銀弾吼える! Chapter.7

文字数 8,889文字


 誰もいない礼拝堂──。
 そう、もはや誰もいない……。
 ただ独り祈りを捧げる〝マザー・フローレンス〟以外には……。
 深淵に沈むかのような閑寂。
 神像(しんぞう)御前(みまえ)の汚れを軽く清掃したものの、事後の血痕は払拭(ふっしょく)するに多過ぎる。
 そんな血の(にお)いが(くすぶ)る中で、マザーは一途(いちず)に祈り続けた。
 惨劇に召された幾多(いくた)生命(いのち)へと手向(たむ)ける想いを──。
「……やはり、いらっしゃいましたか」
 不意に独白の(ごと)く、背後の気配へと語り掛けた。
 入口(いりぐち)に立つ殺気へと……。
 夜神冴子であった。
 その銃口は迷い無くマザーへと定められている。
「ですが、どうして此処(・・)へ?」
有能な情報屋(・・・・・・)がいてね」
 イクトミが託したメモには書いてあった──『マザーは教会付近の隠れ家へと潜伏中。煙が絶えた後に帰還し、また同様の手口(てぐち)を再開するだろう。数日待っていろ。そうすりゃ(ヤッコ)さんの方から来る。そうして、ヤツは何年も〈教会〉を維持してきた』と。
 あの警告が無ければ、血眼(ちまなこ)になって他行政区(ボロウ)を捜しに向かっていたかもしれない。
 最悪、ニューヨークを出ていた可能性もある。
 最後の最後で大きな有力情報(ゆうりょくじょうほう)を提供してくれた。
 エンパイアステートビルでの裏切りは呑み込んでやる。
 何処に逃げたかは知らないが、もう報復に追う事は許してやろう。
 それよりも……コイツ(・・・)だ!
「ジュリザは言った──〝あの獣(・・・)を殺して〟と。そう〝()を殺して〟ではなく」
「そうですか」向けられる敵意すら流水のように受け流し、マザー・フローレンスはゆっくりと立ち上がった。「では、ようやく確信を(いだ)かれたのですね? (わたくし)こそが〈獣妃(ベート)〉である……と」
 (おだ)やかに向き直る柔和な微笑(ほほえ)みは、しかし、現状(いま)となってはゾッとする戦慄を植え付ける。
「もっと早くアンタを撃ち殺すべきだった! 人間だろうと何だろうと躊躇(ちゅうちょ)()く!」
 瞳に宿る憎悪!
「何を目論(もくろ)んでいるの!」
闇暦(あんれき)()いて、あらゆる〈怪物〉が見据えているのは〈闇暦大戦(ダークネス・ロンド)〉の覇権──違いまして?」
「こんな邪教を発起して、何を企んでいるかを()いている! 何の(ため)に、ジュリザを! 子供達を!」
「救いです」
「救い?」
「この闇暦(あんれき)に、(ちから)()き者達は生き残れません。死ぬまで生き地獄を味わうか、(ある)いは強者の(にえ)(もてあそ)ばれるか……どちらにせよ〝生きる事〟は苦痛でしかありません。そして、旧暦に人々が心酔した〈神〉もいない。でしたら〈新たな神〉の庇護(ひご)(いざな)うのが、せめてもの救済ですもの」
「偽善に飾るな!」
 発砲!
 威嚇の銀弾が左頬を掠めた!
 スゥと筋を描いた赤にも怯えず、フローレンスの眼差(まなざ)しは涼やかな達観を(いろど)る。
 ()もあらん。
 その傷は、波打ち際の砂絵の(ごと)く静かに消え失せたのだから。
(コイツ? やはり並の獣人(・・・・)ではない?)
 得体知れぬ戦慄。
 冴子の心理を嗅ぎ取ったかは(わか)らぬが、余裕にたゆとう(うれ)いは粛々(しゅくしゅく)たる抑揚に語り聞かせた。
貴女(あなた)には感受できませんか? この時代に降臨された〈新たなる神〉の威光が……。事実、子育てすら(まま)ならない親御さんは、この教会の前に捨てられましてよ? (おのれ)の子を……。嗚呼、此処ならば〈神〉の慈悲に預かれるだろう──と。そうして集まった子供達ですわ」
「どんな想いで捨てた(・・・)と思ってるの……」憤慨(ふんがい)()(ころ)した銃口(じゅうこう)が、ジリジリと間合いをにじり詰める。「我が子を手放さねばならない、身を切られる想いが分かるか!」
棄てられた物(・・・・・・)をどう扱おうが、それは拾い主の自由……違いまして?」
「オマエは……オマエは〈餌〉を掻き集めていただけだ! 労せず、好きな時に好きなだけ〝(かて)〟を飽食出来るように! あの子達の純真を……思慕を利用して!」
「召されるのは〝()〟のみ……所詮〝肉体(・・)〟は器に過ぎない。でしたら、それ(・・)を無駄にしないのは、理に叶った還元(サイクル)でしょう? 彼等の〝魂〟は救済に召され、(わたくし)生命(いのち)(つな)がれる──皆が幸福の恩恵に(あやか)れるのですから。ええ、これもまた慈悲……惨めに〈デッド〉と化すよりは、余程いい」
「あなたは……あなたは最悪よ! 最悪の偽善者──まさしく〈(ケダモノ)〉だわ! あなたに比べたら、彼女は……ジュリザは〝人間(・・)〟だった! 彼女は〈生命(いのち)〉の……〈魂〉の尊さを知っていた! 自責に苦しんでいた! 良心(・・)呵責(かしゃく)があった!」
「嗚呼、可哀想なジュリザ……まだ覚醒して日が浅い(ため)に、そのような些事に苦しんでいたのですね。(わたくし)のように永い歳月を過ごせば、聖職の免罪に希薄化されるというのに……」
「邪教が! 何が〝救済の宗教〟だ! キサマは、いったい()を崇めている!」
()を……ですか」
 睨みつける正視を受け止め、マザーは物憂(ものう)げな眼差(まなざ)しを虚空に仰いだ。
虚像(・・)でも()いではありませんか……弱き心の免罪符となれば」
 煉獄(れんごく)(えが)くステンドグラスに(はば)まれた視線の先には、はたして〝何〟が見えているのであろうか……。
「ヨガミサエコ? 貴女(あなた)は〝何〟を恐れているのです?」
「な……何を?」
貴女(あなた)の銃弾には、我々(われわれ)〈獣人〉に対する〝憎悪〟が宿っている……そう、単なる〝嫌悪〟ではなく〝憎悪〟が。それも他人事(ひとごと)ではなく私怨のような──(わたくし)には、そう見える(・・・・・)のです」
「黙れ!」
 右頬を刻む銀弾!
 ()れど、効果は同じだ。
 刻み付けた銃痕は、みるみると治癒再生してしまう。
 銀弾だというのに!
(獣人である以上〈ルナコート〉が効いていないはずは無い。ただ、再生治癒が高いだけ……ケタ外れに!)
 呪われし魔物が秘めたる驚異を噛み締めながらも、冴子は平静を(よそお)って問答を続けた。
「ひとつだけ()かせて……ジュリザは()なの?」
 現実へ引き戻され、冷たい(うれ)いが(こた)える。
()……とは?」
「いまにして思えば、エンパイアステートビルの戦いは『ジュリザの完全覚醒』が狙いよね? 血腥(ちなまぐさ)い殺し合いを生で見させて、表層意識を現実嫌悪へと追い込み、深層意識を高揚させた。加えて言えば、()を殺させる事で〝ジュリザ〟を失望のドン底へと叩き落として〈獣〉の覚醒を完全なものとする仕上げ……天下の〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉が(エサ)だったってのは、間抜け過ぎて笑えるわ」
 フローレンスは涼しい微笑(びしょう)に答えない。
 それが、そのまま()だ。
 さりながら、どうでもいい。
 追求すべきは、その先だ。
「そこまでして覚醒を(うなが)そうとする……()なの? ジュリザは?」
姉妹(・・)ですよ」
「嘘をつかないで! この()に及んで!」
「いいえ、本当ですよ? 何故なら〈獣妃(ベート)呪血(じゅけつ)〉を(さず)かったのですから……洗礼の血杯として」
「なっ?」
「実験でしたの。普通の人間(・・・・・)に〈呪血(じゅけつ)〉を受け継がせた場合、はたしてどのような反応を起こすのか──それを知る(ため)の被検体ですわね」
「何の(ため)に!」
人間(・・)になる(ため)に……」
「な……にッ?」
「正直、もうウンザリしているのです。貴女(あなた)に御分かりになるかしら? 旧暦時代から苦しめられてきた忌まわしい体質が? 〈ジェヴォーダンの獣〉などと呼ばれて追われた精神苦が?」
「それだけの事をしたわ」
「食しただけ……自然の(ことわり)です」
「……ジェヴォーダン、三百六件、百二十三人」
「何ですの?」
「キサマが犯した襲撃回数と死亡者だ! (わず)か一年前後で! これだけの数を『食した』で済まされるワケが無いだろう!」
「ああ、そういえば……時には〝狩り〟へと興じた事もありましたわね……フフフ」
「鬼畜が!」
 慄然(りつぜん)めいて考察を巡らせる最中、フローレンスが動きを見せた。
「旧暦時代、何故〈人狼〉には月光(・・)が必要だったか御解(おわか)りかしら? 呪血(じゅけつ)? 細胞? それとも、呪い? いいえ、違う。獣化のプロセスは〝精神の具現化反映〟なのです」
「動くなと言っている!」
「何故、満月(・・)とされてきたのか。古来より〝満月の夜〟は殺人発生率が増加しますのよ。それは月が〝潮の干潮〟に影響しているから。そして、血潮(ちしお)高揚(こうよう)にも……。つまり満月の夜は、異様な興奮が活性化する。ああ、確か〈刑事〉でしたから御存知(ごぞんじ)ですわね? フフフ……これは出過ぎた講釈を……フフフフフ」
 メキメキと(ふく)()がる筋肉!
 ミシミシと強度を増していく骨格!
 そして、ザワザワと(おお)(しげ)獣毛(じゅうもう)
「こノ闇暦(あんれき)でハ、幸いニモ〈黒月(コクゲツ)〉ガ常駐(ジョウチュウ)シテイル! ソノ強大ナ魔力(マリョク)悪心(ヴァイス)ノ源泉トスレバ、月光ニ依存シナクテモ〈アドレナリン〉ヲ過剰分泌サセル事ガ出来ル!」
 常軌逸脱(じょうきいつだつ)の講釈に変身は続く!
 体毛逆立つ獣影(じゅうえい)巨躯(きょく)に昇華されていく!
 このタイムラグを見逃すほど、夜神冴子は間抜けてはいない!
 空鳴きするまで銃弾を叩き込むと、即座に装填用弾層(マガジン)を入れ換えた!
 続け様の射撃──が、冷静な一顧(いっこ)にて()める。
(……無駄弾)
 再生は相変わらずだ。
 むしろ変身プロセスと重なる現状は、再生力(さいせいりょく)がより高まっている。
 ならば、どうする?
(考えろ! 夜神冴子! 確実にコイツ(・・・)を殺せる手を……地獄を味あわせる手段を……)
 どれほどの命が奪われた?
 どれだけの魂が(もてあそ)ばれた?
 その片鱗だけでも身に叩き込まなければ気が済まない!
 あの子達(・・・・)の無念を!

 ──冴子さんは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だから…………。

 ──さーこおばたん、もんたーすれた……。

 脳裏に刻み込まれた想い……。
 (はかな)い想い……。
 無力ながらに(すが)る想い……。
 だから、自然と口角(こうかく)が不敵を刻んだ。
(……そうだぞ? 冴子お姉さんは、強い(・・)んだぞ?)
 (ゆだ)ねられた〝想い〟が、沸き上がる鼓舞(こぶ)と化す!
 私は〈()〉だ!
 理不尽に(あらが)えぬ魂の!
 無情に踏みにじられる一途(いちず)な命の!
 私は……〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉!
「ウォォォーーーーン!」
 変身完了の凱歌か……猛る遠吠えを響かせる!
 ()くして、聖母は〈人狼〉と化した!
 体高二メートル強もある漆黒の獣に!
「サア、貴女(アナタ)()サレナサイ! 永遠ナル幸福ヘト!」
 振り下ろされる鋭い爪!
 しかし、冴子は臆せずに()めた冷蔑を返すのであった。
「霊感商法は願い下げ」
 それを示し会わせたかのように、頭上のステンドグラスを割って飛び込んで来る乱入者!
 獣の脳天目掛けて雷拳が強襲を仕掛けた!
「ぅらあああーーーーっ!」
 鋭敏な本能か──後方跳躍に回避するフローレンス!
 膝つきの着地に正体を見極めれば、電光(まと)う翼の鳥獣人であった!
「チィィ……ダコタノ小娘!」
 忌々(いまいま)しく(にら)()える!
 一方で美しき弾劾者二人(ふたり)は、涼しい信頼に並び立つのであった!
「なぁ、冴子? ()(たい)(いち)は卑怯……なんて言わないよな?」
「ええ、言わないわよ? だって、これは決闘(・・)じゃないもの」
「ああ、これは──」「そう、これは──」
「「──害獣駆除(・・・・)だ!」」
 凛たる死刑宣告!
 すかさずラリィガは突進を仕掛け、夜神冴子は威嚇(いかく)発砲(はっぽう)左跳(ひだりと)びで雲隠(くもがく)れした!
 効くはずが無いのは百も承知!
 牽制(けんせい)だ!
 (つら)なる長椅子(ながいす)を盾と活用すると同時に、闇のベールを(ひそ)(すべ)(まと)う!
小細工(コザイク)ヲ!」
 無駄のない連携が舌打ちを(さそ)った。
 邪視が索敵(さくてき)(すべ)るも、迫るインディアンはそれを許しはしない!
余所見(よそみ)している余裕なんかあるのか!」
「獣人ノ()レ者ガ!」
「アタシはオマエ達(・・・・)とは違う!」
 ガッツリと組みあう両者の手!
 (ちから)(くら)べの体勢となった!
 互いの獣臭が(りき)む顔を近付ける!
生憎(あいにく)だが、ステゴロ勝負で負ける気はしない!」
「デハ、見セテモライマショウカ! 滅ビシ部族ノ無力(ムリョク)サヲ!」
「滅んじゃいない……アタシがいる(・・・・・・)!」
 拮抗!
 驚くべき事に、獣化したフローレンスは〈二重憑霊(ニーシュ・マニトゥーワク)〉を()げたラリィガにまったく引けを取らなかった!
「くっ? コイツ?」
 これぞ〈獣妃(ベート)の呪血〉が()せる(わざ)であろうか?
 だが、ラリィガには有って、フローレンスには無いものがある!
 それは!
「はい、ガラ空き~★」
「ギャウ!」
 背後からの発砲!
 数発の弾丸が背中に赤飛沫(あかしぶき)を噴かせる!
 夜神冴子だ!
 膠着(こうちゃく)に立つ巨躯(きょく)は、格好の(まと)であった!
「ヨガミサエコォォォーーッ!」
 憤怒(ふんぬ)
 沸き立つ激情を勢いと転化したか、その場での垂直跳びに回し蹴りを繰り出した!
 ラリィガの頭へと目掛けて!
「がはっ!」
 右側頭部へと叩き込まれた重い衝撃!
 さすがに苦悶を吐いて吹っ飛ぶ!
 着地するやフローレンスの筋肉は、再生に(ふさ)ぎ異物を吐き出した。
 致命傷は無い。
「あちゃあ? やっぱ治癒再生するか。厄介な体質だこと」
「ヨガミサエコ……小賢(コザカ)シイ小娘ガ!」
「は~い ♪  それだけ(・・・・)で生きてきました~★」
 ヒラヒラと掌を振る挑発の微笑(ほほえ)み。
「グオォォォーーーーッ!」
 渾身(こんしん)の咆哮!
 刹那〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としての直感が危険を察知する!
「うわっと?」
 即座に体勢を屈め、長椅子(ながいす)の防壁へと潜り込んだ!
 選択は正解であった!
 (さき)()た座標を軌跡として、不可視の巨槍が(つらぬ)いていた!
 背後に据えられた装飾柱が(えぐ)り砕かれ、長椅子(ながいす)の一部も巻き込まれに粉砕している!
「アッブなー……衝撃波か」
 まるで掘削(くっさく)重機(じゅうき)による破壊(はかい)(あと)であった!
 その威力には軽く戦慄を覚える!
(基本的に〈獣人〉の特性は超身体能力という物理的()つ生物学延長のもの……。こんな特性を持つ〈獣人〉なんか出会(でくわ)した事も無いわね)
 ともすれば、やはり特別(・・)なのだ──この〈獣妃(ベート)〉という存在は!
(そういえば〈呪血(・・)〉とか言っていたわね。だとしたら〈原初怪物(デモン・クラス)〉──もしくは、その血統(・・・・)か)
 多くの〈怪物〉にはルーツたる特異存在がいる。
 それが〈原初怪物(デモン・クラス)〉だ。
 時として〈魔神〉などと称される事もあり、神話や伝説に()ける存在と化していた。
 現在、大手を振って跋扈(ばっこ)している〈怪物〉は、そうした魔神級怪物の子孫であると同時に廉価版とも呼べる。
 永い歴史の中で〈血〉や〈魔力〉が希釈する事で弱体化してしまうせいだ。
 が、稀に〈原初怪物(デモン・クラス)〉の血──(すなわ)ち〈呪血(じゅけつ)〉を色濃く継承する者もいた。
 それが〈血統(けっとう)〉と呼ばれる個体である。
 先祖返り的な能力を保持する超強力なレアモンスターだ。
 眼前の〈怪物〉は、そこはかとなくそれ(・・)と感受させた。
(でも、ま、〈獣人〉は〈獣人〉よね)
 上着のポケットを触る。
 切り札の装填用弾層(マガジン)だ。
 この決戦を見越して用意した物ではあるが、実戦には初投入──効くか効かぬかは試してみなければ判らない。
 ()してや、相手は〈呪血(じゅけつ)〉だ。
(……賭けてみるか)
 静かに咬む決心。
 そして──チラリと(かたわ)らの霊気を意識した──()は、もうひとつ(・・・・・)ある。
 魔獣が大きく息を吸い込んだ!
(また来る! 第二波!)
 即座に回避へ動けるように身構えつつ、冴子は警戒を張り巡らせる!
 と、そうはさせじと魔獣を殴り飛ばす拳!
「アタシが相手だって言ってんだろ!」
「グァッ!」
 復活したラリィガであった!
「ダコタノ小娘!」
 警戒の()()けを浴びながらも、ラリィガの臨戦意志は怯まない!
「ハァァァッ!」
 気合が種火と(はじ)け、全身に帯電を生んだ!
「いくらオマエが〈獣妃(ベート)〉であっても、雷撃でノーダメージとはいかないだろ!」
 気迫に攻める翼が、(いかづち)(まと)う拳を繰り出した!
「チィ!」
 大きく間合いを離れる後方跳躍!
 (ほとばし)る電撃と重い拳撃の二重奏──確かに喰らえば洒落にはなるまい。
 フローレンスにしてみれば、厄介な相手であった。
 異質な獣化プロセスにして、それ(ゆえ)に帯びる特異能力──謀らずも〈血統(けっとう)〉に匹敵する強さを備えている。
 ()してや〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉との共同戦線だ。
 厄介過ぎる!
 ならば、(さら)に差を開かざるえないだろう!
 敵を牽制しつつ、魔獣は切り札(・・・)を手にした!
 そのアイテムを目にした瞬間、冴子とラリィガには戦慄が走る!
「アレは……魔薬〈スティーブンソンの涙〉?」
「まさか? コイツ〈強化侵食(ハイドブースト)〉を!」
 狩人(ハンター)二人(ふたり)の驚愕を嘲笑(あざわら)うかのように、獣は魔薬注射器を首筋へと突き立てた!
 メキゴキュとした不快な骨肉音を奏で、みるみる増強されていく巨躯(きょく)
「やめろォォォーーッ!」
 変身を阻止せんと特攻するラリィガ!
 (すべ)る翼が雷拳を繰り出す!
 だがしかし──「フン!」「ぐあッ?」──無造作に()()いだ豪腕が物ともせずに払い飛ばした!
 幾多(いくた)もの長椅子(ながいす)を瓦解に巻き込み、ラリィガを残骸へと埋もれ沈める!
「ラリィガ!」
「グゥ……へ……平気だ、冴子! それより気を付けろ! ソイツ、あの〈ブロンクス区長〉よりも格段に強いぞ!」
 相棒への警告を叫びつつも、ラリィガは右脇腹を押さえている。
 その様を気取られないように振る舞ってはいたが、生憎(あいにく)と夜神冴子は観察力(かんさつりょく)()けていた。
(ああなったラリィガに、これ以上は酷……。()が決着をつけるしかない)
 三メートル弱もの巨獣が、のそりと振り向いた。
 本来の獲物──〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉に!
「ヨガミ……サエコォォォ!」
「どうやら素体が〝人間〟か〈獣人〉かで開きが出たようね? もっとも、その魔薬のコンセプトは〝下駄履き〟……となれば、基本底値の高さが左右するのは当然か」
 正面構えに〈ルナコート〉を構える!
「貴様ヲ(ホウム)ル! 〈ベート〉ノ名ニ懸けて!」
「勝手に懸けないでくれるかなぁ? 迷惑だわ」
 発砲!
 銀が鳴く!
 迫る巨獣は右肩の出血に突進を足止めされる──が「フフフ……効カナイワ」──再生に塞ぐ傷口(きずぐち)
 構わずに撃つ!
 撃つ!
 撃つッ!
 左肩! 右腿! 左腿! そして、胸板!
 その都度(つど)、衝撃に硬直しながらも、やはり傷口(きずぐち)は再生に塞ぐ!
「学習シナイワネ……無駄ダトイウ事ヲ!」
 嘲笑に体勢を立て直す黒獣!
 しかし、視界がガクンと沈んだ!
 脚の(ちから)が不足している!
 (いな)、脚だけではない!
 全身を(むしば)む不調感!
 思うように(ちから)が入らない!
「コ……コレハ? ヨガミサエコ! キサマ、一体()ヲシタッ?」
「何をしたも何も撃っただけよ? ただし特殊弾(・・・)だけどね?」
「グゥ……麻酔弾ダッタカ!」
「まさか? そんな物で、アンタを無力化できるなんて思っちゃいない」種明かしとばかりに、冴子は一弾(いちだん)薬莢(やっきょう)()まみ見せる。「トリカブト──混ぜておいたわ」
「ナッ?」
「ま、それでもアンタ(・・・)には効果薄でしょうけどね? 並の〈獣人〉じゃないし? だけど体内(・・)へ直接叩き込めたのは大きい。その〈毒〉は、遅々ながらも確実にアンタを(むしば)む」
「キ……キサマ!」
「ついでに言えば、御自慢の治癒能力も裏目に出たわね? 体外排出もさせない内に、自分から体内へと取り込んだ……貪欲にね」
「ガァァァーーーーッ!」
 憤怒(ふんぬ)依存の気迫!
 どうやら、気力(きりょく)任せに無効化を試みていた!
 重い一歩(いっぽ)が踏み込む!
 (さら)一歩(いっぽ)
 (しん)(がた)い事だが、魔狼は不可視の鎖を振り切らんと身を動かしていた!
「ヨガミサエコォォォーーッ!」
 立ち塞がる巨影が怒り心頭に(たぎ)る!
 さりながら、夜神冴子は不敵に笑むのであった。
「たいした根性だわ。けどね、アンタは、またポカ(・・)をやらかした」
「ナ……ナニ?」
「逆上と焦りに突き動かされて、不用心に()へと近付いた。(みずか)ら〈結界〉の領域へと……ね」
「結界……ダト?」
戌守(いぬもり)さま!」
 威令に呼応して、空間が違和感を染める!
 不気味な清涼と鎮静!
 霊気だ!
 堂内そのものを染め上げるだけの霊気だ!
 次の瞬間、黒狼の五体が拘束に固まる!
 まるで金縛りのような剛力(ごうりき)に!
「コレハ? コ……コレハ!」
見える(・・・)はずよ。あなたが〈神〉に仕える者なら……仮に口先(・・)だけだったとしてもね」
 ──マザー……。
「アニス?」
 右腕にしがみついていたのは、間違いなく逝った子供であった!
 いや、右腕だけではない!
 四肢に!
 首に!
 肩に!
 身体に!
 ──マザー、大好きだよ。
 ──マザー、ずっと一緒にいてね。
 ──マザー……。
 ──マザー…………。
 ──マザー………………。
 教会の子供達──そして、肉を喰らった餌共(エサども)であった!
 血を(すす)り飲んだ贄達(にえたち)であった!
「ナ……何故? 何故、コイツラガ! 死ンダハズ(・・・・・)ヨ!」
「〈精霊崇拝(アニミズム)〉──想い(・・)の前に〈魂〉は永遠(・・)なのよ。死生観念すら越えてね」
 霊界と現世(うつしよ)(むす)ぶ──それは〈神〉の本分である。
 霊力(れいりょく)憔悴(しょうすい)したとはいえ〈戌守(いぬもり)〉は〈神〉だ。
 造作も無い。
 思慕に寂しさを噛むこの子達(・・・・)を連れ戻す事などは!
 ()してや、夜神冴子という〈光〉は、この子達を呼び戻す道標(しるべ)となった。
 暗闇の中で柔らかく(とも)る街灯の(ごと)く!
「放セ! 放セ! 放セェェェーーーーッ!」
 見苦しい焦燥に荒れ狂う獣!
 それが何になろう?
 全身を拘束する(いかり)は、どんどん増していくだけだ!
 喰らった分だけ(・・・・・・・)
「ヤメロ! ヤメテ! 放セ! 放シテ!」
 次第に声音から険が失われ、威圧的な巨躯(きょく)()えていく。
 貧弱に……。
 脆弱に……。
 それは魔薬の副作用〈呵責衰弱(ジーキル・フィードバック)〉の発現。
 皮肉な事に、この地獄とは相性がいい。
 一気還元された罪悪感は、ますます(もっ)子供達(・・・)を惹き付ける。
 増えていく。
 奈落の(かせ)が……。
「ヤメテ……イヤ……許シテ……イヤァ!」
 フローレンス(・・・・・・)愁訴(しゅうそ)は免罪符とならない。
 死刑囚の頭部へと銃口(じゅうこう)を定め、夜神冴子(モンスタースレイヤー)は無情を宣告した。
「そんなモンじゃないわよ……その子達(・・・・)が味わった恐怖はね」
 合わせる照準に叫ぶ!
戌守(いぬもり)さま!」
 以心伝心とばかりに、霊獣が銀銃へと飛び込んだ!
「最期ぐらい〝母親(マザー)〟でいてやりなさいよね……(いのち)を拾った者の責任(・・)よ」
 決着の引き金(トリガー)
 閃火に放たれる銀弾!
 その弾丸には〈戌守(いぬもり)〉が憑依する!
 銀弾──
 霊獣──
 忌避素材(トリカブト)──
 獣人殺しの三重奏!
 処刑の銃声が轟く!
 銃声?
 (いな)、それは獣吼(じゅうこう)
 霊獣が吼える裁きの宣告!
 夜神冴子の正義を具象化するが(ごと)く!
 (くだ)すは神罰か!
 それとも刑罰か!
 鉄槌(てっつい)の熱が、裁きに眉間(みけん)貫通(かんつう)した!
「ヒッ?」
 穿(うが)つ刹那に剥離(はくり)した〈戌守(いぬもり)〉は、そのまま居残る──罪人の内側へと!
 そして、一斉解放した霊力を爪と化して切り裂いた!
 心臓を!
 動脈を!
 静脈を!
 毛細血管に至るまで微塵と切断する!
 肉体内部に駆け巡る霊気のかまいたち!
「ガッ!」
 短い痙攣(けいれん)に崩れ倒れる魔狼。
 血肉に飢えた餓獣は、次第に聖母(ひと)へと還り逝く。
「〈紐育(ニューヨーク)人狼(じんろう)〉……か」
 誰に言うとでもなく冴子は呟いた。
 看取(みと)る価値すら無い亡骸(なきがら)から関心を(そむ)け、空しさ噛んだ(きびす)を返す。
 振り向き様に、虚像の眉間へと撃ち込む銀弾!
 満身創痍(まんしんそうい)の相棒に肩を貸し〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は礼拝堂を後にする。
 常闇(とこやみ)の現世魔界は激しい煙雨に染まっていた。
 心身を叩きつける痛みは、それでも背後の虚構(ヘブン)よりマシだ……。
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登場人物紹介

名前:夜神冴子

(Yogami Saeko )


性格:

フランクで楽観的な表層に反して、内面は堅物なまでに使命感が強い激情家。

また、他人の心の痛みを汲める繊細さを併せ持つ。

長年〈モンスタースレイヤー:怪物抹殺者〉として培った性格は、時として非情で達観的な面を見せる。


特徴:

あらゆる通常弾丸を発砲瞬間にて疑似銀弾へと変質させる錬金術の秘密武器〈白銀銃ルナコート〉を所有。

この銃と自身の使命から〈モンスタースレイヤー〉の悪名を以て〈怪物〉達から忌避されている人間。

また、そもそも旧暦時代には〈戌守神社〉の家系であった事から、祭神たる犬神〈戌守:いぬもり〉の守護を受け、時としてパートナーの如く使役できる。

名前:ラリィガ

(RALEAGA)


性格:

良く言えば裏表が無く、悪く言えば恣意的で単純。

常に明るく前向きながらも好奇心旺盛。

一方で芯たる正義感は人一倍強くて揺らぐ事を知らない。


特徴:

闇暦世界に於いて〈インディアン〉の忘れ形見とされている少女であり、諸々雑多な部族の概念や風習は彼女に集約継承された。

旧暦に於ける『白人とインディアンの確執』は不快に思いながらも、かといって〝白人〟を無差別敵視に据える事は無い。彼女が忌むべきは〈悪〉であり、その前に於いて〝人種〟による線引きはしない性格である。

インディアンに伝わる精霊崇拝概念〈アニミズム〉たる〈トーテム:守護精霊〉を憑依させる事によって獣化変身を発現する。

名前:

 シスター・ジュリザ

 (SisterJULIZA)


性格:

 極度の博愛主義者であり、それは強い母性とも言える。

 内向消極的な性格ではあるが、その実、芯は頑固とも意固地とも呼べるほどに意思力が強い。


特徴:

 闇暦にて新興した異端宗教〈モロゥズ教〉の教会に従事しているシスター。

 この教会は孤児院の性質も同胞しているおり、彼女自身も此処の出身の為、子供達には惜しみない慈しみを捧げている。また、それ故に子供達からも姉の如く慕われている。

 同時に、女司教〈マザー・フローレンス〉は彼女にとって上司であると同時に母であり姉のような存在であり、その依存心酔感は無自覚ながらも絶大なものとなっている。


 闇暦二十九年、孤児院内にて子供達が捕食惨殺される痛ましい怪事件『人狼獣害』を愁い、闇暦の都市伝説と化している〈怪物抹殺者:モンスタースレイヤー〉へと依頼──これが〝夜神冴子〟との邂逅経緯となる。

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