第13話  崩壊世界でキミは……

文字数 5,008文字

「タクちゃん……二十歳になったら絶対またここで会おうね。次に会ったらその時は……」

 懐かしい声。
 鈴が転がるみたいに、耳に心地よくてずっと聞いていたくなる声。
 菰野春花(こものはるか)の声が聞こえる。
 今でもハッキリ覚えている、中学の卒業式の日のこと。
 両親の転勤の都合で、俺たちの住んでいたT市から遠く離れた首都圏に引っ越すことになった彼女は、式が終わった後に俺の第二ボタンを取りに来て、そして微笑みながらいったんだ。

 多分俺たちはお互いに、好意を持っていたと思う。
 だけど卒業式の日、俺たちはそれを口にすることはなかった。
 その代わりに口にしたのが【約束】だった。
 再会の約束。
 必ずまた会おうと、その時は……。
 言外に込められた意味は、恐らく二人とも理解していたと思う。

 だから俺はその日を待ち望んで生活をしていた。
 進学した高校で、告白されたことも2度あったけど、約束を信じてその全てを断っていた。
 そして特に彼女が出来るわけも無いままに高校を卒業し、あと2年と何度も心で呟きながら大学へと進学した俺は、やはり余り代わり映えのしない日々を送っていた。
 そう後たった2年我慢すれば、もう一度春花に会えるのだと思えば、代わり映えしない日々も楽しいものだった。
 そう……楽しいものだったのだ。

 あの日が来るまでは……。
 俺が楽しいものだったと、敢えて過去形で言ったのには意味がある。
 春花と再会するまで残り1年となった頃。
 アレが起こったのはそんなタイミングだった。

 特にする事もない夜を過ごしていた俺は、つけたままにしていたTVに何の気なしに視線を向けた。
 そこには無駄に高いテンションで大はしゃぎをしながら旅先を練り歩くバラエティが写っていた。
 在り来たりな内容で、大して興味を引くものでもなかったのでチャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばしたとき、突然画面が乱れて耳障りな音が流れ始める。
 俺は何が起きたのかと手を止めて、画面を凝視する。

 【緊急速報:内閣特殊機関付広報部発令】

 見慣れない文字列が画面に映し出される。
 聞いたことも無い組織の名前だが、その文字列はとても不安を感じさせるものだった。
 画面にはその文字が表示されたままで、映像などは流れないままだったが、しばらくして慌てふためいた声音の男性の詞書き超え始める。

「現在首都圏で大規模な暴動が起きています。人や動物が突然凶暴化して、周囲に居る者達へ無差別に襲いかかるという事態が発生しました。原因の究明が急がれていますが、皆様は急ぎ帰宅して外出をしないようにしてください。くりかえします……」

 一瞬何を言っているのか解らなかった。
 そんなゲームみたいな話しが起こるはずがないだろうと、笑いそうになり、しかし男性の真剣な声色のせいで笑う事も出来ない。

「馬鹿らしい……バイオハザードかよ……アンブレラ社が実在でもするのかっての」

 少し声が震えている。
 しかし強がり半分でそう呟くと、俺はテレビの電源を落とす。
 この時は一過性の、そう例えば集団ヒステリーとかそういった類だろうと思っていた。
 すぐにこんな騒動は収まって、日常に戻り、やがてそんなことも有ったなって言う話になると。
 春花と再会したときに話の種になるなって言うくらいに。

 だけどその悪夢は、一過性のものではおさまらなかった。
 続々と入るニュースで最悪のシナリオが動き出していることを、理解するしかなくなった。
 首都圏だけではなく、遙かに離れた北海道や、西日本でも瞬く間に同じような現象が発生し始めたのだ。

 それまで普通に生活していた人が、突然に理性を失い近くに居る生き物に噛みつく。
 噛みつかれた生き物も、同じような症状を発症して、また別の生き物に噛みつく。
 あえて生き物と表現したのは、対象が人間だけに限らなかったから。
 犬や猫などの動物もその対象に含まれていた。
 まだハッキリとしたことは解っていないが、動くものに反応して噛みつきに行くという説も出ている。
 とにかく日本全土でこの症状は発生し、噛みつかれたものが新たに噛みつく事により感染が拡大するため、その数は爆発的に広がっている。

 そんな騒動が始まってから1月が経過したとき、また新たな情報が飛び込んでくる。
 感染者が人ではないものに変質しているという噂。
 いわく感染したものは、食事をとることも寝ることもしない。
 それなのに平然と生き続けている。
 それは生物学上あり得ない。
 つまり感染したものは、人や猫や犬といった俺たちのよく知る生き物では無い何かに変わってしまった。
 そういう説が広まっていたのだ。

 いつの頃からかTVは壊滅しており、今はネットの海に散らばる根拠のない、だけどそれっぽく聞こえる個人の考察に頼りながら、その中から真実を拾い集めなければならなくなっていた。

 そんな中で、一つの特例措置が実施されることになったというニュースが流れた。
 緊急避難を超法規的に解釈するという措置。
 つまり今生き延びている、非感染者達がその安全を確保しうるに際して必要であれば、感染者を撃退するために武器を用いての攻撃を許可する。
 ざっくりというとそういう話。

「ますますバイオの世界になってきたな……」

 ソーラーパネルで辛うじて充電をしたスマホの画面で、そのニュースを確認した俺は、そう呟いた。
 もうどのくらい会話をしていないのかと考える。
 俺の住んでいるT市もかなりやばい状況になっているようで、非感染者は家などに閉じこもって表に出てこない。
 水道と都市ガスは辛うじてつかえる状態ではあるが、電力やプロパンガスは不安定になってきていて、俺の住んでいる地区は送電が期待できない状態になっている。

 買い物に出ることも出来ず、そもそも店舗に商品が届いているかも怪しい状態で、皆息を殺し下手をすれば水だけで飢えをしのぎ、息を潜めて生きている。
 だから誰かと会話することもない。
 こんな状態になってすぐくらいは、DEXとかPINEの通話機能を用いて、連絡を取り合う友達も居たが、いつの間にかそいつらとも連絡がつかなくなっている。

 DEXに一言をポストしても、返ってくる反応は激減している。
 俺のフォロワーさん達も、無事では居ないのかもしれないなとふと考える。
 そんな中、万が一に備えて自作した釘バットを抱えるようにして、壁に背中を預けて目を閉じる。

 不幸中の幸いなことは、漫画やゲームみたいに感染者が怪力を持つようになったり、高度な知能を有していたりしないこと。
 奴らは家の中に侵入してこようとはしないし、バリケードやトビラを破壊するほどの力は持ち合わせていない。
 だから部屋の中に閉じこもってさえ居れば大丈夫と言われている。
 だが万が一に備えて、片時も武器を手放すことは出来なかった。
 こうして釘バットを抱え込んで、僅かばかりの安心を得て、俺はゆっくりとまどろみ始める。

「タクちゃん……私ね、遠くに引っ越し事になったんだ」

 卒業式の1週間くらい前だったか、いつものように放課後の教室でどうでも良い会話をしていたときだった。
 突然なんの前おきも無く春花が言った。

「え……いつ?」

 意表を突かれたからか、俺はそんなつまらない受け答えしか出来なかった。

「一応ね、卒業式には出られるよ。それだけは必死にお願いしたから……でね、ここからが大事なお話。タクちゃんさ、卒業式の後に……私にさ、第二ボタンくれない?それとも誰かにあげる予定がある?」

「え……いや、別に誰にもあげる予定なんかないけどさ、なんだよ春花、俺のボタン欲しいの?」

「んー、まぁそうね、記念?思い出?そんな感じかな。ほら私と仲の良い男子ってタクちゃんだけじゃん。卒業式だしさ、この街での思い出……欲しいかなって」

「……ん……まぁ、他に上げる奴いないし、別に良いけどさ」

 春花の顔がほんのり赤らんでいたのは、窓から差し込む夕日のせいだったのだろうか。
 そして俺の顔が温かいのは、なぜだったんだろうか……。

 耳障りな通知音で、俺はまどろみから現実世界へと引き戻された。
 何事かとスマホを手にして画面と開く。

 【首都圏壊滅、非感染者見込み0に】

 衝撃的な見出しが映し出され、その下には動画のリンクが張られていた。
 震える手でそのリンクをタップする。
 首都圏と言う言葉に、俺の背中に嫌な汗が流れる。

 開くな……見るな……

 俺の名玉の中で誰かが必死に叫ぶ。
 しかし俺の指は、リンクを性格にタップしてしまっていた。
 クルクルと歯車が回り始めて、読み込みが開始される。
 最近は通信環境も悪化してきているらしく、4Gすら安定しない状態なので、読み込みには時間がかかっているようだ。
 その間もずっと、俺の頭の中では閉じろ、今すぐ閉じろと言う声が響いている。
 見るな、見たら後悔する。
 そんな予感を感じては居る。
 しかし何故か俺の手は閉じるボタンを押すことはなかった。
 クルクルと回る歯車が消えて、黒い画面が映し出される。

「コレを見ている人が居たら……伝えてくれ。我々はずっと学校に立てこもっていたが、奴らは進化している。もう建物の中は安全じゃない。奴らは建物の中にも侵入してきた。俺の他に居た奴らは全員殺された。奴らはもう以前のままじゃない……以前は噛みついて感染を拡大させるだけだったが、今の奴らは俺たちを殺しに来ている。」

 そこで音声が途切れ、見慣れない中年の男の顔が映し出された。

「俺の名前は近藤直之(こんどうなおゆき)、T大文学部の助教授をしているものだ。だれか近藤雪菜(こんどうゆきな)近藤武博(こんどうたけひろ)を知っていたら伝えてくれ……俺の最後を……一応最後まで頑張ってはみる、だが………」

 そこで急に男の顔が恐怖に引きつる。
 それに重なる断末魔の叫び声。
 録画された画面が激しく揺れて、近藤直之と名乗った男の身の上に何が起きてるのかを、嫌でも実感させる。
 スピーカーごしに聞こえていた男の叫び声がどんどんと小さくなり、それに重なりなにか湿った布を叩くかのような、グチャッともビチャっともとれる鈍い音が聞こえる。
 そして力尽きたのか男の手からスマホが落ちたようだ。

 辛うじて差し込む光で照らされた天井だけが映し出されている。
 俺は後味の悪い気持ちを抱えながら、動画を閉じようとした。
 しかし次のシーンを見てその指が止まる。

 天井とスマホの間に割り込むようにそれは入ってきた。
 うつろな目をした茶色の長い髪をした女。
 半開きの口の周りを真っ赤に染め、興味を引かれたかのようにスマホの画面をのぞき込んでいるようで、その姿はインカメラにバッチリと写っていた。

 信じたくはなかった。
 首都圏が壊滅しても、それでもたまたま別の地域に逃げていたりするのではないかと期待していた。
 その期待は無残に打ち砕かれた。

 この日ずっと抱いていた期待も、あと少しで訪れるであろう再開の約束も、そして何としても生きようという気力も、その全てを俺は失ってしまった。

 スマホのインカメラに映し出されている、変わり果てた春花の姿を見てしまったから……。
 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 (作者後書き)

 今回はラストシーンありきで始まった作品でした。
 候補は2つあって、辛うじて生き延びた二人が待ち合わせ場所に向かうところで、主人公の目の前で春花が儚くなる……と言う案と、今回のように間接的に春花がなくなっていることを知らされるパターン。
 この2つがイメージとして浮かび上がって、まぁ拡大解釈すればコレも「恋が実らない」という条件に
 入るだろうと考えて、それでも貴方は恋をする…作品に入れてみました。

 そもそも、こういったSF的なモノは得意ではない上、バイオハザードシリーズかバタリアン、アイ・アム・レジェンド位しか知らないものですので、書く方が苦労した感じですね。
 そういう意味では、一番重要なはずのパンデミック→人が人でないものになり感染拡大の下りが
 しっかりと描けなかったことに悔いが残ります。
 コレは今後の課題だなぁと、実力のなさを痛感していますが、いつもその辺によくある感じの失恋話
 ばかりを書いていたので、たまにはこういう作風もいいんじゃないかなって開き直っていたりします。
 コレに懲りずに、今後とも内瀬緋月の作品を読んで頂けたら嬉しいな。
 それではまた次のお話でお逢いしましょう。
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