Four Star Napa Vally Chardonnay

文字数 1,899文字

 美味しい白ワイン手に入れたから飲もう! と尾野(おの)が言い出して、毎度のように日浦(ひうら)家へいつもの面子(めんつ)が集まった。既に諦めの境地である日浦だが、井波(いなみ)がこの集まりにやってくるようになって、食事がより多彩になったのは歓迎すべき事柄である。
 何せ、彼女は小日向(こひなた)とは嗜む方向性が違うのだ。物珍しいものが食べられる、というだけでも嬉しいし、有難い。そして本日は、主菜が井波、副菜が小日向という分担だ。
「あぁああ、マユちゃんの青紫蘇ジェノベーゼ美味しい!!
「口にあってよかった。このワイン、凄く素敵な香りだね」
 ふわふわと柔らかく笑う井波に得意げに笑って、尾野は豊かな胸を心持ち張る。
「でしょ? イタリアワインみたいだなって思ってさぁ」
 イタリアの酒は華やかな香りのものが多い、と彼女が語っていたことを朧に思い出す。実際に持ち込まれたことのあるワインを思い出してみれば、確かに似た風情の華やかなものが多かった。
 今回のワインはアメリカの物らしいが、強めの酸味が爽やかで、渋みが少なく、華やかながら仄かに甘い香りもする。少しスパイシーさもあるから面白い。
「アメリカって侮れないよねぇ。妙に完成度が高い代物が、ひょっこり飛び出してくるの」
 どんなお料理を合わせようか、と尋ねられて「なんかイタリアっぽいの」とリクエストした尾野に応えたらしいパスタは、どうやら自家製紫蘇のドレッシングを和えているらしい。これ美味いなぁ、と感心した様子の小日向へ嬉しそうに礼を言って、井波は軽く口許へ指先を当てた。
「小日向さんのコールスロー美味しい。うちのとレシピ違うのかな?」
「んー? 俺が作るの、彼方(かなた)のばあちゃん直伝だからなぁ」
 小日向曰く、祖母のレシピは他所とはかなり様子が違うものが多数あるらしい。こいつもそうだったのか、と人知れずカルチャーショックを受けているうちに、彼は指折り手順を説明している。
「まず、寿司酢使うんだよ」
「そこから違う……」
「んで、適当なポリ袋に千切りキャベツ突っ込んで、満遍なくまぶします。千切りなのは、その方が箸で食いやすいから? 粗めのほうが美味いので、雑なくらいで。葉がちょっと(こわ)い場合は、軽く湯通ししてやればいいかな」
「塩しないんですか?」
 それで置いておけば水出るし、と応じる小日向に、井波は相槌を打つ。
「なるべく空気抜いて口捻って置いておくといいよ。しんなりしてきたら酢捨てて袋ごと水絞って、あとはマヨネーズとマスタード適当に」
「あ、マスタード! この香り、マスタードなんだ」
「なんか、他所は胡椒らしいな? 俺はマスタードの方が好きだなぁ。粒が特に好き。ワインビネガー入ってたりするし、理に適ってるんじゃね?」
 大体、何か物足りないわと祖母が思った時に追加で作られていたので、基本的にキャベツのみで作られた。もちろん、手元にあって気が向けば、人参や玉葱を加えることもある。その時あるもので作り上げる家庭の味だ。
 余談だが、日浦が作る際は、必ず人参が入っている。彩りは大切なので。
 なるほど、とふんふん頷いた井波は、真似していいですか? と真剣な顔で尋ねる。果たして小日向は、苦笑でひらひら手を振ってみせた。
「好きにしていいよ。俺も昔、ばあちゃんから教わった通りに作ってるだけだし、彼方も同じ作り方してるし」
「というか、俺は他の作り方を知らなかった」
 正直に告げれば、尾野が「あるあるだねー」と笑う。
「生姜焼きもそうだったでしょ。あれ、美味しいよねぇ」
「カナの生姜焼きは美味しい。あと、回鍋肉。何杯でも食べられる白御飯のお供」
 厚切り三枚肉をかりかりに焼いて紫蘇も入ってるんだ、と頬をふくふくさせて背島(せなしま)が口を挟むと、尾野と井波が揃って日浦を見遣る。
「カナ、詳しく!」
「日浦さん、レシピ教えてください!」
 その辺りは手順普通だぞ、と困惑気味に眉根を寄せると、小日向もけらけら笑う。
「回鍋肉はさ、日本アレンジの甘辛いやつな。そこに紫蘇刻まずにどっさり入れるんだよ。油と味噌が絡んでさぁ、飯くるんで食べるの堪らんよな」
「油で半透明になる紫蘇が奇麗なんだ」
 また食べたい、ときらきらした目を向けられて、便乗した尾野と井波からも期待の眼差しを向けられた。
「だったら、ビールだよね! お薦めの美味しいの用意するから!」
「紫蘇、たくさん取れたので提供します!」
 女性陣の勢いに困惑しながら小日向を見遣ると、彼はこちらを見てにやにやとしている。(ひろむ)、と半眼を向けると、果たして彼は「わかったよ」と苦笑した。
「俺も手伝うから腹括れ」
 たまにはおまえも作ればいいじゃん、と促されて、日浦は一つため息を落としたのだ。

〈了〉
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