桜舞う中で

文字数 577文字

 最後の制服姿を噛みしめる者。
 別れゆく友との時間を惜しむもの。
 後輩に囲まれて、制服のボタンをねだられるもの。
 最後の日だからと玉砕覚悟で、意中の相手に思いを告げるもの…。

 卒業式

 本来なら晴れやかな日のはずだけれど僕の心は不思議と動かなかった。

 耳にカナル型のイヤフォンを差し込み、スマホを操作してお目当ての楽曲を再生する。

「私、この曲が好きなんだ…。」

 嬉しそうにそういう彼女の声が聞こえた気がした。

 津田朱里「愛する心」

 彼女の弟がハマっていたゲームで流れていたのを聞いて好きになったと言っていた。

 それぞれの夢を選んで別れる日こようとしてもたどり着く未来(みち)は必ず

 クリアな女性ボーカルの声が心に刺さる…。

 大人しくて、可愛らしい印象の彼女が好きだった。
 目立つことが嫌いで、教室の隅で本ばかり呼んでいた僕に話しかけてくれた彼女が好きだった。
 黒目がちの目が好きだった。
 抱きしめたら折れそうな華奢な体つきが好きだった…。

 だけど彼女は卒業式の前日、図書委員の後輩から告白されて、付き合い出した。

 卒業式の日の今日、彼女にこの想いを打ち明けようと思っていた僕は不戦敗した。

 いつの間にか曲が変わっていた。

「届かない恋」

 今の僕にはぴったりな曲だな…さぁ帰ろうか…。

 3年間通い慣れた学び屋を振り返る。
 二度と戻らない、大切な季節を噛み締めながら…。
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