第6話 サウナでととのったらどうなる?
文字数 4,591文字
サトルが目を覚ましたのは、もう午前11時で、カーテンのすき間から陽が差し込み、ちらちらと部屋の埃 を輝かせていた。前夜のアルコールのせいか、頭がガンガンと痛む。
冷蔵庫の中から、消費期限ぎりぎりの牛乳を取り出して、コップに注いでグイッと飲む。朝ご飯を通り越して、昼食を考えなきゃならない時間だ。
土曜日には、部屋の片付けやら、溜まった洗濯物を洗って干すという自分ルールを決めているため、それに従いのそのそと動き出す。
群青色 の遮光カーテンとレースのカーテンを開けると、強めの陽射しが一気に部屋へ侵入してきた。今日は洗濯物をしっかりと干せそうだ。
3日分のワイシャツやら下着やら、枕カバーやらを洗濯機に入れて、洗濯用洗剤をキャップ1杯分投入し、すすぎ2回のコースで回す。洗剤の容器にはすすぎ1回でOKと描かれているが、それだと結構強めの香りが残るから、すすぎは2回にしている。
今日のギガントパンサーズの試合はデイゲームで、14時から開始予定となっている。
だが、今日のサトルは、ある重要な用事を控えていた。
部屋に散らばった缶や、菓子の袋を分別してゴミ袋へ入れていく。ある程度片付けたら、掃除機をかける前に、ベランダのガラス戸を開けて空気を入れ替える。すると、風に乗ってタバコの臭 いが入ってきたことに気付く。
ベランダ用のスリッパを履いて、手すりに腕を乗せて隣の部屋の方を見ると、手すりに灰皿が置いてあるのが見えた。
「ミカさん、おはようございます」
その声に反応して、タバコの火を灰皿に落としつつ、ミカが金髪を揺らしながら、薄い壁の横からひょいっと顔を見せる。
「おはようって時間でもないけど。もしかして今まで寝てたの? 随分と休みを満喫してるね」
「目覚ましをかけないと、いつまでも寝ちゃうんですよ。今日は早い方かも知れません」
ミカが微笑みながらタバコを吸って、煙を空に向かって吐く。
「今日は試合、一緒に見れないよ。いい感じの曲ができそうだから、集中して作業したいんだよね」
「僕も、今日は大事な用事があるんです」
「何? デートとか?」
「彼女なんていませんよ。今日はサウナで、ととのいに挑戦するんです」
ミカが、タバコの煙をぷっと吹き出して笑う。
「もしかして、バタくさい何とかってやつ?」
「バタフライ・エフェクト。……わざと間違えてますよね」
「バレたか。サトルくんはオカルト好きねぇ」
「ギガントパンサーズが1位だったら、普通に観てるだけだと思いますけど。弱いからこそ、僕も何かしなきゃ、色々試してみなきゃってなって、それを意外と楽しんでるのかも」
「そうなんだ。やっぱりサトルくんの感性は、ちょっと凡人の私には分かんないな。でも頑張って、ととのってきなよ」
「はい! 頑張ります!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
掃除を終え、洗濯した分をベランダに干して、サトルはアパートを出た。目指すは駅前の、サウナ付きのスーパー銭湯だ。
バスタオルとフェイスタオルを借りると料金が高くなるので、リュックに入れてある。下着の替えも用意した。装備は万全、気合いも十分 。
最近リニューアルした銭湯は、ホテルのロビーのような受付で、更衣室も真新しい。広めのロッカーにタオルを出したリュックと脱いだ服と下着を入れて、いざ出陣。
まずは身体をしっかりと洗う。掃除も洗いも、基本は上から。シャンプーで頭を洗い、フェイスタオルにボディーソープをふんだんにかけて、泡の力で肌の汚れを落としていく。
すぐにでもサウナに入りたいという気持ちをグッと堪 えて、試合前の守備練習よろしく、事前の準備を着実にこなしていく。
身体を洗い終わったら、一旦 、かけ流しの風呂に入る。こうすると、毛穴が開いてサウナの効果が高まるらしい。周りは年配の人だらけで、家族連れは1組しかいない。若い人の間でサウナ人気が高まっているらしいが、この地域にはあんまり若者がいないのだろうか。
数人の赤ら顔が風呂に入っている様子は、はたから見るとお猿 さんの集会みたいだ。
とにかく、ゆったりと熱い風呂につかり、サウナに入る前にタオルで肌についた水滴を取る。さて、本番といこうか。
サウナ室に入ると、むあっとした熱い空気に跳ね返されそうになった。すでに10人ほどが渋い表情で汗をダラダラ流しながら、テレビを見ている。
その内のひとりは、ギガントパンサーズのマスコットキャラがプリントされたサウナハットをかぶっていた。なかなか良 い趣味をしてるじゃないか。
サトルは三段ある席の、中段に座る。高い場所ほど温度が上がるが、一番下の段は座る場所がなかったので、これは仕方のない選択だ。
風呂で上がった体温そのままにサウナ室へ入ったため、すぐに汗が噴き出してくる。同時に、頭も熱さでぼうっとしてくる。
テレビを観ると、すでにギガントパンサーズの試合は始まっていた。
今日は、去年15勝もしたのに、今年はまだ1勝もしていない速球右腕が先発だ。準完全試合をしたのに結局負けてしまったり、7回を0点で抑えたのに中継ぎが逆転を許して負けたりと運が無い。まあ、プロなんだからそれも実力のうち、と言ってしまえばそうなのだろうが、なんだか可哀想ではある。
今日は何か振り切れたような投球で、7球で1回裏、敵チームの攻撃が終わった。室内の12分計を見ると、いつの間にやら部屋に入ってから10分が経過していた。
少しのぼせたような感じを引き摺 りながら、サウナ室を出る。
さて、覚悟を決めて、地獄の水風呂へ向かう。桶 でかけ湯というか、かけ水をして、いざ水風呂の中へ入る。
「つ、冷 てぇぇぇぇ!」
サトルの言葉に、同じくらいのタイミングでサウナから出て足だけ水風呂につけている小学生くらいの男の子が驚く。
「つめたいの?」
男の子が笑顔で訊 く。サトルは唇を震わせながら、コクコクと頷 く。
ネットでサウナの作法について調べた時、水風呂では、なるべく体を丸めて動かないようにしていると、我慢しやすいという記事を見た。
サトルは腕と足を縮こめるようにして、体操座りで時間の経過を待つことにした。
1分ほど経った時、大柄の男が勢い良く水風呂に入ってきて、頭まで浸かって動き回り始めた。サトルの周りにあったと思われる温かい膜 が剥 がれ落ち、もう一度かき回された冷たさが襲いかかってきた。
2分は浸かっていようと思っていたが、堪 らず水風呂を飛び出るように後 にする。
そして、外の露天風呂の周りにある空いた椅子に、桶ですくった湯をかけてから座り、リラックスする。
昨日調べたところによると、サウナ10分、水風呂2分、外気浴10分が目安らしい。色々なサイトを見たわけじゃないから、本当にそれで良 いのかは分からないが、ともかくそれを1セットとして、3セットほどやると「ととのう」そうだ。
屋外にもテレビがあって、ギガントパンサーズの試合は、すでに2回裏になっていた。どうやらとんでもない早さで2回表の攻撃が終わっていた様子だ。
今日サウナに来たのは、ととのうためでもあるし、バタフライ・エフェクトを試すという目的もあるが、とあることについてちゃんと考えるためでもある。
昨日、ミカの部屋で楽しく試合の観戦をした。それぞれのトラウマのようなものも曝 け出した。それから、ミカのことが頭から離れない。今日も、起きてすぐに彼女と話せたことが、凄く嬉しかった。
「恋なのかなぁ……」
独り呟 くと、隣に座っていた先ほどの男の子がサトルを見て言う。
「ねえ、お兄ちゃん。恋してるの? ボクもリンゴちゃんのこと好きだよ」
「リンゴちゃんか。美味しそうな名前だね」
「めっちゃカワイイんだよ。見てるだけでドキドキするんだ」
……小学3年か4年くらいに見えるけど、もう思春期なのかな。最近は早熟なんだなぁ。
「あっ、打たれた」
男の子がテレビを観て、残念そうな声を上げる。
ソロホームランを打たれたようで、何度もリプレイが流れる。
「お兄ちゃん、どっちのファン?」
「ギガントパンサーズだよ。昨日は勝って……」
その時のミカとのハイタッチを思い出す。そういえば、彼女の本業すら知らない。知ってるのは……傷痕 を見た男は他にいないということ。だとしたら、彼氏はいないのかな。
いつの間にか、男の子はどこかへ去っていた。
2セット目を始める前に、ウォータークーラーの水を飲む。喉を冷たい水が通る感覚は、とても気持ち良い。
サウナ室へ入ると、さっきよりも人が増えていて、一番上の段しか空いていなかった。人を避 けながら、空いている場所に座ると、外気浴で冷えていた分、さっきよりも楽に感じた。
だが、オートロウリュが作動し、天井から水が降る。熱された石に当たり、水蒸気が部屋を包む。シンプルにめちゃくちゃ熱くなった。
またもや、一気に汗が噴き出してくる。
テレビを観ると、まだ敵チームの攻撃は続いていて、もう3対0になっていた。相変わらず我が贔屓 のチームは弱い。
熱さでぼうっとしながら、なかなかストライクが入らないピッチャーに少しイライラする。もう、いっそど真ん中に投げちゃえばいいのにと思うが、それは素人考えなのだろう。
なんだかんだで2回裏の攻撃が終わると、12分計はすでに1回転していた。長居し過ぎたようだ。
またかけ湯をしてから水風呂へ。今度は誰にも邪魔されず、まったりと2分を数えて出た。そして、癒しを求めて外気浴へ。
さっきと同じ椅子に座り、またミカのことを考える。
このまま自然に部屋を行ったり来たりして、付き合ったり出来たら……そんな上手くはいかないか。
それに、お隣同士というのは、関係が悪くなった時はストレスでしかなくなってしまうだろう。それなら、このまま良 いお隣さんでいられれば、ずっと楽しく過ごせるのではないか。
そんなことを考えていると、ふわっと意識が飛びそうになった。なんだか、自分の体が宙に浮いたような感覚。
……これが「ととのい」か?
気持ちよさに心を委 ねる。それでも、やはり頭には昨日のミカの笑顔が映っていた。好きになってしまったんだろうな、と思う。
気持ちに踏ん切りがついたし、多分、ととのった気がしたので、あとは露天風呂と、強めのジャグジー風呂、かけ流しの温泉に入り、十分に銭湯を満喫した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うどんのチェーン店で少し早めの夕食をして、アパートに戻った。
干してあった洗濯物を取り込むために、ベランダに出る。
タバコの臭 いがしないから、おそらくミカはDTMとやらに集中しているのだろう。
洗濯物を畳みつつ、ディスプレイでサブスクのスポーツチャンネルを観る。
試合は乱打戦になっていて、8回裏で現在8対7。なんと、ギガントパンサーズがリードしているではないか。
「うどん食べてる間に何があったんだ……?」
あとで動画の巻き戻し機能を使って確認しようと思っていると、チャイムが鳴った。
玄関ドアに近付き、開けずにドアスコープで外を確認する。
ミカが何かの袋を持って、突っ立っている。
サトルは驚いて、すぐにドアを開ける。
「どうしました?」
ミカは、少しの間、言い出し辛そうに目を泳がせていた。
決心がついたのか、サトルをきっと睨 んで、口を開ける。
「お願いがあるの!」
ミカの困り果てた顔は、サトルの心を酷 く動揺させた。
冷蔵庫の中から、消費期限ぎりぎりの牛乳を取り出して、コップに注いでグイッと飲む。朝ご飯を通り越して、昼食を考えなきゃならない時間だ。
土曜日には、部屋の片付けやら、溜まった洗濯物を洗って干すという自分ルールを決めているため、それに従いのそのそと動き出す。
3日分のワイシャツやら下着やら、枕カバーやらを洗濯機に入れて、洗濯用洗剤をキャップ1杯分投入し、すすぎ2回のコースで回す。洗剤の容器にはすすぎ1回でOKと描かれているが、それだと結構強めの香りが残るから、すすぎは2回にしている。
今日のギガントパンサーズの試合はデイゲームで、14時から開始予定となっている。
だが、今日のサトルは、ある重要な用事を控えていた。
部屋に散らばった缶や、菓子の袋を分別してゴミ袋へ入れていく。ある程度片付けたら、掃除機をかける前に、ベランダのガラス戸を開けて空気を入れ替える。すると、風に乗ってタバコの
ベランダ用のスリッパを履いて、手すりに腕を乗せて隣の部屋の方を見ると、手すりに灰皿が置いてあるのが見えた。
「ミカさん、おはようございます」
その声に反応して、タバコの火を灰皿に落としつつ、ミカが金髪を揺らしながら、薄い壁の横からひょいっと顔を見せる。
「おはようって時間でもないけど。もしかして今まで寝てたの? 随分と休みを満喫してるね」
「目覚ましをかけないと、いつまでも寝ちゃうんですよ。今日は早い方かも知れません」
ミカが微笑みながらタバコを吸って、煙を空に向かって吐く。
「今日は試合、一緒に見れないよ。いい感じの曲ができそうだから、集中して作業したいんだよね」
「僕も、今日は大事な用事があるんです」
「何? デートとか?」
「彼女なんていませんよ。今日はサウナで、ととのいに挑戦するんです」
ミカが、タバコの煙をぷっと吹き出して笑う。
「もしかして、バタくさい何とかってやつ?」
「バタフライ・エフェクト。……わざと間違えてますよね」
「バレたか。サトルくんはオカルト好きねぇ」
「ギガントパンサーズが1位だったら、普通に観てるだけだと思いますけど。弱いからこそ、僕も何かしなきゃ、色々試してみなきゃってなって、それを意外と楽しんでるのかも」
「そうなんだ。やっぱりサトルくんの感性は、ちょっと凡人の私には分かんないな。でも頑張って、ととのってきなよ」
「はい! 頑張ります!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
掃除を終え、洗濯した分をベランダに干して、サトルはアパートを出た。目指すは駅前の、サウナ付きのスーパー銭湯だ。
バスタオルとフェイスタオルを借りると料金が高くなるので、リュックに入れてある。下着の替えも用意した。装備は万全、気合いも
最近リニューアルした銭湯は、ホテルのロビーのような受付で、更衣室も真新しい。広めのロッカーにタオルを出したリュックと脱いだ服と下着を入れて、いざ出陣。
まずは身体をしっかりと洗う。掃除も洗いも、基本は上から。シャンプーで頭を洗い、フェイスタオルにボディーソープをふんだんにかけて、泡の力で肌の汚れを落としていく。
すぐにでもサウナに入りたいという気持ちをグッと
身体を洗い終わったら、
数人の赤ら顔が風呂に入っている様子は、はたから見るとお
とにかく、ゆったりと熱い風呂につかり、サウナに入る前にタオルで肌についた水滴を取る。さて、本番といこうか。
サウナ室に入ると、むあっとした熱い空気に跳ね返されそうになった。すでに10人ほどが渋い表情で汗をダラダラ流しながら、テレビを見ている。
その内のひとりは、ギガントパンサーズのマスコットキャラがプリントされたサウナハットをかぶっていた。なかなか
サトルは三段ある席の、中段に座る。高い場所ほど温度が上がるが、一番下の段は座る場所がなかったので、これは仕方のない選択だ。
風呂で上がった体温そのままにサウナ室へ入ったため、すぐに汗が噴き出してくる。同時に、頭も熱さでぼうっとしてくる。
テレビを観ると、すでにギガントパンサーズの試合は始まっていた。
今日は、去年15勝もしたのに、今年はまだ1勝もしていない速球右腕が先発だ。準完全試合をしたのに結局負けてしまったり、7回を0点で抑えたのに中継ぎが逆転を許して負けたりと運が無い。まあ、プロなんだからそれも実力のうち、と言ってしまえばそうなのだろうが、なんだか可哀想ではある。
今日は何か振り切れたような投球で、7球で1回裏、敵チームの攻撃が終わった。室内の12分計を見ると、いつの間にやら部屋に入ってから10分が経過していた。
少しのぼせたような感じを引き
さて、覚悟を決めて、地獄の水風呂へ向かう。
「つ、
サトルの言葉に、同じくらいのタイミングでサウナから出て足だけ水風呂につけている小学生くらいの男の子が驚く。
「つめたいの?」
男の子が笑顔で
ネットでサウナの作法について調べた時、水風呂では、なるべく体を丸めて動かないようにしていると、我慢しやすいという記事を見た。
サトルは腕と足を縮こめるようにして、体操座りで時間の経過を待つことにした。
1分ほど経った時、大柄の男が勢い良く水風呂に入ってきて、頭まで浸かって動き回り始めた。サトルの周りにあったと思われる温かい
2分は浸かっていようと思っていたが、
そして、外の露天風呂の周りにある空いた椅子に、桶ですくった湯をかけてから座り、リラックスする。
昨日調べたところによると、サウナ10分、水風呂2分、外気浴10分が目安らしい。色々なサイトを見たわけじゃないから、本当にそれで
屋外にもテレビがあって、ギガントパンサーズの試合は、すでに2回裏になっていた。どうやらとんでもない早さで2回表の攻撃が終わっていた様子だ。
今日サウナに来たのは、ととのうためでもあるし、バタフライ・エフェクトを試すという目的もあるが、とあることについてちゃんと考えるためでもある。
昨日、ミカの部屋で楽しく試合の観戦をした。それぞれのトラウマのようなものも
「恋なのかなぁ……」
独り
「ねえ、お兄ちゃん。恋してるの? ボクもリンゴちゃんのこと好きだよ」
「リンゴちゃんか。美味しそうな名前だね」
「めっちゃカワイイんだよ。見てるだけでドキドキするんだ」
……小学3年か4年くらいに見えるけど、もう思春期なのかな。最近は早熟なんだなぁ。
「あっ、打たれた」
男の子がテレビを観て、残念そうな声を上げる。
ソロホームランを打たれたようで、何度もリプレイが流れる。
「お兄ちゃん、どっちのファン?」
「ギガントパンサーズだよ。昨日は勝って……」
その時のミカとのハイタッチを思い出す。そういえば、彼女の本業すら知らない。知ってるのは……
いつの間にか、男の子はどこかへ去っていた。
2セット目を始める前に、ウォータークーラーの水を飲む。喉を冷たい水が通る感覚は、とても気持ち良い。
サウナ室へ入ると、さっきよりも人が増えていて、一番上の段しか空いていなかった。人を
だが、オートロウリュが作動し、天井から水が降る。熱された石に当たり、水蒸気が部屋を包む。シンプルにめちゃくちゃ熱くなった。
またもや、一気に汗が噴き出してくる。
テレビを観ると、まだ敵チームの攻撃は続いていて、もう3対0になっていた。相変わらず我が
熱さでぼうっとしながら、なかなかストライクが入らないピッチャーに少しイライラする。もう、いっそど真ん中に投げちゃえばいいのにと思うが、それは素人考えなのだろう。
なんだかんだで2回裏の攻撃が終わると、12分計はすでに1回転していた。長居し過ぎたようだ。
またかけ湯をしてから水風呂へ。今度は誰にも邪魔されず、まったりと2分を数えて出た。そして、癒しを求めて外気浴へ。
さっきと同じ椅子に座り、またミカのことを考える。
このまま自然に部屋を行ったり来たりして、付き合ったり出来たら……そんな上手くはいかないか。
それに、お隣同士というのは、関係が悪くなった時はストレスでしかなくなってしまうだろう。それなら、このまま
そんなことを考えていると、ふわっと意識が飛びそうになった。なんだか、自分の体が宙に浮いたような感覚。
……これが「ととのい」か?
気持ちよさに心を
気持ちに踏ん切りがついたし、多分、ととのった気がしたので、あとは露天風呂と、強めのジャグジー風呂、かけ流しの温泉に入り、十分に銭湯を満喫した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うどんのチェーン店で少し早めの夕食をして、アパートに戻った。
干してあった洗濯物を取り込むために、ベランダに出る。
タバコの
洗濯物を畳みつつ、ディスプレイでサブスクのスポーツチャンネルを観る。
試合は乱打戦になっていて、8回裏で現在8対7。なんと、ギガントパンサーズがリードしているではないか。
「うどん食べてる間に何があったんだ……?」
あとで動画の巻き戻し機能を使って確認しようと思っていると、チャイムが鳴った。
玄関ドアに近付き、開けずにドアスコープで外を確認する。
ミカが何かの袋を持って、突っ立っている。
サトルは驚いて、すぐにドアを開ける。
「どうしました?」
ミカは、少しの間、言い出し辛そうに目を泳がせていた。
決心がついたのか、サトルをきっと
「お願いがあるの!」
ミカの困り果てた顔は、サトルの心を