第2話 予言

文字数 2,513文字

 質の良いソファがテレビの周りにある、ごく普通のリビングに巫女服に着替えた恋志穂(こしほ)がやってくる。
菖蒲(あやめ)鷹司(たかつかさ)の二人を招き入れた彼女は事務的というよりは表情の乏しい声と顔で菖蒲(あやめ)に言った。


「じゃあ、今までのことを教えて。できるだけ詳しく」
「それはどういう意味ですか?」

菖蒲(あやめ)はごく普通に好奇心から尋ね返す。

「どういう生い立ちだったかとか、あとは好きなものとか。そういうことを、なんでも。」

菖蒲(あやめ)は軽く礼を言ってうなずくと話し出した。

「生まれた時から苦労の連続でした。生まれてすぐに両親から離れて、再会したのは4歳の時。伯父が見つけてくれました。その時には、なんかもう妹がいて」

内容とは裏腹に菖蒲(あやめ)は明るい表情で楽しそうに続ける。

「父親とはそりが合わないというか、憎くてたまらないというか。そんな感じなので高校から家を出て、一人暮らしです。そこで」

菖蒲(あやめ)は少し言いよどんで、わずかばかり目を伏せたが、すぐにまた元の笑顔で言った。

「いろんなことを学んで今に至ります。仕事もこれが初めてです」
「そう。好きなものは?」

恋志穂(こしほ)菖蒲(あやめ)の話に特に驚いた様子もしめさず、変わらぬ調子で続けた。

「肉。特に母。めったに食べられませんが母の手料理が大好きです」

菖蒲(あやめ)は満面の笑みでこたえる。対して恋志穂(こしほ)は調子を崩さずに静かに返す。

「そう」

鷹司(たかつかさ)は時折、菖蒲(あやめ)の返答に眉をよせながらも口を出さずに二人の様子を見ることにした。
それから日が落ち、リビングに夕日が差し込むまで菖蒲(あやめ)が答え、恋志穂(こしほ)からの問いが続く。二人の問答は唐突に終わった。予言が告げられたのだ。

「あなたは長生きする。よく言えば適度に力を抜いていてストレスがないもの」

やはり恋志穂(こしほ)は感情の乏しい顔と声で言った。

「そうですか。ありがとうございます」

楽しそうに笑顔で返した菖蒲(あやめ)鷹司(たかつかさ)が低い声で言う。阿呆、と。
恋志穂(こしほ)はそれも気にせず続けた。

「でも晩年は病気がちになるだろうし、死ぬ時は 『 孤独 』 。今からでも友達をつくっておくといいかもしれない」
「『 孤独 』…… 」

菖蒲(あやめ)は顔をしかめて恋志穂(こしほ)の言葉を繰り返した。

「気に入らなかった? みんな、そうだけど」
「いえ。死ぬのなんて、あたりまえじゃないですか。でも、よりよって糞親父と同じ思いをするのか、と思っただけです」

糞親父、だけが低くなる菖蒲(あやめ)の言い方に複雑さを読み取ったが、恋志穂(こしほ)は何も言わなかった。
菖蒲は笑顔を恋志穂(こしほ)に向けると穏やかなにいう。

「あなたがしているのは 『 予言 』 ではありませんね」

不意を突かれた質問に恋志穂(こしほ)は、わずかばかり目を見開いた。菖蒲は優しく続ける。

「あなたがしたくないなら、もういいんですよ。一体、誰に言われて、やっているんです?」

玄関が開く音、続いてリビングの扉が開かれると恋志穂(こしほ)の母、靖穂(やすほ)が姿を現す。
彼女の耳と首を飾る大きな宝石が目を引く。恋志穂(こしほ)の 『 予言 』 で稼いだ金銭で買ったものだ。
靖穂は不快さを隠しもせずに、年齢の割には幼さを印象づける顔に皺をよせる。

「どなた?」
特課(とっか)霞末(かすえ)鷹司(たかつかさ)です。お邪魔しています」

靖穂(やすほ)はああ、と口の中でつぶやいた。
先日、来た調査員は陰陽庁(おんみょうちょう)という心霊事件を取り扱う役所だと説明している。
娘の特別な力を疑っていて 『 予言 』 通りに死んだ。
娘の神秘の力を信じられない哀れな公僕がまた来た、と思うと愉快さを感じ靖穂は余裕をもった静かな口調で言った。

「そう。また来たの。でも、こういったことは困ります。娘の 『 予言 』 は特別です。私を通していただかないと」
「はい。娘さんのご厚意に甘えて軽率でした。すみませんでした」

素直に謝る菖蒲(あやめ)に彼の容貌も相まって、不快感はなく靖穂(やすほ)は好意的な印象さえもった。
隣にいる目つきの悪い老人、鷹司(たかつかさ)は気に入らなかったが自分は特別な存在なのだ、というプライドから靖穂(やすほ)は寛容な態度を崩さずに二人に帰るように伝える。
もう一度、菖蒲(あやめ)が非礼を詫びると二人は恋志穂(こしほ)の家を後にした。

 広いエントランスを抜けて街灯に照らされている街路樹の前まで来ると鷹司(たかつかさ)が口を開いた。

「あれは 『 予言 』 じゃねえな。どう思う?」
「そうですね。ただの人間に 『 予言 』 なんて、できるわけありませんよ」

菖蒲(あやめ)は癖なのか、組んだ上にのせた右腕で右のこめかみに人差し指をあてて笑顔で答える。

「そうだな」

鷹司(たかつかさ)はため息というよりは、老いからの息苦しさで小さく息を吐き出すと考えを巡らせた。

 あなたは交通事故で死ぬ。

牛天寺恋志穂(こしほ)は、そう 『 予言 』 した。
彼女が金銭を得るようになってから 4 年。 88 人の死の予言が的中している。
死ななかったのは死を予言されなかった者たちだけだ。

 菖蒲(あやめ)は無職の息子の将来を案じた父親からの要請で特課(とっか)に入ることになった。
いまだに母親に対して特別な思いを抱いている陰陽庁(おんみょうちょう)の要職、千平(せんだいら)がしゃしゃりでたせいでもある。
陰陽庁(おんみょうちょう)で崇拝して服従すべき存在の 『 霞末(かすえ)の色つき 』 の子息である菖蒲(あやめ)に対して恐れをなし、退職や異動希望者が殺到したため、特課はずいぶんと寂しくなった。
もともと少ない人員がさらに減ったが長年、第一線で働いてきた鷹司(たかつかさ)は嘆くというよりは向いていなかったのだと思うと同時に平和な時代になった、と、どこか安心したものを感じている。
そんな中で残っていた前任者は恋志穂(こしほ)の 『 予言 』 通りに死んだ。
二人と面識を持つ前のことだった。
禁忌とされ、近づいてはいけない『 神さま 』 に接触したのだ。
彼の不始末に陰陽庁(おんみょうちょう)は『 神さま 』 に対して恐怖を感じながら謝罪を申し出たが、『 神さま 』 からは意に介されておらず、改めてその存在に畏怖を感じることとなった。
もっとも鷹司(たかつかさ)からすれば仲間を殺されて恐れるだけの体たらくに憤りを感じないことが不快でしかない。改めて 『 神さま 』 とはクソ野郎どもだ、と思うのみだ。
残っていた特課の同僚、平平(ひらだいら)に愚痴ったところ、菖蒲(あやめ)の妹と家庭を築いている彼は困るだけであったが。
鷹司(たかつかさ)はまたふう、と息を吐くと言った。

「帰るか。眠い」
「はいはい、おじいちゃん。こっちですよ」

背伸びした子供が親のまねごとをするかのような菖蒲(あやめ)の言い方に鷹司(たかつかさ)は口の端をあげた。

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