第33話

文字数 1,522文字

 百合恵がタクシーに乗るのを見届けた未知留は、修馬の健やかな寝顔をずっと見つめていた。何と可愛らしい赤ちゃんだろう…。百合恵もきっと身を切られる思いで修馬を私には託したに違いない。大切に育てなければ。
 修馬は目覚めて、母が居ないとすぐに察して 大声で泣いた。そっくり返って足をバタバタさせて百合恵を求めた。そうだろう、赤ちゃんにとっては母は命だ。愛情を受けて育ったのが伝わってくる。
 未知留は修馬が安心するには月日が必要であり、その間愛情を注ぎ続けて『安心して良い』と修馬が感じれる様にするしか無いと覚悟をした。未知留は修馬を抱っこし続けて子守唄を歌った。
 修馬は不服そうな顔をしながら泣き止んだ。抱っこから下ろそうとするとまた泣きそうな顔になる。長い時間抱っこをし続けた。
 オムツは?濡れていたので取り替えようとするが、見慣れない周囲が気になる修馬はじっとしていない。オムツを変えるのも一苦労だ。その時 百合恵のバッグを修馬が引っ張った。バッグから修馬の好きなオモチャがポロンと落ちて来た。そのオモチャに夢中になり、修馬の動きは少なくなった。その間に未知留は新しいオムツを素早く当ててズボンを履かせた。
 修馬がお腹を空かせて無いか…と思い、粉ミルクをカバンから出した。粉ミルクの缶に作り方、哺乳瓶の消毒の仕方、離乳食の説明のメモが丁寧に書かれていた。
 百合恵の愛情がヒシヒシ伝わってくる。複雑な思いだが、未知留に迷いが出ると修馬も不安になる。粉ミルクを作り優馬を抱き上げて
「はい、ミルクだよー」
と修馬に声をかけると一生懸命飲み出した。飲み干した後小さな背中を優しく撫でると修馬はゲップをした。
「あら、修馬君お利口ね」
と言うと修馬は笑った。
 未知留は1週間程ひたすら修馬と一緒に居た。信頼関係が出来て来たのか、抱っこを要求してくる様になった。色々修馬なりに要求があるらしく、それを伝えてくるのが愛おしかった。
 お風呂に修馬と一緒に入ると小さな口であくびをして気持ちよさそうにして居る。本当に修馬の一つ一つが可愛らしい。未知留も修馬と一緒に笑う事が増えた。
 未知留はオモチャや必要な物を買い揃え、修馬と暮らし易い家に少しずつして行った。
 ちゃんと掛けた愛情に応える修馬。少しずつ未知留の我が子になって行った。

 俊也の退院の日が来た。未知留は修馬を抱っこしてタクシーで病院に向かった。
 病院に到着して俊也の病室の前まで来てドアをノックした。
「はい」
久しぶりに聞く俊也の声だ。胸が震えた。静かに扉を開けて病室に入った。
 退院の支度で荷物をまとめていた俊也が振り返った。未知留が修馬を抱いて居るのを見て、俊也は何が起こったか分からなくなって動きが止まった。しばらくして
「未知留…修馬…」
と今見ている現実に驚いて2人の名前を口にやっとした。
 俊也が何も聞かされていない事を察した未知留は、
「百合恵さんが私と俊也さんに修馬を幸せに育てて下さいって預けて行ったの」
と百合恵が未知留の元に来た時の事等を詳しく説明した。
「俺、百合恵の持って来た離婚届にサインして提出してもらったけど…詳しい事はこれからだと思ってたんだ。…未知留。本当に未知留の元に修馬と帰って良いんだね? 」
と俊也が愛おしそうな顔をして言った。
「そうよ。お帰りなさい」
と未知留が応えると俊也は修馬を抱いた未知留を抱きしめた。
 未知留はかつて、はめていた結婚指輪を俊也に差し出して、
「私の指にもう一度はめてくれる? 」
と言った。
「勿論、喜んで」
と未知留の指にはめた。
 元の夫婦に戻るには時間など必要なかった。そして俊也の車を未知留が運転して役所に行き、婚姻届を提出した後2人で建てた家へと帰った。
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