第22話

文字数 1,936文字

 いつの間にかぬいぐるみが六体になっていた。きっと混乱の最中、誰かが処分したに違いないが、誰もその事について触れようとはしない。宮古と戸羽は冷たくなった石河を彼の部屋へと運び入れ、その部屋を封鎖するようにゆっくりと扉を閉めた。
 既に日は落ちていていたが誰も食事を取ろうともせずに、おのおのは自室へと戻り、戸羽もそれに続く。皆、用心しながらドアを開けると、慎重に中へと入っていった。和香奈は何かを言いたげに戸羽へ顔を向けるが、結局、何も言葉を発せず部屋の中へと消えていく。鍵のかかる音が次々と聞こえ、当然のように戸羽も警戒しながら部屋へと身を忍ばせた。
 疲れきった身体にせめてシャワーを浴びようかとも思ったが、とてもそんな気分ではなかった。それから仮眠をとるためにベッドに寝転ぶと、目が爛々と冴え、またしても眠れなかった。
 戸羽はゴミ箱から灰皿を取り出して、昨夜封印したばかりのラークに火をともす。
 窓を開けて物置小屋を見下ろすと、喜多島由利子の姿が目に入った。シーツで覆われてはいるものの、その形はハッキリと認識できる。すると半分も吸わないうちにノックが鳴り、慌ててもみ消した。
「ごめんなさい。一人だと、どうしても心細くて」和香奈は震える声を出してきた。換気のために窓を開けて灰皿をゴミ箱に入れると、彼女を中に招き入れ、ソファーを勧める。
「僕も退屈していたところさ。眠ろうとしたけど、やっぱり目が冴えちゃってね」
 それから冷蔵庫を開けるも既に中は空っぽで、仕方がなくソファーに座り込む。
「ねえ、もう助からないのかしら、私たち」
 そんなことは無いさ、と言いかけたが、どうしても口が開かない。それを察したらしい和香奈は、貼り紙に目を向けると、わらべ歌の続きを読み上げた。
「『五人目は水遊びをしていたら、溺れていなくなった』きっと海で溺死する事を暗示していると思うわ。だとしたら……」
「海辺に近づかなければいいんだ。それに海沿いの窓にも。それなら殺されることは無い」
 戸羽の言葉に少し元気が出来たと思われる和香奈は、微笑みを浮かべながら、戸羽の手を握った。
「お願い。今夜は一人にしないで。次は自分の番だと思うと、胸が苦しくて息が詰まりそうになるわ」
 汗の匂いの入り混じった甘い髪の香りが、戸羽の神経を刺激すると、我慢しきれずに唇を迫った。和香奈もまぶたを閉じて紅潮した顔を向ける。やがて唇同士が触れ合いそうになった瞬間。
「誰か来て!」
 悲鳴のような女性の叫び声が上がった。きっと友香に違いない。二人は、はっとして我に返ると、すぐさま扉を開けて廊下に出る。既に三空と宮古の姿があり、どうやら一階から聞こえてきたようで、四人は階下へと降りていく。

「お願い! 早く!」その声は次第に小さくなり、怯えているのが感じ取れた。
 聞こえた先はバスルームらしく、大急ぎで駆け付けると、ドアの前には友香が尻もちを突いていた。彼女は服を着ておらず、裸のままで凍えていた。膝を抱えながらすすり泣く声を上げ、茫然自失なのが如実に伝わってくる。すぐさまバスタオルを掴み取り、目を逸らしながら友香に投げる。
 続けて駆け付けた和香奈はタオルを掛けながら、何があったのかを優しく問い正している。しかし、口を動かすだけで言葉が出ないようだった。
 戸羽は用心しながら中に目をやると、一見、何の異常も見られないただのバスルームに思えた。しかし一歩ずつ足を踏み入れていくと、水の張ったバスタブに異変を感じた。悪寒で震えながら中を覗き込んだとき、戸羽は衝撃の事実を知ることとなった。
「こ、古金沢さん?」彼は服を着たまま、バスタブに沈んでいた。両目をしっかりと見開いたまま、この世のものとは思えない、顔を背けたくなるようなおぞましい表情で、天井を激しく睨んでいるように見える。
 その言葉に宮古が驚きの声を上げた。
「そんなバカな。どうしてこんなことに……」なったのかと言いたげに浴室に入り込み、古金沢の体を引き上げた。
 それは正しく溺死であり、既に呼吸が止まっているのは一目瞭然であった。それから戸羽は服の上から体中を調べたが、外傷は確認できず、まるで自らの意志で沈んだように思えた。
「事故だよ事故。バスタブに浸かっていてたまたま眠り込んで溺れちまったに違えねえ。それしか考えられねえだろうが」
 しかしそれを肯定する者はいない。服を着たまま入浴する人がいるとは思えないからだ。
「このままにしておくわけにはいかない。せめて彼の部屋に運びましょう」
 戸羽は宮古と共に古金沢の死体をバスルームから運び出し、古金沢の部屋である一号室に向かった。ドアをあけ放つと、中に放り込むように床に転がし、そのまま廊下に出て二人共床にへたり込む。
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