第3話 仕掛け
文字数 10,537文字
「ところで優月君、君はバスケ部の時、スリーポイントの名手だったと聞くけれど、君がNBAの選手とスリーポイントで勝負して勝つことはできるかい?」
優月は考える事もなく即答した。
「そんなの無理に決まっているじゃない。」
その言葉に高塚は重ねて質問した。
「プロはハーフラインから投げることにしたら?」
「それでも勝てるかは分からないわ。」
「3本投げて優月君は1本だけ入れたら勝ち、プロはハーフラインから投げて、すべて入れなければ負けというルールにしたら?」
「それなら勝てるかも・・ところで、この話に何の意味があるの?」
優月は問答の真意を測りかねていた。
「自分が有利なルールの下での勝負に引き込めば、相手が誰であろうと種目が何であろうと勝てるチャンスが出てくるということ。最初に僕たちが仕掛けるのはこちらが有利な状況を作り出す戦いだ。」
高塚はそう言うと文子に聞いた。
「選挙制度委員会はいつになる?」
選挙『制度』委員会は生徒会選挙を前に選挙方法の細部を決めるため、1・2年のクラス代表者が集まる会議で、各クラスの副委員長が委員を兼ね、そこで決まった内容に基づいて選挙が実施される。
そしてクラスの副委員長である文子と御厨は制度委員会の委員になっている。
「明日ですよ。」
翌日、委員会は12人の委員とアドバイザーである社会科公民担当の早瀬先生の参加で開催された。
会議は公開されているので、報道部の柚木のほか、さくらと瑞穂も見学していた。
生徒が自分たちで民主主義の手段たる選挙制度の様々なシステムを試し、最良のものを見つけ出すというコンセプトで実施されているこの選挙制度委員会の制度を、早瀬先生はとても気に入っていた。
実学を重視している先生からしてみれば、まさに理想の教育材料だからだ。
しかしここ数年、委員会での提案は無く、誰かが「前回と同じで」と言い、決を取って終了の繰り返し。結局、全体で票を集計して多いものが勝ちという、学級会レベルの単純なものになってしまっていて、そのことがずっと不満だった。
先日も手はないかと、準備室の横の部屋に巣くっている高塚に何か提案をするように言ったが、自分は委員ではないから何もできませんと言い返されてしまっていた。
そして委員会は司会の声以外聞こえない静かな会議となっていた。
また今回も・・・とため息をついた時、「でも、促せば何かが出てくるかもしれませんよ」と高塚が意味深なことを言っていたことを思い出した。
「委員のみんな、今回は何か新しいやり方を試してみたらどうだろう。」
先生が放った何気ない一言に、一人の委員が手を挙げた。
「アメリカ大統領選挙のような代議員制度に近い形でやったらどうでしょう。今年は大統領選挙の年ですし。」
そう切り出したのは御厨だった。
「機会があったら提案してみようと思って資料も作ってきました。」
御厨はクリアホルダーから手際よく資料を取り出し、一枚ずつ取って回すよう両隣の委員に頼んだ。
そして少し時間をとってから解説を始めた。
各クラスを一つの選挙区とするが、選挙区で最も得票した者が選挙人を獲得するというアメリカ大統領選挙を完全に模倣するのは時間や体制から考えて困難だから、選挙人の代わりにポイント制度にする。
さらに新たに次年度の当事者となる中等部の3年生にも選挙権を与えて、最も多くのポイントを取った候補が勝者というシステムだった。
中等部3年を巻き込むのは、画期的な提案としてアドバイザーの先生を味方につけるためと、中等部ではさくらの影響力より、伝説の存在としての優月の印象がいまだ上回っていると考えたためだ。
「何でこの方法だと私に有利になるの?」
これから仕掛けることについての高塚の説明に対して優月は素朴な疑問をぶつけた。
「いい質問だね」
テレビのコメンテーターの真似をした言葉に続いて高塚が説明を始めた。
「まず、1組から3組の3クラスあるとして、各クラス35人が投票し、藤枝さんと優月君の二人の争いとしよう。」
「そして、1組は35人全員が藤枝さんに投票し、2組は20人が優月君、15人が藤枝さんに、3組は優月君に18人、藤枝さんに17人投票する。従来の方法、単純に全体の計の多い方が勝ちという考えだと67対38で優月君は大敗だね。」
「これが代議員制度になると、各クラス=選挙区で多数を占めたものが選挙区ごとの勝者になる、だから1組は藤枝さんが取り、2組と3組は優月君が取る。そして、取った選挙区が多い方が最終的に勝ちだから1対2で優月君が勝者になる。」
優月は思わず感嘆の声を上げた。
「選挙区単位での勝敗予測が立てやすくなり、メリハリのある戦略が立てられるという訳だ。まあ、現実の大統領選挙は選挙人の数とかいろいろな要素があるからこんなに単純じゃないけれどね。」
「でも、実際にアメリカ大統領選挙では、勝者より敗者の方が得票数が多いということが5回も起きているんだ。番狂わせの例として挙げられる2016年の勝者トランプより得票が上回った敗者のヒラリー・クリントンが最近の例だね。」
前例踏襲の変更のみならず、アメリカ大統領選挙のシステムの疑似体験、そして中等部生の参加と新機軸を盛り込んだ案は早瀬先生を満足させるには十分だった。先生が笑みを浮かべながらうんうんと頷いて、この案で決定という流れになりかけたように見えた時、発言を求める声が上がった。
1年2組の委員である興津(おきつ)から質問が出た。
「この方法では、多数の候補者が出た場合、落選者への投票、いわゆる”死票(しひょう)”が増えてしまわないですか。」
興津宗春は、この夏の甲子園静岡県予選で市立沼浜高校の四半世紀ぶりのベスト4進出に貢献した野球部の1年生エースだが、成績面も優秀で特に文系科目を得意としている。
その文武両道の男に御厨が返答する。
「獲得選挙区数が過半数を超えなかった場合、上位二人で決選投票をするという事ではどうでしょう。」
「決選投票制はフランスの大統領選挙や自民党の総裁選で実施されている方法で、次善の候補者を選べることから自分の意見を反映しやすくなります。当然、死票が減る効果もあります。」
その意見に対して、2年生の席から発言があった。
「今の提案に追加して、一定以上の人数が立候補した場合、最初から二人選ぶことにすればいいんじゃないですか。私は選挙の時、みんないいことを言うから悩んでしまって一人を選べないという事が良くありました。ですから、そういうのもアリかなと思いますけれど。」
そう言うと文子はニコッと微笑んだ。
呑気さを前面に押し出し、知識をひけらかすこともなく、天然気味の女子生徒を演じていた。
「これも少数ながら海外で実例のある選挙方法だね。」
早瀬先生は白熱している議論にすっかり上機嫌になっていた。
「せっかくだからこの方法でやってみてはどうかな?」
「二人も選ぶ必要はないんじゃないの?」
優月の質問は続く
「私がお話しします。」
今度は御厨が説明を始めた。
「一つ目の理由は、優月先輩のオーダーに応えるためです。」
副会長選挙を実施せず、指名制度にするように議論を持っていくための方策で、これにより瑞穂の出番はなくなり、さくらの指示に従うだけになる、結果として彼女は選挙の表舞台から去ることとなる。
もう一つの理由は選挙戦略の面からの理由で、決定的に出遅れている優月はこのままトップに立つのは至難の業、そして一人だけを選ぶ形では自分の主義主張、そしてクラスや友達の縛りが優先されるので、よほどのことがなければ割り込むことは難しい。
しかし二人を選ぶことになると「二番目で」とお願いされたら相手が乗ってくる可能性は高くなる。
また、心理的に過激な主張に同調した場合、バランスを取るために二人目は中庸な主張をする者を選ぶ傾向にあるという研究結果もある。だから極端な主張を繰り広げようとする都田の支持者に食い込む余地も生まれると考えているのだ。
「ただ、強引なやり方ですので、議論が紛糾するリスクはあります。色々な理由をつけて突破するしかないと考えています。」
(一体この子は何を企んでいるんだろう・・・。)
1年1組の代表である比奈姫子は考えていた。
御厨のことだ。
社会科研究部に所属しているのは皆が知っている。だから早瀬先生に言われて新しいことを提案しているのだろうか。
それとも、自分の知識をひけらかしているだけなのだろうか・・・いや、この子はそんな単純な子じゃないことは私がよく知っている。
姫子は配られた資料に目を通すと、瞬時に自らの置かれた状況をあてはめた。
この制度の場合、上級生が潰しあって乱戦になれば、その隙を突く形で1年生を固めれば自分たちにも勝ち目が出る可能性がある。だから御厨の提案は歓迎すべきものだった。
しかし、呑気な先輩が先ほど提案した二人選ぶという件は正直、諸刃の剣だった、決選にもつれ込めば上級生の票が集約されやすくなり自分たちの勝ち目がなくなる。場合によっては決選投票に進むことすら難しくなる。
自分たちの担ぐ大将である都田は、目先の勝ち負けは気にしておらず、自分の意見を全員に主張できればいいと考えている。敗れても主張の正しさを示して、それにより上級生を含めた学校の皆の考えに変化が起きることを期待している。
静かに進む革命というものはそういうものかもしれない。
でも姫子は、やるからには勝ちたいし、そのために全力を尽くしたいと思っていた。
それが自分を孤独から救った恩人に対する責任だと考えていた。
姫子は沼浜市の南にある中伊豆市の名家の出身で、家では厳しくしつけられて育ち、名家の娘という事で周囲からは常に特別扱いされ、同級生との交流もほとんどなかった。
一人だけ友達と呼べる同級生がいたが、その子が小5の時に転校してしまってからは完全に孤独だった。
厳しいしつけ、周りから疎外されていることへの反発、そして孤独から、中学に入るとありとあらゆることに反抗し、不良と呼ばれるようになっていた。
しかし、仲間とツルむようなことはせず、常に一人で行動していて、孤独なことに変わりはなかった。誰も寄せ付けない彼女は、いつの間にか「荊姫」と呼ばれ、孤立は一段と深まっていた。
姫子と都田が出会ったのは中2の終わりの頃。
学校も生活圏も違う二人がどうやって出会ったのか、どこまでも真っ直ぐで熱い少年と、孤独でひねくれた少女の間に何があったか、本人たちは多くを語ることはないが、出会ってしばらく後、姫子は更生した。
その後、元々勉強ができたことだけでなく、地元の人目もあり、高校受験では家族から県外の名門女子校への進学を強く勧められた。しかし、姫子はそれを拒否し、レベルとしては下になるが、都田が進む市立沼浜への進学を押し通した。
姫子が都田に持つ感情は、その仲間たちと同様に友情とか恋愛という感情とは違い、崇拝に近いものだった。
ただ彼女は妄信することはなく、誤りは正し、正しいことは全力でサポートするというスタンスでいる。そして、真正直で人を疑うことを知らない都田のため、今回は自ら進んで汚れ役を引き受けていた。
そんな都田蹴人の立候補の話には少なからず姫子が関わっていた。
この学校のクラス委員はクラスのまとめ役だけでなく、様々な場面で他との調整を担っている。
都田も委員として入学後から学年内の調整を積極的にこなし、そのカリスマ性もあり、あっという間に1年生全体の代表のような立場になった。
学年代表として上級生との協議調整する機会も多かったが、その中で少しずつ疑問が膨らんでいた。
下級生はなぜこんな不合理な区別、いや差別に耐えなければならないのかと。
決定的になったのは学園祭での出来事だった。
春に行われる学園祭は文化と体育の部で実施され、3年生が実行委員会を取り仕切っていて、行事や出し物について意見や提案がある場合、実行委員会に申し出ることになっている。
ただし、1年生は入学したてという理由で発表や出し物は部活限定、体育の部では下働きというのが習わしとなっており、意見を出すことすら許されていなかった。
そのことに疑問と不満を持った一部生徒は、都田を交渉の代表に担ぎ上げた。
都田は1年生の代表として実行委員会と交渉したが、議論は平行線をたどった末に決裂、殴り合いのケンカ寸前ところまで行った。
実行委員会の3年生達は1年生全員の参加停止を口に出すほど激怒したが、都田を可愛がっているサッカー部の先輩たちが仲裁に入ったことで、大問題に発展せずに済んだ。
しかし状況は何も変わらず、1年生には失望と不満だけが残る形となり、その後しばらくの間、都田は自らの無力さを嘆きひどく落ち込んでいた。
彼が落ち込んだ原因の一つは話し合いの中で先輩に言われた言葉だった。
『俺たちも下級生の時は不満だった、だけど上級生になったら変えようなんてことは誰も言わなくなった。そうだよな、自分たちが我慢して得た権利なんだ、タダでくれてやる奴なんかいやしない。お前も一年たてば変えようなんてことは言わなくなる。』
「俺は、そんなことはないと言えなかった・・・自分の考えが変わらないという自信がなかったからだ。」
そう言って自らを責める都田に掛ける言葉を仲間たちは持っていなかったが、唯一、姫子だけは違った。
すっかり呆けてしまった都田に彼女はこう言った。
「だったら蹴人、今のあなたが変える立場になればいいんじゃないかしら」
姫子は都田が次の生徒会長になり、現状を変えればいいと提案した。全校生徒の前で訴えれば、もう変心は許されない。負けたとしても上級生になった時、下級生の時に持った不満を解消するために働かざるを得なくなる。
「心変わりが心配なら、変えられないように逃げ道を封じればいいのよ。」
姫子の提案を受けた都田は、再び生気を取り戻し、生徒会長選挙への立候補に向けて活動を始めたのだった。
会議の間、姫子は御厨の様子を観察していた。
説明も資料も完璧、質問にも自信をもってすらすらと答えていている。
ただ、隙がなさすぎる。全てが筋書き通りに進んで、この子かそれとも誰か他の人の手のひらの上で踊らされているような嫌な感じがする。
彼女が呑気な先輩の突飛な提案に対しても、動揺も反論もせず受け入れていることも気にかかる。
もしかしたらこの子は誰かの指示で動いているのではないか。
だとしたら、この提案を丸呑みすることは、あの子を操る未知の第三者を利することになる。
不良時代、何度も危機を救った危険をかぎ分ける嗅覚がアラートを鳴らしていた。
少し筋書きを狂わせて探りを入れてみようと姫子は思った。
「二回も投票をしたら集計の手間が大変ですよ。会長と副会長で最低四回集計する必要が出る。」
興津がなおも食い下がる。
御厨がそれに対して反論をしようとしたその時。
「だったら副会長選挙を止めたらどうですか。」
そう提案したのは御厨でも文子でもなく、姫子だった。
「アメリカの大統領選挙でも大統領候補が本選挙に進出した時、副大統領候補を指名決定するという形です。ですから会長候補者が選挙の中で副会長候補を指名すればいいのではないですか。」
御厨は、この想定外の事態に困惑した。
姫子の提案は御厨が言おうとしていたことそのままだったからだ。
さっきまでうるさく反論を仕掛けてきた興津も黙ってしまっている。
このまま粛々と話が進めば自分たちの思う通りになる・・・自分の知らないところで姫子に部長が何か吹き込んだのか知れないと一瞬考えたが、とりあえず様子を見ることにした。
「副会長選挙に出たいという人はどうする?」
大胆な提案に皆が黙ってしまった中、早瀬先生が聞いた。
「私の知っている限りでは、副会長選挙に立候補しようとしている人は私、そして同じクラスの吉原さん、2年生の藤枝先輩だけだと思いますが。」
今名前があがった三人の他に現時点で動きがないのは周知の事実だった。2年生ではさくらが相手では勝ち目がないので誰も立候補しようとはせず、1年生も都田と姫子のコンビに支持が収れんされつつあり、その流れに抗っているのは瑞穂以外いなかった。
姫子はさくらが会長に立候補しようと準備していることも既に掴んでいて、この機会を利用し、さくらにも揺さぶりを掛けた。
「私は当然賛成ですが、幸い他の二人が傍聴人として来ていますから、藤枝先輩と吉原さんに意見を聞いてみたらどうでしょうか。」
そう言うと姫子は不敵な笑みを浮かべながら、傍聴人席にいるさくらのほうを見た。
姫子の視線を受けてさくらは傍聴人席から立ちあがった。
「意見を言わせていただいてもよろしいでしょうか。」
突然の指名にもさくらは動じる様子もなく、進行役に許可を求めた。
「ちょっと待ってください。他の委員の皆さんはどうですか。」
進行役の生徒が委員を見回す。
「部外者の意見を聞く必要なんてありません。」
慌てて御厨が口をはさむ。
さくらに自由に発言させて社会科研究部のプランを崩されることを恐れたからだ。
彼女なら従来型の選挙方式で戦ったほうが、広く票を集めることができる自分に有利だということがすぐ分かる。下手をすればこの機に乗じて今回の議論を白紙に戻すことも平然とでやってのけてしまう。
そうなったらすべてが終わる。
姫子は不敵な笑みのまま御厨を見ながら言った。
「御厨さんに伺うわ、いま議論しているのは副会長選挙の方法よ、立候補予定者に意見を聞くのは至極真っ当なことと思うけれども、ほかにいい方法があるの?」
御厨は明かに不満げな顔をして下を向き、心の中でつぶやいた。
(私を嫌っていてもいいから・・・今は邪魔をしないでよ。)
御厨に助け舟を出すように今度は興津が同調して反対意見を述べた。
「僕も御厨さんに賛成です。あくまでも委員会の中で議論して決めるべきです。傍聴人の介入を許すべきではありません。」
姫子はこの様子を見て、何かに気づいたような表情を一瞬すると静かに反論した。
「先ほどから何でも反対とは興津君らしくないわね。全く対案も持たずに反対する人ではないはずだけど。」
興津に何かを言う隙も与えず、姫子は続けた。
「それに『介入』という言葉は適切ではないわ。参考として当事者となりうる人の意見を聞くだけで、あくまでも議論と決定はこの委員会で行うのではなくて?」
そして姫子は席から立ち上がり、先ほどの不敵な笑みとは打って変わり、人懐こい満面の笑顔で委員を見回して言った。
「このような大きな変革は、民主的な方法で決めたいですからね。」
姫子の笑顔での主張は他の委員を魅了し、反対する二人を沈黙させ、賛成多数で傍聴している立候補予定者に意見を聞くことになった。
全員が注目する中、さくらは意見を述べさせてもらえることに謝意を述べ、続いて口から出た言葉は。
「私は比奈さんの提案に賛成します。」
ここまでの議論を聞きながらさくらは考えていた。
優月の前では強がって見せたが、言われるまでもなく瑞穂に辛い思いをさせていることも、彼女が心身共に限界に達していることも気づいていた。このままでは自分のプランが崩れ、全てを失うことになってしまう。
その点、副会長が指名制ということは、推薦人を集めないでいいというだけでなく、選挙の時には副会長選挙も含めての二人分の活動をする必要がなく、自分のことに集中できるというメリットもある。
ここまで議論されてきた制度がすべて採用になると、都田が活発に動いている1年生の各クラスでは自分が勝つのは至難の業だが、その動きに反感を抱く上級生もかなりの数が存在していることから、2・3年生を抑えることで勝利が見えると考えた。
2年生には自分以外に有力な候補はいないはず。
ただ唯一の懸念は、優月だった。
伝説として語られるバスケ部での活躍、そして本人は気づいていないだろうが、クラス全員を自然と団結させてしまう不思議な力を持つ彼女が出てきたら、負けることはないにしてもプランが大きく乱れることは必至だった。
しかし、先日の口論で二人の間に亀裂が入ったが、さくらは優月本人が出ることはないと高をくくっていた。
「私たち」と言っていたということは、優月ではなく同級生の誰かが出ようとしているということ。さしずめ彼女の幼なじみの小山君あたりのことではないかと推測していた。
さくらは自分の放った捨て台詞が優月の心に火をつけてしまったこと、それによってプランが崩れはじめていることにまだ気が付いてはいなかった。
「副会長は実務全般を担う立場ですから、会長選挙に出られる方の主張を聞いて、自分の考えに近い方と組んだほうが当選後の実務も進めやすいですから。」
さくらはそれだけを簡単に述べると傍聴人席に戻っていった。
続いて意見を求められた瑞穂は特に意見はない、決まったことに従うとだけ述べた。
(あなたは藤枝先輩の人形だものね・・・ただ誰かに従うだけの存在なんて、まるで昔の私みたい。)
姫子は瑞穂に家族や周囲の言いなりだった過去の自分を重ね、同情していた。
姉のように思っている先輩にいいように使われ、そして推薦人集めで自分に敗れた結果、明るかった以前と別人のように常に青ざめた顔をしている可哀そうな女の子・・・。
意見聴取が終わり、司会がこの件に関して決を求め、この提案は採用された。
そして会議は進み、御厨の提案をベースにして細部が詰められていった。
・本選挙では立候補者が四人以上の場合、一人で2票投票する。
・投票する2票は1票ごと別の人に投票しなければならない。
・各クラスを一つの選挙区として選挙を実施し、1位と2位の得票者にポイントが与えられる。
・ポイントは、1位3点、2位1点とし、1位と2位の得票数が同数の場合は2点とする。
・全ポイントの過半数である31・5点以上を獲得した者がいる場合は当選者とし、決選投票は行わない
・過半数を取った者がいない場合、上位2名が決選投票に進出する。
・副会長選挙は行わず、会長候補者が選挙期間中に指名する。
細部について、いくつかの提案を文子がしたが、提案者なのに御厨は余り議論に入ってこなかった。
姫子に振り回されたことで頭に血が上っていたからだ。
そして最後に決選投票の方法について決めることとなった。
選挙区制を取り、最も多くの選挙区=クラスを獲得した者が勝者ということになり、会議が終わりに差し掛かった時、波乱が起きた。
「決選投票は1年と2年だけでやるべきだと思います。」
突然、姫子が提案をしたのだった。
その場の全員が姫子の言っていることを理解するのに少し時間がかかった。
「3年生は大学入試や就職試験が始まりますから、あまり関係ないことで試験前の重要な時期を騒がせるのはよくないですし、中等部生は特例なので決選投票まで参加させる必要はないと思います。」
委員の中から3年生を参加させないでいいのか、不公平ではないかという疑問の声があがった。
「3年生を参加させないのが問題なら、この委員会に入っていないのはなぜでしょうか。それこそ不公平ではないですか。これは3年生は当事者ではないことの証明です。実際、次期生徒会の活動に3年生は関わらないのですから、変な置き土産を残されると迷惑するのは私たちです。本選挙に参加させてもらっているだけでも有り難いと思ってほしいくらいです。」
姫子は辛辣に言い切った。
「ちょっと待ってください。発言を求めます。」
傍聴人席から大きな声を上げたのはさくらだった。
この提案では1年生の候補者が有利になる。上級生を纏めて勝つというさくらのプランを揺るがす危険なものだったからだ。
司会者が発言を許そうとした時。
「発言を許可すべきではありません。」
姫子が切り捨てるように言った。
「前の議題の時は意見を聞いたじゃないですか。」
さくらが反論する。
「先ほどは副会長選挙についての議論をしていたので、副会長立候補予定者としての意見を聞いただけです。決選投票は藤枝先輩には関係ないのではないですか。」
姫子が再び切り捨てるように言い、更に不敵な笑みを浮かべながらさくらに言った。
「藤枝先輩が会長選挙に出ようとしているのなら、話は違いますけれどもね。」
姫子は会長選挙立候補の意思を隠して活動しているさくらを挑発し、再び揺さぶりをかけたのだった。
「いいえ・・・それなら結構です。」
しかし、さくらはその挑発には乗らずに引き下がり、会議室から退室していった。
誰も見たものはなかったが、窓に映ったその表情は憤怒で悪鬼のようになっていた。
さくらが去ったことで異論を挟む者はいなくなり、決選投票の細部が決定した。
・投票は1年生と2年生でのみ行う。
・本選挙と同様に各クラスを1つの選挙区として選挙を実施し、多数者がその選挙区を獲得する。
・獲得した選挙区が多いほうが勝者となる。
・同点の場合はくじ引きで決定する。
そして会議が終わった。
文子は自分達に課せられたタスクを姫子やさくらの妨害もなく、無事に成し遂げられたことに胸をなでおろしていた。
姫子の提案に必要以上に反論しなかったのは、議論が紛糾し白紙になっては困るからだ。
「御厨ちゃんは、時々感情的になることがあるのが玉にキズよね。」
そうつぶやいてため息をついた。
いくら優秀でも駆け引きの時に感情に任せて自らのタスクを忘れてしまうようでは・・・。あの姫子さんという子の振る舞いを見習ってほしいものだ。
その御厨が悔しそうな表情のまま会議室を出ようとすると、姫子と鉢合わせした。
姫子の横をすり抜けるとき、彼女は何事か御厨にささやき、御厨はそれに対して小声で何かを言い返した。