第12話

文字数 2,666文字

 二人は階段を降りるとリビングに戻った。全体が重苦しい雰囲気だった。きっと宮古か石河が高財のことを話したからに違いない。全員が暗い顔をしながら頭をもたげていて、誰も口を開こうとしない。それは高財の死を悲しんでいるというよりも、次に殺されるは自分の番ではないかという恐怖が支配しているかのようであった。三空の話によると、ここに電話の類は無いらしい。携帯もつながらないので警察に通報する事は出来ない。予定ではあと二日で迎えの船が来るはずなのだから、それまで待つしかなかった。これ以上の悲劇が無ければ良いがと、願うばかりであった。
 手にした封筒を掲げ、戸羽は高財の内ポケットにあったことを告げた。
「もしかしてこのツアーを企画した旅行会社からのメッセージじゃないかしら?」喜多島由利子はそういうと中を見る様に催促をする。
 封を切ると戸羽は中から便せんらしき紙を取り出し、文面を読み上げた。
「えーと、『皆様、ようこそ千神島までおいでくださいました。つきましては皆様に死んでもらいます。理由は特にありませんが、中には心当たりがある方もいるでしょう。ちなみにいくら待っても船は来ません。残り短い命ですが、皆さん、わずかな余命を存分にお楽しみください。地獄の座敷わらし』だって。何かの冗談かな」
 そこで石河は言った。
「まさか。小説じゃあるまいし、今時ここまで呼び出しておいて皆殺しなんて」
 だが、その言葉とは裏腹に、彼は自信なさげにスマホを取り出してみるとげんなりとした顔になった。昨日圏外なのは確認済みだが、まさかこんな非常事態になるとは想定しておらず、助けを呼ぶこともできない。それはみんなも同様で、携帯やスマホを眺めてはため息をついたり、動揺したりしている。特に友香や秋絵はそれが著しく、二人で手を取り合っては露骨に震えていた。「もう、こんなところに居たくない。こんな事ならば来なければよかった」彼女たちは涙ぐみながら細い声で言った。
「つべこべ言っても始まらねえ、もし、その地獄の座敷遊びってのが現れたら、俺が返り討ちにしてくれるぜ!」
 その声は宮古であった。彼はドスの利いた声で、目玉を剥き出しにしながら周りを見廻している。
「座敷“わらし”です。きっと誰かのイタズラでしょう。気にすることはありませんよ」石河の発言で一旦は静まったものの、宮古は歯ぎしりをしながら依然として目をギラつかせていた。
 それでも多少は落ち着いてきたのか、友香と秋絵も死人のように蒼ざめた顔から生気が戻ったかのように赤みのある表情に戻っていく。
 しかし戸羽は事態を重く見ていた。
 地獄の座敷わらしはジョークなどでは無くて、本当に自分たちを皆殺しにしようと企んでいるのかもしれない。ディナーの際に石河は古金沢こそが大唐島惨殺事件の犯人だと述べていた。それに彼こそが地獄の座敷わらしの可能性だってある。もちろんそれは飛躍のし過ぎだろうが、全くの否定も出来ない。仮に去年の事件とは無関係だったとしても、座敷わらしの恐怖からは逃れられないのだ。もし、殺戮が起きなかったにせよ、メッセージにあった通り迎えの船が来ないことも予測できる。もしそうだとすれば、電波が入らない以上、助けを呼ぶ術は存在しないので、このまま餓死する可能性だって考えられた……。

 戸羽は部屋にある童話らしき貼り紙の事をみんなに告げると、思った通り他の部屋にも同じ貼り紙があることが判明した。
「……つまり、地獄の座敷わらしは、あの童話に見立てて殺人を犯すつもりです。皆さん、棒のような物には充分に気を付けた方が良いと思いますよ」
 宮古は中指で顎をかきながら不満を垂れる。
「その棒のような物とは一体何だ? それが判らねえうちは、気を付けろと言ったってどうしようもねえだろうがよ。向こうがその気なら俺だって黙っちゃいねえ。返り討ちにしてやるわ!」 
 すると今度は喜多島が発言した。
「それはそうかもしれないけれど、用心に越したことは無いでしょう? 備えあれば患いなしです。それにこの中の誰かさんが地獄の座敷わらしなんでしょう? だとしたらさっさと白状しなさい。これ以上人殺しをしないと約束するのであれば、何も見なかったことにします。わたくしは鬼ではありませんから」
 すると三空がすっと手を挙げた。一瞬、彼が座敷わらしだと告白したのではないかと思われたが、どうやら違うようである。
 皆が注目する中、彼は「そうとも限らんのじゃないかな」と低い口調で言った。
「どういう意味です?」戸羽はみんなを代表するかのように疑問を述べた。
「この島には我々だけしかいないとは言い切れんということだ。どこかに隠れていて、我々を疑心暗鬼にさせることがヤツの目的かもしれん」
 秋絵は石河の腕に抱きつきながら震える声を出してきた。
「秋絵、怖くてたまらないわ。どちらにしても助けは来ないんでしょう? このまま殺されるのは絶対に嫌。やっぱりこんなツアーなんて参加しなきゃよかった」
 秋絵に慕われて気を良くしたのか、石河は照れながら彼女を慰めるように言った。
「大丈夫。どんなことがあっても自分が君を守って見せますから」
 すると宮古は唇を尖らせた。
「おいおい、カッコつけるのもいい加減にしねえか。高財の死体を見た時にはあんなに情けない顔していたのによ。てめえが先に殺られないようにせいぜい気を付けるこったな」
「何だと! もう一遍言ってみろ!」
「おお、やるってえのかい。こっちは全然かまわないぜ。ずいぶん威勢がいいな。ひょっとすると、てめえが座敷わらしじゃねえのか?」
 まさに一触即発の状態であった。戸羽は二人をなだめるように両手を広げながら二人の間に割って入ってきた。
「二人とも喧嘩は止めて下さい。ここは冷静になりましょう。取りあえず、僕がこの島を探索してみます。もし誰かがいたり、怪しいところがあったりしたなら、すぐに伝えますから」
 その構えに宮古は頷くと、戸羽はやれやれといった感じで玄関に移動した。
 靴を履き終えたところで和香奈が現れて、声をかけてくる。
「私も一緒に行く。あそこで待っているのもなんだか落ち着かないし、あなた一人だと危険かもしれないわ。だって、もし地獄の座敷わらしに襲われたら、とても太刀打ちできないでしょう? 私なんかじゃ頼りにならないかもしれないけれど、一人よりもずっと安全じゃないかしら」
 嬉しい事を言ってくれる。本当は一人じゃ心細かったのだ。和香奈にその気が無いことは判っているが、戸羽は胸を躍らせずにはいられなかった。
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