第6話 静謐

文字数 1,059文字

 長い長い沈黙の間、恋志穂(こしほ)は、じっと母の顔を見つめていた。
知性の感じられない目、たるんでいるのではなく怠惰からゆるんだ頬。
記憶よりもきざまれた皺は不快さを表すことが多かった人生を物語っていた。
いつからこうだったのか、と恋志穂(こしほ)は思いを巡らせたが、
自分の『 予言 』 があたる、と人が群がるようになってからだろう、と、すぐに思いあたる。
可哀そうだ、と恋志穂(こしほ)は思った。
母が可哀そうだから、祖母にいなくなってほしかったのだ。
そして、祖母がいなくなった母を可哀そうにしたのは自分なのだ。
黙孝している恋志穂(こしほ)へ母は質問をした。

「何を言っているの?」

質問は会話ではない。会話をしなくなったのは、それがあたりまえになったのは、いつからか、恋志穂(こしほ)には、もう思い出せなかった。

「私は『 予言 』 なんてしてない。たくさんの本を読んで、考えて、どうなるのか言ってるだけ。お母さんも普通の人だった。『 予言 』 なんてできない」
「そんなことないでしょう。私は 『 予言 』 ができたんだ。だから、あの女が死ぬのがわかった!」

声を荒げる靖穂(やすほ)恋志穂(こしほ)は静かに返した。

「おばあちゃんが死んだのは私のせい。私が言ったから死んだの。事故で死ぬって」
「ほら! みなさい!」
「違うの。毎日、心配するふりをして事故で死ぬって言い続けたから。そんなことされたら誰だって変になる。事故は偶然だったけど、おばあちゃんを変にしたのは私」

恋志穂(こしほ)はひとつ息を吐くと母をしっかりと見つめる。靖穂(やすほ)の眉間には怒りの皺がより口のゆがんでいた。目は憎々しげに彼女をにらみつけている。恋志穂(こしほ)は静かに繰り返した。

「『 予言 』 なんてない」

途端、彼女の目がくらんだ。頬が焼けたように熱く痛む。叩かれた、と理解した恋志穂(こしほ)靖穂(やすほ)は鬼のような形相で叫ぶ。

「私は『 予言 』 ができたんだ! お前を産んだからできなくなった!」

激高した靖穂(やすほ)は続ける。

「お前は産まれてこなければよかった! お前なんて産まなければよかった! 」

ああ、と恋志穂(こしほ)は思った。自分はどこか母に疎まれている。幼少頃から、うすうすと感じていたものが、はっきりと形づけられたのだ。彼女はそれを祖母のせいにした。
だから、祖母に『 予言 』 した。母に好いてほしかった。だから、『 予言 』 を続けた。
まだ恋志穂(こしほ)を罵り続ける靖穂(やすほ)の怒りは唐突な来客を告げるチャイムによって中断される。
靖穂(やすほ)は苛立ちを含んだ声でインターホン越しに今日は予言ができない、と対応する。
能天気とも思える菖蒲(あやめ)の声がきこえ、恋志穂(こしほ)はたった一言を叫んだ。
助けて、と。

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