第6話

文字数 1,032文字

 翌日、磯村家には大勢の警察官で溢れていた。鑑識が指紋の採取に追われている。喜びにあふれた勇也は、ほっとしたのか自室でベッドに潜り込んで寝息を立てていた。
 居間のソファーには磯村泰造と妻の春枝が神妙な面持ちで刑事の質問に頷いていた。
「……つまり、浜崎という男は全く知らないというワケですね」
 興奮冷めやらぬ磯村は声を荒げて言った。
「ええ、勇也の言っていたメールも打った覚えがないし。第一、携帯は妻の分も含めてずっと取られていたわけだし、仮に持っていたとしても常に監視の目があって、とてもメールどころではありませんでしたから。さっきも言った通り、勇也とは二度話しただけです。しばらくして車に乗せられ、縛られたまま家の前で解放されるまで、そんなやり取りがあったとは夢にも思いませんでした」
 春枝は蒼ざめた顔で訊いた。
「……犯人はどうしてこんなことをしたのでしょう? 勇也じゃなくて私たちを誘拐するなんて」
 すると刑事は身を乗り出して、これは推測ですが、と前置きしたのち自らの主張を述べた。
「犯人グループは我々警察への通報を恐れたのでしょう。あなたたちが誘拐されたと聞いて勇也君は震えあがったことでしょう。そこで浜崎という元刑事と名乗る男を登場させて、安心させるとともに勇也君を自在に操り、まんまと大金をせしめたのです。それに犯人は金庫にどれくらいの金額が入っているか、把握していなかったきらいがあります。この方法だと、例え最初の身代金がいくらだろうと、金庫の中の現金を根こそぎ持っていけます。子供にはお金の量なんて判りませんからね。現に最初の電話では五千万と言っておきながら、実際は金庫にあったという一億円を、根こそぎ取られているのですから。それに宝石などの貴金属もね」
「そして証拠を残さないように勇也の携帯も持っていった。犯人はうまいことやった訳だ」
 腕を組み、唸り声をあげる磯村。彼は満足そうに煙草に火をつけると、その煙をゆっくりと吐き出した。
「感心している場合じゃありません。お二人とも今回はたまたま無事で済みましたが、一歩間違えれば殺されていてもおかしくなかったんですからね」
 しばらくすると勇也が入って来てこう証言した。
「思い出した。河瀬さんとかいう刑事さんの頬に大きなアザがあったよ」

 それから主犯格とみられる浜崎と名乗った老人と、頬にアザのある河瀬とかいう男が指名手配されたが、勇也の証言から似顔絵は残念なものしか作成されず、捜査は難航したのだった……。
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