潜む牙 Chapter.5

文字数 9,118文字


「待ちなさい!」
「しつこい!」
 逃げ走るラリィガに、追い駆ける冴子!
 大公園〈フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク〉全体が、追走劇の舞台であった。常闇環境への順応にくすんだ緑が遠慮無く繁り、植林とはいえ森林地帯と呼んでも申し分ない。
 時折、ラリィガは整備の行き届いた舗装道も活用した。確固とした地面は蹴り易く、少しは疾走への底上げが期待できたからだ。
 が、やはり諦めぬ冴子のしつこさに、すぐさま()こうと植樹の森へ戻る羽目となる。
 もっとも好転は無い。
 ()くも引き離すも無い。
 現状維持の堂々巡りだ。
「こンの~……元・陸上部エースをナメんな!」
「まったく……何なんだ! アイツ(・・・)は?」
 区長暗殺は失敗に終わった。
 冴子の敵意対象が〝謎の獣人少女〟へと推移したせいで〝三すくみ〟のような抗戦図式が綺麗に出来上がった(ため)である。
 その混戦の隙を突いて、クイーンズ区長は緊急警報を鳴らした。たちまち護衛の獣群が右往左往の迎撃体制だ。
 湯水のような物量に対して、孤軍と(あらが)う敵対関係二人──多勢に無勢もいいところである。
 その結果、襲撃者二名は大窓から飛び逃げた。
 そのまま不毛な追走劇を展開する羽目となり、現状へと至る。
 ラリィガにしてみれば大誤算であった。
 此処は一時撤退するしかない。
 そして、冴子にしてみれば……どうでもいい些事だ。
 目の前のコイツ(・・・)を捕獲出来れば!
 爬虫類は、後々に()れば済む話である。
「待てっての!」
「しつこいっての!」
 ひたすらに困惑するラリィガ。
 コイツ(・・・)()なのだ?
 何故、自分が追われる?
 何故、そこまで自分を付け狙う?
 そして、何よりも……どうしてコイツは、こんなにも早い(・・)
 あの奇妙な服装で?
 はっきり言って、ラリィガは早い。
 広大な大自然に生きてきた彼女は、そんじょそこらの奴等とは比較にならないほどに運動能力が卓越していた。無論、戦闘能力も。
 ()して、そうした得意を活かせる軽装だ。
 にも関わらず何故、あんな女が自分と互角に張れる? 都会の洗礼に、野性も無くしたような女が?
『よぉ、ラリィガ?』
 並走する〝見えない獣〟が声を掛ける。
「シュンカマニトゥ? 何?」
『どうして応戦しねぇ? オマエなら楽勝だろうよ? オマエがやる気なら、オレは(ちから)を貸すぜ?』
「……人間(・・)だからね」
『はぁ?』
「アタシの相手は〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉だ。人間(・・)じゃない」
『……それだけか?』
「それだけだ」
 確かに闇暦(あんれき)の定義で(くく)れば、自分は〈怪物〉に部類するだろう。
 だが、そこまで(・・・・)堕ちる気は無い。
 中身が〝人間〟である事こそが〝魂の誇り〟だ。
 ラリィガは、(さら)に短距離加速で差を稼ぐ。
 その背中に(なか)ば呆れた()(いき)を吐きつつも、コヨーテは誇らしさに後へと続いた。
 これが〈ラリィガ〉なのだから。


「クソッ! 撃ってやろうかしら?」
 (いきどお)りを吐く冴子ではあったが、それを()せない事は重々承知している。
 確かに脚でも射抜けば一気に捕らえられるが、あの素早さでは避けられる可能性は高い。何よりも射撃体勢に立ち構えている間に、あれよあれよと走り去るだろう。それほどの俊足だ。
 と、奇策を思い付いた。
「あ、そっか。狙わなきゃいいワケね」
 走りながら撃てば、照準を定めるタイムロスは無い。
 無作為な射撃ならば問題は無いはずだ。
「そんじゃ、も~らい★」
 片手持ちの銀銃(ルナコート)を撃つ!
 撃つ! 撃つ! 乱射だ!
「ヘタクソ! 当たるか!」
 肩越しの一瞥(いちべつ)に、ラリィガが捨て台詞を吐いた直後!
「うわっ?」
 行く手を(さえぎ)るかのように、突如として頭上から多数の大枝が落下してきた!
 緑の瀑布(ばくふ)だ!
 跳び越えようにも、目と鼻の先では間に合わない!
 驚き様の急ブレーキ!
 そのままつんのめって、嵩張(かさば)る葉のマットレスへと無様に沈んだ!
「ぷはっ!」
 埋もれる枝葉の水面(みなも)から顔を出す息継ぎ。
 その瞬間、冴子はダイブするかの(ごと)く飛び掛かった!
「捕まえた!」
 そのまま押さえ込むと、馬乗りにマウントを取る!
 こういうチャンスはスピード勝負だ!
「クソッ! 放せよ!」
「往生際が悪いわよ! 観念なさい!」
 女体の重石(おもし)に抗う仰向けを、両肩掴みに地面へと押し付けた!
「え? あなた……ネイティブ?」
インディアン(・・・・・・)だ! アメリカン(・・・・・)インディアン(・・・・・・)って呼べ!」
 憤慨(ふんがい)(ふく)まれる不快感。
 好かぬ誤認である。
 打つ手無しと(おちい)ったラリィガは、やむなしとばかりに叫んだ!
「シュンカマニトゥ!」
 殺しはしない……が、こうなったからには背中を切り裂かれる程度は覚悟してもらう!
 大気を舞う不可視!
 その気配(・・)を、冴子は瞬時にして感知した!
「え? コレ(・・)って?」
 身に覚えのある気配(・・)
 (ゆえ)に、次に()が生じるのかを戦慄に察知した!
 襲い迫る気配(・・)にゾッとする!
 だから、彼女も叫ぶのだ!
戌守(いぬもり)さま!」
 刹那!
 気配(・・)気配(・・)が弾いた!
 存在せぬ存在(・・・・・・)が幾度と無く弾き合う!
 互いに巫属対象を護らんと!
 虚空に拮抗する闘いは、使役する両者も鋭敏に感じ取っていた。
「まさか〈精霊(マニトゥ)〉? それも〈シュンカマニトゥ・タンカ〉じゃないか!」
 ラリィガが驚嘆するのも無理はない。
 スー族にとって〝狼の精霊〟は〈シュンカマニトゥ・タンカ/偉大なる精霊の犬〉と呼ばれる存在であり、彼女が使役する〈シュンカマニトゥ〉──(すなわ)ち〈コヨーテ〉よりも上位存在と定義されているのだから。
 そんな高位獣精を、スー族どころか〈インディアン〉ですらない変な女(・・・)が従えている……(しん)(がた)い。
「な……何者だ? オマエ? 何で、オマエも〈獣精(トーテム)〉を!」
「……〈妖怪〉だっつーの」




 円周約三十六メートルもの巨球は、間近で見るに威圧感を誘発した。半壊している地球というモチーフは、闇暦(あんれき)()いて洒落にならない。はたして設計者は、この現実(・・・・)顕現(けんげん)を予見していたであろうか?
 ともあれ夜神冴子とラリィガは、公園中央に位置するシンボリックオブジェ〈ユニスフィア〉の台座へと腰掛け、互いの素性を明かし合う流れとなった。
 そもそもラリィガに敵意は無かったが、冴子にしてもどうやら的外れな印象を受けたからだ。
 何よりも、彼女(ラリィガ)の異能プロセスは自分に近しい。
 ともすれば、目当ての〈獣〉とは思えなかった。
 何故なら、この娘の獣化は〈使役〉の(たぐい)であり〈体質〉ではない。
 という事は〝理性〟を欠くという事は(かんが)(にく)かったからである。
「で? ラリィガ……だっけ? あなた〈ネイティブ〉よね?」
「だ~か~ら~! 〈アメリカン・インディアン〉って呼べってば! さっきも言ったろ!」
「……同じじゃん」
「同じじゃないよ! その〈ネイティブアメリカン〉ってのは、白人(ワシチュー)達が利己的に定着させようとした呼称だっての!」
 そもそも〈インディアン〉は誤認定着した呼称である。
 発端となったのは()の探検家〝コロンブス〟で、彼が北アメリカをインドと勘違いした事に由来する。
 とは言えども当人達は、この呼称に愛着と民族的誇りを持っていた。
 対して、冴子が言った〈ネイティブアメリカン〉は、比較的後年──旧暦後期ではあるが──に、白人達が誤認払拭の(ため)に新定義した呼称である。
 確かに〈インド人〉ではないのだから〈インディアン〉と呼ぶのは(いささ)か混乱を招く。
 だから〈原生米国人(ネイティブアメリカン)〉という新呼称を提唱した──という思慮的主張を鵜呑みにするのは早計やもしれぬ。
 その裏には『史実(しじつ)隠蔽(いんぺい)』という思惑が敷かれていたとも言われているのだから。
 つまり〈インディアン〉という呼称を死語化する事で、その〝存在〟への認識すらも史実の彼方へと忘却させ、不名誉な植民戦争での不正を社会認識から埋没化させる(ため)だ。
 (さら)に言えば、そもそも〈アメリカ〉という国名自体が植民以降に付いた名だ。自分達の民族史を起点とした場合に矛盾している。
 だから、当の〈アメリカン・インディアン〉達は〝民族の誇り〟と〝歴史の真実〟を(もっ)て拒否するのであった。
「ま、どっちでもいいけど」
「良くない!」
 関心薄く投げ遣りな冴子へ、ラリィガはムキになって抗議を向ける。
「ところで、ラリィガ?」
「何だよ!」
「……教会、孤児、八人」
「は? 何だよ? それ?」
 抜き打ち的な鎌掛けに確信を(いだ)き〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は落胆の肩を(すく)めた。
「やっぱり……また〝ハズレ〟か」
「誰が〝ハズレ〟だーーっ!」
 反射的に憤慨(ふんがい)を吠える〈インディアン〉の少女。
 言葉の意味は解らぬが、とりあえず自分が軽視された……とだけは思えた。




 計らずも吹き抜けとなった大窓から、夜闇の息吹く涼風が鋤いた。
 何とか愛用の椅子へと腰掛けたクイーンズ市長は、疼く傷痕に苦悶を洩らす。
「くぅ!」
 脂汗ながらに眉根が曇った。
 人間形態へと戻ったのは、治癒能力を高める(ため)である。
 意外に思われるかもしれないが、この場合は正しい選択であった。
 並大抵の攻撃ならば獣人形態の方が治りが早い。だいたいは、ものの一時間(いちじかん)程度で完治だ。傷の具合によっては数分数秒の場合もある。
 先の戦闘で〈犬神〉の爪痕に対して高速治癒を発揮したのも、そうした強靭な生命力の立証と言える。
 この超常的生命力(タフネス)こそが〈獣人〉が誇る最大の特性だ。
 しかしながら、件の銀弾による(きずあと)は、格段に治癒速度が遅かった。いや、そもそも回復の兆しすら見せていなかったのやもしれぬ。
「容赦無く撃ち込んでくれたわね……処刑人(マーダー)が!」
 右肩……右腕……左腕……両腿の四発…………(きずあと)を見るに、戦慄と忌避が等しく胸中に涌く。
 夜神冴子は言っていた──「古来より〈銀〉は、月の女神〈アルテミス〉の属性金属。そして〈アルテミス〉は、あらゆる動物に絶対的な支配力(しはいりょく)を持つ。その神性に〈獣人〉は(あらが)えない」と。
 成程、だとすれば回復せぬも道理だ。
 夜神冴子の言う通り、あの銀銃は〈神聖〉を帯びているという証拠だ。
 ならば、どうするか?
 ひとまず〝人間形態〟へと戻り、その支配神聖から除外されれば良い。
 しかし、それでも、この傷痕の治癒には、まだまだ掛かるであろう。
 根本的に〈獣人〉と〝人間〟では治癒能力に雲泥の差がある。
 そして、もうひとつの難点は……痛覚の過敏性も大きく異なるという事だ。蝕む激痛は〈獣化形態〉の比ではない。
「まったく……この体質(・・・・)になってから、ろくな目に遭わないわ」
 淡く伏せた眼差(まなざ)しは、心底辟易(へきえき)とした憂慮(ゆうりょ)を宿していた。
 遠き時間の果てに、元凶たる怨恨を噛み殺す。
 最初に殺めた犠牲者を(うと)み恨んだ。
 民俗学者であった父親を……。




「なるほどね……事情は分かった」
 謎のインディアン少女から経緯を聞き、冴子はとりあえず納得に至る。
 少なくとも〝敵〟ではない。
 かといって〝味方〟でもない。
 単に〝ターゲット〟ではないと判明しただけだ。
 平たく言えば〝部外者〟だ。
 どうでもいい……邪魔にさえならなければ。
「アンタは、その〈獣〉っていうのを追ってるのか?」
「まぁね」
 ラリィガの質問に、関心薄く答える冴子。
 意識逃しに()()れば、半壊した地球が視界を威圧した。
 謀らずも彼方上空の黒月(こくげつ)と共演し、(あたか)も現世を要約した構図になる。
 黄色く淀む単眼と目が合うと、何故だか笑えた。
「それが〝依頼〟だから?」
「まぁね」
 覇気無く流す返事。
「ビジネス?」
「まぁね」
 右から左。
「……本当は〝子供達を守る(ため)〟じゃないのか?」
「まぁね」
 何か(たず)ねているようだが、特に興味は無い。
「そっか。じゃあ今日からオマエ、アタシの〝友達〟な」
「まぁ……んんっ?」
 聞き捨てならない親しさに、(われ)へと返った!
「ちょちょちょ……ちょっとォ? いきなり何を言い出した!」
「だって、オマエ〝いいヤツ〟じゃん?」
「はぁ?」
「うん、オマエは〝いいヤツ〟だ。だから、アタシは〝友達〟になる!」
「バカ言わないで! あなた、()()だと思ってるの?」
「冴子だろ?」
「じゃなくて!」
 苦虫顔に詰め寄れば、相手の表情は他意を(はら)んでいない。
 その事実を感じ取ると、冴子は深い()(いき)に沈んだ。
 ややあって凄むは、一転して攻撃的な低い抑揚。
「後悔するわよ? 私は〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉……共に()ろうとすれば、修羅地獄の運命を歩む事に──」
「何だ? それ? 都会で流行(はや)ってる冗談(ジョーク)か?」
「──ぅおい!」
 ちょっとだけ自尊心(プライド)が傷付いた……別に誇らしい異名でもないが。
 当のインディアン娘はキョトンとしている。
(……考えてみたら、当然か)
 聞けば、ラリィガは荒野で自由(じゆう)気儘(きまま)に生きてきた。
 つまりは〝個人〟である。
 弱小勢力ですらない。
 如何(いか)に冴子の二つ名が馳せようとも、それは覇権巡りに躍起となる組織的勢力に限った話だ。
 情報網どころか世界情勢に興味すら持たないはぐれ者が、対立均衡に介入する暗殺者を知るはずもない。
 早い話が……この娘は〝田舎者〟だ。
「まったく」こめかみを押さえる。「ともかく! 私は御免(こうむ)るから!」
「何でさ? 目的は一緒だろ?」
「一緒じゃない! 私の標的(ターゲット)は〈獣〉よ! 別に〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉そのものと事を構えるつもりは無い! 個人で〈勢力〉と()りあえるか!」
「でも、襲ったじゃん? 区長?」
「それは〝揺さぶり〟よ! あの〈獣〉が〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉と関わりがあるかどうかを見極める(ため)の!」
「同じだよ。結果として喧嘩売ってる。これから追われるよ」
「そん時は、そん時! 仮に襲われても『降りかかる火の粉』程度なら、どうとでも出来る!」
「自信あるんだ?」
「でなきゃ〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉なんて、やってられないわよ!」
 とは(うそぶ)きながらも、実のところ冴子が渋っていた理由は、それ(・・)だ。
 結果はどうあれ、喧嘩を売った以上は固執的に目を付けられる。
 誇示した通りに〈刺客〉程度なら返り討ちにする自信はある……が、勢力そのものから敵視に構えられるのは厄介だ。気が休まらない。
 その反面、今更ひとつやふたつ〈敵〉が増えても〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としては変わらない。
 それでも、余計なリスクを負う事は極力()けたい。
 その葛藤に悩んでいた。
 決意に後押しをしたのは、か弱くも未熟な涙──。
 安い報酬だ。
 だから、悔いは無い。
「で、どうだった?」
 軽い好奇心が追求してくる。
 冴子は「うっ」と、言葉に詰まり、気まずく視線を逃がした。
「……無かった」
「あはははは! 無駄足だったんだ?」
「ううううっさいわね! さっき言ったけど、目的は揺さぶり(・・・・)! 別段〝アタリ〟も〝ハズレ〟も関係無い! 仮に〝アタリ〟ならば儲けた(・・・)だけの話よ!」
 負け惜しみではない。
 実際には冴子自身も、こうした展開(・・・・・・)は予想していた。
 とは言え、他者から指摘されると、どうにもばつ(・・)が悪い。自分が間抜けにも思えてしまう。
 そんな冴子の憤慨(ふんがい)を余所に、ラリィガは真面目な面持ちで示唆(しさ)する。
「でも、ある(・・)かもしれない」
「はぁ?」
 腰掛けていたオブジェ台座から「よっ!」と跳ね下りると、スー族の娘は星光が喘ぐ重い墨空を仰視した。
 その横顔は、薫風のような爽やかさを帯びている。
「ニューヨークは此処(・・)だけじゃない。他の行政区(ボロウ)だって在る」
「他の行政区(ボロウ)所属の〈獣人〉が、わざわざクイーンズまで来て凶行? 無くは無いけど……」
「まぁ、個人……つまり〝はぐれ〟の可能性もあるけどさ? だけど〈組織〉を徹底的に洗ったワケでもない。組織内の何処かに潜んでる可能性もある」
「可能性は低い……限りなくね」
「何で言える?」
「メリットが少ない。わざわざ境界区を越えるだけのメリットがね。だったら、自分が属する区内で()れば済む話」
「でも、そうした奇行の可能性もゼロじゃない」
「ゼロなんて無いわよ。如何(いか)なる事象でもね」
「なら、洗い潰す価値はあるだろ? 可能性がゼロじゃないなら」
「そ……それは……」
 極めて真っ直ぐな正論を前に〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は抗弁を失った。
 インディアン娘が示す理屈は〝合理的に真理を導き出す〟という行程に()いて欠いてはならない原則だ。
 永らく失念していた教示が心底から呼び起こされる──「足を棒にして探れよ」と。
 ともすれば、身を投じる価値はある。骨は折れるが……。
 そして〝夜神冴子〟持ち前の演繹(えんえき)能力が呼び起こされた。
「そこまでして目先の利己を追う──保身的な計算や理性が欠落している? ともすれば、より〝野性〟に帰属している……つまりは、並の〈獣人〉よりも〈獣〉としての性質が強い……仮に一過的だとしても」
「……へぇ?」
 黙々と熟考へ溺れる冴子を、ラリィガは興味津々に観察した。
 思考の大海原を漕ぐ現状(いま)の彼女には、どうやら周囲の状況など見えてはいない。周りが見えなくなるまでに没頭していた。
 それも瞬時にして……だ。
 切り換えが早い。
 ちょっと面白いヤツだな──そう思った。
「……目的は?」
 冴子の呟きが自問自答か意見を求めているのかは判らぬが、ラリィガは軽く助け船を出した。
「シンプル。喰う事。捕食本能。それ自体」
「格好の〝餌場〟を見付けた……ってトコか」
 醒めた皮肉に嫌悪を噛み締める冴子。
 肩に震えた幼い苦しみ──それが彼女に怒りの炎を(くすぶ)らせる。
 静かに──。
 強く────。
「どちらにせよ組織の意向とは無縁な個人的嗜好……。でなきゃ、単独暗躍なんてしない。仮に組織の意向なら、部隊でも送り込んで根刮(ねこそ)ぎ狩ればいい話」
「そこは間違いないね。今回の殺戮事件と〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉の支配統治は別件だよ」ラリィガの気負わぬ抑揚が説論を続けた。「まぁ〝はぐれ〟だろうと〝組織内潜伏者〟だろうと、どちらにせよ現状での糸口(いとぐち)は〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉しかない。可能性があるなら、徹底的に洗わなきゃダメだろ?」
 淡い微笑(びしょう)を夜風に乗せるインディアン娘。
 思いの外に思慮深い一面を見せ付けられ、冴子は素直な感嘆を自虐に(ふく)んだ。
「……あなた〝刑事〟?」
「向いてる?」
 苦笑が交わる。
 と、風のざわめきが予感を()いだ。
 それに示唆(しさ)されたかの(ごと)く、二人の表情が引き締まる。
「ま、いろいろと煮詰めたいところはあるけどさ。とりあえず──」
「そうね、とりあえず──」
「「──まずは〈牙爪獣群(コイツら)〉を倒してから!」」
 背中合わせに臨戦意識を身構える!
 その意思に同調するかの(ごと)く、二匹の霊獣も威嚇に牙を剥いて唸る!
 冴子達を取り囲むように現れたのは、有象無象の〈獣人〉達!
 狼──虎──ライオン──熊──豹────雑多な〈獣人〉が、繁みや物陰から姿を現した!
 いつの間にか陣形されていた野獣の包囲網!
 クイーンズ区役所からの追手であった!




 痛みを誤魔化す(ため)に、水割りに逃げた。
 酔えはしない。
「まったく」
 アナンダは深く背凭(せもた)れる。
 (むしば)倦怠感(けんたいかん)が、苦痛か疲労かは本人にも定かではない。
「あんま酒は御勧めしないけどなぁ? 止血に影響するわよ?」
「──ッ!」
 不意に聞こえた声に、ゾッと身構える!
 先刻の悪夢を再現(リフレイン)するかのように、そいつ(・・・)は室内に居た!
 忍び込んでいた!
 残骸と瓦礫が無惨な跡形と(いろど)る区長室内に!
 入口(いりぐち)(とびら)(かたわ)らに寄り掛かるシルエット!
 深い影の中から、銀銃が鈍い(きら)めきに向け据えられている!
「夜神……冴子!」
 戦慄に腰が浮く!
 そして、進み出た〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は、(てのひら)をヒラヒラ振るのであった。
「出戻り娘でぇ~す ♪ 」
 明るく穏和な微笑(ほほえ)みは、反して骨の(ずい)から凍らせる!
 処刑人からの死刑執行証であった。
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登場人物紹介

名前:夜神冴子

(Yogami Saeko )


性格:

フランクで楽観的な表層に反して、内面は堅物なまでに使命感が強い激情家。

また、他人の心の痛みを汲める繊細さを併せ持つ。

長年〈モンスタースレイヤー:怪物抹殺者〉として培った性格は、時として非情で達観的な面を見せる。


特徴:

あらゆる通常弾丸を発砲瞬間にて疑似銀弾へと変質させる錬金術の秘密武器〈白銀銃ルナコート〉を所有。

この銃と自身の使命から〈モンスタースレイヤー〉の悪名を以て〈怪物〉達から忌避されている人間。

また、そもそも旧暦時代には〈戌守神社〉の家系であった事から、祭神たる犬神〈戌守:いぬもり〉の守護を受け、時としてパートナーの如く使役できる。

名前:ラリィガ

(RALEAGA)


性格:

良く言えば裏表が無く、悪く言えば恣意的で単純。

常に明るく前向きながらも好奇心旺盛。

一方で芯たる正義感は人一倍強くて揺らぐ事を知らない。


特徴:

闇暦世界に於いて〈インディアン〉の忘れ形見とされている少女であり、諸々雑多な部族の概念や風習は彼女に集約継承された。

旧暦に於ける『白人とインディアンの確執』は不快に思いながらも、かといって〝白人〟を無差別敵視に据える事は無い。彼女が忌むべきは〈悪〉であり、その前に於いて〝人種〟による線引きはしない性格である。

インディアンに伝わる精霊崇拝概念〈アニミズム〉たる〈トーテム:守護精霊〉を憑依させる事によって獣化変身を発現する。

名前:

 シスター・ジュリザ

 (SisterJULIZA)


性格:

 極度の博愛主義者であり、それは強い母性とも言える。

 内向消極的な性格ではあるが、その実、芯は頑固とも意固地とも呼べるほどに意思力が強い。


特徴:

 闇暦にて新興した異端宗教〈モロゥズ教〉の教会に従事しているシスター。

 この教会は孤児院の性質も同胞しているおり、彼女自身も此処の出身の為、子供達には惜しみない慈しみを捧げている。また、それ故に子供達からも姉の如く慕われている。

 同時に、女司教〈マザー・フローレンス〉は彼女にとって上司であると同時に母であり姉のような存在であり、その依存心酔感は無自覚ながらも絶大なものとなっている。


 闇暦二十九年、孤児院内にて子供達が捕食惨殺される痛ましい怪事件『人狼獣害』を愁い、闇暦の都市伝説と化している〈怪物抹殺者:モンスタースレイヤー〉へと依頼──これが〝夜神冴子〟との邂逅経緯となる。

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