第5話 告白
文字数 2,992文字
どこそこのこだわった食材を使った、どういった有名店のものか、何度も何度もきかされていたが
それはいつものことだ。いつものことだったが、
「お母さん。つくってくれたご飯が食べたい。前みたいに」
期待をこめて
「何、言ってるの? もう、あんな生活しなくていいんだから」
彼女の母は何の興味も示さず、当然のようにこたえると続けた。薬を飲みなさい、と。
早々に食事をすませ、晴れていることはわかるが、それ以外は何も感じない道を図書館に向かって歩く。
相変わらず透明な板が目の前にあるようで世界が遠い。
「こんにちは」
道の向こうからやってきた
不思議だな、と彼女は思う。厚みがなく見える世界が
彼の整った容姿のせいだろう、と彼女は考えた。
ふと気がつくと自分が黙ったままだったことに幾ばくか焦りを感じ、
「働かなくていいの?」
言って、何をきいているのか、と自分でもあきれたが
「働いていますよ?」
「妹から罵倒されるって言ってたから」
「そうですね、妹って生意気なものですから」
「ここではなんですから。少し、いいですか?」
もっと話したい、というよりは彼の周りではなぜか世界が厚みを失わない。そういった理由から
ごく普通のファミレスで席に着くと、
「こういうお店ってわからない。いっつも母は高いところばっかり」
「程度低いって言わないでくださいね。僕、安月給ですから」
「それって、彼女から?」
「いいえ。父からです。プライドばっかり高いんですよ。自分と食事するのに、こんな店なのか、とかね」
「
彼はくすくすと笑いながら続ける。
「まあ、これ伯父さんの口説き文句なんですけどね」
「え?」
「僕はこれでめろめろです」
「ある意味で職業病ですよね。
「そうだと思う」
「
「私は罪に問われるの?」
「いいえ。僕たちは
彼は柔和な笑みで返した。
「だって、効率悪いじゃないですか。さっさと次の件にとりかかった方がいいです」
「
輪郭のあいまいなそれに自分はこの通りだな、と思う。
最初は、と彼女は口を開いた。祖母に言った、と。
「おばあちゃんは父が亡くなってから母をいじめていた。私には優しくしても嫌いだった。でも、おばあちゃんを嫌うと母がもっといじめられるから好きなふりをしてた。だから」
「言ったの。おばあちゃんは事故で死ぬって。心配してるふりをして、毎日、毎日、言い続けた」
「そうしたら、死んだ。偶然、交通事故で。でも、きっと、私がずっと言っていたせい。そういうことがあるって本に書いてあった」
「話してくれて、ありがとうございます。つらかったでしょう」
どうしていいかわからず
母は、と
けれど、と彼女は思う。
── 何、言ってるの? もう、あんな生活しなくていいんだから
クローゼットはもう、いっぱいなのだ。
昨日と同じ暗い道を
別れを告げて家に入ると
飲むはずの薬を飲めそうになく
翌日は晴天が続き気持ちの良い風が吹いている。朝の特別メニューが終わったコスモバーガーの店内で
「意外といけるもんだな」
朝のメガメニューをぺろりと平らげた
「適応早いですね。おじいちゃんなのに」
「おう。それで、だ。俺が『 予言 』してもらおうと思う。食ったら行くぞ 」
「
驚きよりは心配そうな
「安心しろ。あたるわけ ──」
言い終わらないうちに彼の携帯が鳴った。着信画面には「金扇」と出ている。
「先生、こんにちは」
電話の向こうから年こそ取っているが、よく知った教え子の声が返ってくる。
「おう。どうした?」
「きいちゃダメです、『 予言 』 。今日、先生がしてもらうんですよね?」
「
「いいえ。見えちゃいました」
「さすがだな。どういうことだ?」
「せっかく
「親も大変だな。じゃあ、要点だけでいい。
「
「の相棒だ。
「
妻にもよく言っておく、と電話は切れた。
店内に戻った
「父親の方が厳しいんだな。意外すぎる」
「なんですか? 糞親父がどうかしたんですか?」
「いや。行くぞ」
二人は
いつもの通り
質問は会話ではない。その言葉がぐるぐると彼女の頭の中で回っている。
巫女服へ着替えを始めない彼女に
「今日は『 予言 』 をしてほしい人が来るのよ?」
「私は、もう『 予言 』 なんてしない。私にはできない」
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