第40話

文字数 2,315文字

 百合恵は食欲が無い為、少しでも食べれそうな物…と思った。食べれそうな物は何か…思い付いたのがイチゴだ。スーパーにイチゴを買いに行った。
 スーパーに入ってカゴをカートに乗せた時、周囲がフンワリと回る様な感覚になり意識が遠のいた。百合恵は気を失い倒れた。
「おい、人が倒れたぞ! 」
「救急車呼ばないと! 」
「お客様どうされましたか? 」
「この人 急に倒れたんだ! 」
周囲に人だかりが出来騒ぎになった。
 丁度お使いを頼まれた修馬が、スーパーに入って来た。人が大勢いてザワザワしており、何かあったのかと皆んなが見ている方に目を向けた。百合恵が倒れているのが見えた。かなり痩せて居たが、百合恵とすぐ分かった。
「母さん! 」
思わず叫んだ。すると集まっている人が通り道を作る様に開けてくれた。駆け寄り、
「母さん!母さん! 」
と大声で叫びながら百合恵の肩を抱き上げて揺さぶった。抱えている肩や腕が痩せて骨を感じる程細い感触に修馬は酷く驚いた。
 修馬の声に百合恵は、虚に眼を開けた。
「修ちゃん、来ちゃダメって言ったのに…」
と朦朧としながら言った。意識が戻る様に
「母さん、母さん、大丈夫だからね」
と修馬は声を掛け続けた。救急車が到着した。救急隊員が百合恵の状態を確認し、血圧と脈拍、体温を測った。
「息子さんですね。一緒に乗って下さい」と指示を受けて修馬は救急車に同乗した。
 酸素マスクを装着された。『2リットルから』等と処置の言葉が飛び交っている。
 意識が遠のかない様に救急隊も百合恵に声をかけ続けている。修馬も一緒に声を掛けている。百合恵は朦朧としたままだ。意識は無いわけではない、呼びかけることしか出来ない修馬は何度も『母さん』と声を掛け続けた。
 病院に到着した。救急車からストレッチャーが降りて来た途端、医師が百合恵に聴診器を当てて居た。
「ルート確保!血液採取!心電図!エコーしてかMRI! 」
素早く指示が飛び交う。看護師は指示が予測ついてた様で直ぐに処置を始めている。
「血管細すぎて入りません! 」
「変わって! 」
怒涛の様に百合恵を救う為に皆んなが次々と対処していく。
 一人の看護師が修馬に声を掛けた。
「息子さんですね。詳しくお話をお聞きしたいのですが」
声を掛けられて修馬は我に返った。
「あっ…息子なんですけど、この人生みの親で、僕は育ての両親と暮らしてます。たまたまスーパーで倒れているのを見かけて…それが生みの親だったので…」
説明にまごついた。
「この患者さんの名前は? 」
「村池百合恵です」
「年齢は? 」
「多分49歳と思います」
「最近病気をされてるとか何か聞いてますか? 」
「全く知りません。2年前にチラッと会ったきりで、その後は連絡も取ってませんから」
「分かりました」
殆ど答える事が出来ずに問診が終わった。それと同時に 
「村池さんの息子さん、入ってくれるかい? 」と医師から診察室に呼ばれた。
 診察室に入ると百合恵は処置台に寝そべりエコー検査の最中だった。検査の為に出しているお腹や脇腹は痩せ細り肋の骨がクッキリと出て弱々しかった。
「この画像見て下さい」
何か黒い物が無数に埋め尽くされて居た。
「肝臓です。この黒いのが腫瘍と思われます」
肝臓は腫瘍が大部分を占めている、そしてこの痩せ方…。病魔の勢いの強さを突きつけられる。深刻としか言いようがないのは医療を知らない修馬でも直ぐに分かった。
「かなり痛かったんじゃないですか?村池さん」医師がため息混じりに尋ねると
「痛いわよ」
と意識が回復した百合恵は天井を見ながら答えた。
「どこか病院に掛かってる? 」
「いいや、私は寿命を全うするだけ。もうそろそろ寿命なんでしょ」
動揺の無い笑顔で百合恵は言った。
「うーん、血液検査でも腫瘍マーカー高いね。後内臓で出血してるのだと思うけど、貧血が酷いな。色々調べてみないとはっきり言えないけど、かなり放って置いたんでしょう」
「そうよ。私は最後までやりたい事して、食べたいもの食べて、仕事したかったのよ。病院はダメダメ言うから嫌いでね」
「嫌うの分かるけど、まず検査だけやらせて」と百合恵はストレッチャーで検査に回された。
 結果は骨への転移、肺への転移らしき物も見られた。
「村池さん格好広がってるね。腫瘍採取して病理検査に回さないとはっきり言えないけど」
「自分の身体だから分かってるわよ。先生、痛く無くだけしてくれれば良いよ。それ以上は要らない」
「そうか。分かりました。痛み楽にする様に今日入院して点滴するよ」
「そうね、流石に立てなさそう。仕事に今日は行けないわ」
「うん、落ち着いたら仕事行けば良いから…」
医師の言葉に百合恵は
「私も客商売だからね。分かるのよ。先生の『落ち着いたら』は幽霊になってからって事でしょう」
と百合恵はほくそ笑んで笑った。医者も返答に困りつつ、
「大丈夫だから」
と答えを絞り出した。
「うん、大丈夫ね…」
と再びほくそ笑んで百合恵は病室に運ばれた。
「息子さん、ちょっと良いですか?」
修馬が医者に呼び止められた。
「はい」
診察室に戻り、医者は真剣な表情で話し始めた。
「恐らく癌で間違い無いでしょう。本人も治療を拒否されてるので現段階で確定出来ませんが、おそらく今日の検査の結果を見ても肝臓癌が転移していったと思われます。本人が治療を拒否されているので、これ以上検査しても負担になるのではと思います。現状としては昨日迄働いてたのが不思議で堪らないです。血圧も低下して救急搬送されてます。いつどうなっても不思議ではありません」
と説明された。
 修馬は少しの間言葉にならずに居た。そして 意を結した様に
「では残りの時間、大切にします」
と言って病室に向かった。
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