第3話 調査

文字数 2,656文字

 朝はだいぶ過ぎ、昼時には早い頃。よく晴れていて風が気持ちい。
 流星焼きが有名なファーストフードチェーン店コスモバーガーに菖蒲(あやめ)の希望で入った鷹司(たかつかさ)はレギュラーメニューのハンバーガー、流星焼きを口にして顔をしかめた。

「年寄りの来る店じゃねえな。食えたもんじゃない」
「おじいちゃんですからね。今日はどうしますか?」

菖蒲(あやめ)は、あはは、と笑うときいた。鷹司(たかつかさ)はこたえる。

牛天寺(ぎゅうてんじ)恋志穂(こしほ)について調べる。と、いっても前任者がほとんどやってるな」
「学校に行くようにはなったものの、友人は皆無。教師からも母親のせいで腫れもの扱い。親のせいで苦労する気持ち、よくわかります」

菖蒲(あやめ)はしみじみと言った。そんな彼に鷹司(たかつかさ)は皮肉交じりに返す。

「苦労よりは恩恵の方がでかいだろうよ」
「僕、こういう人生しか知らないんで、よくわからないです」

悪びれもせず嫌みさもなく、無邪気に言う菖蒲(あやめ)鷹司(たかつかさ)は苦笑した。
早々に食べ終えた菖蒲(あやめ)は、こめかみに指をあてる。

牛天寺(ぎゅうんてんじ)って、お寺があったんでしょうか?」
「そこまでは調べてないな。実際、どの程度 『 予言 』が当たっているのかも把握しづらい 」
「税務署も追跡できない現金払いですからね。誰がどこまで 『 予言 』 されたのか、わかりづらいです」
「『 予言 』 された奴が黙ってたら、わからねえからな。それでも、ひと月 20 人」

僕だったらギャンブルで遊んで暮らします、と言う菖蒲(あやめ)を、今も遊んでいるだろう、と鷹司(たかつかさ)はにらみつけた。にらまれたことを気にかけず菖蒲(あやめ)は続ける。

「それで、処分対象なんですよね」
「おう。『 予言 』が本当だったらな。『 神さま 』 たちが、うるせえそうだ。『 予言 』 されたら自分たちが死ぬんじゃないかってな 」

くたばっちまえ、と鷹司(たかつかさ)が吐き捨てると菖蒲(あやめ)は笑った。

「どうして、そんなに怖がるんでしょうね。死ぬのが、あたりまえなんですよ」
「お前の母親のせいだぞ?」
「母がですか?」

菖蒲(あやめ)は目をぱちぱちとさせる。

八喜子(やきこ)は、お前の親父や伯父も葬れる。それを見せつけられて、怖がってるんだよ」

今まで好き勝手してきたくせにな、と鷹司(たかつかさ)は愉快そうに唇をゆがめた。

鷹司(たかつかさ)さんって、父と伯父さんを嫌ってますよね。どうして僕と一緒に働いてくれるんですか?」
「ああ? そんなの決まってるだろう」

気兼ねなくぶん殴れるからだ、とにやりと笑う鷹司(たかつかさ)菖蒲(あやめ)はお手柔らかに、と穏やかな笑みを返した。

 竹林を抜けると古びた神社があった。真正面に小さな社があり右手に手水舎(ちょうずや)、奥には壁のひびが目立つ小さな倉がある。荒れ果てた印象を与えるのは玉砂利がなく通り道はあるものの草が伸び放題のせいだろう。
菖蒲が敷地に足を踏み入れると、ほぼ同時にあごの細い、のっぺりした顔つきの巫女が現れた。

「はい、お守りですか?」

桐里(とうり)菖蒲(あやめ)のだとわかると振りまいた愛想が無駄になったばかりに眉根を寄せた。

「なんだ、お前か」
「桐里さん、こんにちは」
「仕事はどうした?」
「働いてますよ。牛天寺(ぎゅうてんじ)って知ってますか?」
「あのな、ききにこないで、本を読め。本。本当に勉強しないな」

お前に霞末(かすえ)の跡は継げない、と言われると菖蒲(あやめ)はむっとして言い返した。

「継ぎたくもないです」
「お前に 『 神さま 』 は無理なだけだろう。で、牛天寺(ぎゅうてんじ)が、どうかしたのか?」
「苗字なんですよ。『 予言 』をする子が」

桐里(とうり)は、あれか、と合点がいくと腕を組んで考え出す。

牛天寺(ぎゅうてんじ)ってのは明治のころの廃仏毀釈で、ぶっ潰された寺のひとつだな」
「『 予言 』 してたんですか?」
「うんにゃ、知らん。きいたことない」
「お寺なのに『 予言 』 の時に巫女服になるんですか?」
「なんだ、そりゃ。寺だろ? なんで巫女なんだよ」

おおかた箔をつけるためにやってるんだろう、と桐里(とうり)はあきれ返る。

「しっかし、あれだな。牛で『 予言 』 つったら(くだん)

からからと笑う桐里(とうり)菖蒲(あやめ)も無邪気な笑顔できく。

(くだん)って何ですか?」
「勉強しろぉっ! 本当にお前はもう! (くだん)ってのは、牛から生まれる人の頭をもった妖怪っつーか、そんな感じのもので 『 予言 』 したら死ぬんだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」

素直に笑顔で礼を言う菖蒲(あやめ)桐里(とうり)は深々とため息をついた。

牛天寺(ぎゅうてんじ)の関係者かどうかは桐里(とうり)さんも、ご存じないんですね」
「知らん。過去に何かあったなら、お前の親父の方が詳しいだろう」
「嫌ですよ。年寄りだから話が長いんです」

心底、うんざりした表情の菖蒲(あやめ)桐里(とうり)は声を上げて笑った。

「なんなら、母親にきけば一発だろう」

菖蒲(あやめ)は軽く首を横に振る。

「働くと言った手前、ね? そうもいかないです」

桐里(とうり)は目を丸くした。ついで、少し瞳をうるませる。

「立派になったなぁ。もうおっさんになってから、ようやくか」
「みんな変わらないから年齢の感覚、狂いませんか?」
「そのせいで、周りがいつまでも子ども扱いするから甘やかされてるんだろう」

困ったものだ、と憤慨する桐里(とうり)菖蒲(あやめ)は笑顔で礼を言って神社を後にした。

 菖蒲(あやめ)は待ち合わせていた市立図書館の前で、ちょうど出てきた鷹司(たかつかさ)と会うと二人は手近なファミレスへと足を運んだ。
席に着くなり鷹司(たかつかさ)に渡されたリストを眺めながら菖蒲(あやめ)は目を細める。
リストは恋志穂(こしほ)が借りたり読んだと思われる本のものだ。

「すごい量ですね」
「医学に統計学に心理学。毎日、図書館に通い詰めて、とにかく膨大な量だな」
「あの宝石じゃなくて、買ってあげればいいのに」

菖蒲(あやめ)は愁いをおびた表情で小さくつぶやいた。

「そういう親ってことだ。どうする?」
「僕、直接、話してみます」

鷹司(たかつかさ)の問いに菖蒲(あやめ)は柔和な笑みを浮かべた。
それを見て鷹司(たかつかさ)は険しい顔つきになる。

「子供をもてあそぶなよ」
鷹司(たかつかさ)さん、僕は人の心の機微がわからないわけじゃないんですよ」
「お前らが、そうなのは知ってる。だからこそ厄介だ」

彼を不思議な人だな、と菖蒲(あやめ)は思った。
周囲からきいていた話ではもっと鷹司(たかつかさ)から警戒されると思っていたが、かといってむき出しの敵意があるわけでもなく、もちろん全幅の信頼もない。程よく信用されていない。
死亡率が 6 割を超える特課で定年まで勤め上げた伝説は伊達ではない、と菖蒲(あやめ)は素直に感心した。
それでも鷹司(たかつかさ)を古くから知るものにすると甘すぎる対応らしい。
彼と働くとことが決まった時、菖蒲(あやめ)の母がとても喜んだので、父をはじめとして皆がぐっと否定の言葉をのみこんだのが面白く、それを思い出して菖蒲(あやめ)はくすくすと笑った。

「なんだ?」
「いえ。そろそろですね」

店内の時計をちらりと見て菖蒲(あやめ)は立ち上がった。
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