第30話

文字数 2,151文字

 開店前のvintageに
「孝一、久しぶり」
と入って行った百合恵。孝一は振り向き、
「おぉ、久しぶり。もう産まれたの? 」
と聞いた。
「うん、男の子。半年になるわよ」
と百合恵は孝一の腰に手を回した。そのままお互いの身体を満足させた。
 開店時間となり店を開けると相変わらず沢山の客が入って来た。
「おぉ、お姉さん久しぶり。更に美しさに磨き掛けたんじゃないか? 」
「久しぶり〜。元気にしてた? 」
「あぁ、勿論元気だよ。仕事再開? 」
「今日はお客」
百合恵は馴染みの客と乾杯して、羽を広げる様に生き生きとして居た。
 ここでストレス発散して、また良い妻良い母をしよう。百合恵はそう思って居た。
 夜の11時頃に帰宅した百合恵に
「お帰り」
と俊也は声をかけた。修馬はスヤスヤと眠っている。愛おしい…。そっと添い寝すると修馬の健やかな寝息が頬に当たる。なんと可愛らしいのだろう。百合恵はいつまでも修馬を見つめた。

 次の日、百合恵は修馬の離乳食のパン粥にも使えるとパンを作った。
 パン作りは勝手は違いミキシングの機械なども無く力仕事となったが、成形は身体が覚えてる。
 修馬の好きなキャラクターをパンで作り、抱っこしてオーブンの中を見せた。嬉しそうに手を伸ばそうとする。
「アチチよ。待ってね」
修馬の好きなDVDを見せて、パンの焼き上がりを待った。パンの香ばしい香りがして来た。チンとオーブンが鳴りパンが焼き上がった。粗熱が取れたところで修馬にパンを持たせると、はしゃいで喜んだ。
 修馬の喜ぶ姿を見るとパン作りも幸せなひと時と感じた。
 帰宅した俊也もパンを見て
「凄いな。ブロみたいじゃないか。美味しそうだ」
と手に取りかじりついた。フンワリして香ばしくてついついもう一個に手を伸ばした。喜んで食べている俊也を見て百合恵は嬉しくなった。

 サークルに行かなくなった百合恵は修馬と楽しく過ごす術を探した。
 俊也にもサークルを辞めたことは言って居ない。ずっと通って居ると思って居るだろう。
 孝一と欲を満たした事、ママ友とではなく1人で飲みに行った事、サークルを辞めた事、サークルで居場所がなくなった事…。俊也への秘密が増えて行く。
 何かのシコリが百合恵の心の中で大きくなりつつあった。以前俊也が喧嘩中に言った『お前は何故壊したがるんだ。』その通りだ。自分でも分かっている。だからサークルにも居られなくなった。現実を逃げる様に都合良く捉える様にして暮らして居た。
 しかし
「私は幸せを築く事が出来ない人間では…」
と不安が募った。
 そのシコリを忘れる為に週に一回ペースで 『ママ友と』と俊也に嘘をつき、vintageに通った。
 vintageに居るとその場限りの薄っぺらいけれど、百合恵を絶賛する言葉がシャワーの様に降り注がれる。薄っぺらくても褒められる言葉達…。それの心地良い絶賛にすがりたくなる。
 そしてvintageに行く頻度に拍車が掛かり3日に1回のペースになって行った。
 俊也も心配になり、
「修馬が寂しがるよ。行くの止めないけど、頻度はせめて週一にしてくれないか? 」
と声を掛けた。
「うるさいわね!放っといてよ! 」
と苛立ちながら答える百合恵。
「ママ友もこんなに頻回に夜に出て大丈夫なのか? 」
俊也が更に言った言葉にドキッとした。
「向こうが誘ってくるから仕方ないでしょ! 」
とハイヒールをツカツカ鳴らして百合恵は出掛けた。もう行きたくてしょうがない自分を止められなかった。
 俊也が晩御飯の後の食器洗いをしていると、電話が鳴った。
「もしもし、ベビーサークルの倉井ですけど舟吉さんのお宅でしょうか? 」
「はい、いつも家内がお世話になってます」
「百合恵さんはいらっしゃいますか? 」
「いえ、サークルのお友達と飲みに行ったんですよ」
と伝えると
「えっ?そうなんですか? 」
とビックリして居た。
「えっ?すみません、失礼ですがサークルのお友達で家内と一緒に飲みに行く方って…いつも言ってるのですが…頻回に飲み会ってあるのでしょうか? 」
「すみません、飲みに行く様なメンバーは居ないと思います。今はまだ授乳中の子を育ててる人ばかりなので…」
「そっ…そうなんですか。変な事聞いてすみませんでした」
「いえ。あの…百合恵さんが修馬君のパーカー忘れて行かれたので困ってないかと連絡させて頂きました。百合恵さんがサークル辞めて大分経ってしまい、遅くなって申し訳ないです」
百合恵がサークルを辞めて居た…。俊也は初めて聞いて一瞬言葉が出て来なかった。サークルを辞めた事を黙って居たのが嘘をつかれた様に感じた。そしてママ友との飲み会も嘘だった…。百合恵は何をしているのか…。良い事をしてるとは どうしても思えなかった。
「あっ…パーカーですか…。御心配掛けてすみません。サークルの子供達が服を汚す事があった時に使ってもらう事は出来るでしょうか? 」
動揺した心を落ち着かせてやっと返答した。
「有難いですけど…宜しいんですか? 」
「あっ、はい。わざわざ親切にありがとうございます」
「いえ、では失礼します」
電話を切った後、俊也は修馬を抱いて百合恵の最近の飲み歩きの頻度の不自然さに嫌な予感が過ぎって居たのを吟味した。それが真実と確信となり今後の事をどうしようかと思いを巡らせた。
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