1章サイバーランナー 04

文字数 4,058文字

”だーかーらーナイトハルトが、出たの!”
「はあ?」
俺はいきなり電話してきたノートの珍しく息巻く声に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
”出たの!出た!出た!そりゃもう、おっきい感じでっ”
「出た出たおっきいのでたーって、お前今トイレの個室で喋ってんだろ?勘違いされるぞ」
”ふ、ふざけんなーっ、女子に便秘の話とか何考えてんだおらぁー”
どうするか・・・こりゃこの興奮は冷める様子はないな。
さっき保護者当てに来たメールはこれが原因か。
俺は片手で耳に当てているスマートフォンとは別に使っている仕事以外に使うフューチャーフォンを取り出す。
その液晶画面には表示されていたメール内容には”不測の事態”の為、
全学年は一斉下校及び関係者への警察の事情聴取が入るという事。
なお、高校並びに生徒は無事であり状況が解り次第、追って情報を伝えるとの旨。
最後にはこうある。
 ”なおマスコミへの取材は一切答えないように願います。(匿名であっても、生徒へ事情聴取が及ぶ場合がございます)”
「解ってる・・・どうせナイトハルトがらみだろう?」
”解ってるなら最初から言ってよ!”
「お前があれやこれや言ってるんだろう・・・いいかノート、今可能な範疇で良いから拾える情報は拾ってくれ。
ちなみにだがまさか俺達の事ではないだろうな?」
俺はフューチャーフォンを閉じて、店内を歩き回りながらせっかく開店準備を整えたレナスの
”臨時休業”の準備を始めた。
”今回はなんか宣戦布告みたいなことして生徒がカオス。
てか情報拾えってマジで言ってんの?!今警察やらマスコミやら大変なんだからっ”
「いいか、昨日の様子から言えば間違いなくアイツらは腕利きだ。
そのナイトハルトが右左高を探ってんなら必ず俺達の事も嗅ぎつけるはず。
ならそうなる前に先手を打つ必要がある」
そう言うと電話越しでもノートのため息交じりに悪態を付いている様子が容易に想像できた。
”くそう、ナイトハルトのやろう~てか今日迎えに来てくれるんでしょ?運動場いまドライブスルーの線引いてるよ”
「可能なら迎えに来いというんだから仕方がない。愛車のエヌでひとっ走りするよ」
”はぁ~いい加減乗り換えてよぉー私が4・5歳の時からN-ONE乗ってるじゃん。あんなポンコツガソリン車のどこがいいの?!
周りほとんどEV車なのに・・・しかもあの色、センス疑うわ・・・”
ノートは俺の長年の愛車であるホンダN-ONEをとことん貶す。
あんなにいい車なのになぜああも毛嫌いするのか俺が逆にセンス疑うわ・・・
”と・に・か・く!迎えに来てよ!じゃあね”
ピッ!とおもむろに通話が切れる。
(ノートの奴・・・通話はちゃんとバースト通信にしてるんだろうな)
お互い持ってるガジェットはヤバい代物だけに盗聴の類は警戒に余念がない。
まあノートの事だ。俺よりしっかりしてるし、まあ大丈夫だろう。

俺は堤 幸太郎(つつみ こうたろう)。
え、ノートから聞いたって?まあそんな硬いこと言わずに。
お互い血は繋がっているわけではないがもうお互い十年以上一緒に住んでる。
なんていうのか、保護者兼、友達兼、親兼なんて・・・その辺のことは追々。
自身の子供を持ったことは無いが、子育てすると時が過ぎるのを感じるのは早いという。
こうやって電話でノートとやり取りしてるとそんなことを身にしみて感じるようになっていた。
ヤバい、このままではおっさん一直線。もっとフレッシュマンでなければ、老けるっ。
まあ今では俺の”仕事”も手伝うようになり、なんか不思議な関係だ。
てか俺は誰に向かって話してるんだろう・・・それこそおっさん一直線じゃないか。
早いとこ看板下げてノートを迎えに行こう。
それに、俺は昨日の一件もあって方々ナイトハルトに探りを入れている。
アイツのやっていることに興味はないがアイツの”手腕”には純然たる好奇心があった。
今日は夜に別件の仕事も入っている、用事はいつも度重なるものだ。
「ふう、このクソ忙しい時に・・・しかし、あいつ何者なんだ」
「何者なんだろうな?」
いきなり背後から渋く深い声を掛けられる。
「ぬぉ!あ、ああ、御堂さん、おはようございます」
「おはよう堤さん、朝から騒がしいね・・・とまあ言ってももう10時回ってるケド」
クソっ、こんな時に限って厄介な奴に出くわす。
このひょろひょろした風貌で俺よりも一回りも二回りも長身の男の名は御堂 晴(みどう はる)。
年齢はたしか40代後半ぐらいだったはずだが実際その印象はもっと老けて見える。
「コーヒー飲みに来たんだけど・・・なんか忙しそうだね」
「すみません御堂さん。今日はノートの奴の学校がなんか臨時休校するみたいで、迎えに行かなくっちゃならないんだよ」
「知ってる知ってるっ、あのーあれでしょ?そう、ナイトハルト。うん、そう、ナイトハルトだ。大変だよねぇ。俺にも連絡来たよ」
そう言うと御堂は忙しいと解っているにも関わらずカウンターに腰かける。
「じゃあ御堂さんは警察なので忙しいのでは?」
「忙しいのは担当者と所轄のドサ周り連中だけ。いいの俺は」
いつものようにトントンとカウンター机を指で二回ノックする。
「一杯で良いからさ。エスプレッソ、お願い。ガッと入れてすぐ退散するから」
「・・・解りました。お待ちを」
くそ、仕方ない。

俺は取り急ぎカウンターまで戻りエスプレッソのカップを棚から取り出す。
「ノートちゃん、いくつになったの?」
「・・・・・・十五になります」
「時が経つのは早いねぇー2年前はあんまり姿見なかったのに・・・最近は良く店に顔出すじゃない」
エスプレッソマシンを起動して、豆を入れる。
「ええ、年頃なのか、私の仕事手伝いたいなんて言って、はは・・・」
「ふうん、コーヒーだけじゃなくて、そこの電子機器やらも詳しいみたいだけど・・・なんか良からぬことさせているんじゃないだろうね」
「そんな、まさか。喫茶店が好きなんですよ。ほら、あの年代って好きでしょウエイトレスとか」
「ああ、そう。そう。わかる。そうだよねぇ、年頃だよ。”おとーさん”」
カップをセットし、抽出ボタンを押す。
「・・・・・・ミルクは?」
「いつも入れてるでしょー?頼むよ、もう知らない仲じゃないんだし」
白々しいこと言いやがって。
エスプレッソマシンから程なく蒸気が湧き出る。
来い焦げ茶色の液体が小さな摘まみ上げるほどのカップにゆっくり注がれる。
「となると、俺もちょっと忙しくなるなぁ。堤さんもさ、なんかあったら言ってよ、相談に乗るから」
「ありがとうございます」
エスプレッソへミルクを注ぐ。
「お待たせしました、エスプレッソです」
「ありがとう」
御堂はカウンターに置かれたエスプレッソコーヒーのカップを摘まみ上げるとまず鼻先で香りを楽しむ。
そして一口。
風味を味わった後は、その後二口三口と口に運んで飲み干した。
イタリアなどでおなじみのエスプレッソは基本量は少ない、含有するカフェインが多いからだ。
「・・・ふう、ごちそうさま。いや、これを飲まないと一日が始まった気がしなくてね。ここ特に安いし」
「今日は閉めてしまいますが、またいつでも飲みに来てください」
スツールから立ち上がり、カウンターを後にして出口に向かう御堂。
すると、いきなり踵を返した。
「そうするよぉ――――――――――――とぉ時に、堤さん!」
お決まりの急に声のトーンを上げて本題を持ち込む。解ってるんだよそんなこと。
俺は目を細めて言った。
「はい、なんでしょうか?」
「最近はどうなの?お店、繁盛してる?」
「いえ、いつものように閑古鳥ですよ・・・ハハ」
「にしては、飾っている”おもちゃ”は沢山売れてるみたいじゃない」
「まあ、ここは”そういう”お店ですので」
「・・・・・・ふぅん、邪魔したね。それじゃまたね」
「ありがとうございました、お気をつけて」
御堂はそういって店を後にした。

クソ御堂が、調子に乗りやがってー。
ああ、ノートに口が悪いと言った癖にこの体たらくだ。
だがしかし、お前の事はお見通しだぞ御堂。
市の所轄刑事?ご冗談。
京都府警サイバー犯罪対策課から派遣された捜査員・御堂がこの店に目を付けたのは二年前。
当初は別件によるものだったが、刑事の嗅覚がざわつくのか俺やノートの事をあれこれ探りを入れている。
本部に送るデータ・報告書は逐一掠め取って拝見しているが、御堂はあまりサイバー関係に疎いのか(よくなれたな)
いまいち何を考えているのかわからない。
雲を掴むというのか、なんというのか掴みどころがない奴なのだ。
(刑事というのは皆ああなのか・・・なんにせよ御堂には一切悟られてはいけない)
俺は正面ドアにcloseの看板を下げるといそいそと車のキーとノートパソコンを持って店を出た。
「なんでノートパソコンなの?」
「ぐっ!御堂さん・・・行ったんじゃなかったんですか?」
「忘れ物☆」
そう言うと店の外に置いてある傘立てから自身の持参下であろう傘を引き抜いた。
「雨、午後からきつくなるって。車でも傘持っていきなよっ」
そういうと御堂は俺をみてニヤニヤ不適に笑みを浮かべる。
話に夢中で気づかなかった。
外はいつの間にか黒雲が立ち込めシトシトと小雨を降らせ始めていた。
「・・・ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。それじゃあまた」

だーもーうっとうしい!!
俺は駆け足でテナントビル横の駐車場に行くと愛車のエヌに飛び乗ってエンジンボタンをプッシュした。
軽自動車ならぬ小気味いいイグニッション音を響かせエンジンが起動した。
カスタムにカスタムを重ねたマイ専用機。
EV車主流になった時代でもその機動力はお墨付きだ。
この間、近所を取り締まる交通課がすごい顔で睨んできたけどきっと俺の気のせいに違いない。
「はぁ、やっぱりこいつが一番頼りになるよ」
”ありがとうございます。今日も一日頑張りましょう!”
僅かなぼやきも拾い上げたのか車に搭載されたナビゲーションシステムAIが答えた。
「・・・はぁ、もう知らん」
呆れつつ俺はシフトを変えてアクセルを踏み込み、取り急ぎ右左高へと車を走らせた。
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