第11話

文字数 2,862文字

「きゃああああ」
和香奈の悲鳴が上がった。戸羽を含む他の三人も、たじろがずにはいられない。
窓際にあるソファーには高財が座っていて、その額から血が流れている。一瞬躊躇するも、勇気を振り絞ってゆっくり近寄ると、戸羽は脈を計ろうと腕を取るが、既に冷たくなっていた。傍らには血の付いたガラスの灰皿が落ちていて、これが凶器であることは明白に思えた。よく見ると首にはロープの跡があり、誰かに後ろから首を絞められて、その後に殴られたものと推測できた。
「……高財さん。どうしてこんなことに」両膝を付いた戸羽は動けないでいた。
「やっぱり古金沢の仕業かな」石河は不吉なことを言った。
「いいえ、自殺よ自殺。だってドアは内側から鍵が掛けられていたでしょう? 自殺以外考えられないわ」和香奈は取り乱しながら必死で訴える。
「そんな訳ねえだろうが。首つりならともかく、このオッサンは明らかにこの灰皿で額を殴られているんだぜ。誰かが発見を遅らせるため、鍵をかけたに決まってるだろう!」
 宮古の言葉に和香奈は反論できず、押し黙ってしまう。彼女の言い分も判らない訳ではない。扉に鍵がかかっていた以上、自殺の線も捨てきれない。だが自分で灰皿を殴りつけるといった自殺方法に不自然さを感じるのも事実であり、首元にあるロープの跡も引っ掛かる。仮に高財が自殺しようとしたとすれば、何処かにロープをかけていたに違いない。だがこの部屋にそんな場所など見当たらず、肝心のロープも見当たらなかった。
カーテンは閉まったままで、そこを調べてみるが窓は内側から施錠してあり、外側からは掛けられない構造であった。しかも窓の外は海に面した断崖絶壁で、すぐ下には海面以外の何も見えなかった。
やはり他殺としか思えない。誰の犯行なのかの判断は付かないが、犯人はロープで高財の首を絞めつけ、気絶させてからロープを海へと投げ捨てた。そしてソファーに座らせると灰皿で殴りつけたに違いない。鍵の件が気にならない訳はなかったが、それしかないと考えるしかなかった。
「つまり、密室殺人という訳か。これは面白いことになってきたぜ」宮古は舌で唇を嘗め回すと、早速容疑者探しに入った。「きっと俺たちの中に人殺しがいるに違いねえ。こうなったら殺られる前に殺るしかねえな。おい、石河のオッサン。確かあんたはさっきコイツを呼びに行ったよな。ひょっとしたらその時殺したんじゃねえのか?」
 それを聞いた石河は反論する構えを取る。
「そんな訳ないだろう。もし自分が殺したとすれば、鍵はどうなる? この部屋に限らず、どの部屋も外側からロックできない。どうやって施錠したというんだ。それに返り血だって浴びてない。まさかレインコートを着ていたなんて言わせないからな」
 そんな事で怯む宮古ではなかった。彼は肩を怒らせながら石河に迫っていく。
「そんなもん決まっている。もし、あんたが犯人であるのなら、ここに招待したのもお前になる。だったらあらかじめ、外からでも開錠できるような仕掛けでもしていたに違いねえ。それに同じ服もな。あんたはこのオッサンを殺した後で何らかのトリックで鍵をかけ、同じ服に着替えたんだろう? そうに決まっている。さっさと白状しやがれ、この人殺しめ!!」
 そこで和香奈が石河の弁護に入った。
「そうとは限らないんじゃないかしら。だってそうじゃない。石河さんが二階に上がってから、戻って来るまで五分くらいしかかかっていなかったわよね。そんな短時間でこんな大それた犯行が可能かしら。ロープだって後ろから絞められた感じでしょう? だとすればいきなりってことは無いわよね。何らかの会話を交わした後で高財さんが油断をして、後ろからロープを回したに決まっているわ。それからソファーに座らせて灰皿を打ち付けて、ドアに細工をしたうえ、さらに着替えをするなんて、とても現実的じゃない。だから石河さんによる犯行は無理に決まっているでしょう?」
 今度は宮古が押し黙る番だった。彼は臍(ほぞ)を噛むように顔を下に向けると、舌打ちをしながら部屋を去っていった。
「ありがとうございました。おかげで容疑が晴れてせいせいしています。本当に助かりました。お礼に食事でもと思ったのですが、それどころではありませんね」軽く舌を見せると、石河は他のみんなに知らせると言って階段を降りていった。
 戸羽もこの場を去りたかったが、死体をそのままにしておくわけにはいかない。せめてベッドに寝かせようと提案したが、和香奈がそれを押し止めた。
「駄目よ、死体遺棄になるかもしれないわ。気持ちはわかるけど、警察が来るまではこのままにしておきましょう」
 それから死体を調べる様に言われたが、それはさすがにはばかられた。それこそ死体遺棄になるのではないかと異議を申し立てたが、却下を喰らう。本来であれば警察に任せたいところであるが、連絡手段がないために自分たちで捜査するべきだと和香奈が主張するので、理不尽だと感じながらも調査に乗り出すことに。
高財の額には複数回殴られた跡があり、脳挫傷で死んだことに間違いはない。周辺は血の海が広がっているが、その外側に血痕が見当たらないことから、椅子に座らされてから殴られたのに間違いはない。戸羽は昨夜の二時ごろ、物音を聞いたことを思い出した。きっと犯行時刻はその時だったと確信を持つ。
所持品に何かヒントがあるかもと上着の外ポケットをまさぐるも財布と携帯電話と、後はコイントスに使ったであろうハーフダラーしかなく、その携帯もパスワードが掛けられている。しかし内ポケットから封筒が一通出てきた。表には『参加者の皆様へ』とあり、裏には何も書かれていない。中身を確認したかったが糊でしっかりと封印がされていて、開封するのはみんなの前で行うことにした。
続いてスーツケースを探るが、中は着替えくらいで怪しい物は見つからない。
 部屋を見廻してみると、戸羽の部屋と同じく童話らしき文句の書かれた貼り紙が目に付いた。和香奈もそれに気が付いたらしく、その文面を声に出した。
「『最初は縄跳びで遊んでいたら、ロープに絡まり、いなくなった……』これってもしかして……」
 和香奈の言わんとすることは判る。戸羽も同じことを考えていたからだ。
「ああ、きっとこの歌になぞられるように高財さんは殺されたに違いない。あの小説と同じだ。犯人は本気で皆殺しを企んでいるのかもしれない」
「だとすると……」
 息を呑み込んだ様子の和香奈。彼女は蒼ざめながら続きを読んだ。
「……次は棒あそびをしていたら、胸に刺さっていなくなった……」
「ああ、まだまだ続くということだ。次は誰かが棒に刺されてな」
「棒って何のことかしら?」
「判らない。もしかすると槍のような物かもしれないな。とにかく警戒した方が良さそうだ。棒に限らずな」
 それから二人は黙とうを捧げながら高財の体にベッドから剥ぎ取ったシーツを被せると、その部屋の扉を閉めた。

 その後、二人の不安は的中することになるが、そのことをまだ知らないでいた。
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