第13話 球場へ行こうリベンジ!(後編)

文字数 5,545文字

「そっか、地味にエース対決なんだよな。そりゃ満員御礼になるわけだ」

 1回表、マウンドに上がった今シーズン勝ちに恵まれないギガントパンサーズのエースを見て、サトルが手を叩き今更気付いたように(つぶや)いた。
 アカネが席から身を乗り出して、冷たい目でサトルを(にら)む。

「今日は、前回のリベンジ観戦なんですよ。先輩が、ミカさんと一緒に観たら勝てるって言うから、(みんな)で来たんじゃないですか」
「えー。私に神通力があるみたいなこと言われても困るなぁ。サトルくん、ゲン担ぎし過ぎでしょ」

 それはちょっと違う。アカネが、テツヤとふたりだと、最近ギクシャクしてて間が持たないかもと誘ってきたので、もうひとり女性がいた方がバランスが良いかなと思ってミカを呼んだのである。でも、そのまま言うわけにもいかないから、サトルは苦笑いして誤魔化した。

 サトルがテツヤの様子を(うかが)うと、案外楽しそうにグラウンドを眺めている。まず、どうやってアカネとテツヤを喋らせるか、サトルは思案する。せっかく試合を観に来てるのに、何やってんだろうと思いながら。

「テツヤくんの推し選手って誰だっけ」
「おれっすか? 調子の良かったときは、モーガンが好きでしたね。最近は併殺(ゲッツー)ばっかりだけど」

 アカネが人差し指をチッチっと揺らし、微笑む。

「モーガンが五番にいるおかげで、伊月選手が得点圏で勝負してもらえるのよ。あの存在は貴重だわ。確かに最近は打ててないけど」

 アカネもテツヤも、にこやかに話している。サトルはとりあえず安心して、試合を観る。立ち上がり不安なエースは、ポンポンとツーアウトを取っていた。敵チームの三番は、今ノリにノッている選手だ。この1週間で3本のホームランを打っている。

「外野が少し後ろに下がりましたね。長打警戒か……」
「あの人、すごくフルスイングするよね。当たったら宇宙まで飛んでいきそう」
「そんな不吉なこと言うと……」

 ミカの言葉ほど宇宙までは飛ばないまでも、振り切ったバットは快音を生み出し、打球はグングン伸びてバックスクリーンに突き刺さった。
 悲鳴と歓声がスタジアムに響き渡る。

「まだ、ソロホームランで良かったですね。今日はもう、あの三番と勝負しちゃダメだと思います」

 サトルが少しがっかりしながらミカに言う。ミカは、少し興奮したように返す。

「ホームランって、間近で見るとすごいねぇ。ドキドキしちゃった」
「そっか。ミカさんは実際の観戦、初めてでしたっけ」
「うん。テレビで観るのと全然違って、当たり前だけど臨場感ハンパないね」

 敵の先制点にも笑顔になるミカの表情に、サトルは複雑な気持ちになりながら、連れてきて良かったと思う。この前、ファームの試合に連れていったジュンも、今のミカと似たような気持ちで観ていたのだろうか。

 四番は三振にとり、1回裏、ギガントパンサーズの攻撃にうつる。
 こちらもあっさりツーアウトになるが、三番はフォアボールで出塁した。
 四番の伊月は最近、徐々に調子を上げている。チームの不振とは関係無く、打率は3割を超えた。

「ミカさんと試合観てて勝つときは、大体は伊月選手とモーガンが打って勝ってるんですよね。というよりも、このふたり以外がちょっと……」
「こらこらサトルくん。応援席よ。ここ」
「そうでした。よし、しっかり応援歌、歌いましょう」

 応援団の声に合わせて、細い応援バットをカンカンと鳴らす。サトルはふと、アカネとテツヤの様子を見やる。ふたりとも、応援に集中しているようだ。案外、放っておいて大丈夫かも知れない。
 ……と、グラウンドから目を離した瞬間、大歓声が沸き起こった。
 伊月選手のバットで打ち返された(ボール)は舞い上がり、応援団のいるスタンドへ吸い込まれていった。

「サトルくん! ホームラン、逆点だよ!」

 ミカが立ち上がり、応援バットを激しく打ち鳴らしながら、満面の笑顔で声援を送る。
 サトルも同じように立ち上がり声を上げる。だがどうやら、サトルはアカネとテツヤに気を遣い過ぎて、試合にのめり込めていないみたいだ。純粋に試合を楽しんでいるミカが(うらや)ましい。

 五番モーガンは内野フライに倒れた。1回裏の攻撃が終わったところで、サトルはトイレに立つ。

「おれも行きます」

 テツヤもトイレについて来る。なんとなく、何か話をしたいのかと思って、コンコースに出たところで()いてみる。

「どうしたの。(なん)かあった?」
「この前、おれの代わりにサトルさんがアカネとここに観に来たことがあったじゃないですか。あの日おれ、本当は少し遅れても()ようと思えば()られたんです。でも……」

 (うつむ)きながら、テツヤが続ける。

「ちょっと疲れてて、面倒臭くなっちゃったんですよね。どうせ負け試合だろうと思って。それで、残業で行けないって……すいませんでした」
「別に気にしてないよ。試合観るのが好きだからね。勝てれば最高だけど、推しの選手とか、期待してる選手が活躍するのでも楽しめるし」

 テツヤがサトルを見て、苦笑いする。

「いいなぁ。おれ、仕事で結果が全てって感じだから、プライベートでもそういう考え方になってるのかも。過程を楽しむのが苦手なんだと思います」
「そっか。……アカネはさ、それでもテツヤくんと一緒に観たかったんだと思うよ。あの子にとっては、君と一緒にいる時間が幸せなんじゃないかな」
「おれと……そうなんですかね。マンネリになってると思ってるのは、おれだけかな」
「とりあえず、今日は精一杯、応援してみない? (みんな)で。(あと)でまた話そう」

 テツヤが(うなず)いた。ふたりでトイレに行く。
 席に戻ると、一塁、二塁に敵チームのランナーが出ていた。アカネが恨めしそうな顔でサトルに言う。

「だからー、先輩が席を外すと試合が動くんですよ。せっかく勝ってるんだから、試合終了までおとなしく座っててください」
「僕のせいかよ。どう見てもあのエースが乱調なだけだろ」
「サトルくん。ここ、応援席だってば」

 手で口を塞ぐサトルに、アカネとミカが笑う。
 テツヤは、目を(つむ)り手を合わせて、祈るようなポーズをとった。

「今日はしっかり応援するぞー。頼む、ここはなんとか抑えてくれ!」

 彼を見て、アカネが意外そうな顔で微笑み、同じポーズで祈る。
 祈りが通じたのか、次のバッターは併殺(ゲッツー)で、2回表を無失点で切り抜けた。

 その()も、両チームともランナーを出しながら、得点につながらないまま、9回表までテンポ良く進んだ。
 ここまで120球投げたエースに代わり、最近2軍から上がってきたばかりの、新守護神の候補がマウンドに上がる。

 ミカがサトルに尋ねる。

「あの人、2軍で無双してた選手だっけ。もしかして、1軍は初めて?」
「去年まで違うリーグで中継ぎしてた選手ですよ。トレードでこっちに来る前は、1軍でちょこちょこ投げてた気がします」

 だが、最初のバッターをフォアボールで出塁させてしまった。

「何か、嫌な予感……。アカネちゃん、祈ろう!」
「はい! ここはファンとして、全力で応援ですね!」

 ミカとアカネが祈りのポーズをする。サトルも、テツヤと目を合わせて微笑み、全員で祈る。

 次のバッターのところでエンドランを仕掛けられて、内野ゴロの間にランナーは2塁まで進んだ。これで1アウト2塁。

併殺(ゲッツー)に出来なかったなぁ。頼むぞー、新守護神!」

 敵チームの三番バッター、初回にホームランを打った男の登場だ。

「キツイなぁ、ここで三番、四番か」
「いける、いける! そんな何回もホームランとかないから! 抑えてー!」

 ミカが大きな声援を送る。
 ピッチャーが初球、すっぽ抜けの球を投げた。キャッチャーが後逸する間に、ランナーは3塁へ進んだ。
 ミカは困惑した表情で、首を横に振る。

「……ま、まだまだ! 三振、三振!」

 だが、2球目をあっさり外野まで運ばれ、犠牲フライで2対2の同点になってしまった。
 スタジアム内に落胆の声と、俄然(がぜん)盛り上がる敵チームの応援が響く。

「あちゃー。守護(セーブ)、失敗か」

 がっくりと項垂(うなだ)れたサトルに、ミカがトントンと肩を叩く。

「最後まで、応援。まだ試合は終わってないよ」
「そうですね、……うん、まだ終わってない!」

 四番を三振に仕留め、9回裏はこちらも二番打者からの好打順だ。

 先頭打者は、デッドボールで出塁した。太ももにボールを思い切りぶつけられ、とっても痛そう。
 2軍から再度上がってきたばかりの去年の盗塁王が代走で1塁に立つと、スタジアムが沸いた。

「ミカさん、この前ファームで観て来ましたけど、あの人めちゃくちゃ足速いですよ」
「へぇ、じゃあ盗塁するかな?」
「どうでしょう。手堅くバントしそうな気がします」

 三番は、打率が低下中で調子の悪いバッターだ。きっとバントするだろう。いや、バントも下手だから、エンドランだろうか。

 初球、ドタバタした感じでバントした。サードがワンバウンドで捕球したが、さすがに2塁へ投げるのは諦めて、1塁へ送球しなんとかバント成功。

「本当、めちゃくちゃ足速いね。あれで行けるんだ」

 ミカが笑顔で驚く。隣でアカネとテツヤもハイタッチして喜んでいる。

「さあ、四番、五番ですよ。これでダメなら……いや、今日はいける気がします!」
「よし、サトルくん。応援、応援しよ!」

 スタジアムの応援が盛り上がる。伊月選手の応援歌が流れる。
 伊月選手は、ゆっくりとバッターボックスに入り、ピッチャーを(にら)む。自分で決めるつもりだろう。

 初球はゆるいカーブ、2球目はチェンジアップで、打ち気を削がれたようにツーストライクと追い込まれた。
 普通なら次は1球外すだろうが、裏をかいてストレートもあるか。

 ピッチャーがちらりと2塁ランナーを見やり、クイックで投球する。伊月選手はフルスイングでボールを弾き返す。
 ライナーでセンターの前に落ちる。当たりが良すぎて、ランナーは3塁を回ったところで止まった。

「うわぁ、今のはさすがに帰って来れないか」

 サトルが(つぶや)くと、テツヤは立ち上がって、次のバッター、五番モーガンに声援を送る。

「頼むぞー、モーガン! 決めてくれぇ!」

 モーガンは落ち着いた様子で、サインを確認してバッターボックスに立つ。
 ピッチャーが3塁ランナーをじっと見て、投球動作に入る。

「走った!」

 おそらくランナーの挙動が目に入ったであろう。ピッチャーはボールを外そうとしたが、モーガンはバントの構えでボールに飛びついた。

「スクイズだ! モーガンがバントって、初めてじゃないか?!」

 モーガンのバットに当たったボールは、1塁線を転がる。ファウルにはならず、突進してきたファーストが捕球し、そのままグラブトスでキャッチャーへボールを送る。
 ヘッドスライディングでホームベースへ飛び込むランナーに、キャッチャーがタッチを試みる。

 ……主審は、手を真っ直ぐにして、両腕を広げた。

 スタジアムが大歓声に包まれる。
 ミカが、サトルに抱きついた。

「サトルくん、これ、サヨナラだよね! 勝ったよね?!」
「勝ちました! モーガンの初スクイズ、成功です!」

 アカネとテツヤも、抱き合って喜んでいた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ヒーローインタビュー、面白かったね」

 スタジアムを出て、4人は歩きながら、興奮して話し続ける。

「ミカさんは大爆笑してましたね。通訳の人が結構、意訳してたような感じでしたけど」
「サイン見てから心臓バクバクだったって、そんな風に見えなかったよね」
「役者でしたね。完全にいつものバッターボックスでの動作でしたから」

 アカネとテツヤが、駅の改札前で振り返る。

「最高の試合でしたね。また(みんな)で観に来ましょうね」

 アカネが満面の笑みで言うと、テツヤがサトルを手招きした。

「サトルさん、おれ、今日楽しかったです。あの、メッセージのID交換しませんか」
「いいよ。これ、QR読んで」

 テツヤがスマホをかざして画面のQRコードを読み取りながら、小声で(ささや)く。

「もっとアカネと一緒に過ごすようにしますね。また相談しますから、よろしくです」

 アカネが首を(かし)げる。

「何? 男同士の内緒話?」

 改札を通り過ぎて、テツヤがアカネと手を繋ぐ。
 もう片方の手で、サトルたちに手を振りながら去って行った。手を繋がれて(うつむ)いたアカネの表情は見えなかったが、嬉しそうにしてたと思いたい。

 逆方向の駅へ歩き出すと、ミカが悪戯(いたずら)な笑みを(たた)えて、手を差し出した。

「私たちも手、つなぐ?」
「そんな、お手みたいにされても……」

 サトルの返しに、ミカが、頬を膨らまして早足になる。

「じゃあ、いいですよーだ。もう知らない」

 焦ったサトルは、小走りでミカに追いついて、顔を(のぞ)く。別に怒ってはいないようだ。

「あのね、こういう時はすっと手を握ればいいの。だからサトルくんはモテないんだよ」
「え、えと、手をつなぎ……たいです……」

 ミカがニコッと笑って、もう一度、手を差し出す。今度は、すぐにサトルも手を伸ばして、ミカの手を握る。

「やっぱり、お姉さんの教育が必要なようだね。色々教えてあげるよ」
「いや、ミカさん年下じゃないですか」
「2つしか違わないのよ、社会人なら誤差でしょ。それに、精神年齢は私の(ほう)が上だと思うけど」
「それは、間違いない」

 ふたりは笑う。

「アカネとテツヤくん、仲直り出来ましたかね」
「大丈夫だと思うよ。うーん。でも、テツヤくん次第かな」
「僕たちも、これからどうなるんでしょうね」

 ミカが、サトルを見て微笑む。

「サトルくん次第かな」

 ギガントパンサーズは、借金15。自力優勝消滅の危機。
 今日の勝ちで勢いに乗れるのか、それとも、このまま沈み続けるのか。

 手を繋ぎ歩きながら、今日の試合を楽しく振り返るサトルとミカ。
 夜空には、まばらな星たちがキラキラと輝いていた。
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