銀弾吼える! Chapter.5

文字数 6,361文字


 外界を染める夜闇から黒月(こくげつ)(のぞ)く。
 これから起きる悲劇を享楽(きょうらく)(あじ)わわんと……。
 石造りの部屋であった。
 その面積は、教会内の人数が入れば限界ではある。
 もはや立ち入る者など存在しないが……。
 (ほこり)(まみ)れの室内は(とばり)(ごと)き暗闇に呑まれ、連なる天窓から()す月光が淡い光源であった。
 石床へと雑多に積まれた荷物の中身は、毛布や衣類といった日用品。簡易的な調理道具や防寒具も()る。
 奥に据えられた簡素な木棚にもダンボール箱が陳列されている。中身は非常食だ。とはいえ、闇暦(あんれき)()いて既製品は入手しづらい。(すべ)て自家製である。
 そんな一室(いっしつ)に、罪人は隠れていた。
 (つぐな)えぬ黒い重圧に、嗚咽(おえつ)(こぼ)して……。
「ぅぅ……ぅぅぅ……どう……して……こんな…………」
 シスタージュリザは、ひたすらに泣き濡れた。
 青い瞳から大粒の涙が落ちる。
 麗しい美貌を自責の糾弾に(ゆが)め、(しだ)れる金糸(きんし)は罪悪の羞恥(しゅうち)を隠すベールの(ごと)く……。
「何で……あの子達を……私は…………」
 血肉の味──吐きたくても吐けなかった。
 (いや)しい本能(・・)が拒否した。
 その理不尽な苦痛は如何程(いかほど)か……。
 おぞましかった。
 憎かった。
 哀しかった。
 悔しかった。
 情けなかった。
 その内に潜む〈獣〉が……。
「な~るへそ、隠し部屋が()ったか?」
「ッ!」
 慄然と振り向く!
 聞き慣れた声へと!
「冴……子?」
「はぁ~い★」
 驚愕の瞳孔に映り込む揚々。
 扉の前に立つ処刑人は、ヒラヒラと(てのひら)を振る。
 その弛緩(しかん)した笑顔は、普段と何ら変わらない。
 処刑直前の対面だというのに……。
 さりとも自然体のおおらかさは、闇暦(あんれき)の地に降り立った〈太陽〉にも思えた。
 罪人の自分には優しすぎる。
「マザーの部屋に()る柱時計……まさか、それが隠し通路になっていたなんてね」
「殺しに……来てくれたのですか?」
「……うん」
 憐憫(れんびん)を染めた〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の(うれ)いに、ジュリザは感謝を微笑(ほほえ)んだ。
 頬を伝う雫を拭う事も無く……。
「……ありがとう」
 嗚呼、慈悲を(さず)けられる。
 殺してもらえる(・・・・・・・)という慈悲を……。
「……いつ(・・)知った?」
 一転して引き締まった抑揚が、尋問(じんもん)を投げ掛ける。
「先日〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉の人質とされていた時に……」
「ヤツラから教えられた?」
「……はい」
「此処で覚醒した時には?」
「自覚は、ありませんでした」
「私に依頼した時にも?」
「はい」
「……そっか」
 気まずい間を持て余すかのように、夜神冴子は銀銃の具合を再チェックした。
 もうじき使う。
「あと(ふた)つ、()いてもいいかな?」
「はい」
「この部屋は、()?」
「避難部屋ですよ。(まん)(いち)牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉等の強襲を受けた際に、子供達を(かくま)えるように……」
「ふぅん?」
 軽い相槌(あいづち)を置いて、周囲を見渡す。
掃除(・・)は下手みたいね」
「掃除は何年もしていません。着手途中で放置されたままでしたから」
「そ」
 ジュリザの説明を流しつつ、冴子は胸中に確信を噛んでいた。
 違う。
 此処は避難部屋などではない。
 晩餐室(ばんさんしつ)だ。
 周期的な飢餓感に()いて、誰にも気付かれず(むさぼ)(ため)の……。
 ()しんば、教会の子供でなくても()い。
 適当に(さら)った(エサ)()い。
 そうして、ヤツ(・・)は欲望を満たしてきた。
 そうして、ヤツ(・・)は獣性を抑制(コントロール)してきた。
 荒れ猛る衝動を……。
 事実、此処(・・)は使われている。
 (へり)目地(めじ)へと(かす)かにこびりついた黒いシミが物語っている。
 アレは血痕だ。
「もうひとついい?」
「はい」
「〈ベート〉は、何処?」
 乾いた苦笑に、(うれ)いが首を横に振る。
 嘘ではないだろう。
 彼女(・・)を知っている。
 良心の前に()いて、嘘はつかない。
 憐れなほどに愚直過ぎる。
「私からも、ひとついいですか?」
 ジュリザからの()()けであった。
「……あの子達は、やはり私を(うら)んでいるのでしょうか」
「知んない」
 興味皆無とばかりに弾数を確認して、装填弾層(マガジン)を再セットする。
「……だけど、ひとつだけ分かった事もある」
「…………」
「あの子は……アニス達は〈()〉を激しく憎んでいる」
「そう……ですか」
 当然だ。
 憎まれて当然。
 (うら)まれて当然。
 無自覚だったとはいえ、自分は偽善の大罪人。
 それを今更(いまさら)思慕(しぼ)へ逃避しようなどと……免罪符(めんざいふ)を得ようなどと……虫が良過ぎる。
 噛み締める罪悪感。
 そんな自責へ、変わらぬ抑揚が続ける。
「だけど、アンタ(・・・)の事は慕っている……母のように」
「……え?」
 夜神冴子は、そう感受していた。
 明言されたワケではないが……。
 あの〈獣〉を()って……敵を取って──と。
 そして、ジュリザ(・・・・)を救って──と。
 はたして、それは〈巫女〉としての素質に()るものであろうか。
 それとも、利己的な自己弁護が作り出した幻聴であろうか。
 どちらでもいい。
 為すべき事(・・・・・)は変わらない。
「ジュリザ、ひとつ謝っておく」
「……何でしょう」
「私は、戻す方法(・・・・)を知らない」
「……はい」
 死刑執行を前に麗女が辞世(じせい)としたのは、(はかな)くも優しい微笑(ほほえ)みであった。
 覚悟は(さだ)まっている。
 せめて〝人間〟の内に死ねるのなら──
 彼女(・・)に裁かれるのであれば──
 これほど温情的な刑罰は無い。
「……さよなら」
 簡潔に告げて〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は銃口(じゅうこう)を定めた。
 呪われし聖女の左胸へと……。
(ありがとう……)
 受け入れた表情は静かに(まぶた)()じ、虚空を仰いだ。
 執行の数秒──ドクン──鼓動!
 ジュリザの内に胎動(たいどう)を刻み始める邪心!

 死にたい──

 ──死なぬ!

 もう充分──

 ──まだ足りぬ!

 私は罪人──

 ──(われ)こそは真理!

 私は──
 (われ)は──
 ──喰らう側(・・・・)だ!

 呑まれた!
 狡猾(こうかつ)なる潜在意思は、砂粒程度の〝弱さ〟を糸口(いとぐち)と利用した!
 生きる者ならば万人が持ち合わせる「死にたくない」という深層意識を!
「か……ぁぁァァァアアーーーーッ!」
 美しき肢体が醜い獣毛に覆われ始める!
 しなやかな女体は筋肉を増し、繊細な骨は強靭(きょうじん)な支柱と育った!
「ジュリザ!」
 悲痛な想いを叫び、冴子は白き閃花を轟かせる!
 獣化はさせない!
 未完了な段階で射止(いと)める!
 が──「跳んだ?」──()わされた!
 まさかの対応であった!
 (みずか)らの獣化途中で跳躍するなど!
 基本的に〈獣人〉が変身中に即興対応する事は無い!
 こんな大胆な奇策は初めて体験する!
()じゃないって事か!」
 続け様の発砲!
 獣の爪は天井隅を足場と噛んでいる!
 またも跳躍!
 今度は冴子(・・)を目掛けて!
「クッ?」
 (すん)でに右へと()れて、軌道から(はず)れる!
 鋭い爪が裂く空気流動を左頬に体感した!
洒落(シャレ)にならないっつーの!」
 連鎖的に左肩が(うず)く!
 トラウマに再発する(いた)み!
 獣弾は、そのまま荷物の雪崩(なだれ)へと呑まれた!
 すかさず銀銃を向け構える冴子!
 一息(ひといき)の間すら無く、咆哮が姿を(あらわ)す!
「ゥオオオォォォーーーーン!」
 狩りの邪魔と()わんばかりに切り裂かれる毛布!
 その端切(はぎ)れが、祝福喚声の(ごと)く舞い降った!
 獣化は……完了していた!



 いつの間にか教会前へと構える武装集団。
 爆弾処理服(ボムスーツ)に防弾ジャケット、肩にはライフル銃を携える。科学感をディティールとしたフルフェイスは、おそらく多機能的な役割を果たすのであろう。
 見るからに〈特殊部隊〉である事は明白であった。
 それが二〇人前後集っている。
 やがて部隊長と思われる者が整列陣形の前へと進み出た。
 毅然(きぜん)たる口調(くちょう)が、作戦指揮を誇示する。
「いいか! 情報によれば〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は、この施設内へと潜伏している。目標(ターゲット)は、()だ我々の動向を察知してはいない。速やかに発見し、連絡を取れ。連携にて確実に仕止める。尚、やむなく発見された場合は、発砲(およ)び交戦を許可する。これは、我々(われわれ)牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉の沽券(こけん)に関わる一戦(いっせん)だ。ヤツの遺体を(もっ)て、失墜(しっつい)しかけた威厳を──ぐわぁ!」
 予想外の奇襲に殴り飛ばされた!
 不敵な襲撃者は、臆する事も無く自然体に警告する。
「あんま無粋な真似(マネ)すんなよなぁ? いま、アイツは決着(ケジメ)に向かい合ってんだよ……自分自身(・・・・)と」
「キ……キサマは!」
 風にそよぐ()()げの黒房。
 鹿革のジャケットから露出を(のぞ)かせる褐色の肢体。
 アメリカン・インディアンの娘〝ラリィガ〟であった!
「ホントはさ、アタシ(・・・)の方が加勢したいんだよ……アンタ等なんかよりも。だけど、我慢してる。この決着(・・)だけは、アイツ自身(・・・・・)で決めなきゃいけない……〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉として。だから、誰も邪魔しちゃならないんだ……アタシも……オマエ達も」
 一斉に構えられるライフル銃!
「撃て! ヤツも指定ターゲットだ!」
我に繋がる総てのものよ(ミタクエ・オヤシン)!」
 憑霊(ひょうれい)
 頭上を〈雷鳥(ワキンヤン)〉の獣精が舞飛び、霊翼が雷撃の猛雨を降らせる!
 その無差別攻撃に銃撃が足踏(あしぶ)む隙に、少女の身体へと〈シュンカマニトゥ〉が駆け込んだ!
 完了する獣化!
一匹(いっぴき)()りとも、冴子(・・)には近付けさせない。生憎(あいにく)露払(つゆはら)いは慣れてるんでな」



 人狼──(いな)金狼(きんろう)〉であった!
 二足歩行(にそくほこう)に直立する金色(こんじき)の狼!
 それが〝ジュリザ〟と呼ばれし者の本性!
「ウォォォーーーーン!」
 (きら)めく獣毛をサワ立たせる遠吠えは、神々しくさえ映るも哀しい。
 同時に冴子は(さと)るのだ……。
「……もう伝わらない(・・・・・)んでしょうね」
 眼前の獣へと注ぐ憐憫(れんびん)
 野性へと染まった姿からは、人間的な知性は感じられない。
 (ある)いは、ジュリザ自身が〈現実〉を拒絶した。
 (みずか)ら、自身を殺した(・・・)
 冴子の想いを切り刻む悲嘆。
 すぐに封殺したが……。
「これ以上は奪わせない(・・・・・)!」
 発砲!
 またも横跳びに回避する金獣!
 しかし〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉とて無駄弾を消費したワケではない!
「ギャウ!」
 獣の右肩から血飛沫(ちしぶき)が噴いた!
跳弾(ちょうだん)──アンタ自身が()けようと、背後の壁を利用した跳ね返りで一手(いって)(さき)を撃つ。ま、後は先読みの化かし合いよね」
「グルル……」
 忌々(いまいま)しさのままに(にら)()える獣瞳(じゅうどう)
「だけど、アンタの不利には違いない。()ければ何処から来るか判らない跳弾、正面からの正攻法では格好の(マト)
「グオオオーーッ!」
 憤怒(ふんぬ)(おぼ)れて特攻して来る!
 間髪入れずに左腿を撃ち抜いた!
「ギャフ!」
「間合いは詰めさせない」
 非情な声音による宣言。
 が、この魔獣は知恵がある。
 戦況を分析して考察する知能が……。
 ジリジリと後退(あとずさ)る獣。
 処刑具を警戒しながら、ゆっくりと距離を開いた。
 数歩……数歩と、にじり足が()る。
 そして、目的(・・)へと辿り着いた!
 背後の木棚から鷲掴(わしづか)みに投擲(とうてき)するは、非常食と備蓄された太缶!
 それを次々と投げつけた!
悪足掻(わるあが)きを!」
 迎撃に(すべ)射抜(いぬ)く!
 が、それは、らしからぬ失態であった!
 中空で破裂した缶は、濛々(もうもう)たる白煙を拡散した!
「粉ミルク?」
 甘い煙幕が視界を殺す!
 次の瞬間には殺気が急接近した!
「こ……ンの!」
 鋭敏に察知した〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は、咄嗟(とっさ)に後方跳躍!
 間合いを(たも)たんと(こころ)みる!
 しかし、敵の小賢(こざか)しさは、冴子を上回(うわまわ)っていた!
「毛布? うわっと!」
 着地と同時に足を取られ、無様に引っくり返る!
 足首を引っ掛ける障害物をも計算に入れていた!
 (みずか)()いた好機を逃すはずも無い!
 すぐさま襲い来る餓狼!
(せま)いのよ! この部屋!」
 癇癪(かんしゃく)の毒に、銀を鳴かせる!
 埋もれたままの即行では、さすがに捕捉が甘い!
 微々たる体勢推移に()わしつつ、金狼は距離を詰めた!
 瞬発力(しゅんぱつりょく)は殺さぬ!
 冴子の(かたわ)らで、霊気が(うごめ)いた!
 弱々しく減衰した霊気が!
 それでも〈戌守(いぬもり)〉は、決心を固める!
 護る(・・)
 この娘を護る(・・・・・・)
 弱者の希望(・・・・・)を!
 例え(おのれ)消滅しようとも(・・・・・・・)
 だが──(ダメ!)──夜神冴子の意志が、それを制止した。
(もしも〈戌守(いぬもり)さま〉がいなくなったら、私は本当に(ひと)りになっちゃう……そんなのはイヤ)
 ──しかし、冴子よ。
(私、(ひと)りぼっちじゃ生きられないよ? この世界を……これからも(ひと)りきりでなんて…………)
 ──…………。
(そば)()てよね? ずっと……ずっと……)
 柔らかくも温かい思慕(しぼ)に当てられ、霊気は鎮まる事とした。
 こうなれば信じてみよう……(おのれ)見初(みそ)めた〈巫女〉の(ちから)を。

 頭上へと()(かざ)鋭爪(えいそう)
 毛布に(うず)もれた(にえ)は、その柔軟な波間に(とら)われて起き上がる事も(まま)ならない!
 獣の本能が、ほくそ笑む──殺れる(・・・)
「ほいっと」
 冴子は飄々(ひょうひょう)(まぶた)()じ、(てのひら)サイズのカプセルを放り上げた。
 獣面の眼前に舞う異物──と、次の瞬間、(まばゆ)い閃光を吐いた!
「ギャウ!」
 視界が白に殺される!
「閃光手榴弾~★」
「グルゥ! ガウ! ガウ!」
 よろめきながらに、獣は爪を()()いだ!
 形振(なりふ)り構わず!
 一転した闇の世界で、見えぬ敵を仕止めんと!
 その無様さを(ゆう)(なが)め、冴子は身を起こした。
目潰(めつぶ)しには、目眩(めくら)ましってね」
 再び間合いが開いていく。
 (たけ)る殺意に反して、獣は後退を始めていた。
 脅えているのかもしれない……無自覚ながらも〝本能〟は。
 だから、再殺の標準を定めるに不都合は無かった。
 頭部に(さだ)める──いや、心臓へと変更した。
 そうさせたのは、脳裏に浮かぶ白百合の微笑(ほほえ)み。
 せめても恩赦(おんしゃ)であった。
「さよなら、ジュリザ……」
 白銀の銃が閃火を咲かせる!
 射抜(いぬ)く銀弾!
 それは哀しき決着であった。
 夜神冴子が(くすぶ)らせる〝獣人(ケモノ)への憎悪〟さえも(かす)ませるほどに……。



 教会前の交戦は、程無くして沈静化していた。
 死屍(しし)累々(るいるい)と横たわる部隊兵達。
 その惨状を見渡し、ラリィガは辟易(へきえき)(こぼ)した。
「並の〈獣人〉が、アタシに叶うはず無いだろ」
 殺してはいない。
 必要以上の殺生は好まない。
 手近に(うめ)くライオンを、胸元掴みに訊問する。
「おい」
「ひぃ!」
「オマエ等、何故、此処(・・)だって特定できた?」
「そ……組織の情報網だ」
「にしては、タイムリー過ぎる。少なくともアタシ達は〈牙爪獣群(オマエたち)〉に勘づかれないように行動パターンを定めていたんだからな。それなのに、まるで発信器でも付けていたみたいじゃんか?」
「ホ……ホントだ! 我々(われわれ)牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉は──いや、盟主〈ベート〉は、腕の()つ〈情報屋〉を専属に(かか)えている! ソイツのもたらす情報は迅速で、信用性が確かなものなんだ!」
「情報屋……ねぇ?」
 どうにも引っ掛かる。
 直感的に……。
「ソイツ、何者だ?」
「す……素性詳細は知らない! 俺達は精鋭部隊とはいえ、組織末端に過ぎない!」
「ふぅん?」
 拳を固めて、軽く振りかぶって見せた。
「ホホホホントだ! あ! だ……だが、名前は聞いた事がある! 確か〝イ──」
 そこまで(くち)にした瞬間、喉を裂き切られる!
「──クひゃいッ?」
 奇妙な断末魔を()らした噴霧!
 赤飛沫(あかしぶき)は、貴重な情報を隠蔽(いんぺい)した。
「おい、シュンカマニトゥ! 何すんだ! せっかく情報を得られたってのに!」
 非情の(さば)(にん)へと食って掛かるラリィガ!
 さりながら、コヨーテは深刻な面持(おもも)ちに告げる。
「……危なかった」
「はぁ?」
「オマエは気付いていなかったかもしれないが……ソイツ(・・・)は後ろ手に凶器を準備していた」
 不信に遺体を見れば……なるほど、手の近くにはアーミーナイフが転げ落ちている。
 証拠を視認すれば、ラリィガとて渋々ながらに納得するしかない。
 それ(・・)が〈シュンカマニトゥ〉の転がした偽装とも疑わずに……。
 一方で〈獣精(トーテム)〉は、沈痛な想いを噛み締めるのであった──「やはり」と。
 的中してほしくない予見であった。



 金色(こんじき)亡骸(なきがら)は、やがて聖女の裸身と変わり果てる。
 足下に転がる最期を虚脱に見下ろし、冴子は疲労感に包まれた。
 身体ではない。
 心が疲れ果てた。
「ジュリザ……アンタ(・・・)に罪は無い。例え黒き月が魅入(みい)ろうとも、その清廉(せいれん)なる魂には………」
 依頼は完遂(かんすい)した。
 皮肉にも〝依頼主(ジュリザ)贖罪(しょくざい)()〟を(もっ)て……。
 …………違う。
 まだ(・・)だ。
 まだ終わってはいない(・・・・・・・・・・)

 ──御願い……〈獣〉を……〈()〉を殺して……あのおぞましい(・・・・・)()〉を…………。

「……分かってるわよ、ジュリザ」
 その瞳に決意の炎を(たぎ)らせて〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は寂寥(せきりょう)を後にした。
 逃がしはしない(・・・・・・・)
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登場人物紹介

名前:夜神冴子

(Yogami Saeko )


性格:

フランクで楽観的な表層に反して、内面は堅物なまでに使命感が強い激情家。

また、他人の心の痛みを汲める繊細さを併せ持つ。

長年〈モンスタースレイヤー:怪物抹殺者〉として培った性格は、時として非情で達観的な面を見せる。


特徴:

あらゆる通常弾丸を発砲瞬間にて疑似銀弾へと変質させる錬金術の秘密武器〈白銀銃ルナコート〉を所有。

この銃と自身の使命から〈モンスタースレイヤー〉の悪名を以て〈怪物〉達から忌避されている人間。

また、そもそも旧暦時代には〈戌守神社〉の家系であった事から、祭神たる犬神〈戌守:いぬもり〉の守護を受け、時としてパートナーの如く使役できる。

名前:ラリィガ

(RALEAGA)


性格:

良く言えば裏表が無く、悪く言えば恣意的で単純。

常に明るく前向きながらも好奇心旺盛。

一方で芯たる正義感は人一倍強くて揺らぐ事を知らない。


特徴:

闇暦世界に於いて〈インディアン〉の忘れ形見とされている少女であり、諸々雑多な部族の概念や風習は彼女に集約継承された。

旧暦に於ける『白人とインディアンの確執』は不快に思いながらも、かといって〝白人〟を無差別敵視に据える事は無い。彼女が忌むべきは〈悪〉であり、その前に於いて〝人種〟による線引きはしない性格である。

インディアンに伝わる精霊崇拝概念〈アニミズム〉たる〈トーテム:守護精霊〉を憑依させる事によって獣化変身を発現する。

名前:

 シスター・ジュリザ

 (SisterJULIZA)


性格:

 極度の博愛主義者であり、それは強い母性とも言える。

 内向消極的な性格ではあるが、その実、芯は頑固とも意固地とも呼べるほどに意思力が強い。


特徴:

 闇暦にて新興した異端宗教〈モロゥズ教〉の教会に従事しているシスター。

 この教会は孤児院の性質も同胞しているおり、彼女自身も此処の出身の為、子供達には惜しみない慈しみを捧げている。また、それ故に子供達からも姉の如く慕われている。

 同時に、女司教〈マザー・フローレンス〉は彼女にとって上司であると同時に母であり姉のような存在であり、その依存心酔感は無自覚ながらも絶大なものとなっている。


 闇暦二十九年、孤児院内にて子供達が捕食惨殺される痛ましい怪事件『人狼獣害』を愁い、闇暦の都市伝説と化している〈怪物抹殺者:モンスタースレイヤー〉へと依頼──これが〝夜神冴子〟との邂逅経緯となる。

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