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文字数 1,217文字

 館内を歩くリサとターニャは、ショッピングカートに「溢れんばかり」に物品を入れまくる。それも、ほとんどがベビー用品ばかり。
「ねえねえターニャ、これ。いいと思わない?」
 そう言ってリサが“お尻拭き”を手に取ると、ターニャが
「二十個くらい買っちゃおっかー」と言う。わたしと言えばハラハラしつつ、ふたりの後ろを追いかけることくらいだ。
「ちょ、ちょっと待って。ふたりとも」
 ショッピングカートは、既に二台だけでは足りない有様だ。二台目のカートも、籠の中には隙間なくびっしりと小物やミルクが詰められている。
「こ、こんなに沢山。次に支給される保護費でも払い切れないです……」
 躊躇しながら言うと、ターニャが一瞬きょとんとした。そして、すぐさま大きな声を上げて笑い出した。
「誰もサラさんに払ってくれ、なんて言ってないわよ。さっきも言ったでしょ、わたしたちだって善人になりたいときがあるって」
「で、でもですね」
 ターニャは立ちどまり、わたしを見据えた。有無を言わせぬ力強い眼差しだった。
「今のうち、満喫しておくのよ? あなたも、イリヤちゃんも」
 満喫、とは……? なんのことだろう?
 だが、尋ね返すことができない。
 いつのまにかリサが、わたしの横にいた。イリヤのちいさな手を、にぎにぎしながら、こちらに上目遣いの視線を寄越した。
「だってー。ママに『好きなものを選んでいいのよ』って言ったのにー。全然、選ばないんだもん。ねー、イリくん」
 あやされたイリヤが、きゃっきゃっと楽しそうに笑う。
「ねえサラ。考えてもみてよ。あの避難所に来る配給物を」
「週一回の、あれを?」
「そうよ? それで、サラもイリくんも生活に必要なものが足りてた? 役所の車には我先にと、前から避難していた人たち……特に年寄りが群がるのよ? 必要のない生活用品まで両手に抱えて、満足そうにしているけど。わたしたち若い人たちには、ケダモノに荒らされたあとの残骸みたいな物しか許されないじゃない? あの人たちの常識の中では。だからさ、あんまりいない若い男の人だって可哀想だと思うよ? 持病があって兵役に付けなかった人もいるじゃない? あの人だって、厚かましい年寄りが荒らした物品の残り物から、ウエットティッシュとかミルクの瓶を取っていくんだよ? それも、賞味期限が切れかかっているものとかばっかり」
 それは、ナオキのことか……。
 避難所では、なにもかも我関せず、といった体裁で過ごしていたリサなりに。周りの状況をひたすら黙って観察していた。
 あらためて思い知った。わたしは、ずっと自分のことしか頭に置いていなかったのだ。
「大変なときだからこそ、ちょっとでも楽になろうよ。あとで、あのお兄さんに、これ。こっそり分けてあげたらいいじゃない?」
 リサは、チョコレートがたくさん詰まった大きな袋を指さした。それから、わたしの肩をぽんぽんっと叩く。


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