第1話 プロローグ

文字数 850文字

 初夏、というにはまだ早く、かといって長袖では汗ばむことも多い頃。
オートロック式のマンションの前に青年と老人がいた。

「ここなんですか?」

今年で28、ときいていたが、それよりは若くというよりは、幼くも見える笑顔で菖蒲(あやめ)が言う。
菖蒲(あやめ)はすらりと背が高く、目鼻立ちがはっきりとしていて、ラフな印象の髪型をしている。
そう思わせるのは明るい色の髪色のせいもあるだろう。
違和感を覚えるとしたら、隣にいる鷹司(たかつかさ)が半袖のワイシャツであるせいもあるが、長袖のワイシャツに黒いネクタイという出で立ちだ。
風貌こそ父親似だが、話していると母親の方を思い出すのは、やはり親子だなと鷹司(たかつかさ)は思った。

「書類くらい読んどけ」

顔に刻まれた皺を、さらに深くして鷹司(たかつかさ)は返した。
鷹司(たかつかさ)は古希を来年に控え、灰でも浴びたように髪は白くなり、体はあちこちにガタがきている。
そんな彼がいまさら現場に戻され、何事かと思えば、旧知の仲の教え子の息子と組まされたのだ。

「すみません。なにぶん初仕事ですから」
「初仕事なら気合いを入れろ」

あきれるというよりは懐かしさが勝ったが、鷹司(たかつかさ)は眉をひそめた。
菖蒲(あやめ)は柔和な笑みを浮かべている。

「役所の人?」

質問、というよりは苛立ちを多分に含んだ声に二人が目を向けると制服姿の少女が立っていた。
邪魔にならないよう切りそろえてこそいるが、ただのせただけ、といった印象の厚い髪は青い色をしている。
どこか不健康そうな印象を与えるのは肌の色のせいだろうか、と菖蒲(あやめ)は思った。
少女は二人の返事を待たずに続ける。

「学校なら、ちゃんと言っている。今度はどうすればいいの?」

怒りを隠そうともしない少女が言い終わるとほぼ同時に、菖蒲(あやめ)は満面の笑みでやや大きい声を発した。

「こんにちは! 霞末(かすえ)菖蒲(あやめ)です。あなたのお名前は?」

予想していた反応と違ったのか、少女はしばらくの沈黙の後、つっけんどんな声音で言った。

牛天寺(ぎゅうてんじ)恋志穂(こしほ)。知ってるんじゃないの?」

菖蒲(あやめ)恋志穂(こしほ)の態度など気にもせず変わらぬ笑みのまま言う。

「はい。予言してください。僕はどうやって死にますか?」


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