1章サイバーランナー 01 

文字数 4,777文字

「それでね、そしてね、思うのですよ・・・世の理は」
「御子神さん、そのくだりさっきもやったのでは・・・・」
いたいたいた。ああ、駄目だっ。
今日は御子神(みこがみ)さんが来ている、鬱陶しいなぁ。
私は部屋から飛び出て、一早くこの情報を彼に伝えなけばと思い奥の店先に向かったが
あいにくお邪魔虫がいるようだった。
カウンターにもたれ掛かって、一番安いブレンドコーヒーでダラダラと愚痴るこの男の名は
御子神 台(みこがみ うてな)たぶん偽名、いや、間違いない。
私達の店兼住処のガジェットカフェ・レナスの上の階でうさん臭さ全開の占いとスピリチュアルカウンセラー?(よくわからん)を
営んでいる黙っていればまあまあイケメンの長身青年だ。
予約の客が終了して早く閉店できればうちに来てやっすいコーヒーで時には何時間も入りびたる迷惑客でもある。
「!!おお、ノートちゃん、こんばんは!タブレット持ってきて勉強かい?!わからないことがあるとか?!
僕に聞きなよ!こう見えてもボカァ都立大学出てるからねぇ~」
「こんばんは、御子神さん。さっき外の非常階段からすごい剣幕した女の人が上がっていってましたよっ、
ヤバいんじゃないんですか?」
それを聞くなり御子神さんはススっていたコーヒーでムセた。
「ぶっ!ま、マジかっ、ああ、ありがとノートちゃん!ちょーと行って参りますゆえ!」
御子神はコーヒーカップを無造作に置くと急いで外に飛び出し―――。
「御子神さん待ってっ!」
おっと、うやむやにしようたってそうはいかないんだからっ
「何々何なの!」
「お代っ!」
「・・・・・・っ!」
カウンターに千円を叩きつけて行ってしまった。
「うん、アイツ3杯オカワリしたから正直足りんのだけどね」
「コータロー!もうちょっと強くいったら?!誰にでも優しくしたら付け込まれるだけだからね」
「誰にでも優しいわけじゃないさ、同じテナントビルのいわば”お隣”さんみたいなもんだし。
でもまあ、正直しんどい時はあるな。もう少し空気とか読んでくれてもいいんだが・・・てかまた嘘ついたなっ
いい加減やめとけよ」
コーヒーカップを手に取って流しに持っていきながら彼は大きくため息をついた。
「あいつ、女癖悪すぎ!代わる代わる泣いている女の人見るのが嫌なの。いい気味よあんな奴。
地獄に堕ちろ!クズやろー」
「コラ、口。まあ、口が悪いのは俺のせいでもあるがな・・・」
そう言って彼は先程まで触っていたスマホを古風なPCに繋ぐ。
また”脱獄”でも頼まれたのだろう。

ここは私の住んでいる家そして店。
店の名はガジェットカフェ・レナス。
コーヒーやジュースを楽しみながら、怪しいデバイスを弄ったり、表にはできないものを売ったりする
Cyber ​​Runner(サイバーランナー)の私にとってはとぉーてもすてきな命の次に大事な所。
そして目の前にいる40代目前で毎日洗面所でしわ対策化粧水を塗りたくる無駄な努力をする彼の名は
堤 幸太郎(つつみ こうたろう)。
みんなコータローと呼ぶので私も小さい時からそう呼んでる。
まあ私の”一応”師匠兼・・・まあ、その保護者をしてくれている・・・訳あって。
デバイスとコーヒー弄らせたらこの界隈で右に出るものはいないと思う、たぶん。
ん、私?
ん、ふ、ふ、ふ、ふ。
よくぞ聞いてくれました。
現役JKにしてなんとあの北○○の工作員にもハッキング大会で凹殴りしてやった(だけ)の
自称スーパーサイバーランナー!
通称ノートこと、雷 能登(らい のうと)とは私の事。
え、苗字が”堤”じゃないのかって?
うんまあ、そのくだりは追々ね。
「なにニヤニヤしながらひとりでブツブツ呟いてるんだ?独り言・・・担任の先生も”怖いです”って言ってたぞ」
「マジ!?あのムッツリーニそんなこと言ってたの!?アイツ高校教師が日本のサラリーマン年収上位に入っているから
調子乗ってんだって!アイツのスマホのデータ晒してやろうかっ!ちきしょーめ!」
私は若干腹立ちまぎれにカウンター前のスツールに座った。
「やれやれ・・・もういい歳の女の子だろ、もう少しおしとやかにしたら?」
「いいの、そうしないと”虫”がまとわりついて鬱陶しいから。汗臭いガキばっかり」
「その発言は怖すぎる・・・・」
コータローはそう言いながらいつものようにホットミルクオレを入れてくれた。
私が寝る前にはいつもこれを入れてくれる、嬉しい、ありがたい。
てか、今はまだ就寝準備に入っている場合ではない。
「いやそうじゃないんだって。それよりも、大変なのっ」
「なにが?御子神さんの女性周りが?」
「違う!その話は終わったよ。これだよ、これ!」
私は持ってきたタブレットをコータローの眼前にずいぃと差し向けた。
「放課後アウトロー・・・ああ、あれね。あれがどうかしたの?これあいつら絶対ヤバいことやってるって、そのうち捕まるぜ」
「次、右左高(うさこう)だって」
コウタローはそれを聞いて思わず目を丸くした。
「うさこう?!マジか、次回は絶対俺も見よう。入学式の時、俺の事を怪訝な顔して見てたお前の学年主任だったらいいのに」
「何言ってんのよ、私達だったらどうするのよ?!ナイトハルトのやつ、行政にコネでもあるのかかなり細部まで探りを入れるんだよ。
私達の仕事バラされたらどうするわけ?!」
「まさか・・・考えすぎだ。これまで逆トレースされたことなんか一度もないしログを残したことなんか皆無よ皆無」
「前の証券会社の下請けに飛んだ時、ログ消し忘れて泣きついてきたの誰よ?」
「ありゃノーカンだよ!ノーカン!アイツのパソコンが2000とか恐ろしく古いOS(オペレーションシステム)使ってるからだって・・・
まあ2000を使いたがる気持ちはよくわかるがな、ありゃ名OSだな、俺もファンのひとりで・・・」
あーまた始まったこのオタクが。
私は長くなりそうな話を急いで遮ることにした。
「ねぇ、今日、ちょっくらお邪魔しにいかない?」
その台詞を聞くや否やコータローはやらしいゲス顔になる。
やっぱり感づいていたか。
「ノート、お前、なんだかんだ言って理由つけてデータ漁りに行きたいだけだろ?」
「いいじゃん別に!これも修行のうちだって!」
「何言ってんだよ!この間勝手に北○○の工作員PCに”お邪魔”しに行ったろ?!
逆探前に切ったからよかったものの、ここにテ○○ン飛んできたらどーすんだよっ」
コータローは疲れた顔して店じまいの準備を始める。
「おねがーい!誕生日プレゼント格下げするから!」
「!!・・・・・もうそんな時期か、一年なんてあっという間だな」
表のブラインドを下ろして施錠を完了させるとコータローは歩きながら付けていた異世界エルフのキャラが
微笑むエプロンをくしゃくしゃにして洗濯籠に放り込み、ジャストミートを決めたところで上半身のみをクルっとひねり
私に言った。
「グラボはミドルな」
「無理、アッパーミドル」
「はぁ?!格下げになんねーよ!」
「ミ・ド・ル・アッパー!」
私は空に可憐なアッパーカットを何度も決めた。
「・・・・はあ、俺のマシン起動しといて」
「いえーーーーーい!!」
コータローが押しに弱いことは小さいころから百も承知よ。
小さいころから・・・ね。

自室兼ダイニング兼ベッドルーム兼パソコンルーム兼・・・・。
私とコータローの間にプライベート空間は存在しないが気にしたことなど一度もない。
一緒に生活してて恥じらうとか意味わからん。
一度その話をいつもかまってくる鬱陶しいクラスメイトに話したら「えーしんじらんなぃいー」って抜かしていたな。
馬鹿じゃねーの。
いつものように鼻歌を歌いながらデバイスを起動したりアプリを起動しているとダサいジャージ姿のコータローがのっそり出てきた。
もういつでも寝れるようにしたいらしい。
「シャワー浴びたいんだが」
「後々後・・・・」
「飯食べたいんだが」
「後々後々・・・・♪」
「もう寝たいんだが」
「後々後々後ぉおおおぉおおおハリケンアッパァー♪」
しゅっ!
「もごぉぉおおおお!」
間抜け面してあくびするコータローの口にノート特製焼きそばパン(出来立て)を放り込んだ。
身内とはいえ隙を見せるからこうなる、うん。
「あ、あつっ、あつ、あ、もぐぅ、もぐ、もぐぅううう」
「うまいっしょ」
「・・・・また腕を上げたな、焼きそばがかなりスパイシィだ」
コータローにとってはいつもの事なので何ら動じることなく口に詰め込まれたパンを手に取ると
少しづつかじりながらいつもの車用バケットシートを改造したパソコンチェアに腰かけた。
「だがショウガが足りん、いかがなことか」
「ショウガ嫌い。よく牛丼に山盛り入れてるやつ何なの?ハーフ&ハーフになってたわよ」
「まったく、まだまだお子様だなぁあの良さが解らんとは」
「その牛丼食べてたの中学生ぐらいの坊主よ」
「俺がお子様だったとは・・・」
二列に並んだキーボードの一つをはじいて、まるでピアノを弾くようにコマンドを打ち込む。
クソッ、私はあんなに滑らかにキーボードは叩けない。
今度お年玉でメカニカルキーボード買おう・・・。
そして聞く人が聞けば懐かしいと感じる”PC98起動音”が鳴り、私とコータローが合作した
ダイビング(不正アクセス)システムを起動した。
私もいつものフカフカチェアの腰を据えてモニターする。
「んで、当てはあるのか?」
「もち。ナイトハルトのアカ(アカウント)とIPアドレスは取得済み」
「どうやって?アカウントから探るのはともかくIPアドレスは中々のもんだぞ」
私は手元のキーボードをコータローの湾曲モニターに詳細ウインドウを表示させた。
ああ、ちなみに私達はマウスやポインティングデバイスの類は一切使わない。
コータロー曰く、早さは命。故にキーボードらしい。
用は俺はオタクだといいたいんだろう、と解釈しておこう。
「こいつのアーカイブ動画に晒上げたものに比較的小規模の小学校があったの。
しめたと思ってその小学校のPC片っ端からアクセス履歴漁っていたら、間違いないと思われるものが一件」
するとコータローは怪訝な顔をしてこちらを見た。
「おい待て待て。するとなんだ、こいつは同業者か?」
「うーん、それが解らないんだよね。アクセスログはあったけどログが残っている時点でまず変だし」
「ログを消さないということは、正規ログインか?」
私も思わずうなりながら腕を組み考える。
「そうなんだよね。にもかかわらず、それをわざわざ外部からのアクセス・・・・何か事情でもあるのか」
「妙な奴だな・・・そのナイトハルトという輩は・・・」
コータローは頭をかきながら持ってきたアイスカフェオレを口にした。
「私の分は?!」
「すぐそこ」
「おおっ?!いつの間に・・・ありがたき幸せ」
すぐそばにあったタイプライター式キーボード横のマイマグカップに注がれたカフェオレを口にする。
ずずぅー、んまいぃ。
「とりあえずだ、その妙な部分を含めてそいつのノード(端末)を漁れば何かわかるだろ。
次回予告があったということは既に情報を入れている、もしくは既に動画も作成済みかもしれん」
「そのつもり、私らに関係なかったらとっとと切ってネトゲする」
「もし俺達の情報が出てたら?」
「コロコロする。(端末壊す)クレカとマイナンバーと電話番号うんぬんの情報晒す」
コータローは呆れた顔してる。
「絶対これじゃあ彼氏できないわ・・・だいたい毎度深夜遅くまでネトゲしてよくその体系保てるな・・・若いって素晴らしい」
コータローは最近やたら”その辺り”の心配を口にする。
私はそんなの必要ないのに。
きっとこの間歳食ったせいだ、喝を入れなければ。
「じじくさいこと言わない!病は気から!気は心の持ちよう!さあ出発出発!」
「・・・若いって素晴らしい」
コータローはそういうとナイトハルトのノード情報を入力する。

「まぁ藪をついて蛇が出ないことを祈るか」
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