第38話

文字数 1,906文字

 修馬は血が繋がらなくとも俊也と未知留の元で、本当の親子の様にスクスクと育った。
 乳児を突然預けられた当時の未知留はどう扱って良いのか戸惑った。 
 しかし自分が子供を産まなくとも修馬は授けられた我が子との思いが自然と湧き上がった。
 それは未知留の子供が欲しかった思いもあるが、百合恵が置いて行った粉ミルクや離乳食のメモが百合恵の深い愛を表現していて、百合恵の痛みを痛感したのもあった。その他にも当時渡された鞄の中に修馬の好きなオモチャや、好きな童謡、散歩すると喜ぶ場所が書かれたメモもあった。
 抱き上げた修馬の重みと同様、メモを読むと 百合恵の思いと、修馬の命の重みをズシリと感じた。そうして夫婦で修馬を大切に育てて来た。

 修馬を育てる中で二人は
『修馬には生みの親が居る』と言うことを早目に伝えねば…と考えていた。思春期の多感な時よりも、幼い内から自然に教えるのが良いのでは…と二人は考えた。実際その様にして修馬は二人の母について違和感なく育った。
 未知留は修馬が絵本の読み聞かせや紙芝居や お話が好きになって来た2歳の時に、おとぎ話の様に修馬の出生の話をした。
「修馬、おやつよ。おいで」
未知留の声を聞いて修馬は踏み台に上がって手を洗って食卓テーブルの椅子によじ登った。
「良い子ね」
未知留は修馬の頭を撫でた後、プリンを持って来た。修馬は目を丸くしてワクワクした顔をした。
「いただきます」
と未知留と修馬が手を合わせた。
「ママお話しして」
と修馬は頬にプリンを付けながらせがんだ。
「うん、今日のお話は赤ちゃんとお母さんの話よ」
「アカチャン?おかあさん? 」
「うん、そうよ。
ある女の人が居ました。その人のお腹には赤ちゃんが居ました。赤ちゃんはお腹の中で元気に育ちました。そして元気に生まれました」
「オギャーオギャーってないたの? 」
無邪気に修馬は聞いた。
「そう、オギャーオギャーって。
その女の人は赤ちゃんを大切に育てました。ですがその女の人が小さい時に、お母さんがお出掛けばかりしてお留守番ばかりしてました。貧しいのでご飯がなくていつもお腹が空いてました」
「しゅうまのプリンあげればいいのに」
「そうね、上げたいね」
未知留は修馬の口元を拭きながら話を続けた。
「女の人は赤ちゃんに幸せになって欲しかったのですが、自分のお母さんはお出かけばかりしてたりお世話を余りしてくれなかったので、赤ちゃんをどう育てれば良いか分かりません。この赤ちゃんもお腹空かせたら大変と心配になりました。
 そんな時に、赤ちゃんを大切にしてくれそうな夫婦を見つけました。その夫婦は赤ちゃんが居ません。女の人は言いました。
『私の赤ちゃんを幸せに育てて下さい』と。夫婦は
『分かりました。大切に育てましょう』と約束しました。そして赤ちゃんは幸せに暮らしました」
「アカチャンよかったね」
「そうね。その赤ちゃんは修馬なのよ」
「そうなの?」
「うん、育てたいけど、育てれなくて困ってます。幸せにして下さい。って言われて、パパとママは修馬を神様がくれたんだと思ったの。だから修馬はママの大事大事なの〜」
と未知留が言うとプリンだらけの小さな手で修馬は未知留を抱きしめた。

 修馬はleafからの帰宅後、低い声で
「ただいま」
と言ってリビングのソファに座りスマホを操作した。表情が何か浮かない。
 未知留はココアを入れたマグカップを修馬に渡した。修馬は黙って受け取って一口飲んで溜息を吐いた。
「話したい事あるの? 」
静かに未知留は聞いた。
「いや…まぁ」
沈黙の時間が暫くあった。未知留は沈黙が終わるのをじっと待った。
「生みの母に会って来た」
修馬がココアを啜りながら言った。
「そう…勇気要る事だったわね」
修馬の背中を未知留は撫でた。
「何か無理して僕を突っぱねて…陰で泣いてた。可哀想だった」
未知留は引き出しからセピア色になったメモを持って来た。
「これね、粉ミルクの作り方や離乳食の作り方とかのメモ。こっちは貴方が好きなオモチャや公園のメモ。これ見た時にね、本当に生みのお母さんが『この子を大切にして下さい』と言いたいのがヒシヒシと伝わってきてね…。そして貴方を心から愛してちゃんと育てて居たのが分かって…。修馬の幸せな為に手放す勇気を持つ程貴方を愛して居たのよ彼女は。修馬にいつか渡そうと思ってたの。
 私達は 修馬は神様からの大切なプレゼントと思って、来てくれて事がとても嬉しかったわ。
 本当、こんな愛情あるメモを書く人が貴方を愛して無い訳がないのよね.突っぱねるには意味があるの。彼女が受け入れられる迄待って上げなさい。何年でも」
と諭した。
 修馬は頬を緩めて見せてココアを飲んだ。
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