文字数 16,653文字

 次々と集まってくる警察車両の隙から、葵先輩の車に近づき、乗り込む。ともかくここにいるのは危ない。俺たちは一時的に台東区から出ることにした。
 車を走らせる葵先輩。だけど、行く場所は不明だ。翠や近江姉弟の行先なんて、皆目見当もつかない。
 近江の不幸から場所を割り出そうとも試みたけど、海辺に近いということしかわからない。八方ふさがりだった。ともかく俺は、海辺が近い地区を携帯で探してみる。いや、よく考えたら、海辺ですらないかもしれない。川沿いという可能性もある。そうしたら、台東区から抜けてないということもあり得るし……。一体どうすればいいんだ?
 そんなとき、俺は携帯の中に見覚えのないアプリが仕込まれていることに気が付いた。
「なんだこれ? 『彼氏なう』?」
「あ、それテレビでやってた……」
「日枝、何かわかるのか? これ」
 俺がたずねると、ちょっと言いにくそうな顔をする。俺は日枝に「いいから話してくれ」とお願いした。
「……その、彼女の携帯に、彼氏がどこに行ってるか知らせてくれるアプリです。いわゆる浮気防止用というか」
「……はぁぁっ?」
「あらあら、誠くん、彼女いたの? 隅に置けないんだからぁ」
「いや、いませんよ。いませんけど、仕込んだ相手は簡単に想像できます」
 こんなことまでするアホはただ一人。翠しかいない。正直翠に好かれるのは悪い気はしない。ただし、友達の範ちゅうで、だ。だから、こうして恋人みたいな態度を取られると、正直困るというか、本気で迷惑だったりする。翠がどこからどこまで本気なのか、わからないし。
「全く誠くんは罪作りね? 住吉さんもそうだけど、春日さんもあなたのこと、気にしてるのよ? 気づいてた?」
「えっ」
 茜ちゃんが俺なんかのことを? そんなこと有りえるわけがない。さらに葵先輩は続けた。
「そしてもう一人……三代目婿の座も空いてますからね?」
「ええっ?」
 ふふっ、と軽い笑い声が聞こえる。葵先輩、それは俺をからかってるだけだよな? そんな三人もの美人にアプローチされるなんて、どこのギャルゲー……若しくは少年誌の主人公だよ.
「と、ともかく、このアプリの話に戻りましょう」
 俺は無理やり話を逸らす。アプリには地図が出て、『あなたの居場所』というページに青い点があるのがわかる。それが港区の方へ移動している。これが今俺たちがいる場所ってことか。
「……ん? 私の居場所ってのもあるぞ?」
 俺が口走ると、日枝は大きな声を上げた。
「そ、それですっ! そのアプリは、自分の位置を相手に伝えてしまうというものなんですけど、その逆で相手の位置も知ることができるんですっ!」
「ってことは、そっちのマップに住吉さんの居場所が載ってるってことね?」
 おれは急いで画面をタッチする。すると、そこは最初の事件が起きた、京浜コンテナの辺りだった。そのことを葵先輩に伝えると、先輩はブレーキを強く踏む。
「京浜コンテナね。急ぐわよ!」
 ギュイギュイと音を鳴らして、車を方今転換させる。
「きゃあっ!」
「日枝っ! シートベルト!」
 俺は日枝にシートベルトを装着させる。それが確認できると、先輩はまた目をぎらぎらさせながら、クラッチとアクセルを同時に踏んだ。
「行くわよ~?」
 のほほんとした口調とは裏腹に、峠を攻める漫画のような勢いで、車は走っていく。俺たちは後部座席で揺らされながら、身体を吹き飛ばされないようにシートにしがみつくので精一杯だった。

「……いるとしたら、ここなのね」
平然と車から降りる葵先輩。俺と日枝はフラフラしながら後部座席から転がり降りた。
葵先輩は、先ほどカラオケボックスに着いたときのように、トランクから武器を選ぶ。今度は拳銃を三丁用意して、俺たちに渡した。
「飛び道具は嫌いなんだけど……これしかなくて。でも、できるだけ使わないようにね? 向こうには住吉さんって言う人質がいるんだから」
 俺は拳銃を受け取ると、こくんとうなずく。日枝はというと、本物の拳銃を手にして、その重さに驚いていた。
「私、こんなの絶対撃てない……」
「撃たなくていいんだって。撃つのは最終手段だ。俺と葵先輩が、そうはさせない」
「先生……」
「ともかく、近江姉弟を探しましょう。それと住吉さんも」
 葵先輩がそう指示したときだった。カツンとヒールの音が響く。それに、俺たちは振り向いた。
「随分早くに見つかっちゃったみたいねぇ? なんでここがわかったのかしら?」
 その声の主は、予想通り桔梗だった。近江は制服からジーパンに着替え、拳銃を持ったまま、翠の首根っこをつかんでその横に立っている。
「誠ぉ~! 怖かったよぉ~!」
 叫ぶ翠。どうやらケガはしていないらしい。それだけは救いだ。あのふざけたアプリに関しては、事件が終わってから十分な時間を取って、説教しよう。今はそれどころじゃない。
「銃を捨てろよ。こっちには人質がいるの、わかってるでしょ? それとも彼女、殺しちゃってもいいの? あの刑事さんのようにさ」
「茜ちゃんは死んでない! けど……くっ……」
 俺が迷っていると、葵先輩が耳元でささやいた。
「大丈夫。銃を置きなさい。私が足に二丁仕込んでるから」
「……わかりました」
 俺たちは全員、拳銃を足元に置き、近江姉弟の方へと蹴った。
「よくできました」
 近江はふざけた口調で、笑った。どこまでも最低な男だ。
「さてと、時間だな」
 腕時計を見て、近江はぽつりと呟いた。時間って、一体なんだ? しばらくお互い対峙していると、黒塗りの車が六台、俺たちの周りに集まってきた。車が止まると、運転手が降りてきて後部座席のドアを開ける。そこからは五人のスーツ姿の男たちが出てきた。若い男から、恰幅の言い年寄りまで、様々だ。
「みなさん、お待ちしてましたわ」
 桔梗が、男たちに声をかける。男たちは少し不満そうに、桔梗をにらむ。その中の一人が、声を荒げた。
「聞いてないぞ! いきなり場所が変更だとは。しかも獲物の女子高生は一人で、あとは二十代の女と男だと?」
 そうか。こいつらはBBCのメンバーなんだ。俺たちがカラオケボックスに居た生徒たちを助けたから、やむなく近江たちは予定を変更しなくてはならなくなった。しかも獲物となる女子中学生たちは全員保護された。その代り、俺たちを犠牲にしようとしたというわけか。
 日枝は男たちからじろじろ品定めをするように見られ怖いのか、そっと俺の後ろに隠れる。
「ですが、安心してください。獲物の質が変わったことと、場所を変更したお詫び、といっては何ですが……ここでしか味わえない遊びをご提供しましょう」
 にこりと笑みを作り、丁寧におじぎをする近江。この期に及んで何を考えているんだ。不気味なオーラに戸惑っていると、桔梗が自分の車からトランクを六つ、持ってきた。
「この中には組み立て式の散弾銃が入っています。今からこの四人逃がすので、捕まえた方にいつもの『お楽しみ』の権利を差し上げます」
「マンハント……ってことみたいねえ」
「ま、マンハント?」
 葵先輩の言葉に、俺はぞくりとする。これから俺たちは、この真っ暗な闇の中、コンテナ密集地から逃げないといけないのか。逃げないと、撃たれて……そして、十六名の俺の生徒たちみたいに、解体される。
 さっそく五人の男たちは、スーツケースに手をかける。俺と葵先輩、日枝は、車に囲まれていて逃げられない。
だが、おかしなことに俺は気がついた。六台の車、六つのトランク。なのに、外へ出てきているのは五人。残りの一人は……?
「お、おい、近江!」
 俺は勇気を振り絞り、近江に声をかける。
「なんで六人いるはずなのに、ゲームに参加するのは五人なんだ?」
 多分、車の中には六人目がいるはずだ。だけど、そいつは何もしないで高みの見物と決め込んでいるのか?
「……ゲームの参加は自由だからね。参加したくなったらきっと姿を現すよ」
 近江は時計を見ると、五人が散弾銃を持ったのを確認してから翠をこちらに突き飛ばした。
「うわっ? な、何? 何が始まるの!」
「それではゲーム開始です!」
 男たちは一斉に、俺たちに向けて銃を向ける。ちっ、ここは逃げるしかないのか? 俺は日枝と翠の手を取ると、葵先輩とともに走り出す。
 できるだけ男たちから離れないと! ただそれだけを考えて、コンテナのジャングルへと足を踏み入れた。

「先生! ここ、開きそうです!」
 日枝がコンテナの一つの扉を開けようとする。
「ナイス! 日枝ちゃん。ここに隠れて、警察が来るのを待とう」
翠はさっそくコンテナに入ろうとしたが、俺はそれを止めた。
「どこかに隠れるのも確かに手だけど……袋のネズミになっちまう。ここに入ったように見せかけて、他のところに身をひそめよう」
「そうしましょう。誠くんの言う通りだわ」
 葵先輩も同意してくれたので、日枝の見つけたコンテナの扉を半開きにすると、また他の場所へと走り出した。
 ゲーム参加者は、俺たちが見たところ五人。最後の一人は参加するかはわからないが、逃げられない数ではない。
「携帯で警察を呼ぼう。それしか手はない」
 俺が携帯を取り出すと、なぜか圏外の表示が出た。
「な、なんでだ? 確かにここは街から離れてるけど……圏外になるような場所じゃないぞ?」
翠も自分の携帯を見るが、首を振る。やはり圏外だったようだ。焦る俺に、葵先輩は冷静に言った。
「多分だけど……近江姉弟が携帯の電波を妨害しているのよ。トランクを出していた時、一瞬だけどそれらしき機械が見えたわ」
「ってことは、助けを呼べないってことですか?」
 震える日枝に、俺は首を振った。
「いや大丈夫だ。公衆電話があれば、そこから連絡できるはず」
 でも、葵先輩はそうとは思っていないようだ。溜息をつくと、ちょんちょんと俺の肩を指先で叩き、電話ボックスの方へ指をさす。
「それは計算済みのようね。二人、私たちが電話ボックスに駆け込むのを狙っているわ」
 散弾銃を持っている男たちが、今か今かと俺たちが罠にかかるのを息を潜ませて待っている。
「くそっ! 八方塞がりってことか!」
 どうすればいい? 助けは呼べない。武器は葵先輩が拳銃を二丁持っているが、相手は五人、若しくは六人。それプラス近江姉弟だ。肉弾戦に持ち込めたとしても、はっきりいって俺一人じゃ勝てる自信はない。……本当に情けないな、俺。みんなを守ることもできないのか。
 俺が落ち込んでいると、日枝がそっと俺の服を引っ張った。
「先生」
「どうした? 怖いか? 悪かったな。妙な事件に巻き込んじまって……昔からそうなんだよ。俺、不幸体質みたいでさ。事件を呼び寄せちまうっていうか」
 俺が謝ると、翠も一緒に頭を下げる。
「それを言うならあたしもだよ! いつもドジばっかりでさ。今回も近江姉弟に捕まっちゃったし」
「二人とも、自慢にもならないわよ?」
 葵先輩が苦笑する。確かに自慢にもならないな。こんなこと。しかし、日枝は首を振った。
「そうじゃないんです。先生の力のことで……」
「俺の力?」
 俺の力……不幸を予知する力のことか? それが今、何の関係があるんだ? 不思議に思いながら、日枝を見つめると、日枝はささやいた。
「先生の力によると、私たちはこの難局を乗り越えられるはず……そうですよね? だって私に起きる次の不幸は、『家に帰って、叔父さんの淹れたお茶を飲もうとして、やけどする』ですから」
「……ああ、そうだな」
「先生の不幸予知が外れる可能性って、どのくらいなんですか?」
「ほぼゼロパーセントだよ! 大体……っていうか、百パーセント当たるもん!」
 俺の代わりに翠が答える。葵先輩もうんうんとうなずく。はっきり言って、確実に当たる不幸予知なんて、ろくでもないものなんだけどな。
だけど日枝は話を続けた。
「先生の力は、不幸を予知する力でもあるけど、未来を変える力でもあるんですよ」
「……そんな風に考えたこと、なかったけどな」
「それなら私も……」
 日枝が何か言いかけたところ、がさっと音がした。全員が身を固める。そっと物陰からのぞくと、暗視スコープをつけた男が、散弾銃を持ってうろついていた。このままここで立ち止まっている訳にはいかない。どうにかして反撃しないと。足元に何か棒状のものがある感触がした。それを持つと、俺は葵先輩に声をかけた。
「……葵先輩、お願いしてもいいですか?」
「ええ、何かしら?」
「おとりになって欲しいんです。葵先輩を狙う瞬間、後ろから俺がこの鉄パイプで相手を殴りつけます。それで散弾銃を奪うんです」
「ま、誠! そんなことしたら、葵先輩が危険に……」
 心配そうな顔で、俺の作戦を否定しようとする翠だが、葵先輩がそれを止めるように首を振った。
「住吉さん、心配してくれるのはありがたいけど、これしか方法はないわ。誠くん、やりましょう」
「はい!」
 俺は鉄パイプを早速手にすると、相手の背後に近づいていく。翠と日枝は、同じ場所で声を殺してその様子を見つめている。
 次の瞬間、拳銃を持った葵先輩が相手の前に立ちふさがる。
「止まりなさい。撃つわよ!」
「ほう、なかなか美人じゃないか。これは解体し甲斐がありそう……がっ!」
 俺の振りかざした鉄パイプは、見事にヒットした。相手がぶっ倒れると、俺はすぐさま散弾銃を奪って、相手が持っていたガムテープで手首を拘束する。そうして元の場所に戻ると、葵先輩も同時に駆け寄ってきた。
「これでひとつ武器は手に入れたけど……ゲーム参加者はあと四人。車に乗っている人物と近江姉弟も入れると、七人か。さすがに全員相手にはできない。どうにかして、一か所に集めていっぺんに捕まえる手立てはないのか?」
「うーん……さすがにそれだけの人数は、私も相手できないわねぇ」
 葵先輩も頬に手を当てて困った顔をする。そのとき。
 バン、バンと破裂音がして、俺たちは身をかがめる。するとそこに残った四人のゲーム参加者が集まってきた。……マジか。これはいわゆる絶対絶命ってやつじゃないか。
「あ、あわわっ……」
「逃げるぞ、日枝!」
 だが、日枝は腰を抜かしたのか立てないでいる。翠もびっくりして固まっているのを、葵先輩が一生懸命引っ張っている。……ここまでか。どこからともなく拍手が聴こえる。近江姉弟たちだ。
「おめでとうございます。皆さんにはお好きな相手を選んでいただいて、じっくりと研究、拷問、食事をしていただければと思います」
 俺は近江のその言葉に吐きそうになった。研究? 拷問? 食事? 同じ人間に対して、そんなことをするのか? 近江が、注射針で俺のうなじをさす。俺は目の前が一瞬で暗くなった。

「……ん」
 目を開けると、そこは大きな倉庫のような場所だった。俺たち四人は、いすに座らされ、腕と足は太い皮のベルトでしっかりと固定されていた。
「は、離せよ~! 変態どもっ!」
 大声を上げる翠を、じろじろと楽しそうに見る恰幅のいい男。葵先輩は、ただじっと近江姉弟を真っ直ぐとにらみつけていた。
 日枝は恐怖で真っ青な顔になっている。
「獲物どもが全員起きたようですね。それでは皆さん、楽しい時間をお過ごしください。俺たちは、外で見張っていますので。時間は……そうですね、二時間でお願いします」
 近江が笑顔で言うと、四人の男たちは、次々と並べられた凶器
の品定めを始める。ノコギリに包丁、鉈、サバイバルナイフ、メス、もちろん拳銃もある。最低だ。
 とうとうここでお終いか。俺の不幸予知も、初の失敗。不幸が見えなかったから、俺は油断してたのかもしれない。だけど、ここで俺たちは男たちに好きなように解体され……肉片になって終わる。くそ、くそっ、くそうっ……!
 俺が頭をぶんぶん振っていると、それを楽しそうな顔で眺めている近江の顔が見えた。そんなに面白いかよ。中学生の女の子をさらって、男たちにめちゃくちゃにさせて……! せっかく俺たちが犯人である近江姉弟の正体も突き止めたっていうのに、全部闇に包まれて、また凶行は続けられるって言うのか!
「……許せねぇ」
 俺の呟きが聞こえたのか、近江は扉から出る前に足を止めた。
「許せない? 俺たちが? まあいいよ、別に。俺と姉貴はね、神に近づいてるんだ」
「人を殺して、神か? 何言ってやがる。頭ん中、蛆がわいてんじゃねーのか」
「……わからないだろうね。生まれ持った俺の素質……それが神がかってるってことが」
 それだけ言い終えると、近江は出て行こうとドアノブに手を掛けた。その瞬間、日枝が大声を上げる。
「『私はあなたたちの不幸を予知します』っ!」
「……え?」
 全員が驚いて、日枝を見つめる。日枝はそのまま言葉を続けた。
「『ここにいるBBC会員たちは、近江桔梗の裏切りにあい、全員射殺されるでしょう!』」
「ど、どうした? 日枝……」
 日枝を見つめるが、日枝は瞬きもせずに桔梗をじっと見つめる。すると――。
「きゃ、きゃあっ!」
 桔梗は自分で拳銃を取りだすと、カチャリと音をさせて、男たちを狙い始めた。驚いたのは俺たちだけではない。近江もうろたえていた。
「姉貴! な、何やってるんだよ! 相手は客だぞ!」
「私にも分からないのよ! 身体が勝手に……きゃっ!」
 引き金にかけた指が動くとともに、一人の男の脳天を撃ち抜く。
「うわああっ!」
 BBCの会員たちは一斉に桔梗から離れようとする。だが、桔梗の銃口は男たちから外れることなく、四発全て頭に弾を撃ち込んだ。
「………」
 近江も、俺も、葵先輩も翠も、何が起こったのか分からないで目をぱちくりさせるだけだ。ホッと溜息をついている日枝は、更に声を上げる。
「『私はあなたたちの不幸を予知します』! 近江姉弟は、私たちに捕まり、いすに拘束されるでしょう!」
 その瞬間、腕と足を固定してた皮ベルトが、バチンと大きな音を立てて切れた。俺と葵先輩は驚いて動けないでいる近江姉弟を、急いでいすに座らせる。すると、切れたはずのベルトがぐっと伸び、二人の手足を固定した。
「な、何が起きたの? わ、わかんないよ~!」
 パニックに陥っている翠だが、その気持ちは俺たちも同じだった。ただ一つ考えられるのは……。
「先生が教えてくれたんです。超能力の使い方を」
 やっぱりそうか。日枝も俺と同じ、能力者の一人だったと言う訳か――。

 桔梗が持っていた電波妨害機をオフにすると、俺は自分の携帯で警察に電話をした。説明しがたい状況だったが、とりあえず死人が出ていることを伝えると、すぐに来てくれると返答があった。
「……で、日枝ちゃんは超能力者……なんだよね?」
 翠の質問に、日枝は静かに答えた。
「私の母は占い師だったんです。なんというか、怪しいことに詳しいと言うか……その筋で知ったんですが、夏ヶ瀬神社というところに行くと、超能力が授かるらしくって」
「な、夏ヶ瀬神社……?」
 俺は思わず聞き直した。俺がこの変な能力を得たのも、俺の母親が神主にキレたのも、夏ヶ瀬神社だ。
「だ、だからだったのか……?」
「それで、母は何度も私がお腹にいる間、超能力を得ようとお参りしたらしいんです。だけど結局、超能力は得られずに亡くなりました」
「で、その力を日枝さんが引き継いでいたってことなのかしら?」
 葵先輩の質問に、日枝は少し間を開けてからうなずいた。
「というか、実際に使ったのは今日が初めてです。何度か蛇が出てくる夢を見たんですが、その蛇は私にこう告げました。『いずれ力を引き出してくれる人間に会える』と。多分それが先生だったんだと思います」
「お、俺?」
 日枝はうつむいたまま、静かに語った。
「私の能力は、『不幸通知』というものらしいです。私が相手にどういう不幸が起こるか教えると、本当にその通りになってしまう……。そんな力、持っていても気味が悪いじゃないですか」
 その気持ち、俺にはよく分かった。子供の頃から親や友人に嫌われた。不幸を告げる子供だと。日枝の場合は、自分の発言で、相手を不幸にしてしまうものだ。余計に気を遣うだろう。
「でも、先生は教えてくれました。先生の力は『相手に不幸を知らせる力』です。でも、不幸がわかるからこそ、未来を変えることができる。私の力は、『相手を不幸にしてしまう力』……だけど、こうやってみんなを助けることができた。『人を守るために戦う力』なんです」
「そうか……」
 そこまで自分の力を理解してるなら、俺がどうこういうことではない。自分の能力との付き合い方を、彼女は知っている。それなら力に押しつぶされることもないだろう。
 何とか近江姉弟を捕まえて安心していると、ガチャリと倉庫のドアが開く音がした。一瞬、構える俺たちだったが、見えたのは見知った顔だった。
「おーい、大丈夫か! まこっちゃん!」
「ち、千草? なんでここに……」
「警察から連絡もらってさ、現場の近くにいたんだけど、警察より早く着いちゃうとはな」
「警察より早く……?」
 俺は大きく息を吸うと、目を軽く閉じた。六台の車、六つのスーツケース、ゲームに参加しない六人目……。車の窓が軽く開く。そこから顔を出したのは――。
「そう言えば千草。お前も今年のクラス分けを担当したんだったよな?」
「え? ……うん、そうだけど、それがどうした?」
「俺のクラスの生徒は、全員……いや、転校生の日枝と近江以外『X』という覚せい剤の中毒者だった。それも三年になってからじゃない。二年の途中からだ」
「う、嘘だろ? うちの中学で覚せい剤? バカな!」
「……女子中学生を獲物とするBBCの活動のため……。BBCについては知ってるよな」
「BBC? BCGとかじゃなくて?」
 わざととぼけてるな。近江……カツラはかぶってないし、完全に男の格好はしているが、顔を見ればわかるはずだ。こいつについてもスルーしている辺り、完全な確信犯だ。
「お前も会員なんだろう? 女子中学生に拷問して楽しむ、悪魔のようなサークルの」
「………」
 無言で千草は、近江の方を見た。それからこほんと咳払いをすると、わざとらしく話し始めた。
「BBCね、うん。知ってるよ。それよりさ、なんでBBCなんて組織ができたと思う?」
「加茂! お前は黙ってなさいっ!」
 なぜか千草の言葉に、桔梗が怒鳴り声を上げる。千草は桔梗を無視して、話しを続ける。
「昔……って言っても十年前くらいかな。恐ろしく美しい少年がいたんだ。しかも彼は神から永遠の美を与えられたように、中性的な状態……二次成長期を迎えず、そのまま成長が止まった。だけどそんな彼には身寄りがいなかった」
「………」
 近江は黙ったまま、千草をにらみ続けている。桔梗は何度も止めろと声を荒げたが、むなしく響くだけ。千草が話すのを止めることはできないでいた。
「施設にいた彼を、拾ったのが近江という男だったんだけど、彼には面倒くさい趣味があってね。ま、ここまでの美形を前にしたら、誰もが手を付けたい衝動に駆られてしまうのはわからなくはないけど……毎晩のように彼を求めた」
「止めてっ! 藤夜は悪くないっ! あの醜いブタがすべて悪いの! だから加茂、もう止めて!」
「そうそう、もう一人、その少年を溺愛していた人物がいたなぁ? 誰だっけ」
 千草はわざとらしく、桔梗をじっと見つめる。桔梗は先ほどまで大声で叫んでいたのに、見事に静かになった。
「……ともかく、その女性は、父親から義理の弟を救うために、ある組織を立ち上げたんだ。それがBBC。親父さんはのめり込んだよ。誘拐してきた中学生の女の子を、好きなようにいたぶれるんだからね。だけど、当然ながら終わりはやってくる」
 ごくりと唾を飲む音がした。座っている近江からだ。
「親父さん、その女性がせっかく女の子たちを用意したのに、その少年まで手を掛けようとしたんだよ。それで、その少年は……」
「……黙れ」
 唇を震わせながら、近江が呟く。
「その少年は、とうとうナイフを寝室に持ち出して……」
「黙れっ!」
「もう止めてっ!」
 近江姉弟の声が、倉庫に響く。そこでようやく千草のおしゃべりは止み、わざとらしく頭を下げた。
 倉庫内がしんとする。俺はそこで千草に質問した。
「千草、なんでお前はそんな話を知っているんだ?」
「……何でか教えてあげようか」
 にっこり笑うと、千草はベルトから取りだした拳銃を、桔梗に向けた。
「か、加茂! 一体何をっ!」
「桔梗さんは知らないのか。じゃ、藤夜も忘れてるね、俺の正体」
「お前の正体……一体……」
 俺がたずねた瞬間、一発の銃声がこだました。加茂はこちらを向いてにっこりと笑っている。
拳銃を見ると、消炎が立っている。拳銃の方向には、近江桔梗。脳天に弾は当たり、そのままいすに座ったまま仰向けになっている。意識はなさそうだ。いや、意識どころか、これはもう……。
「あ、姉貴っ! 姉貴っ!」
 固定されたいすから、必死に声をかける近江。それをあざ笑うように、楽しそうな千草の声が聞こえる。
「ごめんごめん。藤夜。俺はさ、お前を救いたかっただけなんだ」
「加茂千草! お前は一体何者なんだ!」
 俺が大声を出すと、千草はいつもの調子とは違う、真剣な口調で自分の正体を明かした。
「……俺の正体は『加茂藤夜』の兄だよ」
「なっ……!」
俺たちより驚いたのは、誰でもない、近江だった。加茂は近江の皮バンドをナイフで切ながら、説明を始めた。
「うちは貧乏でさ。親が夜逃げしたんだよ。で、俺と藤夜は施設に預けられることになったんだけど、ちょうど施設に入れる人数の制限って言うのがあって。俺たちはバラバラに預けられることになったんだ。俺が加茂家に引き取られた後、一緒に藤夜も引き取ってもらえることになったんだけど……その時はもうすでに近江家に引き取られてたってわけ」
 近江を拘束から解くと、千草は近江の手を取ろうとした。
「さ、帰ろうぜ。もうこんな危ない組織になんて関わることはないんだよ」
「ま、待てよ!」
 俺は千草に声をかける。だったらなんで、お前は近江姉弟に協力してたんだ? お前もBBCのメンバーだったのはなんでだ? こんな風に近江を言いくるめても、お前のやろうとしていることは近江の義理の父親と同じことなんじゃないのか――?
「まこっちゃん。俺と藤夜は今回の事件になんも関わっていない」
「!」
「そう証言してくれない? そうじゃないと、また、同じような事件が起こるかも……いや、違うかな。例えば美人警察官が事件に巻き込まれて殉職とか。他には美しい南禅寺家の三代目当主が抗争に巻き込まれて死亡……とか。あとは、弁護士志望の子犬系女子が、事故に巻き込まれたり?」
「お前っ……!」
 俺はきつく握りしめていた拳から、血がしたたり落ちるのに気が付いた。どうやら爪が手のひらに刺さってたらしい。しかし、今はそんなことに構っていられない。ここで千草を逃がす訳にはいかないんだ。
「止まりなさい」
カチャっと隣で音がする。振り向くと、葵先輩が千草に向けて拳銃を構えていた。
「あなたのそんな脅し、私は怖くないわ。いつこの命が果てようとも、それは覚悟の上ですから」
「ひゅ~! さっすが、南禅寺家の当主様だね!」
 おちょくるように手を挙げて、葵先輩を見つめる。
「南禅寺のお姉さんは、美人だし胸も大きいし、強い。だけど……」
 唖然としている近江の手を自分の頬に当てると、うっとりした表情で呟いた。
「うちの藤夜には敵わないよ」
「っ、は、離れろっ!」
 近江は、はっと気が付いたように、千草を突き飛ばす。突き飛ばされた千草は、何が起こったのか分からないと言った表情で、近江を見つめている。
「……藤夜? どうした。俺が本当の兄貴なんだぞ?」
「違うっ! 俺に兄なんかいない! 俺にいるのは……いたのは、姉貴だけだっ!」
「くそ、すっかり洗脳されてやがるっ!」
千草はキレたように、落ちていたペンキ缶を蹴飛ばす。だが、何を思ったのか、蹴ったはずのペンキ缶を持ち上げると、無理矢理近江にかぶせた。近江は何が起こったのか分からず、うんうん唸っている。
「……いつの間にかシスコンになったな。そんなに姉貴の方がいいなら、連れて行ってやるよ」
 千草はペンキ缶に拳銃を突きつける。これはまずい。俺が千草の側に行って止めようとしたら、威嚇射撃を食らう。
「動くな、誠。他のみんなもだ。特に南禅寺の女! お前は拳銃を下に置けっ!」
 静かに、ゆっくりと葵先輩は拳銃を下に置いた。そしてまた、千草の様子をうかがう。
「んんっ! んんっ!」
 近江のうめき声が聞こえる。千草は優しい声で、近江にささやいた。
「大丈夫。お前が死んでもすぐに兄ちゃんが側に行ってやるからな?」
 あいつ……近江を殺して自分も死ぬつもりかっ! だからと言って、俺たちにはどうすることも……。その時、ゆっくりと葵先輩がもう一丁の拳銃を取りだそうとしていた。これはチャンスかもしれない。彼女がうまく千草の手か肩に当ててくれれば、拳銃は落ちるはずだ。だけど、チャンスは一回きりだ。確実に仕留めなくては。
 俺は葵先輩とアイコンタクトを取る。軽くうなずくと、次の瞬間、彼女は銃を取り出し撃った。パンッと、乾いた音がする。だが、残念ながら葵先輩の撃った弾は外れた。
「……お前ら、俺たちより先に、あの世に行きたいようだな?」
 千草がこちらへ歩み寄ってくる。葵先輩が危ない。
「だ、ダメーっ!」
 それをかばったのは、翠だった。だけど、翠はほとんど丸腰だ。脇刀を持っているとはいえ、あいつが使うとは考えられない。だってあいつは……。
 ガンッ、と音がした。拳銃の持ち手の部分で、翠は殴られて気絶した。
「翠っ!」
「おっーと、まこっちゃんは動いちゃダメだからね? 女の子全員殺してから、存分にいたぶってやるよ。その方がわかるだろ? 自分の無力さがさ。……俺が感じた無力さを、お前にも知ってもらいたいんだよっ!」
 千草のやつ、いかれてやがるっ……。本性はこんなやつだったのか。今までのあいつは、誰にでも気を遣えて、気楽に話しかけられるようないいやつだったのに……それは幻想だったんだ。本当のあいつは、極度のブラコンで、弟のためなら人殺しも笑顔でこなす鬼だ。しかも、そんな大事な弟を連れて無理心中をしようとまでしている異常者だ。
俺は本当に何もできないのか? このままみんなを見殺しにしてしまうのか? そんなのは嫌だ。俺がみんなを助けないと……!
「やめろっ、千草! 殺すなら俺だけにしろ!」
 翠と葵先輩の前で手を広げるが、鼻で笑われる。
「ふん、先に死んで、自分が楽になろうって魂胆か? つくづく情けない男だな、お前は!」
「違うっ! 俺のことはどうしてもいい! 生きたまま解剖しようが、俺の目の前で俺の肉を食おうが何をしようが構わない! だけどみんなは……」
「お前、俺をBBCメンバーと同じようにするなっ!」
「ぐっ……!」
 腹に蹴りを入れられ、思わず悶絶する。
「俺は他のやつらとは違う! 俺はただ……藤夜と一緒に平和に暮らしたかっただけだ」
「……そんなことはもう無理よ」
 声のする方に顔を向ける。それは日枝の声だった。あまりにも冷たく、無機質な声に、俺はぞくりとした。
「お前は確か、転校生だったな。Xの常用者ではなかったが、どうしても藤夜が早めに始末したいと言ってたっけ? 何でだ? お前にどんな価値がある?」
「………」
 日枝は千草を一瞥すると、ぼそりと呟いた。
「『私はあなたの不幸を予知します』」
「不幸? 予知? 何を言ってるんだ? 怖くてとうとういかれたのか?」
「いかれてるのは、あなたの方よ。加茂先生。『加茂先生は、最愛の弟に撲殺される』――」
「は? 藤夜に撲殺? されるわけがない! だって俺は、近江の家のやつらから、藤夜を救った――」
 言いかけて、突然止まった。ペンキ缶をかぶったままの近江が、思い切り自分の頭を千草にぶつけたのだ。前も見えないはずなのに……。これが日枝の力なのか。だけど、あいつ、今なんて言った? 『撲殺』って……。
「日枝! 近江を止めろ! お前の力は人を殺すためにあるわけじゃないっ!」
「そんなこと知りません。私は近江も、加茂先生も憎い! だから二人とも殺してやるっ!」
「バカ! お前まで殺人鬼になるだろ! やめろっ!」
 俺の声が届いていないのか、日枝は近江を止めようとしない。近江は何回も何回も、自分の頭を千草にぶつける。
「ぐっ……はっ……」
「やめろ~っ!」
 血まみれになった千草とペンキ缶をかぶった近江の間に、気絶していたはずの翠が入る。すると不思議なことに、ぴたりと近江の動きが止まった。
「日枝ちゃんのバカっ! 自分まで殺人犯になって、どうするの! 人の死って、そんなに軽いもんじゃないんだよ! 見たくもない人の最期を見る誠の気持ち、知らないでしょ!」
「翠……」
 日枝は翠の言葉に、思わず目を伏せる。
「日枝ちゃん、どんなにひどい人間でも、キミが殺しちゃダメなんだよ。キミが手を出したら、そこでキミの負け。日枝ちゃんみたいな超能力者は、自分が殺人を犯しても、決して捕まることはない。だって超能力だもん。人を殺したって、その事件は迷宮入りになっちゃう。だから、自分の中でしっかりとしたルールを決めなきゃいけないんだ!」
「………」
 日枝は翠の真っ直ぐな瞳を見つめ返すと、静かに言い放った。
「『私はあなたたちの不幸を予知します。近江藤夜は憎き兄・加茂千草を殺せない』……」
 そう言った瞬間、千草と近江の身体が、まるで磁石のS極同士が離れるように、バチンと音を立てて跳ね返った。
「日枝ちゃん……」
 翠は日枝を抱きしめる。日枝は翠の胸の中で、なぜかわんわんと泣いていた。俺と葵先輩は、そんな二人の姿を優しく見守っていた。

しばらくして。警察が俺たちを包囲した。今回の事件、俺と日枝の超能力が関わっていること、また、反社会勢力の関東元締めである南禅寺家が関わっていることで、さらに大きな事件として扱われそうだった。だけど、それを防いでくれたのは、ケガをした茜ちゃんだった。
「南禅寺家は今回の事件とは無関係です。ただ、三代目が誘拐されただけで……氷川先生や日枝さんも同じです。また、住吉翠さんもその場所にいたことから、同時に誘拐された……それだけですよ」
「ふん。どこまでが本当なんだかな」
 八坂巡査部長は、茜ちゃんに皮肉を言いながらも、とりあえずそれで納得してくれた。
 気絶していた近江鳩羽……いや、近江藤夜と俺の同僚だった加茂千草は、BBCの関係者として逮捕された。この逮捕をきっかけに、過去に起きたフィリップ女学院の殺人事件もクローズアップされ、マスコミは大きくにぎわった。だけど、俺や日枝、残った十五名の三年一組のみんなにとって、この事件は終わったものではない。うちの学校には生徒に対応する、スクールカウンセラーが置かれ、生徒の悩み相談に応じられるようになった。
 
 数日後。俺は千草のいる拘置所を訪れた。別に意味などない。ただ、知りたいことがあったのだ。千草は手錠に腰縄をされ、面会室へ通された。
「……何のようだ? お前に話すことなんかないぞ?」
「俺もない。ただ、一個だけ気になった点があってな」
「何だよ、早くしろ」
 千草は思ったよりも元気だった。近江とは同じ拘置所に入れられないということで、別々になったらしいが、お互い生きているということに毎日感謝しているらしい。信じられない話ではあるが。
「拘置所での暮らしはどうだ?」
「最低だ。ずっと体育座りして過ごす毎日だよ」
 その言葉を聞いて、俺は自分の力が衰えていないことを察した。千草と握手したときに見えた千草の姿……あれは拘置所にいる今の千草だったのだ。
「だけど今はいい。個室みたいなもんだからな。だけど、判決を受けた後が怖い。藤夜は男だらけの場所に入れられるんだろ?」
「……それはわからないよ」
 そうとしか答えられなかった。近江藤夜がしたことは、正直死刑に値すると言われている。もしかしたら、そのまま独房で暮らすことになるかも知れない。だけど、俺にその事実を千草に伝える勇気はなかった。
 ――すまない、千草。心の中で何度も謝った。こいつはこいつなりに弟を愛していた。それだけなんだ。その手段、その思いが間違いでも。

 事件から数日経った菊花女子学園の校門前には、いつもマスコミが張るようになっていた。また、犯人一味の中に、教師がいたということで、保護者同伴での登校が認められていた。生徒たちは数日間の休みから明けると、マスコミと戦いながら学校に通ってくる。俺の受け持っていた三年一組は自然と解体され、数名ずつ、他のクラスに編入させることになった。よって、俺自身の受け持ちのクラスは、実質なくなった。だが、俺を慕って職員室まで来てくれる生徒は数名いた。その中でも良く来ていたのは、もちろん――。
「せーんせ!」
「おう、日枝か。どうした? またわからないところでもあったか?」
「うん。力の使い方でちょっと……んぐっ!」
思わず俺は、日枝の口を塞いだ。そして、辺りを見回して誰も聞いていないことを確認してから、会議室へと連れて行った。
「……なんだよ、日枝。力の使い方について聞くのはいいけど、学校内では気を遣いなさい。誰が聞いてるかわからないんだぞ? しかもあんな事件のあとだからな……」
「わかってま~す。でもさ、不思議ですよね。私、あれ以来ほとんど力が使えないんですよ。なんでだろ?」
「それは多分、能力が必要なくなったってことじゃないか?」
「えっ……?」
 そもそも元から日枝は、能力者ではなかった。日枝のお母さんが占い師で、どうしても特殊能力が欲しかったから、夏ヶ瀬神社にお参りしていたというだけだ。しかも、その力の使い方を俺に習えと蛇……あそこのご神体は言った。ってことは、ご神体は今回の事件をすでに予知していて、このためだけに日枝に力を与えたのではないかと俺は考えてしまう。
「お前はもう、超能力とか関係なく、普通の中学生であることを満喫しろ。普通が一番だぞ? 何ごともな」
「そうかなぁ? 私はあの力、結構便利だったと思うんですけど」
「便利って?」
「『私はあなたの不幸を予知します』……この言葉の後、続けるだけで、人を思い通りに操れたんですよ?」
「だからだよ。そんな強い力を持っていたら、お前はあと数年で世界の覇者になってただろうし」
 俺が冗談半分に言うと、日枝は頭を抱えながら叫んだ。
「あ~ん、なりたかったなぁ! 世界の覇者!」
「ならせてたまるかよ。人間、普通が一番なんだ。お前にもいずれわかる日が来るよ」
「でも、先生はまだ能力、あるんですよねぇ?」
 ぐっ、答えに窮することを聞いてくるな。だが俺は素直に答えた。
「お前もわかってるだろ? 俺の力は相手の未来をよくするための力なんだよ。俺の力を必要とする人間は、まだいくらでもいる」
「……翠さんとか?」
「って、なんでいきなり翠なんだよ」
「それか、葵さんか茜さん」
「だからなんでその三人なんだって!」
「先生、いい加減決めた方がいいと思います! そうじゃないと……」
 日枝は少し溜めた後、精一杯の笑顔を浮かべて、俺に言った。
「そうじゃないと、私も先生のこと、好きになっちゃいますから!」
「ちょ、ちょっと待て! 今の誰にも聞かれてないだろうなっ! そうじゃないと教育委員会が黙ってない……」
 日枝は笑いながら廊下を走る。俺は追いかけるが、突然日枝が止まった。
「あ、それと! あの後、叔父さんのお茶でやけど、本当にしましたよ!」
 それだけ言うと、日枝は教室に戻って行った。
 まったく、お転婆なヤツだ。そう呆れながらも、正直なところ随分ホッとしてはいた。これでお前も普通の中学生に戻れたんだな……。

「氷川先生、いらっしゃいますか?」
 放課後、俺にお客が来た。と言っても見知った仲の相手ではあるが。俺の元へたずねてきたのは、翠と葵先輩だった。今日は前から二人と約束していた日。茜ちゃんのお見舞いに行く日なのだ。
「日枝ちゃん……どう?」
「あいつは大丈夫だ。何かあっても、俺が守る」
「ふ~ん、へぇ~……あっそう」
「あらあら、日枝さんは誠くんに気に入られているみたいねぇ。羨ましいわぁ~」
「ちょ、ちょっと二人とも! 俺と日枝はそんなんじゃないって! 大体、日枝は、俺より十歳くらい違うんだぞ?」
「だからいいんじゃないの~? かわいくて、何でも自分の言うこと聞いてくれそうだもんね~」
「俺を変態扱いするなっ!」
「痛っ!」
 俺は翠にチョップを食らわせる。葵先輩はその様子を見て、ニコニコと笑っている。相変わらず、この人の考えていることは読めない。
「さあさあ、行きましょう? 車なら下に止めてあるから」
 微笑む葵先輩だが、俺は車で行くと聞いて嫌な汗がにじみ出てきた。だって、葵先輩の運転だぞ? 国際A級ライセンスを持ってるって、本当なのか? 運転、乱暴すぎるじゃないか。
「俺、後からバスで行きます……」
「何を言ってるのかしら、誠くん? それとも……私の車に乗りたくないとか?」
「い、いいえ! めっそうもない! ご同行させていただきますっ!」
 俺はぎくしゃくした動きで、先輩の車に乗ると、先輩はくすりと笑った。
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