第17話

文字数 1,982文字

 百合恵は美しい夜景が見えるマンションから引っ越そうか迷った。しかし、引っ越したとしたら、野下との恋愛に負けて逃げた様な気がした。負けたく無い。そんな事に動じたく無い…。このマンションも家具も戦利品と云う事にして、優雅に暮らす事にした。そしてお揃いのバスローブだけは捨てて、次の男とはもっと高価なバスローブのお揃いを買う事にした。
 店でも滝江の言う通り、『痛みを知った強さ』を学びとして務めて居た。
 滝江からの信頼もどんどん厚くなり、難しい客や店の大切な客の対応も任される事も増えた。
 地に足を付けて充実した日々を暮らして居た。

 そんなある日、店で滝本孝一と紗絵事百合恵が2人きりの時ら滝本が百合恵に声を掛けてきた。
「紗絵ちゃん、ここだけの話だけど…。俺、自分の店を開こうと思うんだ」
「えっ?本当に?孝ちゃんが? 」
滝江とタッグを組んでRoseをここ迄の店にして来た孝一の言葉に、百合恵は驚きを隠せなかった。
「そりゃビックリするよなぁ…。俺仕事手抜くの嫌いだから自分で言うのも何だけど。此処でも本当に命注ぐ思いで働いてきてるんだ。そうしてたら、自分ではどんな店が出来るかな…ってずっと思っててさ。かなりプランが出来上がって来てるんだ」
と目を輝かせて話す孝一は話した。
「で、紗絵ちゃん。俺とその店一緒にやらないか?紗絵ちゃんとなら良い仕事出来ると思うんだ」
と真剣な眼差しで依頼した。
「えっ…分かるけど…突然すぎて…。少し考えても良い? 」
と戸惑いながら返事をした。
「うん、考えてみて」
孝一の真剣な依頼に百合恵も真剣に考えざるを得ない形になった。

 数日経った時に百合恵は孝一に返事をする為に、
「孝ちゃん、どんな店にしたいの? 」
と尋ねた。
「俺、カクテル作りたいんだ。パフォーマンスしながらね。若者が集まると思う。だから華のある女性スタッフが居ると、その美人店員目的で男の客は来る。パフォーマンスでカクテルを作ると盛り上がるから、落としたい女を連れて男が来る。女性客はカクテルなら飲みやすい。男女の客が来る店なら、酒の盛り上がりをついでにして出会いの場所にもなるって感じかな」
孝一の青写真に納得した。
「分かった。やるわ」
「紗絵ちゃん。ありがとう。紗絵ちゃんなら協力してれくれると思ったよ」
「でも私って『呼び込み』扱いじゃない」
と百合恵は笑った。
「紗絵ちゃん、人聞き悪いなぁ。『看板娘』と言って欲しいなぁ」
2人は大笑いした。

 そして仕事を終えた足で孝一は百合恵に、新しい店を見せに案内した。
 お手頃な居酒屋が立ち並ぶ所から割と近い所の一角に、アメリカンビンテージのイメージに改装された店を孝一が指差した。本当に若者が入りやすそうなカジュアル感だ。
 入って目立つ所にカウンターがあり、カクテル用の酒類が並んでいた。カウンターから客席を大体見渡す事が出来る。
 壁にはアメリカをイメージさせる絵や装飾品で飾られている。ちょっと古くて格好良い雰囲気だ。孝一は店の説明を始めた。
「カウンターから客席が見える…と言うことは、客席からカクテルを作る時のパフォーマンスが見えると言うことだ。だからカクテルを作る場所は高く作ってるんだ」
全てが計算されていた。
「これなら断る理由無いわ。頑張って見せようじゃ無いの! 」
そう答えた百合恵に
「頑張ろう」
と孝一は声を掛けた。

 そして次の日、Roseの出勤時間になった。孝一と百合恵は早目に出勤した。そして孝一は
「滝江ママ、実は話が有るんです」
と声を掛けた。
「何? 」
滝江は何かを察して真剣な眼差しをしていた。
「俺、自分の店を開きたいんです」
孝一はそう言うと頭を下げた。
「…そう。そうよね。孝ちゃんみたいに経営のセンスがあるなら…自分の店持ちたいのは当然よ。そう言われる日が近いと思ってたわ。それだけ仕事が出来て、雇われたままで居ようとしてたら逆に心配になるわ。で、話は進んでるの? 」
「はい、船白地区2丁目です。アメリカンビンテージをイメージしたカクテルをパフォーマンスで作るバーです。後は開店するだけとなってます」
「あぁ、面白そうな店が出来ると思って見てたの。孝ちゃんの店だったのね」
滝江は笑った。
「頑張りなさい。貴方なら良い店に出来るわ」
「ありがとうございます。それで…すみませんが、紗絵ちゃんを連れて行きたいんです」
と更に孝一は頭を深く下げた。
「孝ちゃん抜かりないわね。確かに紗絵ちゃんならやっていけるわね。こちらも損失になるけど…2人で頑張って来なさい! 」
と滝江は花向けの言葉を言った。
「ありがとうございます。お世話になりした」孝一と百合恵は2人揃って頭を下げた。
 そして2人の最終出勤日の勤務が終わると2人に花束が贈られた。
「頑張って! 」
「応援してるから! 」
スタッフ達から拍手と応援を受けて、Roseでのラストの仕事を2人は終えた。
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