第7話 標的は優月
文字数 5,161文字
その頃、さくらは瑞穂と二人、自らの本拠としている生徒会室にいた。
「一体どういうこと?」
さくらは報道部の第二回投票アンケートの結果を見ていら立っていた。
支持率首位は依然として自分だが、優月が急速に支持を上げていた。
前回の調査で投票先未定と回答した者のうち、2年生で優月支持に回る者が増えているためだ。
自らが整えた組織が稼働したことにより、最初にインパクトを与えることには成功したが、その内実は元々支持が見込めた者たちを固めただけにすぎなかった。
更にさくらの指示がなければ動かない自律性を欠いた組織は反応が鈍く、新規の支持拡大には苦戦していた。
逆に優月は、社会科研究部と所属クラスの生徒たちが積極的に動いた効果に加え、最初に名乗りを上げた女子なのに苦戦していることへの同情で支持が拡大しているのだった。
「このままでは決選までもつれ込むわ。」
「大丈夫よ、さくらちゃんがまだ大差で1位じゃない。」
瑞穂の楽観的な返事にさくらはいら立った。
この子は分かっていない・・・優月と決裂した状態のまま決選になだれ込むのは危険なことなのだ。
優月が都田を支援すれば自分は敗れる。
本命が下剋上を食らうというのはありがちなシナリオだが、人が好むドラマ性があるからしばしば起きる。
「優月先輩はさくらちゃんを応援してくれるよ。」
希望的観測など意味がない、不確実な要素が多い中では自分以外信用できない。
2年生を制する為に優月は絶対にここで叩いておかなければ・・・。
「瑞穂、以前指示した『計画』の準備はできている?」
「えっ?さくらちゃん、本気なの。」
「準備ができているのか否かを聞いているの。」
「言われたことは準備したけれど・・さくらちゃん、止めたほうがいいよ。」
瑞穂は心の底から心配している顔をしてさくらに訴えた。
「あなたは余計なことを考えず、私の言う通りに動けばいいのよ。」
それに対してさくらは冷たく言い放ち、瑞穂はそれ以上抗うことができなかった。
翌日、何者かの手によって学校のあちこちに謎の掲示物が貼られた。
そこには不気味な目のイラストと『生徒諸君よ、警戒しろ』という謎の言葉、そして二次元コードが印刷されていた。
誰が貼ったのかは分からず、生徒たちの大多数は気にも留めなかったが、中には興味本位で二次元コードを読み取る者が出てきた。
そこには動画が掲載されており、このような文字が流れてきた。
「あなたが支持しているその人は本当に正義か?」
「生徒会長候補者の陰に隠れている者たちに気をつけろ。」
「背後の組織が哀れな候補者を操り、学校を自分たちの思う通りに支配しようとしている。」
「奴らに私たちの学校を、未来を支配させてはならない」
「明るい未来か暗黒の悪夢か、選ぶのは君だ」
興味本位で動画を見た生徒から話が伝わり始め、その動画を生徒全員が持っているタブレットでアクセス可能な共有フォルダに転載する者が現れるに至り、一時的にではあるが多くの生徒の目に触れることとなった。
転載が先生の耳に入ると動画は直ちに削除され、オリジナルの動画もいつの間にかアクセス不能となっていたが、逆にそのことが更に話題を呼び、動画の内容についての噂や考察は波紋のように広がっていた。
「社会科研究部に操られているんじゃないかと聞かれたわ。」
部室に集まった皆に優月が言った。
「それはクラスの人に言われたのですか?」
御厨が確認する。
「いえ、別のクラスの子だけれど・・・」
高塚は優月の答えに安堵した。
優月のクラスの生徒が疑念を抱き、動揺してしまったら選挙活動などできない。
「2-4の生徒は社会科研究部員がそんな人達じゃないって分かっています。それどころか、こんな陰謀には負けないと闘志を新たにしていますよ。」
文子は高塚の懸念を読んだかのように答えた。
「それにしても何故こんなことをしたのかな・・・。」
優月が呟く。
「ネガティブ・キャンペーンだね。」
高塚がその疑問に答える。
「相手の政策上の欠点や失敗、人格上の問題点やスキャンダルを批判して信用を失墜させる選挙戦術だよ。」
「選挙戦術ということは立候補者がやったってこと?いったい誰が。」
優月の表情が不安のせいか少し曇る。
「まず、動画では候補者を操っている奴がいると言っていたから、そこから推理を始めてみよう。一番得をするのは誰かという答えまで。」
「私たちはまず除外ね。変な疑いを掛けられているから。そもそもこんなことしないでしょ。」
優月は全員を見回し、確認するように言った。
「吹奏楽部がバックに付いているという点で、痛いところを突かれる伏見君も違うわ。」
文子が優月の答えに付け加える。
「残りは藤枝さんと都田君。」
「都田が仕掛けたんじゃないのか。」
足柄が口を挟む
「上級生を敵対視している連中だからさ、あの比奈って子も抜け目がないから2年生の候補を動揺させるために仕掛ける事もあり得るよ。それに藤枝さんがこんな姑息な手を使うとは思えないしね。」
「都田君は違います。姫子が私たちを裏切るとは思えません。」
御厨が反論する。
「何より、優月先輩と伏見先輩を揺さぶったって藤枝先輩を利するだけで、彼らに利益はありません。」
「そうなると・・・さくらなの。」
優月は驚いたように言った。
「彼女か彼女に近い人物が関わっていると考えていい。」
高塚が答えを説明した。
「このネガティブ・キャンペーンの最大の標的、それは2・3年の完全制圧を狙う彼女にとって最大の障害となっている優月君だ。それに自分で言うのも何だが、助力している僕らは一般的には謎の存在だから、陰謀論を唱えるには最適だしね。ついでに吹奏楽部がバックにいることが明らかな伏見君にもダメージを与えて一石二鳥。」
「こんなことをするのは誰だと犯人探しが始まれば、さっき足柄君が言ったように真っ先に疑われるのは都田君。彼にダーティなイメージをつけて、これで一石三鳥。」
「最終的に最も得をするのは彼女だ。」
「こんなの許せない、断固抗議すべきだ。藤枝さんでもこんな事をしていいはずはないよ。」
今まで蚊帳の外だった光が突然怒り出した。
いくら片思いの相手がやった事とは言え、幼馴染を標的にされたことに怒りを覚えたようだ。
「光、落ち着きなさい。」
優月がたしなめる
「直接抗議するのは余りいい手じゃないね、彼女がやったというのはあくまでこちらの推測なんだし。」
高塚の説明に光が食い下がる。
「でも、可能性が最も高いんだろ。」
「我々が彼女に抗議することも計算に含まれていたらどうする?更にあらぬ疑いを掛けられたと我々の抗議に反撃するところまで彼女がすべて計算していたら?・・・彼女の術中に見事にはまることになる。」
「じゃあどうすればいいのさ。」
「対処方法は三つある。上策は虚偽や誇張を正確に指摘して反論する、中策は無視して皆が忘れ去るのを待つ、下策は同じ方法で反撃する、だ。」
「反論するにも『正確に指摘する』ということが困難ね。優月ちゃんを私たちが手助けして陰日向に色々と活動しているのは確かだし、操っていないということを客観的に証明するのも不可能よ。」
文子がため息をつきながら言った。
「じゃあこっちも同じ方法で反撃しよう、藤枝さんこそ危険だと。高塚ならそんなこと簡単にできるんだろう?」
光は感情に任せて言った。
「駄目よ、そんなことをしては。」
それに対して優月がピシャリと言い切る。
「光、私は人を辱めたりするような事はしない。」
「そんな奇麗ごとばかり言っていたら彼女の目を覚ますなんてできないぞ、あっちはなりふり構ってないんだから。」
怒り続けている光に対して高塚が冷静に言った
「奇麗ごとばかりじゃないのは事実だが、ネガティブ・キャンペーンというのは諸刃の剣なんだよ。」
このような戦術が数多く行われているアメリカでは、内容が批判を受けて有力な候補が失速したり、誹謗中傷の応酬を有権者が嫌ったりするなど逆効果となったケースもあるのだ。
「無視とまではいかなくても、少し様子を見るしかないと思う。」
様子を見てこれ以上炎上せず、沈静化の方向に向かって行ったらそのまま忘れ去らせればいい。
もしも炎が更に広がるようなら別の手を考えなければならない。
「しばらくの間は変に思われないよう、我々部員は隠れて動くようにしよう。」
高塚の言葉で会議はお開きとなった。
まだ納得していない光を優月と文子が宥めながら部屋を出て行き、最後に残った御厨に高塚が声をかけた。
「御厨さん、我々の考えを比奈さんと共有しておいてもらえるかな。」
「なぜです?」
御厨は怪訝そうに問い返した。
「彼女たちがこのことで批判され、逆上して反撃に出たら上級生の支持が藤枝さくらの元に集結してしまう可能性がある、そうなったら彼女の目論見通りでこちらはジ・エンドだ。比奈さんがいるから大丈夫だとは思うが、念のため。」
「分かりました。姫子に話してみます。」
そう言うと御厨は部屋を出て行った。
それにしても、藤枝さくらのこの策は想像以上に影響が大きい。
社会科研究部は優月のために表立って活動しにくくなり、優月君を交えての作戦会議も人目が気になり頻繁には開けなくなる。
伏見はもちろん、都田も下手に動けば一気に批判の矢面に立つことになってしまう。
「小石一つで他の動きを一気に封じ込めるとは、さすがパーフェクトガール、やるじゃないか・・・。」
高塚はそうつぶやくと愉快そうに笑った。
まさにその時、いわれのない批判を受けた都田陣営は反撃について議論しているところだった。
「アイツらがやったに決まっている。社会科研究部の連中の考えそうなことだ。あっちがその気なら受けてやろうじゃないか。」
陣営の一人の主張に、他の仲間たちも同調した。
「待って、あの人たちがこんなことをして何の得があると言うの、迂闊に動いては隠れている黒幕を利するだけよ。」
姫子は一人、議論の流れに抵抗していた。
(まったく単純なんだから・・こんな策に簡単に引っかかるなんて。)
都田は目を閉じ、仲間たちの議論を黙って聞いている。
その時、御厨から姫子の元に連絡が入った。
「優月さんは一切この件に関わっていない。黒幕は藤枝先輩。」
「藤枝先輩は私たちが反応することまで想定しているから、無暗に動くなと言っている。」
姫子は御厨からの連絡内容を皆に簡潔に伝えた。
「本当か?御厨が俺たちを嵌(は)めようとしているんじゃないか。」
仲間から反発の声が上がる。
「あの子はそんなことはしないわ。」
姫子はあきれたように言った
「信じているのはお前だけかもな。」
「何が言いたいの?私が騙されているとでも。」
売り言葉に買い言葉で議論はただの口論になっていった。
バンッ
その時、机をたたく音が響き、全員が音の方向に目を向けた。
「お前たち、いい加減にしろ」
黙って話を聞いていた蹴人だった
「なら蹴人はどう思うんだ?」
「俺は優月先輩たちを信じる。」
蹴人は反論をしようとした仲間を制し、言葉をつづけた。
「優月先輩は盟友になった、俺は友を信じる。それが出来なければ俺は俺ではなくなる。」
「もし、信用した人に後ろから撃たれることがあったとしても、それは本望だ。」
蹴人は屈託のない笑みをうかべて言った。
清濁併せ呑む大きな器量、そして疑うことをしない純粋さ、だからこそ皆この男に魅了されるのだ。
蹴人の一言で議論は決着した。都田も優月にならってこの件は黙殺することとなった。
最終的にこのネガティブ・キャンペーンには優月、都田のいずれの陣営も目立った反応はしなかった。
二人には批判や疑問の眼差しが一時的に向けられたが、時には無視し、時には丁寧に説明し、まるで雨が止むのを待つように静かに時の過ぎるのを待っているかのようだった。それに伴い、生徒の興味は少しずつ鎮まる方向に向かっていった。
この動きはさくらにとって誤算だった。
対抗馬たちが派手に騒ぐことを想定し、反撃する準備も整えていたのに空振りに終わった。
それだけではなく、標的である優月の手足となって動いている2年4組の生徒たちがまったく動揺していないことも更なる誤算となった。
高塚が評価した様に、さくらの作戦は充分相手にダメージを与えているのだが、自分が思った通りの反応が出てこないことに彼女はいら立っていた。
「こうなったら、徹底的に頭を潰すしかないわね・・・そうすれば尻尾も動かなくなるでしょ。」
さくらの独り言を、瑞穂はただ不安げな顔をして聞くしかなかった。
「一体どういうこと?」
さくらは報道部の第二回投票アンケートの結果を見ていら立っていた。
支持率首位は依然として自分だが、優月が急速に支持を上げていた。
前回の調査で投票先未定と回答した者のうち、2年生で優月支持に回る者が増えているためだ。
自らが整えた組織が稼働したことにより、最初にインパクトを与えることには成功したが、その内実は元々支持が見込めた者たちを固めただけにすぎなかった。
更にさくらの指示がなければ動かない自律性を欠いた組織は反応が鈍く、新規の支持拡大には苦戦していた。
逆に優月は、社会科研究部と所属クラスの生徒たちが積極的に動いた効果に加え、最初に名乗りを上げた女子なのに苦戦していることへの同情で支持が拡大しているのだった。
「このままでは決選までもつれ込むわ。」
「大丈夫よ、さくらちゃんがまだ大差で1位じゃない。」
瑞穂の楽観的な返事にさくらはいら立った。
この子は分かっていない・・・優月と決裂した状態のまま決選になだれ込むのは危険なことなのだ。
優月が都田を支援すれば自分は敗れる。
本命が下剋上を食らうというのはありがちなシナリオだが、人が好むドラマ性があるからしばしば起きる。
「優月先輩はさくらちゃんを応援してくれるよ。」
希望的観測など意味がない、不確実な要素が多い中では自分以外信用できない。
2年生を制する為に優月は絶対にここで叩いておかなければ・・・。
「瑞穂、以前指示した『計画』の準備はできている?」
「えっ?さくらちゃん、本気なの。」
「準備ができているのか否かを聞いているの。」
「言われたことは準備したけれど・・さくらちゃん、止めたほうがいいよ。」
瑞穂は心の底から心配している顔をしてさくらに訴えた。
「あなたは余計なことを考えず、私の言う通りに動けばいいのよ。」
それに対してさくらは冷たく言い放ち、瑞穂はそれ以上抗うことができなかった。
翌日、何者かの手によって学校のあちこちに謎の掲示物が貼られた。
そこには不気味な目のイラストと『生徒諸君よ、警戒しろ』という謎の言葉、そして二次元コードが印刷されていた。
誰が貼ったのかは分からず、生徒たちの大多数は気にも留めなかったが、中には興味本位で二次元コードを読み取る者が出てきた。
そこには動画が掲載されており、このような文字が流れてきた。
「あなたが支持しているその人は本当に正義か?」
「生徒会長候補者の陰に隠れている者たちに気をつけろ。」
「背後の組織が哀れな候補者を操り、学校を自分たちの思う通りに支配しようとしている。」
「奴らに私たちの学校を、未来を支配させてはならない」
「明るい未来か暗黒の悪夢か、選ぶのは君だ」
興味本位で動画を見た生徒から話が伝わり始め、その動画を生徒全員が持っているタブレットでアクセス可能な共有フォルダに転載する者が現れるに至り、一時的にではあるが多くの生徒の目に触れることとなった。
転載が先生の耳に入ると動画は直ちに削除され、オリジナルの動画もいつの間にかアクセス不能となっていたが、逆にそのことが更に話題を呼び、動画の内容についての噂や考察は波紋のように広がっていた。
「社会科研究部に操られているんじゃないかと聞かれたわ。」
部室に集まった皆に優月が言った。
「それはクラスの人に言われたのですか?」
御厨が確認する。
「いえ、別のクラスの子だけれど・・・」
高塚は優月の答えに安堵した。
優月のクラスの生徒が疑念を抱き、動揺してしまったら選挙活動などできない。
「2-4の生徒は社会科研究部員がそんな人達じゃないって分かっています。それどころか、こんな陰謀には負けないと闘志を新たにしていますよ。」
文子は高塚の懸念を読んだかのように答えた。
「それにしても何故こんなことをしたのかな・・・。」
優月が呟く。
「ネガティブ・キャンペーンだね。」
高塚がその疑問に答える。
「相手の政策上の欠点や失敗、人格上の問題点やスキャンダルを批判して信用を失墜させる選挙戦術だよ。」
「選挙戦術ということは立候補者がやったってこと?いったい誰が。」
優月の表情が不安のせいか少し曇る。
「まず、動画では候補者を操っている奴がいると言っていたから、そこから推理を始めてみよう。一番得をするのは誰かという答えまで。」
「私たちはまず除外ね。変な疑いを掛けられているから。そもそもこんなことしないでしょ。」
優月は全員を見回し、確認するように言った。
「吹奏楽部がバックに付いているという点で、痛いところを突かれる伏見君も違うわ。」
文子が優月の答えに付け加える。
「残りは藤枝さんと都田君。」
「都田が仕掛けたんじゃないのか。」
足柄が口を挟む
「上級生を敵対視している連中だからさ、あの比奈って子も抜け目がないから2年生の候補を動揺させるために仕掛ける事もあり得るよ。それに藤枝さんがこんな姑息な手を使うとは思えないしね。」
「都田君は違います。姫子が私たちを裏切るとは思えません。」
御厨が反論する。
「何より、優月先輩と伏見先輩を揺さぶったって藤枝先輩を利するだけで、彼らに利益はありません。」
「そうなると・・・さくらなの。」
優月は驚いたように言った。
「彼女か彼女に近い人物が関わっていると考えていい。」
高塚が答えを説明した。
「このネガティブ・キャンペーンの最大の標的、それは2・3年の完全制圧を狙う彼女にとって最大の障害となっている優月君だ。それに自分で言うのも何だが、助力している僕らは一般的には謎の存在だから、陰謀論を唱えるには最適だしね。ついでに吹奏楽部がバックにいることが明らかな伏見君にもダメージを与えて一石二鳥。」
「こんなことをするのは誰だと犯人探しが始まれば、さっき足柄君が言ったように真っ先に疑われるのは都田君。彼にダーティなイメージをつけて、これで一石三鳥。」
「最終的に最も得をするのは彼女だ。」
「こんなの許せない、断固抗議すべきだ。藤枝さんでもこんな事をしていいはずはないよ。」
今まで蚊帳の外だった光が突然怒り出した。
いくら片思いの相手がやった事とは言え、幼馴染を標的にされたことに怒りを覚えたようだ。
「光、落ち着きなさい。」
優月がたしなめる
「直接抗議するのは余りいい手じゃないね、彼女がやったというのはあくまでこちらの推測なんだし。」
高塚の説明に光が食い下がる。
「でも、可能性が最も高いんだろ。」
「我々が彼女に抗議することも計算に含まれていたらどうする?更にあらぬ疑いを掛けられたと我々の抗議に反撃するところまで彼女がすべて計算していたら?・・・彼女の術中に見事にはまることになる。」
「じゃあどうすればいいのさ。」
「対処方法は三つある。上策は虚偽や誇張を正確に指摘して反論する、中策は無視して皆が忘れ去るのを待つ、下策は同じ方法で反撃する、だ。」
「反論するにも『正確に指摘する』ということが困難ね。優月ちゃんを私たちが手助けして陰日向に色々と活動しているのは確かだし、操っていないということを客観的に証明するのも不可能よ。」
文子がため息をつきながら言った。
「じゃあこっちも同じ方法で反撃しよう、藤枝さんこそ危険だと。高塚ならそんなこと簡単にできるんだろう?」
光は感情に任せて言った。
「駄目よ、そんなことをしては。」
それに対して優月がピシャリと言い切る。
「光、私は人を辱めたりするような事はしない。」
「そんな奇麗ごとばかり言っていたら彼女の目を覚ますなんてできないぞ、あっちはなりふり構ってないんだから。」
怒り続けている光に対して高塚が冷静に言った
「奇麗ごとばかりじゃないのは事実だが、ネガティブ・キャンペーンというのは諸刃の剣なんだよ。」
このような戦術が数多く行われているアメリカでは、内容が批判を受けて有力な候補が失速したり、誹謗中傷の応酬を有権者が嫌ったりするなど逆効果となったケースもあるのだ。
「無視とまではいかなくても、少し様子を見るしかないと思う。」
様子を見てこれ以上炎上せず、沈静化の方向に向かって行ったらそのまま忘れ去らせればいい。
もしも炎が更に広がるようなら別の手を考えなければならない。
「しばらくの間は変に思われないよう、我々部員は隠れて動くようにしよう。」
高塚の言葉で会議はお開きとなった。
まだ納得していない光を優月と文子が宥めながら部屋を出て行き、最後に残った御厨に高塚が声をかけた。
「御厨さん、我々の考えを比奈さんと共有しておいてもらえるかな。」
「なぜです?」
御厨は怪訝そうに問い返した。
「彼女たちがこのことで批判され、逆上して反撃に出たら上級生の支持が藤枝さくらの元に集結してしまう可能性がある、そうなったら彼女の目論見通りでこちらはジ・エンドだ。比奈さんがいるから大丈夫だとは思うが、念のため。」
「分かりました。姫子に話してみます。」
そう言うと御厨は部屋を出て行った。
それにしても、藤枝さくらのこの策は想像以上に影響が大きい。
社会科研究部は優月のために表立って活動しにくくなり、優月君を交えての作戦会議も人目が気になり頻繁には開けなくなる。
伏見はもちろん、都田も下手に動けば一気に批判の矢面に立つことになってしまう。
「小石一つで他の動きを一気に封じ込めるとは、さすがパーフェクトガール、やるじゃないか・・・。」
高塚はそうつぶやくと愉快そうに笑った。
まさにその時、いわれのない批判を受けた都田陣営は反撃について議論しているところだった。
「アイツらがやったに決まっている。社会科研究部の連中の考えそうなことだ。あっちがその気なら受けてやろうじゃないか。」
陣営の一人の主張に、他の仲間たちも同調した。
「待って、あの人たちがこんなことをして何の得があると言うの、迂闊に動いては隠れている黒幕を利するだけよ。」
姫子は一人、議論の流れに抵抗していた。
(まったく単純なんだから・・こんな策に簡単に引っかかるなんて。)
都田は目を閉じ、仲間たちの議論を黙って聞いている。
その時、御厨から姫子の元に連絡が入った。
「優月さんは一切この件に関わっていない。黒幕は藤枝先輩。」
「藤枝先輩は私たちが反応することまで想定しているから、無暗に動くなと言っている。」
姫子は御厨からの連絡内容を皆に簡潔に伝えた。
「本当か?御厨が俺たちを嵌(は)めようとしているんじゃないか。」
仲間から反発の声が上がる。
「あの子はそんなことはしないわ。」
姫子はあきれたように言った
「信じているのはお前だけかもな。」
「何が言いたいの?私が騙されているとでも。」
売り言葉に買い言葉で議論はただの口論になっていった。
バンッ
その時、机をたたく音が響き、全員が音の方向に目を向けた。
「お前たち、いい加減にしろ」
黙って話を聞いていた蹴人だった
「なら蹴人はどう思うんだ?」
「俺は優月先輩たちを信じる。」
蹴人は反論をしようとした仲間を制し、言葉をつづけた。
「優月先輩は盟友になった、俺は友を信じる。それが出来なければ俺は俺ではなくなる。」
「もし、信用した人に後ろから撃たれることがあったとしても、それは本望だ。」
蹴人は屈託のない笑みをうかべて言った。
清濁併せ呑む大きな器量、そして疑うことをしない純粋さ、だからこそ皆この男に魅了されるのだ。
蹴人の一言で議論は決着した。都田も優月にならってこの件は黙殺することとなった。
最終的にこのネガティブ・キャンペーンには優月、都田のいずれの陣営も目立った反応はしなかった。
二人には批判や疑問の眼差しが一時的に向けられたが、時には無視し、時には丁寧に説明し、まるで雨が止むのを待つように静かに時の過ぎるのを待っているかのようだった。それに伴い、生徒の興味は少しずつ鎮まる方向に向かっていった。
この動きはさくらにとって誤算だった。
対抗馬たちが派手に騒ぐことを想定し、反撃する準備も整えていたのに空振りに終わった。
それだけではなく、標的である優月の手足となって動いている2年4組の生徒たちがまったく動揺していないことも更なる誤算となった。
高塚が評価した様に、さくらの作戦は充分相手にダメージを与えているのだが、自分が思った通りの反応が出てこないことに彼女はいら立っていた。
「こうなったら、徹底的に頭を潰すしかないわね・・・そうすれば尻尾も動かなくなるでしょ。」
さくらの独り言を、瑞穂はただ不安げな顔をして聞くしかなかった。