75BEER

文字数 1,703文字

 ピーマンが食べたい、と背島(せなしま)が真顔で言ったことから、何故か日浦(ひうら)が肉詰めを作ることになった。まぁ、過去に度々あったことなので、それはいいのだ。きちんと要求してくれるだけ楽ではあるし。問題は、当たり前のように集い来る友人たちである。
「カナの肉詰め、半割りなんだねぇ」
 うちはヘタからくり貫いて煮込んじゃうやつだわ、と肉詰めをもきゅもきゅ()みながら、尾野(おの)は手にした缶ビールを煽った。
 今日の酒は小日向(こひなた)が持ち込んだもので、沖縄のクラフトビールらしい。南国で作られたものらしく、さらりとした爽やかな旨味があり、さっぱりと飲める代物だ。パッケージの夕暮れ空を思わせるグラデーションと、75という算用数字のインパクトが強いが、中身は至って正統派の端正さである。
「なんか、肉詰めだけは彼方(かなた)のアレンジ入ってるよな? 俺が作るのと味違うし」
「ピーマンがタネから剥がれないの、凄いですよね?」
 きっちりと綺麗にピーマンの器に収まっていながら綺麗な焼き色をつけて、無造作にごろごろと大皿に積まれているそれらを見遣って、井波(いなみ)が不思議そうに小首を傾げる。それ自体にしっかり味付けがされているが、お好みでどうぞ、とばかりに添えられたオーロラソースをつけても美味しい。
「グリル使うと剥がれないって聞いたことありますけど、それですか?」
 そういえば、と思いついたらしいことを口にする彼女に、ご機嫌で肉詰めを食べていた背島が横から口を挟んだ。
「そんな面倒そうなこと、カナがするはずないだろう? いつもフライパン一つだ」
「え、それじゃぁ」
 どうやって、とますます首を傾げる。自然と向けられた視線たちに、日浦は口の中の物を飲み込んで、ビールを流し込んだ。
「ピザ用チーズ。片栗粉はどっちでもいいけど、ピーマンに繋ぎがわりに散らしてやって、タネをぎゅっと詰めてるだけ」
 おのれどうあっても剥がれるか、ならば接着してやる! と思ったのは、果たしていつ頃だったのか。溶けてくっついてくれないだろうかと、たまたま買ってきていたチーズを仕込んでみたら、思いの外に具合がよかったのだ。それ以来、ピザ用チーズはピーマンの肉詰めには欠かせない。
「え、チーズ? 入ってる?」
 意外そうに噛り付いた断面を注視する尾野は、訝しく眉値を寄せる。
「えぇ、わっかんないね? これ。味も……言われてみればまろやか?」
「主張するほどは入れてないからな。あと、タネは前に話したロールキャベツの中身とほぼ同じだから、チーズの油がいい感じに馴染むんじゃないか? 他のチーズは、やめたほうがいい。ピザ用ほど粘りがなくて、接着が弱い。縁に肉が乗ってなくても剥がれ易いし」
 ちょっと失礼して、と井波が箸で器用にピーマンを剥がし、現れた少々のチーズが伸びるさまに目を丸くする。
「え、これでいいんだ! 凄い、思い付かなかった」
「凄ぇ執念だな。俺、剥がれるもんだと諦めたぞ」
「あたしも。だから煮込み式になったんだし」
「いや、チヨが」
 学生時代、食事を疎かにしがちだった背島が、喜んで自ら食べるのは、苦味の強い野菜たちだった。
 気づけば倒れている彼女を囲んだ学友たちが、あいつに何でもいいから取り敢えず食わせろとばかりに集ったとして、彼らの価値観の中心にあるのは肉。
 肉、なのだ。
 育ち盛りを幾らか過ぎているような気もするが、若人には必須の肉。どちらも満足させるとなると、メニューは自ずと限られた。
「肉詰め出してピーマン剥がれてたら、こいつピーマンしか食わなくてな。終いには他の奴等相手に肉とピーマンのトレードやらかして」
 よしわかった剥がれなければよかろう! と躍起になった結果の産物だ。日浦の料理に対しての工夫は、大体全部、背島の所為なのである。
 チヨちゃん……、と生温かい眼差しが背島に向けられる。それらにきょとりと目を(しばたた)かせて、果して彼女は悪びれもせずに言い放ったのだ。
「みんな、カナに甘えてたからな? おかーさんって呼ばれてたぞ」
 ぶふッと尾野が無遠慮に吹き出す。何とか堪えた井波の横で、小日向は生温かい眼差しを向けてくる。それらを不本意そうに一瞥して、日浦はビールを煽ったのだった。

〈了〉
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