧問料を巡って弁護士と対立し、先月解雇したばかりだったからだ。後任の弁護士はまだ決まってはおらず、来週にでも面接をする予定だったのである。
靴音が鳴った。徐々に近づいてくるのが判る。頬にアザのある、あの運転手なのだろうか? 目の前で靴音が止むと、くぐもった男の声が聞こえてきた。
「お目覚めかな? 磯村泰造さん」
「俺を誰だと思っている! こんなことをしてただじゃすまないぞ。会社に身代金を要求したところでビタ一文払わせるものか。俺を誘拐した事を絶対に後悔させてやる!」
「……ずいぶんと威勢がいいな。大人しくすれば痛い目に合わずにすむ。奥さん、あんたもだ。安心しろ、お前の会社には連絡しない」
そう言って男は磯村に携帯を差し出した。それは彼自身の物であり、眠らされている間にポケットから盗み取ったとみえる「今からお前の息子に掛けるから、俺の言うことをそのまま伝えるんだ。いいか、余計な事を話すんじゃねえぞ。あんたの息子がどうなっても知らないからな!」
磯村は必死に叫んだ。
「俺はどうなっても構わない。息子にだけは手を出さないでくれ。頼む。何でも言う通りにするから!」
《≪そう言いながら男に飛び掛かろうとしたが、足の鎖が食い込んで痛みが走った。
続けて男の声が聞こえた。≫》
「いいか、こう言うんだ。『私たちは誘拐された……』」