第5話

文字数 3,466文字

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とちゅうで

歩道の飴を口に放り込んで

しばらく歩いた。

道は左にゆっくり伸びていた。

道の左に大きなテーブルがあって

スーツ姿の人が

テーブルに覆いかぶさるようにして

座っていた。

テーブルの前に行って挨拶をした。

「こんにちは」

返事がない。

もういちど

「こんにちは」と言ったけど

やっぱり返事がなかった。

ボクはスーツ姿の人と話すのは諦めて

テーブルの上をよく見てみた。

彼の右手は電卓の上にあって

右の人差し指と中指と薬指は

電卓をもの凄いスピードでたたいていた。

そして、ある程度たたき終わると

左手をテーブルの左のほうに伸ばす。

そこには紙がどっさり。

高さ二十センチもあるかなあ。

彼の左手は一番上の紙を取ると

自分の目の前に置いて

電卓の数字を書き込んだ。

紙を覗き込んだら

一面にギッシリと数字が書き込まれていて

下のほうの小さな隙間に

彼は数字を丁寧に書き込んでいた。

その人は眉間に皺を寄せて

真剣な顔つきだった。

書き込み終わると

スーツ姿の人は「やれやれ」と言って

左手で右の肩をトントンと叩いたあと

両腕を上に大きく伸ばして

大きく息を吸って

気持ちよさそうに大きく息を吐いた。

「こんにちは」

とボクはもう一度言ってみた。

「こんにちは、坊や」

今度は答えてくれた。

安堵感に満ちた表情で

ボクの目に視線を向けた、

「何をしているの?」

「見れば分かるだろ、

計算をしてるんだよ」

その人は

なぜそんな分かりきったことを訊くんだろう

とでも言いたげに答えた。

「むずかしい計算なの?」

「そんなことはないよ。

足し算と引き算だけだからね。

坊やにだってできる」

その人はそう言って

いま書き込んだばかりの紙を

ボクの見やすい位置と角度にした。

数字ばかりで

どことどこを足したり引いたりするのか

全然分からない。

「見せてくれてありがとう。

でもぜんぜん分からない。

何の計算なの?」

その人は

ちょっと困ったような顔をして

空を見上げてしばらくウーンと唸っていた。

「ごめんね、坊や。

実は何の計算なのかは

おじさんも分からないんだ」

ボクはちょっと驚いたので続けて尋ねた。

「えっ、何の計算か分からないのに

計算をしているの?」

「気がついたらこの仕事をしていたんだよ。

なぜこうなったのか分からないし

そんなことを考えている暇もないほど

忙しいんだ」

「へえーっ、そんなに忙しいんだ」

「見れば分かるだろ」

その人はそう言って

左側にある分厚い紙の束の上に手を置いた。

「これを今日中に

済ませなきゃならないんだよ」

「えーっ! 

今日中にこんなにたくさん?」

「そうなんだ」

その人はそう言って下唇を噛んだ。

ボクはその人が電卓を叩く速さを

思い出した。

「おじさんは電卓ものすごく速いけど

こんなにたくさんの紙を

今日中にはこなせないでしょ。

無理しないで明日にしたら?」

「とんでもない!

明日は明日で

またどっさりと

計算の紙が来るんだよ!」

その人は頬を引きつらせて

ボクをにらみつけた。

しまった、怒らせちゃった。

で、話題を変えた。

「大変なんだね。

でも、この紙ってどこから来て

どこへ運ぶの?」

すると

その人は空を指さして言った。

「私が寝ている間に

あそこから机の上に降ってきていて

計算が終わって眠っていると

計算し終わった紙の束は消えて

つまり、あそこに戻るんだけどね

そのあと

また新しい計算紙が置いてあるんだ」

そして思い出したように

「ああ、忙しい忙しい。

坊やの相手なんかしている暇はない」

両手で頭を荒々しく掻いたので

七三にきちんと整えられていた髪の毛が

ボサボサになってしまった。

でも、そんなことは

気にする余裕もないんだろう。

ボサボサの髪のまま

また左手に積んである紙を取って

電卓を叩き始めた。

「仕事の邪魔をしてごめんなさい」

ボクは小さな声でそう言って

ペコンと頭を下げた。

ボクはまた歩き出した。

そして

しゃがんで飴を取ろうとしたときに

担任の先生の言葉を思い出した。

「甘いものばかり食べていると

虫歯になりますよ」

ボクは飴を取るのをやめた。

かわりに得意の口笛を吹いてみた。

自分の大好きな歌を吹いていると

なんだか楽しくなってきた。

ボクは軽くステップを踏みながら

歩き出した。


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ここからは、パソコン向けです

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とちゅうで歩道の飴を口に放り込んでしばらく歩いた。

道は左にゆっくり伸びていた。

道の左に大きなテーブルがあって

スーツ姿の人がテーブルに覆いかぶさるようにして座っていた。

テーブルの前に行って挨拶をした。

「こんにちは」

返事がない。

もういちど「こんにちは」と言ったけどやっぱり返事がなかった。

ボクはスーツ姿の人と話すのは諦めて、テーブルの上をよく見てみた。

彼の右手は電卓の上にあって、

右の人差し指と中指と薬指は電卓をもの凄いスピードでたたいていた。

そして、ある程度たたき終わると、手をテーブルの左のほうに伸ばす。

そこには、紙がどっさり。高さ二十センチもあるかなあ。

彼の左手は一番上の紙を取ると自分の目の前に置いて、電卓の数字を書き込んだ。

紙を覗き込んだら一面にギッシリと数字が書き込まれていて、

下のほうの小さな隙間に彼は数字を丁寧に書き込んでいた。

その人は眉間に皺を寄せて真剣な顔つきだった。

書き込み終わると、スーツ姿の人は「やれやれ」と言って

左手で右の肩をトントンと叩いたあと、両腕を上に大きく伸ばして

大きく息を吸って、気持ちよさそうに大きく息を吐いた。

「こんにちは」とボクはもう一度言ってみた。

「こんにちは、坊や」

今度は答えてくれた。

安堵感に満ちた表情でボクの目に視線を向けた、

「何をしているの?」

「見れば分かるだろ、計算をしてるんだよ」

その人は、なぜそんな分かりきったことを訊くんだろう、とでも言いたげに答えた。

「むずかしい計算なの?」

「そんなことはないよ。足し算と引き算だけだからね。坊やにだってできる」

その人はそう言って、いま書き込んだばかりの紙をボクの見やすい位置と角度にした。

数字ばかりで、どことどこを足したり引いたりするのか全然分からない。

「見せてくれてありがとう。でもぜんぜん分からない。何の計算なの?」

その人は、ちょっと困ったような顔をして、空を見上げてしばらくウーンと唸っていた。

「ごめんね、坊や。実は何の計算なのかは、おじさんも分からないんだ」

 ボクはちょっと驚いたので続けて尋ねた。

「えっ、何の計算か分からないのに計算をしているの?」

「気がついたらこの仕事をしていたんだよ。

なぜこうなったのか分からないし、そんなことを考えている暇もないほど忙しいんだ」

「へえーっ、そんなに忙しいんだ」

「見れば分かるだろ」

その人はそう言って、左側にある分厚い紙の束の上に手を置いた。

「これを今日中に済ませなきゃならないんだよ」

「えーっ! 今日中にこんなにたくさん?」

「そうなんだ」

その人はそう言って下唇を噛んだ。

ボクはその人が電卓を叩く速さを思い出した。

「おじさんは電卓ものすごく速いけど、こんなにたくさんの紙を今日中にはこなせないでしょ。

無理しないで明日にしたら?」

「とんでもない! 明日は明日で、またどっさりと計算の紙が来るんだよ!」

その人は頬を引きつらせてボクを睨みつけた。

しまった、怒らせちゃった。

で、話題を変えた。

「大変なんだね。でも、この紙ってどこから来てどこへ運ぶの?」

すると、その人は空を指さして言った。

「私が寝ている間に、あそこから机の上に降ってきていて、

計算が終わって眠っていると、計算し終わった紙の束は消えて、

つまり、あそこに戻るんだけどね、そのあとまた新しい計算紙が置いてある。」

そして思い出したように、

「ああ、忙しい忙しい。坊やの相手なんかしている暇はない」

両手で頭を荒々しく掻いたので、

七三にきちんと整えられていた髪の毛がボサボサになってしまった。

でも、そんなことは気にする余裕もないんだろう。

ボサボサの髪のまま、また左手に積んである紙を取って電卓を叩き始めた。

「仕事の邪魔をしてごめんなさい」

ボクは小さな声でそう言ってペコンと頭を下げた。

しゃがんで飴を取ろうとしたときに、担任の先生の言葉を思い出した。

「甘いものばかり食べていると、虫歯になりますよ」

ボクは飴を取るのをやめた。かわりに得意の口笛を吹いてみた。

自分の大好きな歌を吹いているとなんだか楽しくなってきた。

ボクは軽くステップを踏みながら歩き出した。

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