わびさびジャパンペールエール

文字数 1,872文字

 たまに顧客の一人から、ドンと酒を頂くことがある。
 ロマンスグレーとは彼の為にある言葉か、と思うような紳士然とした御仁で、酒をただただ愉しむ為に飲むのを好む。更に良品は、笑顔で他者へ惜しみなく押し付けた。彼からの頂き物は、美味しいのは勿論、面白いと思った代物を送りつけてくることもままあるが。
 今回は、間違いなく面白い方だろう。
 そんなわけで、今日は小日向(こひなた)を招いて家飲みと洒落込んだのだ。奴も件の顧客の舌を信用しているからか、招かないと後で煩いのである。先方もそんな事態を知ってか、たくさん送りつけてくるので、まず一人で空けることもないけれど。
 そして満月を望む居間で、やってきたばかりの小日向は、卓袱台に用意された山盛りの肴を見下ろしている。
「なにこれ?」
「ジャーマン・チャイニーズヤム? になるのか?」
 うん? と訝しく日浦(ひうら)を見遣りながら腰を下ろす。非常に雑に言ってしまえば、ジャーマンポテトの魔改造品だ。
「ジャガイモの代わりに、長芋使った。ジャガイモみたいに油を即座に吸わないから、結構あっさり風味。味馴染ませたいなら、一晩おいて電子レンジ」
 生でも食えるから調理が楽だし、と言いながら日浦は台所から持ち込んできた、良く冷したビール瓶を並べる。
 クラフトビールブームからよく見かけるようになった、三三〇ミリリットルの遮光瓶だ。輸送に便利なアルミ缶を採用しているブルワリーもあるが、何となく瓶を選ぶ所が多いような気がする。それも一種のブランド戦略なのか、それとも一時期言われた「缶臭い」と嫌う客の為なのか。日浦としては、どちらでも気にしないし、美味ければ問題ない。
「そもそも、生で食う方が多いだろ。火通すと、ほこほこになって美味いのに。フライなんて絶品だし」
 しかし、今日はビールのお供なのだ。フライも捨て難かったけど。
「いや、美味そうだけどさ。なんで長芋? 特売あったか?」
「こっちのが良さそうだと思って」
 こいつには、と小日向の前へ瓶を滑らせる。卓袱台の真ん中には栓抜きも置かれており、飲みたきゃ自分で勝手に抜け方式だ。
 瓶を手にした小日向は、へぇ、とラベルをしげしげ眺める。
 まるで版画のようなそれは、日本的とでも言おうか。色合いも、佇まいも渋い。この辺りは、商品名を意識したデザインなのだろう。売場に並べば派手なラベルの中、逆に目につきそうである。
 栓を抜いて「いただきまーす」と瓶から直接煽った小日向は、ぴたりと動きを止めた。
「なんとも言い難いけれど、敢えて言うなら爽やかな辛さが襲ってくるだろう」
 淡々と告げる日浦に相槌を打つこともせず、ごくり、と飲み込む。それを確認して、日浦は更に言葉を重ねた。
「不思議なほどすっきりビールの味が消えた後、後味に緑茶が、これでもかと残るだろう」
「……なんっだこれ!」
 持て余した感情の発露か、無理もない台詞で吠えた小日向を、日浦は生温かい眼差しで見遣る。気持ちはわかるのだ。試しに味をみた時、全く同じ状態に陥ったから。
 でも美味いだろう? と小首を傾げると、何故か彼は悔しげに瓶を睨めつけた。
「美味いよ、めっちゃ美味い! 旨味濃いしけど甘味薄くてちょっと爽やかで!」
「でも、強いて言うなら辛みが襲ってくるんだよな。正確には、辛いと認識する直前くらいの風味」
「なにこれ?」
「副原料の山葵だろ。あと、緑茶」
 あー、と曖昧に頷いて、もう一口飲み下す。そうして、うん、と頷いた。
「……山葵だと認識すると、なんとなく受け入れられるな。あの山葵の辛さを思うと全然辛くないけど、辛みとしか表現できない何かが」
「そのくせ、ビール自体の濃厚な香りと旨味で、山葵の香りはほぼわからない」
「うあー、なんだこれ。でも美味ェ。後味の緑茶に納得できないけど美味ェ」
 ごきゅごきゅ一息に飲んで、用意された肴へ手を伸ばす。そうして、何度か頷いた。
「うん。長芋納得した。ジャガイモは駄目だわ、多分」
「エールにジャーマンポテトは間違いなく合うんだけどな。これにはちょっと強いだろ」
「長芋に山葵合うしな。分厚くてあんまり火通ってない部分が、しゃくしゃくしてて食感面白いな」
 もくもく食べて、ぐいっと瓶を煽り、一つ吐息する。
「緑茶でめっちゃさっぱりするー。なんだこれ。幾らでも食えそう」
 うちでも作るか、と呟いた小日向は、いい笑顔で「ビールも二、三本くれよな!」と言い放ったのだ。毎度のことなので、気軽に頷いたけれど。

〈了〉
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