第4話 特別
文字数 1,471文字
── 恋志穂 、あなたは特別なの。
恋志穂 の重い頭に昨日の母の言葉が浮かぶ。
そう言いながら靖穂 は恋志穂 に何度も繰り返した。話しかけられたと思えば、いつも同じ内容だ。自分はかつて 『 予言 』 ができていた。恋志穂 が生まれてからはできなくなり、彼女に 『 予言 』 がうつったのだ、と。そうしていかに自分が特別だったかを語り終えると、薬を渡される。
薬の英語のラベルはただの栄養剤であることを示している。派手な広告内容の見づらいネットのページから靖穂 が購入したものだ。大量に飲まされるせいで夕飯がのどを通らないこともある。恋志穂 は靖穂 が信じる効能がないことを、わかるようになっても言い出せずにいた。
頭が重い、と恋志穂 は思う。見慣れた図書館の書棚は厚みがなく目の前にある。
透明な板を通しているようだ。
『 予言 』 を外してはいけない。そう思って、通いだしたのはいつからか。
頭が重い、と恋志穂 は思った。
── あなたがしたくないなら、もういいんですよ。
一体、誰に言われて、やっているんです?
不意に昨日、会った霞末 菖蒲 のことが浮かんだ。
『 予言 』 がインチキだ、とわめかれ、責めたてられることはあっても恋志穂 自身に向けられた言葉は長い間、きいた覚えがない。
どうせインチキだろう、と怪しみ、からかいあざけることもなく、必要以上に神秘視して恐れるような媚びる態度もせず、屈託のない笑顔で自身の過去を恥もせず話す彼に恋志穂 は、どこか不思議なものを感じていた。
そう、初めに言われたのは ──
「こんにちは!」
想像と現実がリンクして恋志穂 は息を飲んだ。
菖蒲 がにこにこと笑いながら立っている。恋志穂 は、かすれた小さな声であいさつを返して黙り込む。沈黙が続いた。菖蒲 は笑顔のままだ。恋志穂 は困ったように眉尻をさげ、ようやく口を開いた。
「何か用?」
「散歩に来たら、お見かけしましたから。僕、本が苦手でして。おすすめは何ですか?」
「え?」
「面白いと思う本、教えてください」
「そういうのは、自分で決めるんだと思う」
言って、恋志穂 はしまった、と思う。学校でクラスメイトと話すことがないわけではないが、いつもこう答えてしまうからだ。結果、つまらない奴、と陰で言われるようになる。
黙ってしまった恋志穂 に菖蒲 は優しい口調で言った。
「そうですけど、牛天寺 さんが面白いと思った本を僕が読んで面白くなかったとします。でも、どうして、どこが面白く思ったのかって考えるのも、そういう楽しみ方のひとつでしょう?」
いいんですよ、と笑う菖蒲 を数秒、見つめ恋志穂 は口を開く。面白くないかもしれないけれど、と付け加える彼女を彼は笑い飛ばした。
日が落ちて街灯が目出ちだした道を菖蒲 と恋志穂 は歩いていた。
「遅くなっちゃいましたね。ちゃんと、おうちまで送りますよ」
「いい。あなたが、また母に怒られる」
「大丈夫ですよ。僕、始末書はよくわかりませんし、鷹司 さんもおじいちゃんだから文字が読めないって言い張って書かなくて、よくなりましたから」
「…… 大丈夫じゃない」
「はい、大丈夫です」
くすくすと笑う菖蒲 に恋志穂 はとまどった。
彼と話していると楽しい、と思う反面、自分との考え方の違いに、ちくちくと胸が痛んだ。
マンションの前につくと菖蒲は別れを告げ、立ち去ろうとする。
「お肉、食べるの?」
脈絡のない恋志穂 の質問に菖蒲 は快くうなずく。
それに安堵し、恋志穂 は別れの挨拶をして自宅へと帰った。
母の靖穂 から飲むように言われた薬を目の前にして彼女はぼんやりと考える。
── 私、何が好きだったんだっけ?
彼女の頭はまだ重い。
そう言いながら
薬の英語のラベルはただの栄養剤であることを示している。派手な広告内容の見づらいネットのページから
頭が重い、と
透明な板を通しているようだ。
『 予言 』 を外してはいけない。そう思って、通いだしたのはいつからか。
頭が重い、と
── あなたがしたくないなら、もういいんですよ。
一体、誰に言われて、やっているんです?
不意に昨日、会った
『 予言 』 がインチキだ、とわめかれ、責めたてられることはあっても
どうせインチキだろう、と怪しみ、からかいあざけることもなく、必要以上に神秘視して恐れるような媚びる態度もせず、屈託のない笑顔で自身の過去を恥もせず話す彼に
そう、初めに言われたのは ──
「こんにちは!」
想像と現実がリンクして
「何か用?」
「散歩に来たら、お見かけしましたから。僕、本が苦手でして。おすすめは何ですか?」
「え?」
「面白いと思う本、教えてください」
「そういうのは、自分で決めるんだと思う」
言って、
黙ってしまった
「そうですけど、
いいんですよ、と笑う
日が落ちて街灯が目出ちだした道を
「遅くなっちゃいましたね。ちゃんと、おうちまで送りますよ」
「いい。あなたが、また母に怒られる」
「大丈夫ですよ。僕、始末書はよくわかりませんし、
「…… 大丈夫じゃない」
「はい、大丈夫です」
くすくすと笑う
彼と話していると楽しい、と思う反面、自分との考え方の違いに、ちくちくと胸が痛んだ。
マンションの前につくと菖蒲は別れを告げ、立ち去ろうとする。
「お肉、食べるの?」
脈絡のない
それに安堵し、
母の
── 私、何が好きだったんだっけ?
彼女の頭はまだ重い。
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