第9話

文字数 1,711文字

 ガタッという物音で目が覚めた。どうやら眠り込んでいたらしい。
 枕元にある目覚まし時計を見ると、時刻は夜中の三時。カーテンからは少し欠けた満月が透けて見えた。
 何事かと思い周りを見るが、特に変わりはなかった。戸羽はスリッパをはいて扉をゆっくりと開くと、廊下には誰もいない。あれ以来、音は聞こえてこず、他の扉も開く気配はなかった。
 扉を閉めて鍵をかけ直すと大きな欠伸が出た。どうやらまだ眠り足りないらしい。
 今度は寝巻に着替えてからベッドに入ると、自然に和香奈の顔が浮かんできた。これまでお水関係の女性としか付き合った事のない戸羽は、彼女の純粋な瞳に心を奪われていた。しかし、今度は矢代友香の姿が浮かんでくる。彼女は怖がりだが、充分に素敵だと言えた。次は伊月秋絵の番で、アイドルさながらのコケティッシュな印象はどちらかというと苦手であるが、何処かで妹のようなあどけなさが垣間見られた。その三人に囲まれながら勝手な妄想の時間を楽しむ。やがて三人の姿が一人ずつ消えたと思ったら、気が付けば喜多島由利子の腕の中にいた。彼女は真っ赤な唇を近づけながら眼前まで迫ってきた。

「うわああああ!」
 あまりの恐怖に上半身を起こすと、霞がかった視界には見知らぬ部屋が広がっている。次第に頭がはっきりすると、そこは千神島の屋敷であることを思い出した。
 ノックが鳴り、一瞬どきりとするものの、脈打つ鼓動を押さえつつ、「はい」と返事をしてからドアを開けると、そこには三空と石河の姿があった。
 二人は戸羽の悲鳴で駆け付けたらしく、心配げな表情で、どうしたのかと訊いてきた。
「すみません。ただの寝言です。怖い夢を見たものですから、つい、大声を出してしまいました。お騒がせして申し訳ございませんでした」
 言っている途中で他の者も現れた。由利子と友香それに秋絵であった。それぞれに謝罪をすると、みな呆れながらそれぞれの部屋に戻っていった。
 残された戸羽は扉を閉めると、他の四人、つまり和香奈と高財に宮古とそれに古金沢の姿がなかったことに気が付いた。その内宮古と古金沢は何となく判る。宮古の部屋がここから最も遠く、聞こえなかったのかもしれない。古金沢に至ってはずっと部屋に籠っているのだから、聞こえたとしても気にするはずがないだろう。きっと他人には関心がないのかもしれない。しかし、あとの二人は気になって仕方がない。
 和香奈は打ち解けていたつもりだったので、心配しない筈がないし、高財も参加者の中では一番親しいとの自負があったので、聞こえていたとすれば駆け付けない訳がない。
 きっと、二人とも熟睡していたのだろうと自分に言い聞かせ、再びベッドに入った。

 カーテン越しに光を感じ、ようやく目覚めると、起き掛けにカーテンを開けた。東の空に太陽が見え、カモメの声が聞こえてくる。時計を見ると七時半を少し過ぎていて、朝食の時間を三十分も過ぎていた。
 頭をすっきりさせるために煙草を取り出すと、目覚めの一服を堪能する。もしかすると禁煙かもしれないと不安に思ったが、テーブルには大き目のガラスの灰皿があるので、喫煙してもかまわないだろうと、煙を止めようとはしない。

 着替えを済ませ、朝食を取るために一階へ降りる。
 昨日のダイニングに入ると、殆どのメンバーがいたが、そこに古金沢の姿は無かった。彼は相変わらず部屋に籠りきりのままらしく、誰もその話題に触れては来なかった。食事はセルフサービスで、それぞれの席にパンとコーヒーやミルクといったドリンクが並べてあった。
 和香奈と目が合うと、隣の席に着くように誘ってきた。昨夜のことが気になったが何だか照れくさくて口を閉ざしていると、彼女の方からその話題を持ち出し、友香から話を聞いていたらしく「ごめんなさい。熟睡していたから気が付かなかったの。でも、夢だったみたいで安心したわ」と、軽く手を握ってくれた。
 高財を探してみるも、彼の姿が見えない。問いただしてみると、まだ来ていないのだという。
 仕方がないので取りあえず先に朝食を済ませることにした戸羽は、キッチンに入り食パンをオーブントースターに入れながら、コーヒーをカップに注ぐ。
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