第4話 対峙

文字数 8,291文字

 会議の翌日、高塚は部室にいた。
 そして高塚の目の前には、書棚の史料(※歴史資料)を手に取り、目を輝かせながらむさぼるように読んでいる興津がいた。
「こんな本まであるんですね。本当にここにいると時間を忘れそうになるくらい楽しいですよ。」
「よかったら貸してあげるよ」
 その言葉を聞いた興津は喜々として何冊も史料を選びだした。
「ところで高塚さん、僕はいつになったらこの部のメンバーになれるんでしょうか。」
 興津は借りる史料を高塚の前に積み上げながら真剣な顔をして聞いた。
 彼が野球部のホープであることは既に触れたとおりだ。
 関東の強豪校からも誘いを受けた彼が、甲子園出場経験を持つ地元の古豪とはいえ、すっかり低迷している市立沼浜を選んだのは、この社会科研究部の存在だった。
 彼もまた社会科を愛する者であって、学校見学の時に偶然知ったこの部活に入部することを熱望し、敢えてスポーツ推薦枠ではなく一般枠で入学してきたのだった。
 当然、野球は中学で辞めるつもりだったが、それを知った中学と高校の部活顧問や先輩から必死に懇願され、渋々野球部に所属することになった。
 部の掛け持ちが認められていないため社会科研究部への入部は叶わなかったが、興津は野球部の活動の合間を縫って社会科研究部に来ては史料を見たり、高塚と議論をするのを楽しみにしていた。
 彼が出入りしていることを知るのは高塚しかいない。
「いざとなったら野球部を辞めてしまえばいいだけですけれどもね。」
 興津は無邪気な言葉に対して高塚はたしなめるように言った
「そう言うな、我々と他の部活や顧問の先生との間に無用な軋轢を招くことは君も望むことではないだろう。今回の選挙で勝つまでの辛抱だよ、優月君を通して部の掛け持ちが認められるようにするから。」
「その事ですが、御厨さんをはじめ部員の方々は今回の件で気を悪くされていないですか。掛け持ちが認められても皆さんに入部を反対されては困ります。」
 不安気に聞いてきた興津を励ますように高塚は言った。
「大丈夫。すべてが終わったら彼女たちには僕から説明するから。」
 答えを聞くと興津は満面の笑みとなった。
「ありがとうございます。1年生は都田が優勢ですが、僕も優月先輩の勝利のために頑張りますよ。」
「期待しているよ。」
 高塚は貸し出す本を記録して袋に入れ、ドアの外に人目がないのを確認すると興津を送り出した。
 興津も自分の立場は分かっているので、すぐに入口から離れていった。

 高塚がドアを閉めると、先ほどまで自分が座っていた椅子に人影があった。その人影は背を向けたまま言った。
「まったく、部長も悪い人だ・・・。」
 高塚は小さくため息をついた。
「千早か、人聞きの悪いことを言う。」
「花は知らなかったんでしょ。このことを聞いたら激怒しますよ。わざわざ反対意見を仕込んで面倒くさくする必要があるのかって。」
「御厨さんには悪いことをしたと思っているよ。選挙制度は議論の流れの中で最終的にこちらの望む姿に整えていくという形をとりたかったからね。」
 議論や妥協の末にたどり着いた結論であるならば、それが提案側の目論見通りの結果であるとしても気付ける者はまずいない。
 だが、明らかな出来レースではだめだ。
 その点、興津は適任だった、知識があるのは皆に知れ渡っていて、議論を仕掛けても不自然ではない。
 御厨は時々感情を露わにすることがあるから、お互い真正面からぶつかり合っているように見え、議論に更に信憑性を持たせることができる。
 傍(はた)から見れば、実に正当かつ理想的な形で制度が決まったことになる。
 それに議論が白熱したおかげで見えたこともあった。

「比奈姫子の事ですか・・・彼女には気を付けたほうがいいですよ。」
 千早は椅子を回し、高塚の方を向いて手を組んだまま真剣な表情で話しはじめた。
 都田を始め一本気でおよそ策略とは無縁な彼の陣営の中、姫子は唯一裏の働きができる存在だ。
 例えば吉原瑞穂の推薦人集めの件がそうだ。
 瑞穂の人気から考えてクラス内だけならまだしも1年生全体で推薦人が集まらないことは考えにくいが、事実、彼女は推薦人を集められていない。
 姫子が密かに動いていたからだ。
 そのカラクリは至極簡単なことで、まず自分のクラスは差し置いて、他のクラスで瑞穂と親しく推薦人になりえる者を片っ端から自らの推薦人として確保し、更に確保した者に競わせるようにしてその仲間を集めさせた。推薦人数の規定は最低人数であって上限はない。そのため姫子の推薦人名簿には1年生の半数の生徒が名を連ねていた。
 瑞穂が自分のクラスでは姫子との競合により推薦人の規定数が確保できないことが分かり、他のクラスにアプローチした時はもはや手遅れということになっていた。
「彼女は人気もあるし頭も勘もいい、そして汚れ仕事を厭わない。僕たちの最大の障害になる可能性が高いです。」
「そうか・・・ひとつ聞くが、都田君と比奈さんが仲違いするような事はあるのかな、項羽と范増(はんぞう)のように」
 高塚は窓の外を見ながら千早に聞いた。
 中国の古代、漢と楚が覇権を争っていた時、楚の王である項羽の軍師に范増という人物がいた。
 彼はその知略をもって項羽を盛り立てたが、漢の軍師の陳平(ちんぺい)による計略により項羽に疑いをもたれて追放され、間もなく死んだ。そして彼を失った項羽と楚の国は滅んだ。
 高塚は都田と姫子の間につけ込む隙があるかを千早に確認したのだった。
「『反間(はんかん)の計』ですか・・ありえないですね。都田の彼女への信頼は簡単には揺るがないですよ。」
 千早はそう答えると立ち上がり、高塚と同じように窓の外を見ながら言った。
「そして、彼女は花とも少なからぬ因縁があります。」
「そうか・・・でもその点は心配していない。君が御厨さんを常に見守っているからな。」
「見守ってなんかいないですよ。あいつに僕の仕事を邪魔されたくないだけです。」
 高塚の言葉に千早はあきれたように言い、再びベランダから去っていった。

 興津や千早と話した後、高塚は学生ラウンジの自動販売機で飲み物を買い、椅子に腰かけ、外を見ながら考えていた。
 あと数日で立候補の受付、そして選挙戦本番、最初に他を引き離すため、何かインパクトのあるいい方法がないか・・・。
「珍しいな、こんなところにいるなんて。」
 偶然来た柚木が高塚に声を掛ける。
「たまにはいつもと違う所で考え事をしたくなる時だってあるさ。」
 高塚は外を見たまま答えた。
 そのまま柚木は高塚の隣の席に腰掛け、言った。
「上手くやったな。」
「何のことだ。」
 柚木は誰かに気取られないよう、下を向きながら高塚にだけ聞こえるくらいの小声でささやいた。
「とぼけるなよ、選挙方法のことだよ。他の連中をお前たちの土俵に引きずり込んだんだろ。」
 選挙委員会を取材していた柚木は高塚の影を敏感に感じ取っていた。
「全てがこちらのシナリオ通りに行ったわけじゃないけれどもね。」
 事実、決選投票の対象を1年・2年に絞るという追加提案は想定外だった。
「あの提案は決選投票で2年対1年という形の対立構造を作ったうえで、2年生側の綻びを突くという戦略だろうな。よほど自分たちの結束力に自信があるらしい。」
 柚木の言う通り、決選投票まで進めば1年と2年の選挙区数は同数。ほころびが出たほうが負けという形になる。
「話は変わるが、お前たちが担ぐ神輿は誰なんだ。俺の所に相談に来た小山君だとしたら、勝ち残るのは厳しいと見るけれどね。」
 柚木の質問を高塚は一瞬はぐらかそうかと考えたが、その時、あるプランがひらめいた。
「柚木、新しいネタをやるから頼み事をきいてくれないか。」
 そう言うと、高塚は何かを説明した、柚木は少し驚いた表情をした後、一つ目は良いが二つ目は約束できないぞと小声で返事をした。

 翌日、報道部が全生徒に配信している記事に次のような見出しが躍った。
 沼浜高校報道部 ニュースヘッドライン
『70年の歴史で初、女子の会長を目指し立候補 “沼浜のジャンヌ・ダルク”2年4組 大岡優月さん』
 記事は優月のインタビューで構成された簡単なものだったが、そのインパクトは絶大だった。
 その日の昼、部室に高塚、文子、御厨、優月が集まった
「ジャンヌ・ダルクは秀逸だね。」
 高塚が生徒用タブレットで改めて記事を見て笑った。
 柚木に優月の立候補の情報を提供し、優月には取材を受けさせたのだった。
「優月君の弱点は出遅れによる知名度不足だから、まず名前を売らなきゃならない。イメージ戦略が重要だからね。女子の代表者・勇気ある改革者の印象を皆に刻み込めただろう。あとはこれを活用しつつ支持を拡大していくことだよ。」
 高塚はそう言うと次に起こることへの対処について思いをはせた。
「恥ずかしいじゃない・・・。でも、同じクラスだけじゃなく、記事を見た他のクラスの子からも”応援するよ”と言ってもらえるのは嬉しいよね。」
 優月は少し照れながら言った。
「すごいですよ。私の周りでも話題になっています。女子は皆、会長選挙に女子は立候補させてもらえないと思っていたので、優月先輩の勇気と決断を称賛しています。それだけでなく男子からも”カッコイイ”と支持が集まっています。」
 御厨が笑顔で感嘆の声を上げたが、すぐ不安げな顔をして疑問を呈した。
「いいんですか。部長は以前、女子がでしゃばると妨害があるかもしれないと言っていたじゃないですか。」

「なんてこと・・・」
 配信された記事を見たさくらは愕然とした。
 これで先駆者の立場は優月の物となり、女子唯一の候補でもなくなった。自分が描いたスタートダッシュのプランが音を立てて崩れていった。
 自分も優月に続いて動くべきか・・いや、いくら自分は以前から会長に立候補するつもりでいたといってもほとんどの生徒はそれを知らない。真っ先に意思表示をした優月を利するだけだ。
 それより、自分が動けなかった理由、一部の先生からの妨害について、優月は承知の上でこのような手段に出たのだろうか。

「優月・・・あなた、こんなことをして大丈夫なの?」

 記事の影響は大きく、都田、伏見も立て続けに立候補を表明し、記事となった。
 この数日で唯一、動きを見せなかったのはさくらだけだった。

 そして立候補受付前日の放課後。
「先日の反響が大きいので、密着記事を作ろうと思っていてね、協力してほしいんだ。」
 柚木が社会科研究部の部室で優月に取材の交渉をしていた。
 あの記事が掲載されてから三日目だ。

『2年4組 大岡優月さん、校内にいたら至急、職員室に来てください』
 その放送は放課後のまったりとした空気を打ち破るように全校に響いた。 
「遂に来たな、予想通りだ。」
 高塚がつぶやくと同時に、文子と御厨の顔が強張る。
「この放送に何か意味があるの?」
 優月はその場の空気に敏感に反応し、その意図を確認する。
「藤枝先輩が恐れていたことが、これから優月先輩に降りかかってくるということですよ。」
 御厨の答えに優月は何が起こりつつあるかを悟った。
 そしてすぐに凛とした表情をして優月は断言した。
「私、行ってきます。」
「待った。」
 席を立った優月を止めたのは高塚だった。
 高塚が優月に尋ねた。
「職員室で先生と対峙して、負けない自信はあるのかい?」
 優月が振り返ると高塚をはじめとした部員は一様に硬い表情をしている。
 そんな一同を前にして優月は言った
「大丈夫。不利と言われた勝負をすべて勝ってきた私を舐めないでほしいわ。」
 その口元に余裕の笑みすら浮かべながら。

 優月は強気な態度で言ったが、内心は不安で仕方なかった。
 しかし、ここで自分が不安な顔を見せたり、逃げたりしたら自分のために動いてくれている部員に申し訳ない。
 そして何より、ここで逃げたらさくらに勝つことはできない。
 優月の落ち着いた笑みは部員の緊張を少し和らげた。
「わかった。それでは部員の皆は先日打ち合わせたとおりに動いてくれ。」
 高塚の言葉を聞くや否や、その場にいた文子、足柄、御厨の三人は部室から出て行った。
「優月君は僕がこの部屋を出てから、五分たったらゆっくり職員室に向かってほしい。」
 そう言うと高塚も部室から出て行き、部室には優月と柚木が残った。
 取り残された優月は、同じく部室に残された柚木の顔を見た。
 柚木は彼らが何を考えているか、僕は知らないと言いたげに肩をすくめ、部室を出て行った。

 優月には、ボーっとしている五分がとても長く感じられた。
 そして高塚の指示に従い五分経ってから部室を出て、できるだけゆっくりと3階の職員室に向かった。
 上下移動があるので決して近い距離ではないが、色々なことを考えながら歩いているとあっという間に職員室に着いてしまう。
 意を決しドアを開け、名乗りを上げる。
「2年4組 大岡優月です。放送で呼び出しを受けたので来ました。」
 声の主を探そうと、優月はその場にいた先生を見まわした。
 優月の名乗りと視線に気付いた何人かの先生たちは一斉に副校長席に視線を向けた。
 その視線に気づいた副校長が、自席から優月に向かって声をかける。
「大岡さんね、こちらに来てもらえるかしら。」
 優月にとっては意外な人物の登場だった。
 小和田副校長は優しく、生徒たちからは話をよく聞いてくれる先生として人望があった。
 以前、さくらも生徒会の仕事をしているなかで自分の理解者の一人だと言っていたほどだった。
(あの副校長先生が守旧派の首領だなんて・・・)
 優月は何も言わずに副校長席の前に立つ。
「わざわざありがとう。込み入った話になるから。ちょっと場所を変えて話をしましょう。」
 そう言った副校長は優月の肩越しに後ろの人物に声をかけた。
「それで、貴方は私と大岡さんのどちらに用があるのかしら?」
 いつの間にか優月の背後には柚木が立っていた。
「報道部の柚木です。生徒会選挙に関係して大岡さんの密着取材をしているので、同席させていただきます。」
 柚木はにこやかに言った。
「それは認められないわ。」
「副校長自ら彼女と話をしなければならないことって何ですか?もし選挙に関することならば取材しない訳にはいきません。」
「最初に言っておきます、彼女はまだ候補者ではないわ。そもそも個人的な問題を他者の前で話すことができると思って?」
 柚木と副校長は、しばらく不毛な問答を繰り返していたが、最終的には副校長の堪忍袋の緒が切れる寸前に柚木が引き下がった。

「無駄な時間を過ごしてしまったわね。」
 そう言うと副校長は優月について来るよう指示した。
 生徒と教師が話をする際に使われるのは、職員室内の打ち合わせスペースか進路指導室などの個室のどちらかである。
 打ち合わせスペースは周りに大きな声が聞こえてしまうため、プライバシーに係るような話は進路指導室、会議室、相談室、応接室の四つの個室のどれかが使われる。
 百戦錬磨の副校長と密室で対峙することはどう考えても優月にとって不利で、理屈で丸め込まれたり、恫喝に屈したりする危険がある。だから優月はこの場からの移動を避けるべきだったが、窮地を脱するいい案もなく、そのまま従わざるを得なかった。
 職員室から最も近い進路指導室に来ると、部屋には「使用中」の札がかかっていた。
 副校長が中を覗くためにドアを少し開けると、そこには早瀬先生と文子がいた。
「副校長先生、生徒と進路のことで話をしているのですが、この部屋をお使いになりますか?」
 本来の部屋の用途から言って、進路指導に関する面談が優先である。
 早瀬先生に対して副校長は大丈夫ですと言ってドアを閉めた。

 次に向かったのは会議室。
 ドアの前では用務員と足柄が何か作業をしていた。
「この子がドアの調子が悪いのを見つけてくれましてね。おまけに作業を手伝ってくれるというじゃないですか。本当にこの学校の生徒さんはいい子ばっかりで助かりますよ」
 用務員が笑顔で副校長に言った。
 会議室のドアは外され、入口に工具が並べられていて、とても話ができる状態ではない。
 副校長はこの部屋も使うことをあきらめ、1階に向かった。

 ここまでの道のり、二人はすれ違う生徒の好奇の目にさらされていた。
 副校長の後ろを歩く優月には、遠巻きに見ている生徒たちの声がかすかに聞こえてきた。
『あれ、優月だよね。何で副校長に連れていかれているの?』
『女なのに会長選に出ようとしているから、先生に怒られるんじゃないか』
『それって酷(ひど)くない? 優月は何にも悪いことしていないのに。』

 そして相談室に来た。
 副校長がドアを開けると中には号泣している女子生徒が一人。
 泣いている生徒に面食らって入口に立ち尽くしている副校長の後ろから、ペットボトルを手に持った養護の来宮先生が声をかけた
「何か友達とトラブルになったようで、落ち着くまでここで話を聞こうと思っているのです…もしこの部屋をお使いになるようでしたら保健室に移りますが。」
 そう言った来宮先生に副校長がお願いできるかしらと言った瞬間、生徒は大声で一段と厳しく泣き喚きだした。
「いいわ・・別をあたるから」
 この生徒の激しい剣幕には副校長も折れざるを得なかった。
 話している副校長と来宮先生が号泣している生徒に背を向けた瞬間、生徒は不意に泣き止み、顔を上げた。
 そして、その顔を見て驚いている優月に向って舌をペロッと出した。
 女優顔負けの名演技をしていたのは御厨だった。
 来宮先生が振り向くのと同時に再び御厨が泣き始めると静かにドアが閉まった。

 議論を密室で済ませないために社会科研究部が妨害をしているということは、きっと何かの策があるということで、そのことは少なからず優月を勇気づけ、心から不安は消し飛んでいた。そして覚悟を決めた。簡単には屈しないと。
 ただ最後の部屋である応接室は、使っていることが少ないうえに事務が管理していることもあって、いくら社会科研究部でも妨害作業も難しい部屋のはずだ。

 会議室に向かうと「事務室使用中」と書いた紙が二人を遮った。
 副校長がドアをノックすると事務職員の豊田が出てきた。
 部屋を明け渡すように迫る副校長に、豊田はこの部屋は自分が既に予約し、使用しているから副校長といえども譲る訳にはいかないと拒否し、有無を言わせずドアを閉めた。
「大岡さん、職員室に戻るわよ」
 万事休した副校長は怒りを抑えつつ優月を従えて再び職員室に戻ることになった。

「豊田さん、面倒かけてすみません」
 会議室の奥には高塚がいた。
「気にするな。君の頼みじゃ仕方ない。」
 そう言うと豊田は笑った。
 高塚は自分と同等以上の知識を持っていると評価する事務の豊田とはとても馬が合った。
 今回はその仲を利用し、無理を言って会議室を押さえたのだった。
「これで君の意図したとおり、他人の目と耳がある場所での議論になる訳だが、それで彼女が副校長の圧力に勝てると思っているのか?」
 意図を説明されていた豊田は高塚に聞いた。
「それは彼女次第でしょう。ただ、仕掛けた策が動くまでの時間を彼女が稼げれば痛み分けにはできると思います。」
「会議室を押さえた理由はそれだけじゃないだろう。」
 豊田はやれやれといった感じで続けた。
「殉教者か?」
「豊田さんには敵(かな)わないな、全く。」
 そう言うと高塚は苦笑いをした。
 放送で呼び出された優月が副校長の後ろをついて学校内をウロウロしていれば、嫌でも生徒の注目を集めることになる。
 優月をわざわざ副校長が呼び出す理由は会長選挙のことに他ならず、生徒の中には女子の代表として学校と闘う優月の姿が強くインプットされることになる。
 さしずめ権力者に捕まり刑場に向かう聖者のように。
 自分たちのために犠牲となった聖者に同情が集まり、絶対的な存在となる例は歴史の中で枚挙にいとまない。
 もし優月の後に立候補をする女子が現れたとしても、「優月のおかげで出馬できた」と揶揄され、その主張によっては「女子代表の優月を邪魔する存在」という批判を受け、支持されない可能性が高い。
 その事が分かる聡明な者であれば、立候補はしない。
 そして現時点で起つ可能性のある彼女は聡明な頭脳と判断力を持っている。
 ただ、最大の問題は優月が副校長の説得と圧力に屈するか否かが焦点となる。
「何とか耐えてくれよ」
 こればかりは優月次第で、高塚は祈るような気持ちでいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み